風と共に生きた ─とある男の、小さな物語

夏の終わり。
村では、毎年恒例の「子供たちの模擬試合」が開かれることになった。

木剣を使った、
子供同士の簡単な勝負。

怪我をしないように大人たちが見守り、
優勝者には、小さなご褒美が出る。

広場は、活気にあふれていた。

「ティオ、一緒に出ようぜ!」

「もちろん!」

ティオが、満面の笑みで答えた。

俺も、胸の奥がわくわくと高鳴った。

(負けたくない──)

自然に、そんな気持ちが湧き上がってきた。


試合は、トーナメント方式だった。

小さな子供たちが、順番に戦っていく。

俺もティオも、
それぞれ別のブロックで試合に臨んだ。

最初の相手は、俺よりも少し大きな少年だった。

緊張で手汗がにじむ。

木剣を構え、父に教わった基本を思い出す。

──深く息を吸って、前を見ろ。

父の言葉が、心に響いた。


合図とともに、相手が突っ込んできた。

その勢いに、体がすくみそうになる。

けれど、
必死に、剣を振るった。

がつん、と木剣同士がぶつかり合う音。

腕に、衝撃が走った。

(怖くない──)

そう思った瞬間、
体が自然に動いた。

足を踏み込んで、
もう一度、剣を振るう。

「勝負あり!」

審判役の村長が声を上げた。

俺の勝ちだった。


勝った──。

生まれて初めての、
正真正銘の勝負。

胸が高鳴った。

ティオも別の試合で勝ち進んでいた。


何度か試合を重ねるうちに、
決勝まで勝ち進んだのは、俺とティオだった。

広場の真ん中で、向かい合う。

ティオは、にやりと笑った。

「手加減しねーぞ、ライナス!」

「俺もだ」

お互い、木剣を構える。

どちらも、
この日まで必死に練習してきた。

ふざけあって、笑いあって、
だけど、本気で競い合ってきた。

──負けたくない。

心から、そう思った。


合図とともに、ティオが仕掛けてきた。

速い。
力強い。

でも、
俺だって負けられない。

全身の力を込めて、
剣を振るい、受け止め、打ち返す。

互いに汗を飛び散らせながら、
必死に、必死に戦った。

どちらかが倒れるまで、
どちらかが勝つまで。


──結果は。

俺の負けだった。

最後、踏み込みが遅れた。

ティオの一撃を避けきれず、
木剣が肩に軽く触れた。

その瞬間、試合が終わった。


悔しかった。

心の底から、悔しかった。

だけど──

「ライナス! すげーよ! マジで強かった!」

ティオが、嬉しそうに手を差し伸べてきた。

俺は、一瞬、ためらった。

けれど。

次の瞬間、笑ってその手を握った。

負けたけれど。
負けただけじゃなかった。

ここまで、本気で戦えたことが、
何よりも、誇らしかった。


──ライナス、七歳の秋。

初めての勝負。
初めての敗北。

だけど、
それ以上に、大切な何かを手に入れた気がした。