言葉の遺影

 駅ビルのカフェの隅にあるテーブル席に私たち三人は話すことになった。
 席は、折野さんと相良くんが隣同士。テーブルを挟んで二人の向かいの席に私が座った。
 こんな場所でも私はあぶれてしまうのか。いや、折野さんと相良くんが付き合ってるなら、こんな席の座り方になるのも仕方ないと思うけど……。
「で、保科」
 この席に漂う沈黙を破るように、相良くんが話を切り出した。
「さっきの質問の答えなんだけど、俺と千景は付き合ってない」
「え? そうなの?」
「ああ。単なる幼なじみってとこかな」
 驚いた。てっきりクラスでは接点のない者同士のフリをしていて、本当はこっそり付き合っていると思っていたら、幼なじみだったなんて。しかも、学校ではそんな素振りを全然見せてなかったから、余計にびっくりしてしまう。
「そんなこと、全然知らなかった……」
「無理もないよ。高校に入ってからは、秘密にしてたんだから」
「どうして?」
「中学生のとき、私と夏稀くんの仲が良いって理由で、クラスの女子に嫌がらせされたことがあったの」
 折野さんが相良くんの答えに付け加えるように説明する。
「それで、校内では極力関わらないように徹底してるんだ」
 そうか。だから、相良くんは私の前で折野さんのことを『折野』と呼んでいたのか。私と二人きりでいるときにだけ声をかけてきたのも、今思えば彼なりのリスク回避だったのかもしれない。
「びっくりした?」
「うん。てっきり折野さんは、クラスのみんなのことが嫌いなのかと思ってたから……、あっ」
 しまった。今更気づいたところで、口にしてしまった言葉は取り消せないからもう遅い。
「やっぱり、あのノート見ちゃったんだね」
 恥ずかしそうに苦笑する折野さんに、申し訳ない気持ちがわいてくる。
「ごめんなさい。つい出来心で見てしまって……」
 私は折野さんに深く頭を下げた。許してもらえるだなんて、そんな都合のいいことは思ってない。
「千景、説明してやれよ」
 相良くんが折野さんをうながす声が聞こえる。
「えぇ、でも……」
「このまま誤解され続けるのも良くないだろ」
 ……誤解? はたと顔を上げた私の目に、恥ずかしそうに肩をすくめている折野さんが映った。折野さんは恥ずかしそうにもじもじすると、思い切ったように口を開く。
「実はあのノート……、私の小説のネタ帳なんだ」
「小説?」
 私は目を見開いた。
「折野さん、小説書いてるの?」
「う、うん。実は中学生の頃から、小説投稿サイトで執筆していて……教室でクラスの人たちを観察しているとアイデアがわいてくるから、忘れないうちに書き留めていたんだ。」
「それじゃあ、あの【このクラスのみんな大嫌い】っていうのもネタってこと?」
「う、うん……。それがどうしたの?」
「実は私、折野さんが自分の本音をノートに書いているって思ってたんだ」
 首を傾げる折野さんに、私はずっと思い込んでいたことを白状する。さっきから折野さんに失言を繰り返しているとは言え、ここはきちんと伝えたほうがいいと思ったのだ。
「折野さんのノートを読んでみて思ったんだけど、クラスの人たちをよく観察して書いたように見えたんだよね。アンチだからこそ詳しい、みたいな……」
「ア、アンチ⁉ いや、そこまではないよ……。でも、たしかにクラスの人たちに対して、『嫌だな』って思うことはけっこうあるかも」
「例えば?」
「この間のクラス会とか。私だけ幹事の二人に誘われなくて、なんだか仲間外れにあってるみたいですごく気にしてたんだ。それに、保科さんも……」
「え、私も?」
「あっ、いや……保科さんが嫌いとかじゃなくて……」
 折野さんは慌てて手を振って否定すると、「ほら、いつも保科さんと一緒にいる女の子たち、いるでしょ?」と話を続けた。
「あの子たちといる保科さん、なんだか無理して友達関係を続けているように見えて……。ちゃんと心から笑えているのかな? って不安になるんだよね」
 ああ、やっぱり。折野さんから見た私は、絵茉とここねと群れて安心して、なくなりかけている居場所にしがみついているだけの人なんだ。
「でも、私には一人で学校生活を送る勇気はないよ。折野さんはどうなの?」
折野さんは心配そうな顔つきからふっと表情を緩め、柔らかい笑顔を見せた。
「私は一人でも大丈夫だよ」
 それは強がりや作り笑いではなく、静かな自信に裏打ちされた笑顔だった。私はその笑顔に、何故かホッとしたような、羨ましいような気持ちになる。
「私は読書とか創作とか、一人で没頭できる趣味があるから、っていうのもあるのかな。クラスメイトだからって、無理して仲良くする必要はないって思ってるから」
「どうして?」
「だって、自分で選んだわけじゃない、たまたま同じクラスになった人たち全員と仲良くなるなんて、ものすごい奇跡だもの。それに、一クラスに三十人以上もいれば、自分とそりが合わない人がいても当たり前でしょ」
「たしかに……」
「私は今年、たまたま自分と合わない人たちばかりと同じクラスになっちゃったから、教室で一人でいることにしてる。でも、学校の行事みたいなクラス全員の協力が必要なときには、きちんと手を貸す。それでいいんじゃないかって思ってるんだ」