「いらっしゃい。あなたがキャサリンなのねぇ」

 馬車から降りたキャサリンを出迎えてくれたのは、優しげな顔をしたヨボヨボのお婆さんだった。
 見る限りかなりの高齢で、顔はシワだらけで腰はくの字に曲がっており、杖を突いている。
 彼女はキャサリンの姿を見るなりなんとも嬉しそうにし、

「初めまして、私はグラニー。あなたのお婆ちゃんですよ」
「は、はぁ……?」
「長旅疲れたでしょう。さあさあ、城の中でゆっくりしましょう。お茶を淹れてあげましょうねぇ」

 温かな歓迎ムードで城の中へと迎え入れてくれる。

 なんだか、キャサリンが想像していた歓迎(・・)とはだいぶイメージが違った。
 彼女はもっと「フン、お前があのバカ息子の娘かい!」みたいな露骨に嫌悪感を露わにされるものと思っていた。
 利用できるだけ利用して、ボロ雑巾のように使い捨ててやる……という態度を隠さないような。
 借金を苦にして娘を見捨てて蒸発するような父親と、大喧嘩の末に領地から追われたというのだから、それはそれは歪んだ愛憎を全力投球でぶつけられるんだろうな……と。

 しかし、グラニーからそういった嫌味な雰囲気は微塵も感じられない。
 それどころか文字通り普通に(・・・)歓迎してくれている様子。

 城の中に入り、グラニーが普段過ごしているであろう小部屋へと招かれたキャサリン。
 グラニーはキャサリンを椅子へ腰掛けさせると、すぐにお菓子と温かい紅茶を持ってきてくれる。

「さあ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます、ですわ……」

 まるで知人から預けられた猫のようにカチコチに緊張したキャサリンは、とりあえず紅茶一口。
 うーん、どうやら変なモノは入っていなさそう……と警戒しっぱなし。
 だが、

「ウフフ」

 そんなキャサリンとは対称的に、祖母であるグラニーはとても和やか表情をしていた。
 それはもう、妙なことなんて絶対に考えてもいなさそうな。
 これでもし心の内で悪いことを考えているのだとしたら、もうポーカーフェイスを通り越して詐欺師にでもなれるだろう、なんてキャサリンは思ったり。

「あ、あの~……グラニー様?」
「お婆ちゃんって呼んで頂戴な。私たちは祖母と孫なんですからねぇ」
「そ、それではお婆ちゃま? どうして私を歓迎してくださるんですの?」

 キャサリンは尋ねる。
 どうにも腑に落ちなかったから。

「お婆ちゃまはお父様と大喧嘩して、領地を追い出されたと聞きましたわ。そのお父様の娘である私に対して、どうして……」
「ああ……息子とは確かに色々あったけれど、もう昔の話ですよ。それに孫が困っていると聞かされて、居ても立っても居られなくて」

 グラニーはどこか懐かしむように、言葉を紡いでいく。

「私はどうしても、孫の顔を一度見ておきたくってねぇ」
「私の顔を……?」
「あなたが生まれたと聞いてから、一度も会えずじまいだったから……。やっぱりお婆ちゃんにとって、孫というのは特別な存在なのよ」

 グラニーはキャサリンへと近付き、彼女の小さな手を取る。

「……私はねぇ、もう長くない(・・・・)と思うの」
「え――?」
「少し前から、心臓に病を患っていてね。お医者様からは治らないと言われたわ」
「そ、そんな……!」
「いいのよキャサリン。私は充分生きた。それに最後の心残りも、こうして解消できたんだもの」

 グラニーは優しい瞳で、キャサリンのことを見つめる。

「あなたを引き取ったのは、私の最後の我儘を叶えるため。――会えてよかったわ、キャサリン」
「お婆ちゃま……」
「ここでの暮らしは裕福とは言えないだろうし、残された時間は短いかもしれないけれど……仲良く暮らしていきましょう?」
「――はい、ですわ!」

 この時、キャサリンは確信した。
 グラニーには企みや下心などないと。
 彼女はただ、孫である自分に会いたかっただけなのだと。

 キャサリンはショックだった。
 こんな善人が、こんなにいい人が自分の祖母だったなんて――と。
 彼女は感謝してもし切れないくらい、心の底から感動していた。

 同時に考え始める。
 どうすればお婆ちゃまに恩返し(・・・)できるだろうか、と。
 こんなにいい人には、最後まで幸せな人生を歩んでもらいたい。
 それでいて、できれば〝形〟として感謝を伝えられればなぁ――なんてキャサリンが思っていると、「ああ、でも」とグラニーが言葉を続ける。

「心残りと言えば、もう一つあるわねぇ」
「? それはなんですの?」
「私が亡くなった後、あなたにこの古い城しか残せないことよ。こんな城じゃ、売っても大したお金にならないからねぇ……」
「なにを仰いますか、お婆ちゃま!」

 申し訳なさそうに話すグラニーに対し、キャサリンはドーンと胸を張る。

「売るだなんてとんでもない! 私、お婆ちゃまと一緒に住むこのお城が気に入りましたわ!」
「そ、そうかい?」
「ええ勿論! 私にお似合いのお城でしてよ! オーッホッホッホ!」

 祖母の不安を払拭するべく、豪快に高笑いを上げるキャサリン。

 しかしこの時、彼女は大事なことを忘れていた。
 この城は――〝幽霊城〟と呼ばれていることを。

 そして祖母と一緒に暮らし始めたこの日の夜、キャサリンはすぐに自分の発言を後悔することになる。