言葉の遺影

 翌朝。いつものように教室に入ると、絵茉とここねが窓際でお喋りをしていた。
 楽しい話でもしているのか、かなり盛り上がっている二人。でも、私を一瞥するとさっと視線をそらして、声をひそめて囁き合う。
 私は昨日、あの二人に何かしただろうか? 二人の態度がよそよそしい原因がピントこないまま席に着くと、絵茉とここねがすーっと私の近づいてきた。教室のざわめきを縫うように、二人のひそひそ声が私の耳を刺す。
「てかさ、昨日のマジであり得ないんだけど」
「だよね。絵茉が夏稀くんのこと好きって知ってるくせに」
「しかも、よりにもよってあの折野さんとも一緒にお茶しているなんて……」
「教室でも全然接点なかったよね? 何でだろう?」
「アレじゃない? 表ではあたしらと仲良くしてるふりして、裏では折野さんと一緒にバカにしてた、みたいな」
「うわあ、最悪……」
 話の内容を聞くからに、二人は昨日の放課後、私が折野さんと相良くんとの三人でカフェにいたところを目撃したのだろう。
 そう思った瞬間、ふと絵茉と視線がぶつかった。とたんに、責めるような冷たい目で睨まれて、『わざと聞こえるように嫌味を言っているんだな』と察した。
 聞えよがしに嫌味を言われて、ありもしない臆測まで立てられて、たまらなく怒りがこみ上げてくる。
 いつもの私なら、自分の怒りを抑え込む。それから、二人の発言を聞いていなかったふりをしたり、謝って弁解するところだろう。
 でも、今日は違った。
『クラスメイトだからって、無理して仲良くする必要はない』
 昨日折野さんが言った言葉が頭を過ぎる。私は絵茉とここねの機嫌を損ねて友達関係を壊したくなくて、不満があっても黙っていることが多かった。でも、二人がこうなってしまった以上、私が我慢する必要はもうないだろう。
「言いたいことがあるなら直接言いなよ」
 気づけば私は椅子から立ち上がり、絵茉とここねに向かって声を張り上げていた。
 瞬間、ざわついていた教室の空気が静まり返る。
 二対一だから私が反発してこないとでも思っていたのだろう。絵茉とここねは虚を突かれたように、目を見開いて固まった。でも、すぐに絵茉がものすごい剣幕で私に詰め寄ってくる。
「昨日見たんだけど、澪、折野さんと夏稀とカフェにいたよね?」
「いたよ」
「夏稀があたしの好きな人って知ってるよね? なのに、裏でこっそり近づいてたわけ? 応援してくれてると思ってたのに……!」
 絵茉は目尻に涙を浮かべた。彼女の震える肩を、ここねが庇うように優しく支える。
まるで私が悪者みたいだ。クラスメイトたちの好奇に満ちた視線が、全身に突き刺さる。
「しかも、よりにもよって何で折野さんも一緒だし……」
 絵茉が私のことを睨む。
「クラスのみんなのことが大嫌いなんて書くような人と、一緒に何を企んでたの?」
「あのさ」
 これ以上は黙って聞いてられなくて、私は二人をまっすぐ見据えた。
「折野さんがクラスのみんなと仲良くできないから何? 絵茉とここねだってできてないじゃん」
「なっ……」
「だって、そうでしょ? 絵茉は折野さんのことが気に食わないからって、悪者扱いして仲間外れみたいなことしてるじゃん。ここねも、絵茉の顔色うかがって同調してるだけ。自分の意見、ちゃんと持ってんの?」
 教室の空気がぴしりと凍りつく。
 絵茉とここねは言葉に詰まり、顔を見合わせた。
「みんなと仲良くなんて、できなくて当たり前なんだよ」
「あっそ……」
「もういいよ、行こ」
 絵茉とここねはふてくされると、くるりと私に背中を向けた。
 こちらを振り返ることなく教室を去っていく二人の姿に、私はこの二人との友情の終わりを悟ったのだった。