⭐︎
待ち遠しかった放課後に突入し、俺は地下書庫へと向かう。勢い良く扉を開けると、星簇くんが水晶玉を綺麗に拭き取っていた。
「星簇くん、居たんだ……」
「僕が居たら不都合なことでもあるのかい?」
「いや、そう言う訳じゃないけれどさ……」
やばい。この後、なんて言うか考えてなかった。
「最近俺を避けてる?」なんてど直球に言うのは失礼だろうし、「俺は別に気にしてないんだから」と言うのも違う。
なんて思っていると、地下書庫の扉が開く。中からは天川さんが急ぎ林で入ってきた。
「あ、天川さん?」
「あれ、姫路くん今日も来てたんだ。そうそう私、彦に頼みたい事があって」
「僕に頼みたい事?」
不思議に首を傾げる彼に、天川さんは両手を合わせてお願いのポーズを取る。
「ねぇ彦、頼みたい事があるんだけど、クラスの出し物でミュージカルをやることになったの。そこで、王子様役をやって欲しいなって」
その数秒後、「はぁ」という明らかなため息。星簇くんは疲れた声色で返す。
「そう言うのは断るって言ってるよね? 委員長に言っといてくれないかな」
「でも、折角の七夕祭なんだよ? 彦は中学の時からずっとそうだったじゃん」
「僕は僕でやるべき事があるんだ。別に、周りには迷惑は掛けてないだろう? 分かったなら断っておいて」
星簇くんは天川さんをじっと見つめた後、再び小物整理に取り掛かる。だが、天川さんは地下書庫を出なかった。寧ろ、挑発的な態度で星簇くんの気を引こうとしていた。
「あーあ。断っちゃって良いのかなぁ? 姫役は姫路くんだよ? みんな星簇くんと姫路くんの素敵な姿が見たいってよー?」
「ちょ、天川さん!!」
この人何言っちゃってるんだよ!
俺が咎める前に天川さんはしてやったりと満足げだ。攻撃が効いたのか、星簇くんは微動だにしなくなった。
「星簇くん?」
俺は慎重に呼びかける。モノクル越しの瞳と目が合い、思わず声が漏れかけた。
「……そう。良いんじゃない? でも、僕はやらないから他の人を探しておいて」
は?
星簇くんは視線を外して、分厚い本に手を取った。そのまま読書へと時間を費やし始めた。僕はその瞬間、心の中がズンッと重くなった。
本当なら、「俺とやるのが嫌なのかよ」って茶化したかったが、何も言い返せなかった。
そんなに嫌なのか……。
気持ちに沈んでいるもの、天川さんが珍しく声を張り上げた。
「何よもう、彦なんか知らない! ヘタレ、意気地なし、気分屋!! 姫路くん行こう。こんな奴に構ってたら時間が無駄になる」
咄嗟に掴まれる腕、俺は体が硬直してしまった。
「あ、天川さ……」
「今更後悔しても遅いんだから!」
天川さんは星簇くんに捨て台詞を吐く。そして、俺は引っ張られるまま一緒に地下書庫を後にした。
⭐︎
「姫路くん、彦がごめんね」
「い、良いんだよ。気にしないで」
ある程度離れた所で、廊下で二人並列で歩く。天川さんは申し訳なさそうに言うが、平然を取り繕り安心させる。
そもそも天川さんは関係ないのに庇ってくれたんだ。そう悲観的になるものじゃない。
てか、天川さんってこんなにも頼もしい人だったのか。
いつも可憐で、性格も可愛くて、喧嘩なんてしたことありませんと安全主義な感じがした。しかし、仲がいい人にはこうして本音をぶつけるのだ。
俺、天川さんのことよく見てなかったな。
今はトキメキと言うよりも申し訳なさが逆に募った。
「ねぇ、姫路くん」
「な、何?」
危ねぇ、考え事してたのがバレる。
「この前のデートの件なんだけどさ」
「デート……? あ、あぁ! 確かそうだったね!」
そうだ俺、天川さんとデートする約束してたんだ。すっかり忘れてた!!
だが、天川さんの次の言葉に俺は耳を疑った。
「姫路くん、今でも私のこと好き?」
この状況に、その質問は狡い。
俺はその質問に上手く答えることができなかった。そして、その言葉に気付かされた事があった。
「……俺、姫役辞める」
「え?」
「なんて言うか乗り気じゃない。ごめん、あの時はノリに任せて引き受けちゃっただけで……。明日委員長と相談してみる」
「姫路くん、急にどうしたの……?」
「じゃあな、天川さん。また明日」俺は立ち止まる彼女を一人置いて、昇降口に向かった。
学年一美少女にあんなぞんざいな扱いをしたって事がバレたら、俺は今度こそ全生徒の敵になる。でも、この時だけはどうしてか彼女とは話したくなかった。
ただ、そっとして置いて欲しかった。
⭐︎
あれから、俺も結局役割を辞退する事にした。委員長は最初「えー」と落胆してたが、理由を説明すると「嫌な思いさせちゃったね。ごめんね」と謝られた。
男子どもは「俺の女装姿を見たい」と言ってたから一発しばいた。
それでも文月は「俺は、織の意見を尊重するよ」とキメ顔で言われ、この時ばかりは文月のことがより大好きになった。
別に謝って欲しいとかじゃない。俺もノリに乗っちゃったし。
だけど、代わりの役職を見つけるのにはそう時間は掛からなかった。気がつくと俺と文月は裏方をやる事になり、小物作りや飾り付けの準備に追われていた。
星簇くんも余った役割で裏方へと回された。
その為、放課後に教室で居残って作業する日が多くなった。休憩の合間に地下書庫に行こうか迷ったが、そんな時間はなかった。
ただ、天川さんが彼に言ったらしく、出席している時は七夕祭の準備を快く引き受けてくれた。
女子たちは星簇くんが教室にいるだけで、いつもよりやる気に満ち溢れていた。
俺はと言うと彼との蟠りは一向に解けることはない。ちょっとした会話をすることもあったが、大体俺が会話に終止符を打つ。
星簇くんと話すと、ぎこちなくなるのは分かるがそれと同時に落ち着かなくなった。
そんなある日。準備がひと段落した所で、裏方役の子が小さなポーチを持ってきた。
「今日、姫役と王子役の人たちにメイクをさせたんだけれど結構上手くいったんだ。ねぇ、折角だからメイクしてみない?」
「お、いいね!」
「クレンジングとかは持ってきてるから、先生に見つかってもバレないバレない!」
女子たちは途端に騒ぎ始める。と言うよりも、化粧される側が自動的に男組になったのだ。女子の張り切り具合には気力負けそう。
俺も促されるままメイクをさせられる事に。しかし、メイク担当の相手に俺はギョッとした。
「さ、早乙女さん……?!」
そう、クラスの中でもギャル女子と言われている早乙女みちるちゃん。俺の元好きな人だ。告白は呆気なく断られたが。
「ひめじん、こっちおいでー」
早乙女さんは気さくに呼びかける。今、俺のことひめじんって言ったか?
苗字が姫路だから、ひめじんってことか。
「お、おう」目の前の椅子に座り、向かい合う形になる。
元好きな人の前、しかも振った相手が目の前にいるのがこんなに気まずいのか。今までになかった感情が押し寄せ、緊張する。
「そんなに緊張しなくていいのにー。ねぇ、ちょっと目を瞑って?」
「こ、こうか?」
「そうそう。ひめじんって二重幅綺麗〜」
「あ、ありがとう?」
よく分かんねーけど。
「やっぱりひめじんって、もしかしなくても初心でしょ?」
「は?! いや、そんなことは……」
答え切れないのか悔しい。しどろもどろになっていると、早乙女さんはクツクツと笑い堪えた。
「だって、あたしに告白して来た時も顔を真っ赤にしてて。あまり経験がないんだなーって」
「……引いた?」
「ぜんぜーん。寧ろ、そうやって真正面から言うのって何と言うか羨ましい」
羨ましい……?
それは一体どう言う意味だと首を傾げると、早乙女さんは視線を逸らしながら呟く。
「あたしさ、女性が好きなんだよね。言ってなかったけど」
待ち遠しかった放課後に突入し、俺は地下書庫へと向かう。勢い良く扉を開けると、星簇くんが水晶玉を綺麗に拭き取っていた。
「星簇くん、居たんだ……」
「僕が居たら不都合なことでもあるのかい?」
「いや、そう言う訳じゃないけれどさ……」
やばい。この後、なんて言うか考えてなかった。
「最近俺を避けてる?」なんてど直球に言うのは失礼だろうし、「俺は別に気にしてないんだから」と言うのも違う。
なんて思っていると、地下書庫の扉が開く。中からは天川さんが急ぎ林で入ってきた。
「あ、天川さん?」
「あれ、姫路くん今日も来てたんだ。そうそう私、彦に頼みたい事があって」
「僕に頼みたい事?」
不思議に首を傾げる彼に、天川さんは両手を合わせてお願いのポーズを取る。
「ねぇ彦、頼みたい事があるんだけど、クラスの出し物でミュージカルをやることになったの。そこで、王子様役をやって欲しいなって」
その数秒後、「はぁ」という明らかなため息。星簇くんは疲れた声色で返す。
「そう言うのは断るって言ってるよね? 委員長に言っといてくれないかな」
「でも、折角の七夕祭なんだよ? 彦は中学の時からずっとそうだったじゃん」
「僕は僕でやるべき事があるんだ。別に、周りには迷惑は掛けてないだろう? 分かったなら断っておいて」
星簇くんは天川さんをじっと見つめた後、再び小物整理に取り掛かる。だが、天川さんは地下書庫を出なかった。寧ろ、挑発的な態度で星簇くんの気を引こうとしていた。
「あーあ。断っちゃって良いのかなぁ? 姫役は姫路くんだよ? みんな星簇くんと姫路くんの素敵な姿が見たいってよー?」
「ちょ、天川さん!!」
この人何言っちゃってるんだよ!
俺が咎める前に天川さんはしてやったりと満足げだ。攻撃が効いたのか、星簇くんは微動だにしなくなった。
「星簇くん?」
俺は慎重に呼びかける。モノクル越しの瞳と目が合い、思わず声が漏れかけた。
「……そう。良いんじゃない? でも、僕はやらないから他の人を探しておいて」
は?
星簇くんは視線を外して、分厚い本に手を取った。そのまま読書へと時間を費やし始めた。僕はその瞬間、心の中がズンッと重くなった。
本当なら、「俺とやるのが嫌なのかよ」って茶化したかったが、何も言い返せなかった。
そんなに嫌なのか……。
気持ちに沈んでいるもの、天川さんが珍しく声を張り上げた。
「何よもう、彦なんか知らない! ヘタレ、意気地なし、気分屋!! 姫路くん行こう。こんな奴に構ってたら時間が無駄になる」
咄嗟に掴まれる腕、俺は体が硬直してしまった。
「あ、天川さ……」
「今更後悔しても遅いんだから!」
天川さんは星簇くんに捨て台詞を吐く。そして、俺は引っ張られるまま一緒に地下書庫を後にした。
⭐︎
「姫路くん、彦がごめんね」
「い、良いんだよ。気にしないで」
ある程度離れた所で、廊下で二人並列で歩く。天川さんは申し訳なさそうに言うが、平然を取り繕り安心させる。
そもそも天川さんは関係ないのに庇ってくれたんだ。そう悲観的になるものじゃない。
てか、天川さんってこんなにも頼もしい人だったのか。
いつも可憐で、性格も可愛くて、喧嘩なんてしたことありませんと安全主義な感じがした。しかし、仲がいい人にはこうして本音をぶつけるのだ。
俺、天川さんのことよく見てなかったな。
今はトキメキと言うよりも申し訳なさが逆に募った。
「ねぇ、姫路くん」
「な、何?」
危ねぇ、考え事してたのがバレる。
「この前のデートの件なんだけどさ」
「デート……? あ、あぁ! 確かそうだったね!」
そうだ俺、天川さんとデートする約束してたんだ。すっかり忘れてた!!
だが、天川さんの次の言葉に俺は耳を疑った。
「姫路くん、今でも私のこと好き?」
この状況に、その質問は狡い。
俺はその質問に上手く答えることができなかった。そして、その言葉に気付かされた事があった。
「……俺、姫役辞める」
「え?」
「なんて言うか乗り気じゃない。ごめん、あの時はノリに任せて引き受けちゃっただけで……。明日委員長と相談してみる」
「姫路くん、急にどうしたの……?」
「じゃあな、天川さん。また明日」俺は立ち止まる彼女を一人置いて、昇降口に向かった。
学年一美少女にあんなぞんざいな扱いをしたって事がバレたら、俺は今度こそ全生徒の敵になる。でも、この時だけはどうしてか彼女とは話したくなかった。
ただ、そっとして置いて欲しかった。
⭐︎
あれから、俺も結局役割を辞退する事にした。委員長は最初「えー」と落胆してたが、理由を説明すると「嫌な思いさせちゃったね。ごめんね」と謝られた。
男子どもは「俺の女装姿を見たい」と言ってたから一発しばいた。
それでも文月は「俺は、織の意見を尊重するよ」とキメ顔で言われ、この時ばかりは文月のことがより大好きになった。
別に謝って欲しいとかじゃない。俺もノリに乗っちゃったし。
だけど、代わりの役職を見つけるのにはそう時間は掛からなかった。気がつくと俺と文月は裏方をやる事になり、小物作りや飾り付けの準備に追われていた。
星簇くんも余った役割で裏方へと回された。
その為、放課後に教室で居残って作業する日が多くなった。休憩の合間に地下書庫に行こうか迷ったが、そんな時間はなかった。
ただ、天川さんが彼に言ったらしく、出席している時は七夕祭の準備を快く引き受けてくれた。
女子たちは星簇くんが教室にいるだけで、いつもよりやる気に満ち溢れていた。
俺はと言うと彼との蟠りは一向に解けることはない。ちょっとした会話をすることもあったが、大体俺が会話に終止符を打つ。
星簇くんと話すと、ぎこちなくなるのは分かるがそれと同時に落ち着かなくなった。
そんなある日。準備がひと段落した所で、裏方役の子が小さなポーチを持ってきた。
「今日、姫役と王子役の人たちにメイクをさせたんだけれど結構上手くいったんだ。ねぇ、折角だからメイクしてみない?」
「お、いいね!」
「クレンジングとかは持ってきてるから、先生に見つかってもバレないバレない!」
女子たちは途端に騒ぎ始める。と言うよりも、化粧される側が自動的に男組になったのだ。女子の張り切り具合には気力負けそう。
俺も促されるままメイクをさせられる事に。しかし、メイク担当の相手に俺はギョッとした。
「さ、早乙女さん……?!」
そう、クラスの中でもギャル女子と言われている早乙女みちるちゃん。俺の元好きな人だ。告白は呆気なく断られたが。
「ひめじん、こっちおいでー」
早乙女さんは気さくに呼びかける。今、俺のことひめじんって言ったか?
苗字が姫路だから、ひめじんってことか。
「お、おう」目の前の椅子に座り、向かい合う形になる。
元好きな人の前、しかも振った相手が目の前にいるのがこんなに気まずいのか。今までになかった感情が押し寄せ、緊張する。
「そんなに緊張しなくていいのにー。ねぇ、ちょっと目を瞑って?」
「こ、こうか?」
「そうそう。ひめじんって二重幅綺麗〜」
「あ、ありがとう?」
よく分かんねーけど。
「やっぱりひめじんって、もしかしなくても初心でしょ?」
「は?! いや、そんなことは……」
答え切れないのか悔しい。しどろもどろになっていると、早乙女さんはクツクツと笑い堪えた。
「だって、あたしに告白して来た時も顔を真っ赤にしてて。あまり経験がないんだなーって」
「……引いた?」
「ぜんぜーん。寧ろ、そうやって真正面から言うのって何と言うか羨ましい」
羨ましい……?
それは一体どう言う意味だと首を傾げると、早乙女さんは視線を逸らしながら呟く。
「あたしさ、女性が好きなんだよね。言ってなかったけど」
