風と共に生きた ─とある男の、小さな物語

雪が溶け、
村に春の匂いが戻ってきた。

ぬかるんだ道に足を取られながらも、
子供たちは元気に走り回り、
大人たちは畑を耕し始める。

そんな、
いつも通りの春だった。


俺は、
相変わらず修行を続けていた。

剣も、魔法も、
少しずつ、少しずつ、手応えを感じ始めていた。

指先に集める風は、
前よりもずっと強く、しなやかになった。

剣を振る腕にも、
確かな重みが宿ってきた。

それでも──

(この村だけじゃ、きっと足りない)

そんな想いが、
ふと、胸の奥に芽生えた。


ある日、
父が村に来た旅人と話しているのを見かけた。

旅人は、
町の様子や、他の国の話をしていた。
•もっと大きな都市のこと
•遠く離れた異国の文化
•魔物と戦う冒険者たちの噂

聞いたこともない言葉に、
俺の胸は、不思議とざわついた。

(この村の外には、俺の知らない世界が広がってる)

それは、
怖さよりも、
強い憧れだった。


夜。

暖炉の前で、父に聞いてみた。

「俺も、いつか……村の外に行ってみてもいい?」

父は、少し驚いたように目を見開き、
それから、穏やかに笑った。

「ああ、いいとも」

「……本当に?」

「ああ。だけど──」

父は、俺の頭に手を置いた。

「お前が本当に行きたいと思ったとき、自分で決めろ。無理に急ぐ必要はない」

その言葉に、
胸の奥がじんわりと温かくなった。

俺の選択を、信じてくれる。

それだけで、
不思議と、世界が少し近くなった気がした。


まだ、すぐに村を出るわけじゃない。

ここには、守りたい家族がいる。
大切な仲間がいる。

でも──

いつか必ず、
この小さな世界を越えて、
もっと広い世界に踏み出す。

そのときまで、
俺は、ここで力を蓄える。

──ライナス、八歳の春。

扉の向こうに広がる世界を、
初めて意識した春だった。