木曜日も高宮はメッセージを送ってきた。
『月金はサークル来いって言われてて、土日はバイトだから、火水木は朝斗ん家行っていい?』
 行っていい? って聞くなら返事を待てよ。どうして満面の笑みで駅前に立ってる?
「よう、朝斗。今日は何がお買い得なんだ?」
「……スーパー行く前提で話してる?」
「もちろん」
 高宮は僕と食事をするのが楽しいと言ってくれた。手料理を食べられるからお世辞で言ってくれているのか、本心で言ってくれているのか、量りかねるところではある。
 けれど、僕が自分の中に培ってきた人との距離感を高宮が縮めてくるのを、まんざらでもないと思えてきているのは事実だ。本心で楽しいと思ってくれていたらいいな。
 うん、僕は高宮とこうやって交流するのを楽しいと思い始めている。

「今日は野菜が安い日だよ。昨日のハンバーグに使った挽き肉が残ってるから、夏野菜をたくさん入れたキーマカレーにしようかと思ってるんだけど……」
「俺、カレーも大好物なんだわ。よく分かったな」
「いや、たまたまいつも見てる料理動画にあっただけだから」
「朝斗はSNSでメシの作り方見てんのか?」
「うん、そう。これ食べたいなとか作れそうだなっていうものをブックマークしておいたり、美味そうな料理写真を参考にしたりしてる」
「へぇ、朝斗みたいなやつに需要あんだな。料理写真ってだれが見てるのかと思ってたよ」
「好きだよ。写真を見てると、その店へ行った気分になれるし」
「そっか」

 高宮と言葉を交わしながら、トマトやナス、玉ねぎ、ブロッコリーを買い物かごに入れていく。昨日は肉肉しいメニューだったから、このへんでしっかり野菜を摂っておきたい。カレー粉といくつかのスパイスがあれば味は決まるので簡単だ。家にあったコーン缶を使ってコーンバターご飯も炊いてある。高宮が見た時にびっくりさせたいと思ってそんな一工夫をしてみた。
 家に戻って高宮に手伝ってもらいながら野菜を準備し、挽き肉を炒める。カレーのいい匂いが部屋中に漂い始めた。
「たまらん!」
 高宮が早くも吠える。僕はもっと高宮の驚く顔が見たくて、炊飯器の蓋を開けた。
「コーンバターご飯もあるよ」
「なんだと!」
 炊飯器に顔を近づけてパタパタと空気をあおぐ高宮に、思わず笑ってしまった。
「なんだよ」
「いや、高宮の方が断然面白いんだけど」
「だってさ、毎日いいなぁと思って通りすがってた朝斗ん家のメシが目の前にあるんだぜ?」

 カレーをかき混ぜる僕の手元を覗き込んだり、「皿はこれでいいか?」と準備してくれたり、本当に高宮はご飯を食べるのが好きなんだな、と感じる。

 もし高宮と一緒にご飯を食べることが出来たら。カレーをよそう手が止まった。高宮が言う「僕と食べるのが楽しい」って気持ちは、本当だって思ってもいいんだろうか。
 高宮に僕の作った料理を食べてもらうのが嬉しい自分がいる。高宮と一緒に食事がしたいと思っている自分がいる。

「高宮、あのさ」
 思い切って切り出した僕に、高宮はうん? とまっすぐな笑顔を向けてきた。今日も、高宮の「美味い」が聞きたい。一緒に美味しい時間を楽しみたい。それって、贅沢だろうか。
「僕も……」
 なんて言っていいか分からない。自分から避けてきた食事の時間。もう一度僕自身が歩み寄ることなんて出来るんだろうか。
 高宮は、手の止まった僕からおたまを取り上げると、二枚の皿にカレーをよそった。
「あったりまえだろ。一緒にメシ食おうぜ」
 高宮が、途中で言葉を飲み込んだ僕の気持ちを代弁してくれた。陽キャとは分かりあえないと思っていた数日前までの僕に言いたい。
 高宮は違うと。

 今までひとりで使っていた部屋の小さなテーブルに高宮とふたり分の皿を並べたら、もうテーブルの上はいっぱいだった。
「美味いな」
「うん」
 人前で食事をしてはいけないと心に鍵をかけたのは僕自身だった。その鍵を開けてくれたのは高宮で、高宮と一緒に食べるご飯はとんでもなく美味しくて、僕はただ「うん」としか返事することが出来なかった。