「……異世界転生モノって、得てして最初は苦労することが多いけれど……流石にクソゲーすぎですわ……」

 馬車に揺られながら、革製のスーツケースを傍らにキャサリンはポツリと呟く。

 前世ではそれほどゲームはやらなかったし、クソゲーというモノに造詣が深いワケでもないが、それでもこの境遇は間違いなくクソゲーでしょ……とキャサリンは確信していた。
 昔「人生はクソゲー」なんて言葉が流行ったりしたが、今この状況がまさにそれ。
 もうキャサリンは泣きたかった。

「お客さん、目的地が見えてきましたよ」

 馬車の手綱を引いていた御者のおじさんは、キャサリンに向かって言う。
 どうやら目的地である『ホプキンス城』が近付いてきたらしい。

 ――キャサリンの祖母グラニーは、かつてホワイト家が所有していた領地とは離れた別の領地に暮らしている。

 ホワイト家を追われてしまったグラニーはかつて懇意にしていたメイトランド家を頼り、その領内にある既に使われていない古城を格安で買い取ったのだという。
 それが――『ホプキンス城』。
 以来グラニーは『ホプキンス城』に住み続け、これからはそこがキャサリンの家となると。

 最初にその話を聞いた時「幾ら使われていないとはいえ他家の人間に城を売り渡すなんて、メイトランド家はえらく太っ腹なのだな」とキャサリンは思ったりしたものだ。

「ハァ……どれどれ、私の新たなお(ウチ)はどんな場所かしら――」

 古城と呼ばれるくらいだし、きっと古びた城なのだろう……と彼女は思いつつ馬車から僅かに顔を出し、進行方向を視界に収める。
 すると、確かにそこには城があった。
 小高い丘の上にポツンとそびえ立つ、割と大きな灰色の古城が。
 あったにはあった、のだが――

「――って、想像の百倍くらいクッソボロボロですわ~ッ!」

 キャサリンの目に映った城。
 それは彼女が思っていたよりずっとずっと古くてボロボロで小汚い、今すぐ倒壊してもおかしくないレベルのオンボロ城だった。
 城全体が碌に手入れもされていないらしく、城壁は草や苔が生え放題。
 遠目から見ても本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるほど、荒廃し切った古城だったのである。

「嘘……嘘よ……アレが私の家だなんて、なにかの嘘ですわ……」

 絶句するキャサリン。
 嘘であってくれ、でなければなにかの間違いであってくれと、キャサリンは内心で神様に祈る。
 しかし彼女の祈りも虚しく、馬車は古城の方へと向かっていく。

「お嬢さん、これからあの城に住むのかい?」

 ふと、御者のおじさんがキャサリンに尋ねてきた。

「ふぇ? そ、そうなのかも、ですわね……」

 信じたくないけど、と思いつつ肯定するキャサリン。
 すると御者のおじさんは「はっはっは」と笑いながら、

「そうかいそうかい、なら気を付けな。あの古城には〝幽霊〟が住み着いてるって噂だから」
「……はい?」
「幽霊だよ、幽霊。ウチの領内じゃ昔から有名なんだ、『ホプキンス城』は幽霊に憑り付かれた〝幽霊城〟ってな」

 完全に他人事として、あっけらかんとして言う御者。
 だが対照的に、キャサリンの顔面は一気に蒼白になった。

「ゆ…………ゆゆゆゆ、幽霊~~~~!?」
「ああ、見たって言う人間が何人もいるんだ。頭と胴体が離れた貴族の幽霊とか、宙吊りになった貴婦人の幽霊とか、深夜の廊下を徘徊する顔のない修道女の幽霊とか……な」

 ご親切にもアレコレ教えてくれる御者のおじさん。
 一方、キャサリンは「なに余計なこと教えてくれてんですの、このオッサン~!?」と心の中でブチ切れまくる。

 実はキャサリンは、前世の頃から幽霊だのホラーだのといった類が猛烈に苦手だった。
 ホラー映画など鑑賞しようモノならお化けが出てくる前に失神し、夏の特番でよくやる怪談話を聞こうモノなら夜トイレに行けなくなるくらい、とにかくダメだったのだ。

 だからある意味、彼女にとって今の御者のおじさんの話はなによりも聞きたくなかった。
 だって今日から、その〝幽霊城〟で暮らすことになるのだから。

 メイトランド家が何故祖母(グラニー)に城を破格の値段で売ったのか、理由がわかった気がする……とキャサリンは一人納得する。
 もっとも、納得したからなんだという話でもあるが。

「ストップ! 馬車を止めて! 私帰ります! 自分の領地に帰りますわ~!」
「もう遅いよ~。ほい、到着っと」

 残酷にも、馬車は遂に『ホプキンス城』の前へと到着する。

 すると――城の前には、一人の老婆が佇んでいた。