風と共に生きた ─とある男の、小さな物語

春の終わりが近づくころ。

村は、次の季節を迎えるために、
静かに忙しくなっていた。

畑を耕し、家畜を育て、
また新しい命を迎える準備をする。

そんな日々の中で、
俺も変わらず修行を続けていた。


朝は剣の素振り。
昼はティオと鍛えあい、
夕暮れには、魔素を集め、風を練る。

日々を積み重ねるごとに、
剣は重みを増し、
魔法も少しずつ、意図した形を保てるようになってきた。

(まだまだ、だけど──)

確かに、前より強くなっている。

それだけは、胸を張って言える。


ティオも、負けずに成長していた。

「オレ、絶対すっげー騎士になるからな!」

そう言って笑うティオに、
俺も負けじと笑い返した。

「俺も、負けない」

どちらが上でも下でもない。
ただ、お互いに励まし合い、競い合いながら、
少しずつ前に進んでいた。


夜。
家族で囲む食卓。

母の作る温かなスープ。
父のにぎやかな話声。
フィリアの笑い声。

当たり前のように思っていたこの時間が、
いつか、当たり前じゃなくなる日が来るのかもしれない。

(俺も、いつか、村を出る)

旅に出る日を、
まだはっきりとは決めていない。

でも、
胸の奥には、
小さな覚悟が生まれ始めていた。


フィリアは、
俺の膝の上にちょこんと座って、
無邪気に笑った。

その小さな手を見つめながら、
思った。

(守りたい)

どこにいても、
どれだけ遠くに行っても。

この手を、
この温もりを、
絶対に忘れない。


風が、春の匂いを運んできた。

遠い日。
まだ見ぬ未来へ。

小さな一歩を、
俺は静かに踏み出し始めていた。

──ライナス、八歳の春の終わり。

少年は、
家族と、仲間と、
そして未来へと繋がる道を、静かに歩き始めた。