風と共に生きた ─とある男の、小さな物語

初雪が降った日の夜。
フィリアは、熱を出した。


母は、
やさしく冷たい布を額に当て、
父は、そっとフィリアの小さな手を握った。

俺は、
何もできず、ただ傍らに立っていた。

苦しそうに眉を寄せるフィリアを見ているだけで、
胸がぎゅっと締めつけられた。

(俺に、何かできることは──)

焦りだけが空回りする。


冬祭りの準備が進む村の賑やかさとは裏腹に、
家の中は静かだった。

薪がはぜる音だけが、
ぽつり、ぽつりと響いている。

「ライナス」

母が、微笑みながら呼んだ。

「フィリアのそばにいてあげて。あなたの声なら、きっと安心するから」
母は俺の気持ちを察してくれたかのようだった。

俺は、
頷いて、フィリアの隣に座った。

そして、
ぎこちなく、手を伸ばす。

小さな小さな、
俺の妹。

その手は、
思ったよりも冷たかった。


しばらくの間、
俺はただ、フィリアの手を握っていた。

何もできない自分が、
悔しくて、情けなくて。

でも──

ふと、
フィリアが、うっすらと目を開けた。

かすかに、微笑んだ。

弱々しくても、
確かに俺に向けられた、
世界でたった一つの笑顔。

(守りたい──)

心の底から、そう思った。

強くなるとか、戦うとか、
そんなことじゃない。

この小さな命を、
あたたかい日々を、
守りたい。

それだけだった。


外では、
村人たちの笑い声や歌声が聞こえた。

きっと今頃、広場では灯火がともり、
小さな雪だるまたちが並んでいるだろう。

だけど、
俺にとって、今大切なのはここだった。

この手の中にある、
小さな温もりだった。


俺は一晩中妹のそばにいた。

フィリアは、
夜明け前には落ち着いた。

安堵した母が、そっと俺の肩を抱いてくれた。

「ありがとう、ライナス」

俺は、何もできなかった。
ただ、そばにいただけだった。

でも、
母の言葉に、不思議な満足感が広がった。


──ライナス、七歳の冬。

世界のすべてを手に入れたわけじゃない。

それでも、
たった一つだけ、大切なものを、
この手で守り抜きたいと、心から思った冬だった。