人気の離れた所まで走り、気が付けば公園に辿り着く。息切れが止まらず膝を摩りながら呼吸を整える。
星簇くんも無我夢中で走ったみたいで、頬が赤くなっている。
「なぁ、星簇くん」
遅れて数秒後、「何?」と静かに返ってきた。
「菊地の話が本当かも分からないから一応聞くんだけれど、俺の事ずっと前から知ってた?」
「そうだって言ったらどうするの」
相変わらず素直じゃない反応で苦笑する。
「そっか。……取り敢えず言いたい事があるから、これだけ言わせて欲しい」
「……何?」
星簇くんはどこか身構えた様子で待つ。だが、俺の声量に耐えられるだろうか。
「あの、あの「ひーちゃん」が……。男だったのぉ?! 昔は俺の後ろを着いてきて「はとくん」って可愛く言ってくれるあの「ひーちゃん」がぁ?! マジで信じられないー!!」
「……え?」
「そりゃあ、過去と今じゃイメチェンだってしてるし分かるけれども。それは変わりすぎだろ! 美少女かと思ったら今度は美少年?! 詐欺だ詐欺だー!」
「ほ、星簇くん?」
「何だよ、俺は今猛烈に驚愕してるんだ。あの初恋相手が実は天才占い師さまですってぇ?! どこぞのドラマかアニメだよ! 俺もう仰天しちゃいそう」
「だ、大丈夫……?」
「……うん」
喉がそろそろ疲れてきたため、叫ぶのを止める。星簇くんは耳を塞ぐ所か、俺を凝視したまま固まっている。叫んだことがそんなに驚いたのか。
「でも星簇くんがいけないんだ。星簇くんがひーちゃんだなんて」
「そ、それは黙っててごめん」
「嘘だよ。謝るのは俺の方だよ。星簇くんは、ずっと気付いてたんだろ? 俺がはとくんってことも」
この件で色々なことが繋ぎ合わさる。俺のことをどうして知りたがるのか、「はとくん」呼びも。全部、星簇くんは気付いてたんだ。
そして、俺に気付いて欲しかったんだ。
なのに俺は、星簇くんの気持ちを汲み取ってやれなかった。
「ひーちゃんと最後のお別れの時、会いにいけなくてごめん。俺、……」
「知ってるよ。インフルエンザにかかったって。だって、本人に教えてもらったんだから。最初は悲しかったけれど、誤解解けて安心した」
そうだ。俺、星簇くんに初恋相手の話をしていたんだ。だから彼は、あんな質問をしたのか。
星簇くんが懐かしみの眼差しで捉える。
「君に久しぶりに会った時、運命かなって思ったんだ。でも、今と昔の僕は全然違うから覚えてもらえないのは知ってたの。だけど、君が地下書庫に来た時胸が熱くなっちゃって」
「星簇くん……」
「人の恋路の応援、それも昔仲良くしてもらってた男の子のなんて、応援したいって思ったよ。でも、僕カッコ悪いから……」
「違う、そんなことない! 思い出せなかった俺が悪いんだよ。それに、星簇くんはカッコ悪くないよ」
「……」
「もしかして、教室にあまり行かないのもあいつらが原因?」
「うん。高校で会ってからも菊地くんからは度々嫌がらせは受けてたんだ。何もしてもないのに、反感を食らったりしたし、だから二年生で同じクラスになった時はどうしようかって思った。でも、姫路くんがいたから頑張れる」
そっか。
そんな理由があったのか。勝手にサボりと決めつけて、揶揄ったあの時の自分を殴ってやりたい。
俺が何も喋らなくなったことを気にした彼が、
「……がっかりした?」と様子を伺う。
打ち消すように首を振る。
「な訳ねーだろ! そうやってしょんぼりするの、星簇くんらしくねーって思って」
「そう?」
「そもそも何で幻滅する要素なんかあるんだよ。確かにびっくりしちゃったけれどさ。ひーちゃんは星簇くんであって、星簇くんはひーちゃんだろ? だから、あんなクソな奴らなんか気にする必要はねーよ!」
俺は彼の両腕を掴んで、懸命に言った。
「もし何かあったら、俺を頼れ! 俺がそばにいるから」
「……姫路くん。ありがとう、やっぱり君には敵わないなぁ」
星簇くんは瞼を擦る。彼の異変にあたふたするが、そこから彼のホッとしたような微笑みを見ることができた。
本当に心の底から安堵したような顔付きだった。
「そうだ。姫路くんにこれあげるね」
鞄の中から先程の雑貨屋の袋を取り出す。
「どうぞ」星簇くんは俺に渡した。開けても良いかと聞くと快く頷いた。
丁寧に包装された袋を慎重に取る。中からは小さなペンダントみたいなものが出てきた。星簇くんが手に取っていた黄緑色のストーンがチャームになっている。
「これは?」
「ペンデュラムって言うんだ。ダウジング占いで使われるの」
「ダウジング占い……? あぁ、確か振り子みたいなやつか」
よくオカルトとかで見るやつだよな。
「やり方はとても簡単だからあとで教えるね。僕、迷った時はダウジング占いに頼っているんだ。理屈でどうにかならない時は神様や運に任せるんだ」
「ありがとう。お、俺のために……」
「この前のノートのお返しだよ」
「お返し?! いや、別にあれは大したことじゃねーし……」
「でも貰って? 姫路くんにあげたいって思ったんだ」
「ありがとう。大切にする、だってひーちゃんから貰った物だ。大切にしない訳がないよ」
ペンデュラムを胸元に当てる。さっきまでの戸惑いと驚きは薄れ、心の中はじんわりと温かくなってきた。
こうして、ひーちゃんと再会できたこと。彼は俺のことを覚えていてくれたこと。
あぁ、俺今凄く嬉しいなぁ。
「ねぇ、はとくん。僕さ……」
ふと、ぐいっと肩を抱き寄せられる。突然の事でペンデュラムを落としそうになるも、ぎゅっと握り締めた。
「ほ、星簇くん……?!」
「ひーちゃんって呼んでくれないの?」
「いやだって、顔が近いって」
そうだコイツ、ひーちゃんは星簇くんだから顔がイケメンだった!!
てかこれ、少し動いたらキス出来ちゃいそうなんたけれど。
顔が茹蛸みたいになっているのを他所に、俺たちの距離は更に密になる。
「僕ね、君と出会った時から君のことが……」
「……星簇くん?」
それ以上何も言わないことに不思議に思う。
「何でもないよ」
星簇くんは俺の肩を解き、適度な距離感に戻る。彼の顔はどこか思い悩んでいる感じがした。星簇くんは一足先に立ち上がり、先を歩こうとする。
「さ、帰ろっか」
「あ、うん……。待てよ」
俺は、彼の大きくなった背中を追いかける事しかできなかった。
