季節は、ゆっくりと巡っていった。
赤子だった俺は、幼児へと成長し、
短い足でよちよちと庭を歩き回るようになった。
言葉も、少しずつ話せるようになった。
父と母に教わりながら、拙いながらも会話ができる喜びを知った。
魔法の修練も、続けていた。
とはいえ、まだ小さな風を起こせる程度。
それでも、毎日何度も試し、手を翳し、失敗を繰り返した。
努力は、すぐには実を結ばない。
けれど、それが当たり前なのだと、少しずつ学び始めていた。
そんな、ある日。
•
村の広場に遊びに出たときのことだった。
まだ小さな俺は、父と一緒に用事を済ませ、
広場の片隅で休憩していた。
そこに──
「きゃっ!」
短い悲鳴が聞こえた。
振り向くと、
年下の女の子が、地面に転んでいた。
転んだだけなら、大したことではなかった。
けれど、その先──
小さな魔物。
森から迷い込んできたのか、
犬くらいの大きさの、毛むくじゃらの獣が、
低く唸り声を上げながら、彼女ににじり寄っていた。
周囲の大人たちは遠巻きに驚き、動けずにいた。
心臓が跳ねた。
──怖い。
足がすくむ。
でも。
あのとき、父が言っていた。
「強くなるってのはな、誰かを守れるようになることだ」って。
俺は、魔法の練習を、何のために続けてきたんだろう。
震える足に力を込めた。
──行け。
俺は、駆け出していた。
•
女の子と魔物の間に飛び込む。
間近で見る魔物は、思った以上に大きく、牙も鋭かった。
体が震える。
膝が笑う。
それでも、必死に手を前に翳した。
──思い出せ。
毎日繰り返した、あの動き。
「……ふう、ま……」
声にならない叫びとともに、
掌から小さな風が弾けた。
それは、
魔物の顔を、ぱしりと叩いた。
驚いたのか、魔物はびくりと身を引き、
次の瞬間、尻尾を巻いて逃げ出した。
──やった。
•
後ろを振り返る。
女の子は、転んだまま、ぽかんと俺を見上げていた。
俺も、ぽかんとした。
あんなに怖かったのに、
あんなに逃げたかったのに、
今はただ、体が熱くて、胸がどきどきしていた。
「だ、だいじょうぶ?」
拙い言葉で、そう聞いた。
女の子は、涙目のまま、こくりと頷いた。
それだけで、
胸がぐっと熱くなった。
•
その後、大人たちが駆け寄ってきて、
俺は父にぎゅっと抱きしめられた。
「よくやった、ライナス!」
父の声が震えていた。
周囲からも、誰かが拍手を送ってくれた。
けれど、そんなことよりも、
俺の中で何よりも大きかったのは、
──ああ、
俺にも、誰かを守れたんだ。
という、確かな実感だった。
•
女の子の名前は、そのときはまだ知らなかった。
けれど、あの日見た、
あの大きな瞳の色と、泣きながら微笑んだ顔だけは、
今でも、はっきりと覚えている。
この日。
小さな勇気が、
俺の中に確かな灯をともした。
──ライナス、五歳の春のことだった。
赤子だった俺は、幼児へと成長し、
短い足でよちよちと庭を歩き回るようになった。
言葉も、少しずつ話せるようになった。
父と母に教わりながら、拙いながらも会話ができる喜びを知った。
魔法の修練も、続けていた。
とはいえ、まだ小さな風を起こせる程度。
それでも、毎日何度も試し、手を翳し、失敗を繰り返した。
努力は、すぐには実を結ばない。
けれど、それが当たり前なのだと、少しずつ学び始めていた。
そんな、ある日。
•
村の広場に遊びに出たときのことだった。
まだ小さな俺は、父と一緒に用事を済ませ、
広場の片隅で休憩していた。
そこに──
「きゃっ!」
短い悲鳴が聞こえた。
振り向くと、
年下の女の子が、地面に転んでいた。
転んだだけなら、大したことではなかった。
けれど、その先──
小さな魔物。
森から迷い込んできたのか、
犬くらいの大きさの、毛むくじゃらの獣が、
低く唸り声を上げながら、彼女ににじり寄っていた。
周囲の大人たちは遠巻きに驚き、動けずにいた。
心臓が跳ねた。
──怖い。
足がすくむ。
でも。
あのとき、父が言っていた。
「強くなるってのはな、誰かを守れるようになることだ」って。
俺は、魔法の練習を、何のために続けてきたんだろう。
震える足に力を込めた。
──行け。
俺は、駆け出していた。
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女の子と魔物の間に飛び込む。
間近で見る魔物は、思った以上に大きく、牙も鋭かった。
体が震える。
膝が笑う。
それでも、必死に手を前に翳した。
──思い出せ。
毎日繰り返した、あの動き。
「……ふう、ま……」
声にならない叫びとともに、
掌から小さな風が弾けた。
それは、
魔物の顔を、ぱしりと叩いた。
驚いたのか、魔物はびくりと身を引き、
次の瞬間、尻尾を巻いて逃げ出した。
──やった。
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後ろを振り返る。
女の子は、転んだまま、ぽかんと俺を見上げていた。
俺も、ぽかんとした。
あんなに怖かったのに、
あんなに逃げたかったのに、
今はただ、体が熱くて、胸がどきどきしていた。
「だ、だいじょうぶ?」
拙い言葉で、そう聞いた。
女の子は、涙目のまま、こくりと頷いた。
それだけで、
胸がぐっと熱くなった。
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その後、大人たちが駆け寄ってきて、
俺は父にぎゅっと抱きしめられた。
「よくやった、ライナス!」
父の声が震えていた。
周囲からも、誰かが拍手を送ってくれた。
けれど、そんなことよりも、
俺の中で何よりも大きかったのは、
──ああ、
俺にも、誰かを守れたんだ。
という、確かな実感だった。
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女の子の名前は、そのときはまだ知らなかった。
けれど、あの日見た、
あの大きな瞳の色と、泣きながら微笑んだ顔だけは、
今でも、はっきりと覚えている。
この日。
小さな勇気が、
俺の中に確かな灯をともした。
──ライナス、五歳の春のことだった。
