盗聴器と白紙の手紙の件。一華はああ言ったけど、明さんには相談しにくいものがあった。



余計な心配はかけたくないという気持ちがある。



一華が帰った後にしばらく考えてから、ある人物に相談することにした。



財布の中から以前もらった名刺を取り出して見る。



「警視庁捜査一課 警部補 滝川隆一」名刺にある名前を声に出して読んでみた。







翌日の午前中に裏にある手書きの電話番号に電話してみるとも留守電につながった。



私は名前と、相談したいことがあるので、できれば夕方くらいまでに時間があれば連絡が欲しいと吹き込んだ。

滝川さんたちは盗聴器と封筒、手紙を事件とかかわりがあるかはわからないが、とりあえず預かってよいかと聞いてきた。



私としては断る理由もないので了承した。



「事件でお忙しいところに今日はありがとうございました」



玄関まで見送った際に深々と頭を下げた。



「いえ。お気になさらないでください」



「ところで滝川さん。もしもまた小野寺さんが来たらどうしたら良いですか?」



それを聞くと、滝川さんはなんとも困った表情を見せてから「お気持ちは察しますが、質問には答えてやってください。その上でまたご不快な思いをされたら私に教えてください」と、言った。



「わかりました。どうかお仕事頑張ってくださいね。一日も早い事件の解決を願っていますから」



「ありがとうございます。精一杯励みます。それから最寄りの交番には巡回を強化するように伝えておきます」



滝川さんはそう言うと、佐川刑事を伴って帰っていった。



私はその背中に向かってお辞儀をすると家の中へ入った。



キッチンで夕食の準備をしながら、さっきまでのことを考える。



小野寺のことはあれでいい。



十分な牽制になっただろう。



小野寺のことで謝罪した滝川さんを思い出した。



ああいう実直で正義感が強そうな男性は新鮮だった。



そして一華は滝川さんのことは知らない。



彼との関りは今後のことも考えて大事にしないと。



我ながら図々しいとは思ったが、明さんには聞かれたくないという思いが強かった。



昼になろうかというときにスマホに着信が来た。滝川さんからだ。



「滝川です。メッセージを聞きました」



「滝川さん。良かった……今は大丈夫ですか?」



「はい。どうかされましたか?」



「あのう……以前、智花が行方不明になったときに茉莉や紅音が行方不明になる前に、どちらかがストーカー被害にあっていると言っていたことを思い出しまして……」



私は盗聴器と白紙の手紙について話した。



滝川さんはそれを聞くと、一二時間でこちらに来ると言ってくれた。







滝川さんが家に来てくれたのは三時くらいだった。



以前一緒にいた佐川という刑事も一緒だ。



二人をリビングに通すと、盗聴器と白紙の手紙と封筒をテーブルに置いた。



「これは?」



「盗聴器は知らない間にバッグの中に入っていました……手紙の方はこの封筒の中に入っていて、最近になってまたポストに入っていたのです」



「最近?いぜんにもあったのですか?」



「はい。初めてお会いしたときに相談したいことがあると言ったのはこのことです。以前からこうした手紙が投函されていたので」



「前のものもありますか?」



「その頃は質の悪い悪戯だろうと思って捨ててしまって……すみません」



「いえ。そんな謝ることではありません」



「なんとなく気持ち悪いなと思っていたんですが、また投函されるようになって、盗聴器まで…… しかも連続失踪事件が起きてから智花があんなことになり、怖くなってきて」



「お察しします。ちょっと拝見してよろしいでしょうか?」



「お願いします」



私が頭を下げると、滝川さんと佐山刑事は両手に白い手袋をはめて手紙と封筒を交互に手に取った。



「消印がありませんね」



「直接投函されたんだろうな」



「手紙にはなにも書かれていない。これはどういうことなんでしょう?」



佐山刑事が天井の明かりに手紙をすかしながら言う。



「わからん。もしかしたら特殊な方法で見れるように書いてあるのかもしれないな」



「炙り出しのような?」



「まあそういうことだ」



二人が手紙と封筒を見ながら話しているのを黙って聞いていた。



次に二人は盗聴器を手に取り見る。



「こんな薄型の盗聴器があるんですね」



「ああ。これは入手するのは容易なのかな?」



滝川さんがスマホで検索すると何件も画像が出てきた。



「これですよ」



佐山刑事が画面を指さす。

「通販で買えるのか」



滝川さんが呆れたように言った。



この盗聴器はどうやら通販で買えるもの。



つまり誰にでも簡単に手に入るもののようだ。



盗聴器をテーブルに置くと、滝川さんは私に向き直って聞いてきた。



「橋本さん。最近……もっと前でもいいですが、なにか心当たりがあるようなことはありますか?もっと前で言うなら、この手紙が来るようになった少し前に交流するようになった人物とか」



「さあ…… そういう出会いは記憶にありません…… 私みたいな専業主婦の人間関係はたかが知れていますから」



「なんでもいいんですけど」



佐山刑事が申し訳なさそうに聞いてくる。



私は再度思い出してみたが、心当たりのあるようなことは思い出せなかった。



「では、この盗聴器に気がついたころはどうです?盗聴器はバッグから見つかったとおっしゃいましたよね。そのバッグは頻繁に持ち歩いているものですか?」



「ええ。お気に入りでたいていは持ち歩いています」



「そういうバッグなら中身を見ることも多いでしょうから、盗聴器の方は気がつかれたとき、あおの少し前にバッグに入れられたと見るのが妥当でしょう。最近新しく交流するようになった人物、あるいは生活サイクルが変わったということはありますか?」



「それでしたら、最近はアートスクールに通うようになりました。そこで友達も新しくできたり」



「アートスクール?」



「はい。彫刻を習ったり。そうそう!そこのスクールは一華が開いているんです」



「一華というと、小川一華さんですか?」



「そうです」



私はそこでできた友人、下島さんと斉藤さんのことも話した。



そして浩平君のことも。



もちろんデートに誘われたとかそういうことは言っていない。



一華の勧めで二人で美術館に勉強しに行ったことや、スクール内ではわりと話すということを言った。



そして一華のこと。一華も最近交流するようになったといえばその通りだからだ。



滝川さんは私が話すことをメモしていた。



「あと、最近になって知り合ったといえば滝川さんと佐山さんもそうですね」



私が笑顔で言うと「ああ、そうですね。たしかにそうでした」と、滝川さんは笑みを見せた。



「それから小野寺さんという刑事さんも」



「小野寺さんが?」



「滝川さんご存知でしたの?小野寺さんは所轄の刑事さんで、滝川さんとは接点がないと思いますけど」



私が首をかしげて言うと佐山刑事が「今回の事件で、捜査本部が目白署に立ったんですよ。小野寺さんはそこの一員ですから」と、言った。



「おい!」



「あっ……すみません」



滝川さんに鋭く言われ、佐山刑事が謝る。



「あのう……なにか?私が知ってはいけないことでしたか?」



「いえ。橋本さんが困るようなことはありませんよ。ただ、事件捜査にどういう刑事がかかわっているか、それを部外者に漏らすのは良いことではありませんので」



「そうですよね。でも私、知ってしまいましたし」



「ここだけの話にしておいてください」



「はい。滝川さんがそうおっしゃるのなら」



私が微笑むと滝川さんは目をそらした。



「小野寺さんといえば……」



「小野寺さん、いえ、小野寺がどうかしましたか?」



小野寺の名前を口にした時の滝川さんの顔を見て、彼がなにか小野寺に対して良くないイメージを持っていることがわかった。



「あの方はどういう方なんでしょう?なんだか私の中学時代から高校の話までされて……私の昔のことをいろいろと気にされているみたいですが、それが何か今回の事件と関係あるんでしょうか?」

「いえ、それは」



滝川さんの表情が一瞬だが険しくなったのを私は見逃さなかった。



「小野寺さんはたしか、一華の母親が自殺したときに担当されていた刑事さんなんですが、そのときも私や一華に対して何度も質問してきました。まるで犯人扱いされてるみたいで怖かったし、非常に不快だったのを覚えています。それが今回のことで自殺の件が終わってからも……こんな言い方は悪いのですが、私や一華のことを嗅ぎまわっていたなんて。もしかして今回のことも私たちを犯人扱いしているんじゃあないですか?」



「いや、橋本さんそれは違います。現段階としてはそうした方向ではありません」



「現段階?じゃあ段階が進めば私のことを?」



「すみません。言い方が悪かったです。ただ、ご理解いただきたいのは現在捜査がどういう方向でとか、そうした話を第三者に話すことはできないのです」



「さっきの話ですけど、盗聴や変な手紙の心当たりがありました。小野寺さんですよ。私が最近関わった人で小野寺さん以外にこんなことする人はいません。これだって私を疑っているから盗聴しようとしたんじゃないかと思えてきます」



「橋本さん。小野寺が不愉快な思いをさせたことは私から謝罪します。本当に申し訳ございませんでした」



滝川さんが頭を下げると、隣にいた佐山も倣って「すみませんでした」と、頭を下げた。



「そんな。滝川さんたちが謝ることじゃありませんよ。顔を上げてください」



「橋本さん。我々の仕事というものはなんでも疑ってかかるものです。そんなことは橋本さんに関係ないのは承知しています。ですが小野寺も悪意があってのことではないと思います。少なくともこういう盗聴だとか手紙といったことは彼の仕業ではないと私は思っています」



「随分と信頼されているんですね」



「はい」



警視庁と所轄の刑事といっても、同じ事件を操作する仲間だ。



そう言うしかないのだろうとは理解しても、私にはいまいち納得がいかないものだった。



しかし、こうして私に頭を下げている滝川さんの誠実さを見ていると、今はこれ以上いうのはよそうと思えてきた。



「滝川さん。滝川さんは私のことを疑っていますか?私がなにか事件に関与していると思っていますか?」



「いえ。そんなことは」



私は居住まいを直すと、滝川さんの目をじっと見た。



すると滝川さんも姿勢を正して「橋本さん。こんなことは何の足しにもならないと思いますが、私はあなたのことを疑ってはいません」と、まっすぐ私を見返して言った。



「それは本当ですか?信じてよろしいですか?」



「はい」



この間、私の視界には滝川さんしかいなかった。



となりにいる佐山刑事のことは思考にも入っていなかった。



「わかりました。私は滝川さんが信じてくれるならそれでいいです」



そう言って微笑んだ。私の張り詰めた雰囲気が和らぐのを感じて、滝川さんの表情も緩んだように感じた。



「あ、あの。自分も疑っていませんから」



この場の空気を読んだかのように、佐山刑事が慌てて言う。



それを受けて私は「ありがとうございます」と、笑顔で返した。



その後は話が戻って、私の最近のことになったが参考になるような心当たりはなかった。