「――はぁうあっ!」

 ガバッ、とキャサリンはベッドの上で起き上がる。

「ハァ……ハァ……ゆ、夢……? アレは夢ですの……?」

 びっしょりと冷や汗をかきつつ、彼女はどうにか呼吸を落ち着かせる。
 部屋の中はまだ暗いため、どうやら夜は明けていない。
 蠟燭(ろうそく)が照らす仄かな光が、部屋全体を照らしている。

 私は確かトイレに行った帰り道だったはず……でも気付いたらベッドの上……。
 そうですわ、アレはきっと夢だったんですの! そうに違いありませんわ!
 ――と自分で自分を納得させるキャサリン。

「ゆ、夢でよかったですわ…。そうですわよね、幽霊なんて実在するワケありませんもの!」
『いいや、実在するぞ?』
「……え?」
『なんなら、ここにいる』

 キャサリンの言葉に答える謎の声。
 その声は彼女の頭の中で反響するかのように不思議な聞こえ方をして、まるで脳内に直接語りかけてきているかのよう。
 恐る恐る、彼女が頭を横に向けてみると――そこには、ベッドの横に佇むイケメンの男性貴族の姿があった。
 しかし今度は、ちゃんと首が繋がっている。

「あ……ああああああ、あなた……!」
『先程の失礼はお詫びしよう。だが長らく幽霊なんてやっていると、どうにも生者を驚かせたくなってしまうのだ。許してくれ』

 ハッハッハと笑う首なし幽霊、もといデュラハン伯爵。
 キャサリンを部屋のベッドまで連れてきたのは、なにを隠そう彼であった。

 デュラハン伯爵の姿は生きている人間のそれとなんら変わりなく、むしろ生き生きとしている。
 だが全身がやや半透明になっており、文字通りの意味で存在感――というより実体感がない。
 彼が幽霊であるという事実は、改めてキャサリンが見ても疑いようがなかった。

 キャサリンは困惑する。
 幽霊なのに、どうしてこんなに馴れ馴れしいのかと。
 彼女が持つ幽霊のイメージはホラー映画などに出てくるソレで、とにかく恐ろしい存在だった。
 テレビの中から這い出てきたり、呪いの家に住み着いていたり、化け物には化け物をぶつけてみたり……のような。
 しかしこの幽霊、なんだかとてもカラッとしている。
 それに当たり前みたいに会話までしてくる。
 オマケに笑顔が眩しい。
 さっきは驚きのあまり気絶してしまったが、こうして改めて目の前にしてみると、なんだかあまり怖くないような……とキャサリンは頭の上に「???」を並べる。

「え、えぇ~っと……あなたさっきは、頭と身体が離れていらっしゃったような……?」
『ああ、しっかり離れているぞ。ほら』

 両手で頭を掴み、スポッと身体から離して見せるデュラハン伯爵。

『俺の最期はギロチンによる断頭でな。それが所以かはわからんが、こうして頭の付け外しができるのだ』

 彼は嬉々として説明する。
 その光景を見たキャサリンは――

「…………きゅう」

 再度気絶。
 パタリとベッドの上で倒れた。

『あ、ああっ、すまない! しっかりしてくれ! ほら、怖くない怖くない……!』

 デュラハン伯爵は頭を元の位置に戻し、キャサリンの身体を揺さぶってどうにか目覚めさせる。
 この時彼は、キャサリンが極度の怖がりであることをようやく理解した。

『わ、悪かった、キミがそんなに怖がりだとは思わなくて……』
「……もし次、また同じことをしたら、今度は私が幽霊になっちゃうかもしれませんわね……」

 心臓発作とか起こして、と引き攣った笑顔を浮かべながら言うキャサリン。
 とりあえずどうにか平静を取り戻した彼女は、

「それであなたは……なんとお呼びすればよろしかったかしら?」
『俺はハンニバル・ホプキンス伯爵。〝デュラハン伯爵〟と呼んでくれ。この異名が気に入っているモノでね。そういうキミは?』
「私はキャサリン・ホワイト。キャサリンと呼んで頂いて結構ですわ」

 軽く自己紹介したキャサリンは訝しげにデュラハン伯爵を眺め、

「それでデュラハン伯爵、えっと……どうしてあなたは幽霊なのに普通に見えて、オマケに会話までできるんですの?」
『いいや、普通は見えないし会話もできない』
「……?」
『キミが特別なんだ。俺たち死者は基本的に、生者と関わることはできない』

 物を触ったり持ち上げたりはできるけどね、と彼は説明。
 それを聞いて、キャサリンは小首を傾げる。

「じゃ、じゃあ何故私は……?」
『ごく稀にだが、死者と意思疎通が図れる特異な能力を持った人間が生まれることがある。キミはその能力者らしい』

 デュラハン伯爵はその場で床に片膝を突き、キャサリンの手を取る。

『俺たち幽霊が見える者と出会えたのは、かれこれ百年ぶりだ。キミと出会えたこと、嬉しく思う』

 キリッとした端正な顔立ちと、紳士的な態度。
 それはキャサリン胸を一瞬ドキリとさせるには充分過ぎるモノだった。
 彼が幽霊でなければ、この瞬間に惚れていたかもしれない。

『改めて自己紹介をさせてくれ。俺は三百年前、処刑されるまでこの城の城主だった。だから()ではあるが、主としてキミを歓迎させてほしい』
「元城主……それなら私やお婆ちゃまを追い出したりしませんの?」
『しない。昔は気に入らない者を脅かして追い出したりもしていたが、もう飽き飽きした』

 デュラハン伯爵は「それに」と言葉を続け、

『ミセス・グラニーもキミもいい居住者だ。今では見る影もなくなったこの古城を、大事にしてくれる。それで充分さ』
「デュラハン伯爵……」
『さてと』

 デュラハン伯爵は立ち上がり、

『今日はひとまず、これにてお暇させて頂こうと。淑女の眠りを妨げるのは、紳士のやることではないからね』
「え、あの……」
『明日の夜、改めてご挨拶に伺うよ。その時はぜひ、他の幽霊たち(・・・・・・)も紹介させておくれ』

 そう言い残し、スゥッとドアをすり抜けて消えていった。
 最後のデュラハン伯爵の言葉を聞いたキャサリンは、

「……他って……この城、まだ他にも幽霊がいるんですのーっ!?」

 もの凄く嫌そうな表情で、白目を剥いていた。