「いよいよ明日、ですわね」

 ギルレモ子爵を〝幽霊城〟へと迎える、前日の夜。
 キャサリンは幽霊たちと共に決起会を開いていた。

「準備は万全……失敗は許されませんわ!」
『うむ、明日は必ずやギルレモ子爵に恐怖と感動を与えてみせよう』
『フフ、上手くいくといいですね』
『は、はわわ……子爵様をお迎えするなんて、おめかししなきゃでしょうか……!』
『興奮してきたな……骨がより燃え上がってきた』

 皆それぞれ奮起し、明日を楽しみにしている様子。
 キャサリンは一応最終確認を取ろうと、

「念のためもう一度確認しておきますけれど、デュラハン伯爵たち幽霊は基本的に普通の人間には見えないのですわよね?」
『ああ、だが例外(・・)が存在する。心が恐怖や不安に染め上げられた時のみ、普通の人間でも俺たちの姿が見えるようになる時がある。場合によっては触ったり、声が聞けたりもするようだ』

 デュラハン伯爵が答えてくれる。
 彼は言葉を続け、

『まあ見える触れると言っても、あくまで一時的なモノだがな。それに多くの場合は、その人間が怖いと感じるモノのイメージと重なって、歪ななにかとして五感が捉えるらしい』
「歪ななにか……例えば恐ろしい形相をしたように見えたり、恐ろしい声に聞こえたり、でしたわね」
『ふぅ、心外ですわ。私たちは可能な限り驚かせないように、落ち着いた声で微笑みかけているというのに……』

 残念そうにため息を漏らす逆さま婦人。
 逆さま状態のまま微笑みかけられても、それはそれで怖いような気もするけど……なんてキャサリンは思うが、言葉にはしないでおく。逆さま婦人を傷付いてしまいそうだから。

「では皆様は、最初にギルレモ子爵を不安にさせることに注力してくださいな。相手はオカルト好きのホラー好き。怖がらせるのは難しい相手だと思って、全力で挑んでくださいまし!」
『『おう!』』『『はい!』』
「ですが一点だけご注意を。〝幽霊城〟はあくまでお化け屋敷であって、アトラクションなのです。なにがあってもギルレモ子爵――お客様を傷付けてはなりません。特に人魂スケルトン様、あなたは役割的にもお気を付けあそばせ」
『うむ、承知している』

 人魂スケルトンはカタッと頷く。心なしか、彼の身体を包む炎もいつもより燃え盛って見える。

「では――明日は絶対、ギルレモ子爵を怖がらせますわよッ!」


 ▲ ▲ ▲



「――この度はご招待に預かり感謝致しますぞ、キャサリン・ホワイト侯爵令嬢殿」

 既に日没を迎えようかという時間帯。
 空は薄っすらと暗くなり始め、あと一時間もしない内に外は真っ暗になるであろうことがわかる。
 そんな頃合いに、ギルレモ子爵を乗せた馬車は『ホプキンス城』へと到着した。
 勿論、夜に近い時間帯の方がより楽しめると提案したのはキャサリンの方。

「ご足労頂けましたこと、心より嬉しく存じますわ、ギルレモ・デル・ロロ子爵様。本日は私めが開業(プレオープン)した〝お化け屋敷〟を、存分にお楽しみくださいませ」

 スカートの裾を摘まみ、しゃなりとお辞儀をするキャサリン。
 そんな彼女の姿に、ギルレモ子爵は「うーむ」と唸って顎髭を撫でる。

「しかし驚きましたぞ? ホワイト侯爵家のご令嬢と言えば、少し前に領地から追い出されたと聞いたばかりですからなぁ」

 ギルレモ子爵はぽっこりと突き出たお腹と見事な顎髭、そして丸眼鏡が特徴の初老の男性。
 些か気難しそうな顔つきをしており、微妙にキャサリンを小馬鹿にしたように笑う。
 キャサリンが生家であるホワイト侯爵家から追い出された話は、どうやら他領地の貴族たちにも広まっているらしく、開口一番にギルレモ子爵にそこを突かれたキャサリンは改めて父親と元婚約者を恨む。
 あのバカ父親め、メンツに泥を塗ったのは自分じゃなくて婚約者の方だろーが、と。
 意味不明な理由で婚約破棄したあのアホ婚約者も、もし生きてまた会えたら、顔に冷や水の一つでもぶっかけてやるぞ……と。

 とはいえ、彼にバカにされるのもキャサリンにとっては想定の内。
 言ってしまえば、彼女は没落貴族。生家から見捨てられた事実上の負け犬なのだから、他の貴族に露骨に見下されてもなにもおかくしくはない。
 ましてや権力を失った上位貴族など、それより下の爵位の貴族からしてみれば貶めてバカにするには格好の的。
 だからキャサリンは、ギルレモ子爵からなにを言われようと覚悟の上だった。

「まさかそのホワイト侯爵家のご令嬢が――ましてやこんなにもお若い方が、〝お化け屋敷〟などという珍しい事業を始められるとは」

 ギルレモ子爵は皮肉を交えつつも、少し楽しそうな表情でキャサリンの背後にそびえ立つ『ホプキンス城』を眺める。
 おそらく彼は本当にホラーやオカルトの類が好きなのだなと、キャサリンには一目でわかった。だから彼女を貶すよりも〝幽霊城〟を体験できるワクワク感の方が多少勝っているのだろうと。

「それも、あの本物が出ると噂の『ホプキンス城』でときたものだ。お手紙を頂いた時は思わず目を疑いましたぞ」
「あら、このお城をご存知でしたのね」
「勿論、領内のオカルト好きには名の知れた存在ですからな。ここに住まわれて事業を始められるとは、キャサリン殿もよほどの怖いモノ好きとお見受けできる」

 完全にキャサリンのことをホラー愛好家と思い込んでいるギルレモ子爵。
 対して「そんなワケないだろーが」とキャサリンは心の中で激しく突っ込む。こちとら祖母のために必死で怖いの我慢しとるんじゃい、と。
 しかしそんなことを一言でも漏らせばムードが台無しになるので、肯定も否定もしないでおく。

「これまで中々尋ねる機会がなかったのですが、今日がいよいよその日だ。……ま、〝お化け屋敷〟としては過度な期待はしておりませんが……少しは怖い思いをさせて頂けるのですかな?」

 明らかに上から目線の、舐めた態度。
 彼からすればキャサリンの〝お化け屋敷〟を楽しみに来たというより、噂に名高い『ホプキンス城』を観光に来たという感覚なのだろう。
 言わばギルレモ子爵は舌の肥えた客。ちょっとやそっとでは靡かないぞという自負心があるのだ。
 そんなこと、キャサリンはわかり切っている。こういう相手も前世では何度か相手してきた。
 だからこそ――

「勿論ですわ! ――最高の恐怖をご提供致します」

 堂々と、彼女は宣言する。
 ギルレモ子爵は付き添いの護衛をその場に待たせ、キャサリンに誘われるまま城内へ。城門へと続く長い橋を渡り、中庭へと入る。
 人気など全くない中庭は静寂そのもの。今にも地平線の向こうに隠れてしまいそうな夕陽が、古びた石壁を紅く照らしている。今にも夜闇に沈んでしまいそうな鮮やかな色合いと静寂さが相まって、『ホプキンス城』は不気味な様相を醸し出していた。

 二人は最初の建物へと入る。
 そこは元々使用人居住区として使われていた場所だったがとうの昔に使われなくなり、現在は廃墟同然となっている。
 そんな使用人居住区が、最初のスタート地点。
 日没直前ということもあって建物の中は非常に暗く、灯りがなければ足元も碌に見えない。キャサリンは蝋燭(キャンドルホルダー)に火を灯し、ギルレモ子爵を先導。
 その最中、キャサリンはこんな風に会話を切り出した。

「――ところでギルレモ子爵、あなた様は『ホプキンス城』の歴史についてどれほどご存知でしょうか?」