「保科」
「保科さん」
放課後。一人で校門をくぐろうとした私の背後から声が響く。
振り向くと、夕陽に染まる相良くんと折野さんが立っていた。二人共、今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべている。
すっかり下校時刻を過ぎ、あたりには私たち三人以外誰もいない。
もしかして、二人はこのタイミングを狙って、私に声をかけに来たのだろうか。そう思うと、さっきまで一人で図書室に入り浸っていた自分はなんて呑気だったのだろうと恥ずかしくなる。
「今朝のこと、聞いたよ」
折野さんが重い口調で切り出した。
「昨日のカフェの件、本当にごめんな。俺が別の場所を選んでれば、あんなことにはならなかったかもしれない」
相良くんが深々と頭を下げる。絵茉とここねがカフェで私たち三人を目撃したのは偶然なのに、彼は心から悔やんでいるようだった。
「いいよ、謝らなくて」
私は慌てて手を横に振って、相良くんたちを制した。
「私は平気だから」
「でもっ……」
「たしかに私は一人になっちゃったけど、大丈夫」
言葉を詰まらせる二人に、私はにっこりと微笑んだ。
今朝の喧嘩をきっかけに、私は絵茉とここねとのグループから抜けた。
彼女たちは自然と離れていった私を追わず、休み時間も昼休みも、まるで最初から二人組だったように振る舞っていた。
いずれこの関係は終わりを迎えるだろう――。そんな予感は、頭の片隅にずっとあった。
まさかこんなに早くその時が来るとは思ってもみなかったけど、きっとこれでよかったのかもしれない。
だって、友達は学校で一人ぼっちにならないために作るものじゃない。
『孤立したくないから仲良くしなきゃ』と、相手の顔色をうかがって、本音でぶつかれない関係はいつか必ず破綻する。そう気づいて、以前の私は絵茉とここねに依存していたんだな、と反省した。
それに、今となっては失礼だけど――折野さんを見て『ああならないように気をつけよう』と思っていた時期もあった。でも、実際に一人になってみると案外悪くない。
寂しくないわけじゃない。けれど、休み時間や昼休みにやりたいことを我慢しなくていい。好きな本を読んだり、屋上や図書室で過ごしたり。学校で一人でも、意外と楽しく過ごせることに気づいた。
「ねえ、保科さんって今時間ある?」
折野さんが柔らかな笑みを浮かべながら私に声をかけてきた。
「うん、一応」
「もしよかったら、これから一緒に飯食いに行かない?」
相良くんが明るく続ける。
「ついでに書店にも寄ろうと思ってるんだけど、どうかな?」
二人の誘いに私は大きく頷いた。
ふと、7年前に見た教室の光景が脳裏をよぎる。
黒板の上、4年2組の教室を見下ろす額縁。それに飾られた毛筆の文字。
【みんな仲良く】
人の感情に『好き』と『嫌い』が宿る限り、決して叶わない理想。
『先生はこの4年2組を一人ぼっちを作らない、みんな仲良く楽しいクラスにしたいです』
あの日の先生の朗々とした宣言が、今の私の耳元で響く。
でも、この理想は叶えなくてもいい。クラスのみんなと仲良くできなくても、教室で一人ぼっちになったとしても。ほぼ毎日を過ごす学校で、無理して周りに合わせる必要はないことを私は知った。
だからもう、あの額縁に飾られた文字は、言葉の遺影に見えない。
「保坂、早く行こう」
気づけば、相良くんと折野さんが校門の外にいた。二人は振り返って私を手招きする。
逆光で二人の顔はよく見えない。でも、きっと心からの、朗らかないい笑顔をしているんだろうな。そんなことを思っていると、二人を照らす夕陽の眩しさに目を細める。
「うん、今行く!」
私は大きく頷くと、二人が待つ明るい方へ歩き出した。
【完】
「保科さん」
放課後。一人で校門をくぐろうとした私の背後から声が響く。
振り向くと、夕陽に染まる相良くんと折野さんが立っていた。二人共、今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべている。
すっかり下校時刻を過ぎ、あたりには私たち三人以外誰もいない。
もしかして、二人はこのタイミングを狙って、私に声をかけに来たのだろうか。そう思うと、さっきまで一人で図書室に入り浸っていた自分はなんて呑気だったのだろうと恥ずかしくなる。
「今朝のこと、聞いたよ」
折野さんが重い口調で切り出した。
「昨日のカフェの件、本当にごめんな。俺が別の場所を選んでれば、あんなことにはならなかったかもしれない」
相良くんが深々と頭を下げる。絵茉とここねがカフェで私たち三人を目撃したのは偶然なのに、彼は心から悔やんでいるようだった。
「いいよ、謝らなくて」
私は慌てて手を横に振って、相良くんたちを制した。
「私は平気だから」
「でもっ……」
「たしかに私は一人になっちゃったけど、大丈夫」
言葉を詰まらせる二人に、私はにっこりと微笑んだ。
今朝の喧嘩をきっかけに、私は絵茉とここねとのグループから抜けた。
彼女たちは自然と離れていった私を追わず、休み時間も昼休みも、まるで最初から二人組だったように振る舞っていた。
いずれこの関係は終わりを迎えるだろう――。そんな予感は、頭の片隅にずっとあった。
まさかこんなに早くその時が来るとは思ってもみなかったけど、きっとこれでよかったのかもしれない。
だって、友達は学校で一人ぼっちにならないために作るものじゃない。
『孤立したくないから仲良くしなきゃ』と、相手の顔色をうかがって、本音でぶつかれない関係はいつか必ず破綻する。そう気づいて、以前の私は絵茉とここねに依存していたんだな、と反省した。
それに、今となっては失礼だけど――折野さんを見て『ああならないように気をつけよう』と思っていた時期もあった。でも、実際に一人になってみると案外悪くない。
寂しくないわけじゃない。けれど、休み時間や昼休みにやりたいことを我慢しなくていい。好きな本を読んだり、屋上や図書室で過ごしたり。学校で一人でも、意外と楽しく過ごせることに気づいた。
「ねえ、保科さんって今時間ある?」
折野さんが柔らかな笑みを浮かべながら私に声をかけてきた。
「うん、一応」
「もしよかったら、これから一緒に飯食いに行かない?」
相良くんが明るく続ける。
「ついでに書店にも寄ろうと思ってるんだけど、どうかな?」
二人の誘いに私は大きく頷いた。
ふと、7年前に見た教室の光景が脳裏をよぎる。
黒板の上、4年2組の教室を見下ろす額縁。それに飾られた毛筆の文字。
【みんな仲良く】
人の感情に『好き』と『嫌い』が宿る限り、決して叶わない理想。
『先生はこの4年2組を一人ぼっちを作らない、みんな仲良く楽しいクラスにしたいです』
あの日の先生の朗々とした宣言が、今の私の耳元で響く。
でも、この理想は叶えなくてもいい。クラスのみんなと仲良くできなくても、教室で一人ぼっちになったとしても。ほぼ毎日を過ごす学校で、無理して周りに合わせる必要はないことを私は知った。
だからもう、あの額縁に飾られた文字は、言葉の遺影に見えない。
「保坂、早く行こう」
気づけば、相良くんと折野さんが校門の外にいた。二人は振り返って私を手招きする。
逆光で二人の顔はよく見えない。でも、きっと心からの、朗らかないい笑顔をしているんだろうな。そんなことを思っていると、二人を照らす夕陽の眩しさに目を細める。
「うん、今行く!」
私は大きく頷くと、二人が待つ明るい方へ歩き出した。
【完】



