言葉の遺影

 放課後。忘れ物を取りに、一人で教室に戻った。
 早く家に帰って本の続きを読みたいのに、まさか肝心の本を忘れてしまうだなんて。でも、校門を出てすぐに気づけただけマシだ。
 自分の机の中から本を取り出し、バッグにしまう。急いで帰ろうと教室の後ろのドアから外に出ようとしたそのとき。ふと、折野さんの机が目に留まった。
「あっ、これって……」
 机の中から、折野さんのノートの角が飛び出していた。
 しかも、休み時間のときに使っている水玉模様のノートだ。
 そういえば、今日の放課後は委員会会議の日で、折野さんは図書委員。長かったホームルームが終わったあと、折野さんが慌てたように帰り支度をして教室を飛び出していったことを思い出す。
 きっと、そのときにバッグに仕舞い忘れてしまったのだろう。
 それにしても、本当にこのノートに【このクラスのみんな大嫌い】のほかに、恨みつらみが書いてあるのだろうか。気になって仕方ない。
 他人のものだとわかっていながら、勝手に中身を見るのはよくないとわかっている。その場面を誰かに見られるのもまずいとわかっている。
 でも、今はこの教室には私しかいない。廊下も人気がなく静かだ。
 ちょっとだけ――そう自分に言い聞かせて、私は折野さんのノートを手に取った。
 早速ページをめくってみると、絵茉が言っていた通りだった。
【このクラスのみんな大嫌い】という文字が、走り書きの文字で書かれていた。
 ほかにも、【群れてるだけで安心する人たち】や、【一人になるのが嫌で、なくなりかけている居場所に執着しているだけ】という辛辣な言葉がたくさん書き込まれていた。
 心臓がどくりと嫌な音を刻む。
 これは折野さんの黒い本音というより、教室にいる私の様子を見て書いたものかもしれない。
『俺には保科が無理しているように見える』
――私が絵茉とここねがいるグループに必死にしがみついているのを見破った相良くんのように。
「保科さん?」
 突然、不思議そうな声に名前を呼ばれた。すぐ近くの開け放たれたドアの向こうに、折野さんが立っていた。
「ちょっと、保科さん……何見て……」
 折野さんの顔が紅潮する。メガネのレンズの奥の瞳が一瞬、泣き出す寸前のようにぐらりと揺れたように見えた。
「……っ」
 動揺で言葉が詰まる。大事なノートを取りに折野さんが教室に戻って来る。どうしてこんな当たり前のことを考えられなかったんだろう。
「折野さ……、ごめ……」
「返して!」
 折野さんは甲高い声を上げると、私の手からノートを抜き取った。無言のままそれをバッグに突っ込むと、こちらを一瞥することなく、一目散に廊下を走り去っていった。