言葉の遺影

 クラス会の日は、あっという間にやってきた。
 会場は、学校の近くにあるカラオケボックスのパーティールーム。
 テスト明けの放課後ということもあって参加者がとても多い。広いはずの部屋に入ったとたん、一気に人口密度が高くなる。
 思った通り、折野さんは部屋のどこにもいなかった。でも、逆に来なくて正解だったかも。
 一部のクラスメイトがマイクを独占し、バカ騒ぎする声が耳をつんざく。絵茉とここねはというと、「もー、やめてよー」と、ふざける男子たちに唇をとがらせている。でも、相手が相良くんの友達だからか、満更でもなさそうだ。
 それにしても、やっぱりこの会苦手だな。大勢ではしゃいでいる場所にいるはずなのに、強烈な孤独感に引きずり込まれてしまう。
 私はそっと部屋を抜け出した。外に出たあと、壁に背中を預けて深呼吸をする。ただそうしただけで解放感に包まれた。
 先ほど閉めたドアの向こうから音程の外れた歌声が漏れているけど、この廊下にいるのは私だけ。最初から自分以外誰もいない場所に一人でいると、気が楽になるものだ。ふっと心が軽くなるのと同時に、物語の主人公みたいなちょっとした特別感を覚えていると。
「保科じゃん」
 いきなり名前を呼ばれた。思わずビクッとしたあと、声が聞こえた方へ顔を向ける。すると、見覚えのある黒髪の男の子がこちらを見下ろしていた。
「……相良くん」
 友達の好きな人と二人きりだなんて、まるで密会でもしているみたいだ。妙な罪悪感が胸を締め付ける。もし、絵茉が部屋から出てこの場面を見てしまったら……最悪の想像に心臓がバクバクする。でも、相良くんはというと。
「こんなとこで何してんの?」
 私の気を知ってか知らないか。軽く笑って、私の顔をのぞき込んでくる。彼の透き通った二つの瞳に見つめられ、ドキドキして落ち着かない。
「別に……ちょっと、息抜きしてただけ」
 当たり障りのない返事をすると、相良くんは私の隣に並ぶように壁に寄りかかった。
「ふーん。まあ、俺もだけど」
「そうなの?」
「あの部屋、なんか息苦しいし」
「そ、そうだね。窓ないから、すぐに空気こもっちゃうしね……」
 私は引きつり笑いを浮かべた。とにかく早く話を切り上げようと、少しよそよそしい態度を取ってはみたそのとき。
「そういえば折野のやつ、来てねえな」
 思わず目を見開いた。女子人気の高いグループにいる相良くんが、いつも一人でいる折野さんを気にかけているだなんて。同じクラスだとはいえ、この二人に接点なんてないと思っていたから、つい驚いてしまった。
「折野さんがどうかしたの?」
「この会ってさ、『夏休み前にクラスのみんなで楽しい思い出を作る』って目的で、やってるんだろ? なのに、あいつ一人だけ不参加だから、気になって」
「仕方ないよ。あの子、教室で【このクラスのみんな大嫌い】なんて、ノートに書くような子なんだから」
 ……やらかした。口をすべらせたあとで気づいても、もう遅い。
「ごめん。何でもない」
 私はそそくさとクラス会会場のパーティールームへと戻った。それ以降は、相良くんにあれこれ聞かれないように、目を合わせないよう徹底した。

 その夜、クラスのグループチャットに絵茉から通知が届いた。
【みんな2525(にこにこ)仲良しクラス】
2525は、私たちのクラスが2年5組だから、それをかけたのだろうか。
 そんな明るいメッセージと共に届いたのは、クラス会の様子を撮った写真の数々。
 その中にはやはり、折野さんだけがいなかった。写真だけではなく、このグループチャットのメンバー数にも彼女だけがカウントされていない。
 だから余計に、【みんな2525仲良しクラス】という文字が、私の目に空虚に映る。
 でも、誰もそのことについて突っ込む人はいなかった。まるで、はじめから折野さんが存在してなかったようだ。
【サンキュー】【これストーリーに上げてもいい?】と、次から次へと流れてくるクラスメイトたちのメッセージに、胸の奥がモヤモヤする。
 でも、今のチャット内の空気を壊したくなかった私は、【ありがとう】と絵本に出てくる兎のキャラクターがお辞儀をするスタンプを押して、スマホの電源を切った。
 ふと、真っ暗な画面に【みんな仲良く】の額縁が見えた気がした。いつもと変わらず、遺影にしか見えなかった。