風と共に生きた ─とある男の、小さな物語

魔物の一件以来、
俺は、村の人たちから少しだけ顔を覚えられるようになった。

広場を歩けば、
「ライナスくん」「ありがとうね」と声をかけられる。

最初は戸惑った。
前世では、人の視線が苦手だったから。

けれど、不思議と、
ここの人たちの笑顔は怖くなかった。

ぎこちなく、だけど少しずつ、
「おはよう」や「こんにちは」が言えるようになった。


そんなある日、
市場で荷物を運んでいた若い女性に呼び止められた。

「ライナスくん、これ、ちょっと運ぶの手伝ってくれる?」

「……うん!」

小さな手で袋を抱え、
よたよたとついていく。

途中で袋を落としたり、つまづいたりしながらも、
俺なりに一生懸命運んだ。

運び終わったとき、
女性はにっこり笑って、頭を撫でてくれた。

「ありがとう、助かったわ」

たったそれだけのこと。
けれど、胸の中がぽかぽかと温かくなった。

俺にも、誰かの役に立てることがあるんだ──
そんな小さな自信が、心に灯った。


それからも、
ちょっとした荷物運び、畑仕事の手伝い、
井戸から水を汲むのを手伝ったり、
小さな頼まれごとをする機会が増えていった。

「ありがとう」
「助かったよ」
「すごいな、ライナス」

そんな言葉を、少しずつ、少しずつもらった。

魔法の修練だけじゃない。
こうして、誰かと関わる中で、
俺はまた違った意味で世界と繋がり始めた。


夜。

父と母に今日のことを話すと、
二人は目を細めて聞いてくれた。

「それは良かったな、ライナス」
「立派になったわね」

父が、大きな手で頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
母が、そっと肩を抱いてくれた。

その温もりに、目の奥がじんと熱くなった。

俺は、
確かにこの世界に生きている。

誰かと関わりながら、
小さな歩幅で、少しずつでも進んでいる。

まだ何もできないかもしれない。
でも、今は──

この世界が、少しだけ、好きになれそうな気がした。


──ライナス、六歳の春。

ゆっくりと、
少年期への扉が開き始めていた。