翌日。講義をさぼって高宮の大学に来てみた僕は、高宮が言う学食のイメージを覆すようなおしゃれで広いカフェテリアを前に足が止まってしまっている。
 木目調のテーブルに観葉植物、ガラス張りの開放的な空間。フードコート形式になっていて、洋風和風イタリアンにハンバーガーやドーナツまで選べるようになっているのがすごい。
「学食じゃないじゃんもはや……」
 リオさんもここを学食と称していたけれど、むしろレストランとでも表現した方がしっくりくるレベルだ。

 膝がガクガクしそうになるのをぐっと堪えながら店内を歩いていると、
「朝斗、こっち!」
 と、端っこから高宮の大きな声が聞こえてきた。近くにたくさん学生はいるけれど、窮屈な感じはしない窓際の席だ。そんな席をわざわざ選んでおいてくれたんだとすぐに気がついた。
「ありがと、高宮」
「外見えた方がいいだろ? それにこの席気に入ってるんだ、俺」
 デリカシーがないと妹さんに言われたと言っていたけれど、高宮の優しさは十分に伝わってくる。
「席だけ取っといて、早いとこ超ふわとろオムライス買いに行こうぜ」
「うん」

 高宮が僕の少し前を歩いてくれたので、スムーズに洋食コーナーまでたどり着いた。昨日ひとりであわあわしていた時とは大違いだ。高宮の真似をして、カウンターでトレイとスプーンを取って列に並ぶ。
「超ふわとろオムライス、ふたつお願いしまーす」
 高宮の明るい声が響くと、店員さんがにこやかに頷き、手際よくオムライスを盛りつけていく。一連の流れが夢みたいだった。
「朝斗、ケチャップ派? それともデミグラス?」
「え、どっちも好きだけど……」
「ならデミにしとけ、ここのは絶品だから」
 高宮のおすすめに従いデミグラスソースをかけてもらう。僕のトレイにも、卵とソースがまるで山から流れ落ちてくるようなオムライスが置かれた。湯気と香ばしい匂いに、自然とお腹が鳴る。
「これが超ふわとろオムライス……」
「やべぇな、いつものもふわとろなんだけど、超がつくとマジやべぇわ」
 高宮の語彙がいつにも増してやべぇだけになっていて思わず笑ってしまった。だけど気持ちは分かる。
「うん、やばいね」
 いつになくテンションが上がって、僕にまで高宮の口癖が移ってしまったようだ。

 歩くたびにトレーに載ったオムライスがぷるぷると揺れる。前に自分でも作ってみたけれど、やっぱり実物を目にするとプロの作ったオムライスの凄さは半端ない。
食べたら味を覚えて帰ろう。そして家でも練習するんだ。火曜日の卵の日には、僕と高宮とで合計二パック買えるじゃないか。卵をたっぷり使って、高宮を驚かせたい。「美味い」と言わせたい。
 頭の中でそんなことを考えながら席に戻った。楽しみなことがいっぱいで、他の人の視線や声も気にならなくなっている。今日は成功する。高宮と一緒なら、人前でも食事が出来る。

「いただきま……どうしたの? 高宮」
「ごめん、先食ってて。写真撮るから」
 高宮がごそごそとポケットからスマホを取り出す。へぇ、高宮もこういうことするんだ。ちょっと意外だった。陽キャではあるけれど、そういう見栄え的なことを気にしなさそうなタイプだと勝手に思っていた。思っていたのとは違う高宮を見たような気がして、なんだか胸の中にちくりと小さな痛みを感じた。
 カメラアプリを起動した高宮は、オムライスを撮る画角を横にしてみたり上からにしてみたりといくつか試して、ようやくいい構図を決めたみたいだった。
「よし、いい感じ!」
 満足そうに頷く高宮を見て、僕は尋ねた。
「そういうの、よく撮るの?」
「んー、まぁな! 美味そうなメシ見ると撮りたくなるんだよ。で、みんなにも見せたくなる」
 高宮はスマホを操作しながら笑う。その表情がやけに楽しそうに見えて、僕の胸の奥がざわついた。高宮はいろんな楽しみを持っているんだ。料理だけの僕とは違う。ほんの一瞬、置いていかれたような気持ちが走り、これはなんなのかと思ったところで高宮がスマホをポケットにしまった。
「待っててくれたのか、悪いな。じゃ食おうぜ」
「うん」
 オムライスをスプーンですくってそっと口に入れてみた。デミグラスソースとの相性抜群な卵は口の中でとろりと溶けて、簡単に飲み込めてしまうほどだ。
「美味しい……」
「な……」
 さすがの高宮もやべぇすら出てこない。僕たちは言葉もなくオムライスを堪能した。ボリューミーな盛り付けだったオムライスの皿が、まるでふたりで競争しているかのようにどんどん空になっていく。

 完食した頃には、僕のお腹はもういっぱいだった。ふう、とお腹をさすって辺りを見渡せば、周りの人たちは僕の方を見ることもなく、自分たちの食事時間を楽しんでいる。
 そうか。僕が人前で食事しようがしまいが、だれも気にしちゃいないんだ。僕は、僕の食べたい時に、食べたいものを、食べたいところで食べればいいんだ。
 視線を目の前へ戻してみると、高宮が満足そうに笑っている。
「成功したな、朝斗」
「うん。ありがと、高宮」
「俺じゃねぇよ。朝斗がすげぇんだよ」

 そんなことない。高宮のおかげでトラウマが払拭された。まだひとりで自分の大学のカフェテリアに行くのには勇気がいるけれど、大学にいる間に友だちが出来て、その友だちと一緒に昼ご飯を食べて……なんてことも出来るかもしれない。
 だけどやっぱりご飯を一緒に食べるのは……高宮がいい。高宮はまたこうやって僕とご飯を食べてくれるだろうか。
「なんか、朝斗がこうやって食えるようになって、俺まで嬉しいわ」
 にかっと笑いながら高宮が僕を見た。なんだか気持ちを見透かされたみたいで、妙にドキドキした。