星簇くんの恋愛攻略教室〜天才占い師さまは、俺にだけズルくて甘い〜

  今まで黙っていた天川さんが口を開いた。温度差の激しい空間が一瞬にして一定になった。

 え?

 遠くから彼女の姿を見つめる。

「だって、あんなに好きって言う気持ちを言葉で伝えるのって難しいもん。私きっと出来ないよ」

 天川さんは何気ない態度で続ける。

「それに一目惚れって言われたってことは、私のこと可愛いとか綺麗とか思ってくれてたってことでしょう? 私、彼のこと振っちゃったけれど、真っ直ぐに言われてちょっとドキッてしちゃった。だって、メールで好きだって告白されても文面からじゃ気持ちが伝わりにくい時だってあるでしょう?」

「それは…そうだけれど」彼女たちは言い淀む。

 しかし、天川さんは止まらなかった。

「きっとそうやって言えるのは、真正面から好きだって言われたことがないからだよね」

 教室の入り口。俺たちの攻防戦はいつの間にか終わっており、二人して天川さんの言葉に圧倒されてた。

「……天川さん」 

「え? ひ、姫路くん?!」

 天川さんは俺たちの存在に気づき、目を丸くさせる。俺はその場に居たくなくて、急いで駆け出していた。

 後ろから文月と天川さんの声が飛び交う。そして、一つの足音も聞こえてきた。

「姫路くん!」

「あ、天川さん……」俺は彼女の方を向けなかった。

「ごめん。さっきの話、盗み聞きしちゃってた」

「あ、それは気にしないで。寧ろ嫌な思いさせちゃったでしょ? 謝るのは私の方だから。ごめんね」

「違う。俺、天川さんのこと怖がらせちゃったかもって。迷惑ばっかりかけちゃったって……。星簇くんにもなんて言ったら、いいか分からなくて」

 自分勝手に生きてきちゃったから、星簇くんの言い付けも何も守れてない。俺、最低だ。

 だけど、天川さんは拍子抜けた声で惚ける。

「え? どうしてそこで彦が出てくるの?」

 俺はこのと真相を洗いざらい話した。

「俺、最初は天川さんにもう一度告白したくて、星簇くんに頼んだんだ。でも星簇くんと関わって行くうちに、星簇くんのことばっかり考えてちゃって……。俺、どうしたら良いのか分からなくて」

 今までの出来事が頭の中から溢れる。鼻声なり、後半は聞き取りにくかった筈だ。
 くそ、涙まで出てきやがった。女子の前で泣くなんて情けねーな、俺。

「本当に?」

「え?」

「ねぇ、姫路くん。本当に私のこと好き?」

「……」

 男の啜り泣く声が廊下に響き渡る。聞くのが恥ずかしくて耳を塞ぎたくなった。それでも気にしないと天川さんは前に来る。

「ちゃんと考えてみて。自分が今、誰のことが好きか」

「……ごめん、ごめん。俺、天川さんのこと、恋愛的には好きじゃない。友達として見てる」

 そう言葉にした時、心の中が安堵感に包まれる。やっと今の気持ちを伝えられたのだ。

「姫路くん、やっぱりデートは中止にしよう」

「え?」

「だって、好きじゃない人とデートしても楽しくないでしょ? やっぱりデートは、好きな人としないと」

 好きな人。
 俺の頭の中には、白銀髪のあいつの姿で思い溢れる。

「姫路くん、きっとそれが答えだよ」

 俺は、その瞬間に心臓が破裂しそうな勢いで鼓動が速くなった。

 俺、星簇くんのことが好きなんだ。


⭐︎

 帰りの会が終わり、みんなが下校の準備をする中、俺は一目散に地下書庫へと向かう。扉を開けると照明は付いておらず、物抜け殻だった。
 
 見慣れた白銀髪の彼が居ないのが、今は凄く寂しさを覚える。
 俺はいつも座る椅子に腰掛ける。向かい側には、大抵星簇くんが優雅に寛いでいるのだ。

 目の前には居ない彼に向かって呼ぶ。

「星簇くん。星簇くんはさ、俺のことどう思ってるの?」

 当然、気の良い返事が返ってくることはない。俺はそれを良いことに、ズボンのポケットからペンデュラムを取り出す。

 星簇くんから貰ったペンデュラム。あれから、星簇くんに簡単なやり方を教わった以来、宝物のようにしまう日々が多い。
 
 適当に取り出したプリントの裏に「Yes」と「No」をそれぞれ大きく書く。
 その上に、ペンデュラムのチャームを垂れ落とす。
 
『理屈でどうにかならない時は神様や運に任せるんだ』

 俺も理屈じゃ理解できないことなら、神様や運命の女神様に頼っても良いよな。

 俺、星簇くんみたいに頭が良くないから分かんねーや。

「ねぇ、星簇くん。星簇くんは俺のこと嫌い……?」

 誰もいない空間で一人尋ねる。
 チャームが時計回りに回れば、答えはイエスになる。
 しかし、ペンデュラムは一向に回る事はない。

 やっぱり、神様でもどうにでもならない事なの?

「こんなの、マジで意地悪なんだけど……」

 そもそも、こんな思いをさせる星簇くんがいけないんだ。何も言わずに去っちゃう所とか、俺にだけ言わせて向こうは秘密を隠し通す所とか。

「星簇くんは本当にズルい! ズルいズルい!! 本当は嫌いなんだろー!」
 
 その時、背後から包まれるような感覚。俺が瞬きをする間に、ペンデュラムを掴む手の上から大きな手が添えられる。

 そして、その瞬間、ペンデュラムは反時計回りに回った。

「これって、ノー……?」

「これで分かった? 僕の気持ち」

「星簇くん?」

 見上げると、彼の顔が寸前の所までいる。女神のように微笑まれて、俺は飛び跳ねそうになった。だが、星簇くんは俺の肩を掴んで離そうとしない。

「お前、何で今日学校に来なかったんだよ」

「占いの仕事で立て込んでたんだ。地下書庫に来たのは、忘れ物しちゃったからね」

「そーかよ」

「怒ってる?」

「ばかやろう、星簇くんなんて知らねー」

「ごめんね。姫路くん」

「……うん」

 溢れる涙を星簇くんがハンカチで拭き取る。シルクの上品な肌触りが余計に涙腺を崩壊させた。

「おやおや、随分な泣きっぷりだね。そんなに思い詰めさせちゃったのかな」

「もうお前責任取れよな! 俺、こんなに関係で悩んだの初めてなんだから」

「分かってるよ。姫路くんの気持ち、痛いほど伝わってるから」

 ペンデュラムを握る手とは反対の方を掴まれ、その手の行方は星簇くんの胸元だ。
 心臓に手を翳すと、ドクンという振動を感じる。それは鼓動を徐々に刻んでゆき、リズムが速くなった。

「ね?」

「……うん」

「ねぇ、姫路くん。七夕祭の時さ、一緒に来て欲しい場所があるんだ」

「来て欲しい場所……?」

「うん。そこで、全部話そうと思う」

 それって……。

 俺の顔は再び赤くなる。反応が分かりやすいのか、星簇くんは喉奥をクツクツと鳴らした。

「だから、待ってて」

「や、約束だからな。忘れたら一発殴る」

「ふふ、姫路くんも忘れないでよ?」

「分かってる」

 やっと、俺たちの間の蟠りが解けた。