風と共に生きた ─とある男の、小さな物語

妹──フィリアが生まれてから、
家の中は、前よりもずっと賑やかになった。

小さな泣き声。
笑い声。
時折、静かに響く子守唄。

世界が、ほんの少し、広がった気がした。


俺は、できる限りフィリアのそばにいた。

母が忙しいときは、
そっとフィリアの揺り籠を覗き込んだり、
泣き出せば慌てて駆けつけたり。

まだ赤ん坊のフィリアは、
俺が顔を近づけると、
きょとんとした顔をして、時々小さな手を伸ばしてきた。

その手に、俺の指が触れるたびに、
胸の奥が、ふわっと温かくなった。

こんなにも小さな存在が、
俺の世界の中心になっていくことに、
自分でも驚いていた。


ある日。

母が、フィリアを抱きながら微笑んだ。

「ライナス、あなたは立派なお兄ちゃんね」

その言葉に、
胸が、どきりと跳ねた。

誇らしいような、
くすぐったいような、
でも確かに嬉しい気持ち。

俺は、
もっと強くならなきゃと思った。

魔法の練習も、
今まで以上に熱が入った。

──この手で、守れるように。

フィリアの笑顔を、
母の優しさを、
父の誇りを、
全部、守り抜けるように。


とはいえ、
赤ん坊との生活は、甘いものばかりじゃなかった。

フィリアは、よく泣いた。
夜中に大声で泣き出して、
俺も眠れずにぼんやり起きることもあった。

そんなときは、
父が俺の肩を抱いてくれた。

「これが、家族ってやつだ」

眠そうに笑いながら、
父は小さなフィリアをあやしていた。

俺はその背中を見ながら、
(家族って、簡単じゃないんだな)
と、子供ながらに思った。

でも。

それでも──

やっぱり、ここにいてよかったと、思えた。


ふとした瞬間に、
フィリアが俺に向かって笑った。

無垢な、曇りのない、微笑み。

たったそれだけで、
疲れも、不安も、すべてが吹き飛ぶ気がした。

この子は、
俺に、無条件に微笑んでくれる。

俺が何か特別な存在だからじゃない。
ただ、
ここにいて、手を伸ばしたから。

(俺も……
 この子にとって、そんな存在でありたい)

そんな願いが、
小さく、小さく、心の奥に芽生えた。

──ライナス、六歳の冬。

妹フィリアとともに、
俺の世界は、少しずつ、広がっていった。