志保(しほ)

 病室の入口から聞こえた柔らかい声に、私はベッドの上でぱっと顔を輝かせた。

鷹斗(たかと)くん」
「窓開けてるのか? 今日天気いいもんな」
「そうなの。風が気持ちいい」

 微笑んだ私の視線に合わせて、鷹斗くんも揺れるカーテンを見つめる。
 こんな時間が心地いい。穏やかな、ゆったりした時間が流れていく。

「そうだ、これ。志保が読みたがってた本」
「わ、ありがとー!」

 鷹斗くんがテーブルに置いてくれたのは、最近映画化されて話題になった本。
 病院の売店には置いてなかったし、私は外に買いに行けない。
 だから頼んだのだけど、私がお願いしたのは昨日だ。

「嬉しいけど、さすがに毎日来てくれなくてもいいんだよ?」
「いいの。俺が来たくて来てるんだから」
「……ありがと」

 はにかんだ私に、鷹斗くんが緩く目を細める。
 この顔が、とても好き。
 
 ぱらり、ぱらり。ページをめくっていく。黙って本を読む私の側で、鷹斗くんも自分の本を読んでいる。
 ここだけ時間の流れが違うみたいだ。

 鷹斗くんは、私に「体調どう?」とは聞かない。
 私も、鷹斗くんに「仕事いいの?」とは聞かない。
 だって答えは決まっているから。そんな無意味なことはしない。
 特別なことはしない。ただただ、毎日を穏やかに過ごす。

 一人だったらきっと、耐えられなかった。
 優しい恋人がいて良かった。
 こんな幸福な終わりを迎えられるなんて、私はなんて恵まれているんだろう。

「大好きよ、鷹斗くん」
「俺も好きだよ、志保」

 惜しみなく愛を与えてくれる最愛の人は、そっと私の額にキスを落とした。