「お婆ちゃま、このお城〝幽霊〟がおりますわ」
デュラハン伯爵と会話した翌日。
グラニーが用意してくれた朝食を食べながら、キャサリンは昨夜あったことを説明する。
「昨日の夜、首なし幽霊が私に話しかけてきましたの! すっごく怖かったですわ!」
「まぁまぁ、キャサリンは幽霊さんが見えるのねぇ」
おっとりとした様子で、特段驚いた様子もなくキャサリンの話を聞くグラニー。
そんな彼女の態度に、キャサリンはやや拍子抜け。
「お、お婆ちゃまは幽霊が出たと聞いても驚かないんですの……?」
「ええ、この城は昔から幽霊さんが出ると有名だから。でも私は会えたことがなくってねぇ」
話を聞くグラニーは、むしろどこか羨ましそうですらあった。
そういえば、とキャサリンは周囲を見回してみる。
今朝食を取っている小さなリビングには、所々にお供え物のようなモノが置かれている。
バスケットに果物が入れられていたり、花瓶に花が飾られてあったり。
キャサリンの知る限り、この世界にはお供え物という文化は基本的に存在しない。
それでも置かれてあるということは、〝同居人に振る舞う〟という意味合いが強いのかもしれないとキャサリンは解釈した。
「それで幽霊さんは、なにか言ってたのかい?」
「ふぇ? え~っと……私とお婆ちゃまは、いい居住者だと……」
「そうかいそうかい。それはよかったねぇ」
キャサリンの報告を聞いたグラニーは、満足そうに笑みを浮かべる。
「キャサリンよ、もしもまた幽霊さんに会えたら――伝えてくれるかい?」
「い、いいですけれど……なんてお伝えすればいいんですの?」
「――〝私の孫と仲良くしてやってください〟って」
▲ ▲ ▲
――夜。
昨日と同じく城の中は真っ暗になり、キャサリン以外はとっくの昔に寝静まっている。
もっとも、キャサリン以外の生きた人間などグラニーしかいないだが。
「……そろそろ来そうですわね」
ベッドの上でむんずと腕を組み、自分を尋ねてくるであろう来訪者を待ち構えるキャサリン。
すると、〝コンコン〟とドアがノックされる。
「入ってよろしいですわよ」
『ありがとう、失礼する』
声が返ってきたかと思えば、次の瞬間デュラハン伯爵がニュッとドアを貫通して入室。
身体が幽体なので、どうやらドアをすり抜けるのも自由自在らしい。物理的にドアをノックできていたことから、物質に触れる触れないは自分の意志で調節可能ということがわかる。
ちなみに今日はちゃんと首がくっ付いており、一応デュラハンしていない。
だがてっきり普通にドアを開けられるモノだと思っていたキャサリンは、ドアをすり抜けてくる光景に絶句。
一瞬白目を剥いて意識が遠のきかけるが、どうにか耐えた。
相変わらず彼女はホラー耐性が皆無であった。
『こんばんは、ミス・キャサリン。起きていてくれて嬉しいよ』
「あ、予め訪ねると言われているんですもの。なら客人を待つのは礼儀ですわ」
『ハッハッハ、しっかりしたお嬢さんだ』
愉快そうに笑うデュラハン伯爵。
彼はキャサリンの怖がりでありながらもどこか豪胆で、幽霊である自分に対して「対等に話してやる!」という姿勢を見せてくるのが実に好ましかった。
『さてと、それでは参ろうか。皆がキミを待っている』
「……どうしても会わなきゃダメですの?」
『ああ、ぜひ』
エスコートさせて頂くよ、とデュラハン伯爵は手を伸ばす。
正直、キャサリンは凄く嫌だった。めちゃくちゃに嫌だった。
なにが楽しくて新しいホラー体験をさせられなきゃならないねん、と心の中で突っ込みまくっていた。
だが、少なくともデュラハン伯爵は紳士的である。
驚かそうとしてきたりちょっとお茶目なところはあるが、住居人として自分と祖母を歓迎してくれている。
それに元城主というのが本当なら、蔑ろにするのも気が引けた。
キャサリンは「誠実さは美徳であり、大事なこと」だと思っていた。
それはバリキャリだった前世に、大変な仕事を色々やってきて学んだことでもあった。
ビジネスの場面において信頼関係というのはとても大事で、相手を信じられない、あるいはこちらを信用してもらえないという時は、決まって企画が上手く運ばなかったのである。
互いに敬意を払う。相手を信頼する。そして自分も信用してもらう――。
これはとても重要なことだと、キャサリンは骨身に染みていた。
……ここで断れば、ここで逃げれば、デュラハン伯爵との関係に禍根を残しかねない。
同じ場所に住む者同士として、そして祖母のためにも、関係がもつれるのは避けたい――とキャサリンは思った。
「……わかりました。エスコート、お願いしますわ」
キャサリンに覚悟を決め、ベッドを下りてデュラハン伯爵の手を取った。
――デュラハン伯爵に連れられ、キャサリンは城の中を歩く。
真っ暗な廊下を、蠟燭の灯りだけを頼りに進んでいく。
もっともデュラハン伯爵は暗い場所もよく見えているようで、灯りなどなくとも大丈夫そうな様子。
幽霊に連れられて暗い廊下を歩くというのは、なんだか変な感じだな……ホラー映画の主人公みたい……と思ったりするキャサリン。
そうしてしばらく城の中を歩くと、デュラハン伯爵はとある一室の前で立ち止まる。
そこは元々応接間として使われていた場所らしく、今ではほぼ全く使われていない部屋でもあった。
『ここで皆が待っている。きっと全員、キミのことを気に入るだろう』
ワクワクとした様子で、デュラハン伯爵は部屋のドアを開ける。
すると、キャサリンの目に飛び込んできたモノは――
『――まあ、おかえりなさいハンニバル! その方がキャサリンさんなのね!』
『わ、私、恥ずかしいです……。百年ぶりの生者さんと、な、なにをお話すればいいのか……!』
『ふむ、確かに僕たちが見えるらしい。骨が熱くなってきたな』
逆さま状態になって宙に浮く貴婦人、
修道女の服を着た透明人間、
ゆらゆらと燃える青白い炎に全身を包まれる骸骨――
そんな、新たな三体の幽霊の姿だった。
彼女たちを見たキャサリンは、
「…………きゅう」
耐えられず失神。
バターンッ、とその場に倒れるのだった。
デュラハン伯爵と会話した翌日。
グラニーが用意してくれた朝食を食べながら、キャサリンは昨夜あったことを説明する。
「昨日の夜、首なし幽霊が私に話しかけてきましたの! すっごく怖かったですわ!」
「まぁまぁ、キャサリンは幽霊さんが見えるのねぇ」
おっとりとした様子で、特段驚いた様子もなくキャサリンの話を聞くグラニー。
そんな彼女の態度に、キャサリンはやや拍子抜け。
「お、お婆ちゃまは幽霊が出たと聞いても驚かないんですの……?」
「ええ、この城は昔から幽霊さんが出ると有名だから。でも私は会えたことがなくってねぇ」
話を聞くグラニーは、むしろどこか羨ましそうですらあった。
そういえば、とキャサリンは周囲を見回してみる。
今朝食を取っている小さなリビングには、所々にお供え物のようなモノが置かれている。
バスケットに果物が入れられていたり、花瓶に花が飾られてあったり。
キャサリンの知る限り、この世界にはお供え物という文化は基本的に存在しない。
それでも置かれてあるということは、〝同居人に振る舞う〟という意味合いが強いのかもしれないとキャサリンは解釈した。
「それで幽霊さんは、なにか言ってたのかい?」
「ふぇ? え~っと……私とお婆ちゃまは、いい居住者だと……」
「そうかいそうかい。それはよかったねぇ」
キャサリンの報告を聞いたグラニーは、満足そうに笑みを浮かべる。
「キャサリンよ、もしもまた幽霊さんに会えたら――伝えてくれるかい?」
「い、いいですけれど……なんてお伝えすればいいんですの?」
「――〝私の孫と仲良くしてやってください〟って」
▲ ▲ ▲
――夜。
昨日と同じく城の中は真っ暗になり、キャサリン以外はとっくの昔に寝静まっている。
もっとも、キャサリン以外の生きた人間などグラニーしかいないだが。
「……そろそろ来そうですわね」
ベッドの上でむんずと腕を組み、自分を尋ねてくるであろう来訪者を待ち構えるキャサリン。
すると、〝コンコン〟とドアがノックされる。
「入ってよろしいですわよ」
『ありがとう、失礼する』
声が返ってきたかと思えば、次の瞬間デュラハン伯爵がニュッとドアを貫通して入室。
身体が幽体なので、どうやらドアをすり抜けるのも自由自在らしい。物理的にドアをノックできていたことから、物質に触れる触れないは自分の意志で調節可能ということがわかる。
ちなみに今日はちゃんと首がくっ付いており、一応デュラハンしていない。
だがてっきり普通にドアを開けられるモノだと思っていたキャサリンは、ドアをすり抜けてくる光景に絶句。
一瞬白目を剥いて意識が遠のきかけるが、どうにか耐えた。
相変わらず彼女はホラー耐性が皆無であった。
『こんばんは、ミス・キャサリン。起きていてくれて嬉しいよ』
「あ、予め訪ねると言われているんですもの。なら客人を待つのは礼儀ですわ」
『ハッハッハ、しっかりしたお嬢さんだ』
愉快そうに笑うデュラハン伯爵。
彼はキャサリンの怖がりでありながらもどこか豪胆で、幽霊である自分に対して「対等に話してやる!」という姿勢を見せてくるのが実に好ましかった。
『さてと、それでは参ろうか。皆がキミを待っている』
「……どうしても会わなきゃダメですの?」
『ああ、ぜひ』
エスコートさせて頂くよ、とデュラハン伯爵は手を伸ばす。
正直、キャサリンは凄く嫌だった。めちゃくちゃに嫌だった。
なにが楽しくて新しいホラー体験をさせられなきゃならないねん、と心の中で突っ込みまくっていた。
だが、少なくともデュラハン伯爵は紳士的である。
驚かそうとしてきたりちょっとお茶目なところはあるが、住居人として自分と祖母を歓迎してくれている。
それに元城主というのが本当なら、蔑ろにするのも気が引けた。
キャサリンは「誠実さは美徳であり、大事なこと」だと思っていた。
それはバリキャリだった前世に、大変な仕事を色々やってきて学んだことでもあった。
ビジネスの場面において信頼関係というのはとても大事で、相手を信じられない、あるいはこちらを信用してもらえないという時は、決まって企画が上手く運ばなかったのである。
互いに敬意を払う。相手を信頼する。そして自分も信用してもらう――。
これはとても重要なことだと、キャサリンは骨身に染みていた。
……ここで断れば、ここで逃げれば、デュラハン伯爵との関係に禍根を残しかねない。
同じ場所に住む者同士として、そして祖母のためにも、関係がもつれるのは避けたい――とキャサリンは思った。
「……わかりました。エスコート、お願いしますわ」
キャサリンに覚悟を決め、ベッドを下りてデュラハン伯爵の手を取った。
――デュラハン伯爵に連れられ、キャサリンは城の中を歩く。
真っ暗な廊下を、蠟燭の灯りだけを頼りに進んでいく。
もっともデュラハン伯爵は暗い場所もよく見えているようで、灯りなどなくとも大丈夫そうな様子。
幽霊に連れられて暗い廊下を歩くというのは、なんだか変な感じだな……ホラー映画の主人公みたい……と思ったりするキャサリン。
そうしてしばらく城の中を歩くと、デュラハン伯爵はとある一室の前で立ち止まる。
そこは元々応接間として使われていた場所らしく、今ではほぼ全く使われていない部屋でもあった。
『ここで皆が待っている。きっと全員、キミのことを気に入るだろう』
ワクワクとした様子で、デュラハン伯爵は部屋のドアを開ける。
すると、キャサリンの目に飛び込んできたモノは――
『――まあ、おかえりなさいハンニバル! その方がキャサリンさんなのね!』
『わ、私、恥ずかしいです……。百年ぶりの生者さんと、な、なにをお話すればいいのか……!』
『ふむ、確かに僕たちが見えるらしい。骨が熱くなってきたな』
逆さま状態になって宙に浮く貴婦人、
修道女の服を着た透明人間、
ゆらゆらと燃える青白い炎に全身を包まれる骸骨――
そんな、新たな三体の幽霊の姿だった。
彼女たちを見たキャサリンは、
「…………きゅう」
耐えられず失神。
バターンッ、とその場に倒れるのだった。
