風と共に生きた ─とある男の、小さな物語

冬が終わり、
新しい春が、ゆっくりと村にやってきた。

雪が溶け、土の匂いが立ち上る季節。

フィリアは、すくすくと育っていた。

まだはいはいしかできないけれど、
小さな手で必死に床を掴んで進む姿は、見ていて飽きなかった。

そんな妹の成長を見守りながら、
俺の中にも、ある想いが芽生え始めていた。

──もっと、強くなりたい。


父と母は、変わらず家族を大切にしていた。

忙しい仕事があっても、
使用人に任せきりにはしなかった。

朝は家族揃って食卓を囲み、
夜は母が読み聞かせをしてくれた。

フィリアをあやすのも、
父が俺を背負って庭を走り回るのも、
全部、家族でやった。

召使いたちは、それを遠くから支えてくれていた。
無理に手を出すこともなく、
家族の時間を、温かく見守ってくれていた。

──この家は、温もりに満ちている。

それが、何よりも、俺には大切だった。


そんなある日。

父がふと思いついたように言った。

「ライナス、剣術を習ってみるか?」

「けんじゅつ?」

首をかしげた俺に、
父はにっこり笑った。

「お前は、もう家族を守りたいと思っているだろう? だったら、体を鍛えるのも悪くない」

俺は、驚いた。

言葉にしたことはなかったのに、
父は、俺の心を見透かしていた。

(……うん)

頷くと、父は嬉しそうに頷き返した。

「無理に強くなる必要はない。ただ、大切なものを守るために、少しずつでいい。力をつけていこうな」


剣は、重たかった。

木剣すら、最初はまともに振れなかった。

父に構えを教わり、
素振りを繰り返す。

腕が震え、腰が痛み、足がふらつく。

何度も何度も、転んだ。

でも──

俺は、やめなかった。

フィリアの、小さな笑顔を思い出すたびに。
母の柔らかな手を思い出すたびに。
父の誇らしげな笑顔を思い出すたびに。

──守りたい。

たったそれだけの想いが、
小さな体を、何度でも立ち上がらせた。


一方で、魔法の練習も続けていた。

風魔法を中心に、
小さな風を操るだけだった力は、
徐々に、確かな形を持ち始めていた。

手のひらに集まる魔素の感触。
空気を震わせる感覚。

まだまだ拙いけれど、
少しずつ、前に進んでいる気がした。

努力は、すぐには報われない。
でも、それでも。

今は、
この一歩一歩が、たまらなく愛しかった。


──ライナス、七歳の春。

家族と共に過ごしながら、
俺は少しずつ、「強くなる理由」を手に入れていった。