風と共に生きた ─とある男の、小さな物語

春の陽射しが、村を包み込むようになったころ。

また、一つの出会いが訪れた。


その日、
村に珍しく、大きな商隊が立ち寄った。

荷車に山と積まれた品物。
見たこともない服を着た人々。

村の広場は、
まるで小さな祭りのような賑わいだった。

俺も、ティオと一緒に、興味津々で商隊を眺めた。


見たことのない果物。
色とりどりの布。
不思議な形の剣や、光る石。

一つひとつが、
まるで別の世界からやってきたみたいだった。

(こんなものが、世界にはあるんだ……)

胸が高鳴った。

でも同時に、
少しだけ、怖くなった。

こんな広い世界で、
俺はちゃんと生きていけるのだろうか。


そんな中で、
一人の旅人と出会った。

旅人──といっても、
まだ若い男だった。

武具の手入れをしている彼のそばに、
ふと立ち止まった俺に、旅人は気さくに話しかけてきた。

「おお、小僧。興味あるか?」

「う、うん……」

言葉に詰まりながらも、頷く。

旅人は、笑って、
腰に下げた剣を軽く抜いて見せた。

それは、
今まで見たどんな剣よりも、重厚で、鋭かった。

「これが本物の剣だ。旅に出るなら、こういうのが要るぜ」

俺は、
息を呑んだ。


「お前も、いつか旅に出たいのか?」

旅人の問いに、
少しだけ迷ってから、頷いた。

旅人は、しばらく俺を見て、
それから、にやりと笑った。

「なら、覚えておけ」

「……なにを?」

「旅に出たらな、強いだけじゃ駄目だ」

旅人は、手にした剣を、鞘に収めた。

「信じられる仲間と、帰る場所が必要だ。そうじゃなきゃ、どんな強さも、空っぽだ」

そう言って、
旅人は、手を振りながら商隊の中へ消えていった。


その言葉が、
胸に刺さった。

(帰る場所……)

俺には、家族がいる。
ティオがいる。
守りたいものが、ここにある。

(それを、忘れないようにしよう)

どれだけ世界が広がっても、
この想いだけは、きっと、変わらない。


春風が、村を通り抜けた。

新しい季節の匂いとともに、
俺の胸にも、
小さな決意が芽生えていた。

──ライナス、八歳の春。

外の世界を知り始めた少年は、
それでも、大切なものを胸に抱いていた。