翌日、講義が終わってスマホを確認してみると、昨日、半ば強引に交換させられたメッセージアプリに「駅前で待ってんぞー」と連絡が入っていた。今日も晩ご飯を僕の家で食べる気満々だな、こりゃ。
僕の生活に関わるはずのなかった陽キャを、どうやら餌付けしてしまったらしい。
そんなにあのオムライス美味しかったか? と思って、高宮が帰ったあともう一度自分用に作って食べてみたら、本当に美味しかった。自分で作ったからというのもあるけれど、高宮に褒めてもらったことも大きかったのだと、食べながら思った。
高宮の、あの人懐っこい笑顔で「美味い」と言われると、なんだか腹を立てる気にならないんだよな。鬱陶しい陽キャのはずが、高宮の一言で料理がもっと楽しくなっている自分がいる。現に、今日はご飯を一合余分に炊いてきたのだから。
高宮は、駅の改札口を出たところで待っていた。背が高くて目立つからすぐ分かる。
「あ、いたいた。おーい朝斗ぉ!」
両手をぶんぶん振って僕の名前を呼ぶ高宮に思わず焦る。僕と高宮が知り合いだなんて、違和感があるにちがいない。ほら、現に何人かの乗降客がけげんそうな顔をして、僕と高宮を見ながら通り過ぎていく。
高宮が「よっ」と言いながら近づいてくると、僕の顔はやけに熱くなった。陽キャと交流することなんてなかったから、きっと緊張しているんだ。
「……っす……」
と、口の中でもごもごと返事をして思わずうつむく。高宮はそんな僕にかまわず、ずんずんと近づいてきた。
「サークル休んで来たぜ。朝斗のメシの方が魅力的だもんな」
「何のサークルに入ってるの?」
「写真。でもいいんだ、俺どうせ下手くそだし、そもそもほとんど活動しないで友だちと喋ってるだけだから」
サークルに入って友だちと仲良く喋っている。いいな、いかにも陽キャだ。高宮はそういうのが似合っている。そんな高宮と今まさにスーパーに入ろうとしているけれど、これは一体どういう状況なのか、いまだに掴めていない。
「んで、今日は何作んの?」
買い物かごをひょいと持ち上げながら、高宮が聞いた。荷物をさっと持ってくれるところとかも、意外性があるんだよな。僕はそんなことをふと思って、違う違うとひとりで首を振った。
高宮はたぶんだれにでもこんな風に距離感が近いんだ。それでも高宮の場合、それが押しつけがましくなく自然にやっていることのように思える。だからこそ、僕はなんだか振り回されてしまうのだ。
「おーい朝斗、何ぶつぶつひとりごと言ってんだよ」
「な、なんでもない。えっと今日はハンバーグを作ろうかと……」
「マジ? 俺、ハンバーグが一番の好物なんだわ。よく知ってたな」
「偶然だよ」
「俺の食いたい肉、メニューに入れてくれたんだな。サンキュー!」
「それも偶然」
「何肉使うの?」
「合い挽き肉だよ。だけど売り場の構造的に、まずは玉ねぎから買う。ぐるっと回って、肉は最後」
「了解」
僕に従うように、買い物かごを持った高宮が歩く。猫背がちの陰キャと、ピアスを付けた陽キャがスーパーで買い物しているなんて、きっと珍しい光景だろうな。僕は少しだけこの状況が楽しく思えてきた。
玉ねぎと、家になかったパン粉と牛乳。あと卵。最後に精肉売り場で多めに合い挽き肉を買った。高宮はきっとたくさん食べるだろう。
僕の持参したエコバッグを持ってくれた高宮は、スーパーからマンションへ戻る道すがら、空を見ながら「俺ん家さぁ」と話し始めた。
「大家族なんだよ。八人家族。父ちゃん家も母ちゃん家も大所帯だから、親戚一同集まったらぎゅうぎゅう詰め。俺は長男でさ、大学生になったら早く家出ろって追い出されて、今のマンションに住んでんの。俺の部屋は、今妹ふたりが使ってる。男兄弟と一緒の部屋は嫌なんだってさ」
「たしかにそうだよね」
「家にはずっと母ちゃんがいたから、料理やったことがなくてさ。ひとり暮らし始めたら、ちょっとはやらなきゃとは思ってたんだけど、どうもひとりでメシ食うのがしんどいんだよね。大家族でわいわい食うのに慣れてたからさ」
ひとりでご飯を食べるのが苦手。それは僕と真逆の悩みだった。悩みなんてなさそうに見えたけれど、高宮にも気持ちが沈むことってあるんだ。意外だった。
「賑やかだと少しは気が紛れるから、外で食ったり、テレビ見ながら食ったりしてるんだけどさ。やっぱりメシはだれかと食うのが一番楽しいよな」
高宮の言葉に僕はうつむいた。高宮とは違う角度から、僕もひとりでしかご飯を食べられないことに悩んでいる。
だれかとご飯を食べる。それが楽しかった記憶が薄れてだいぶ経つけれど、一歩を踏み出す勇気は出てこないままだ。
僕が押し黙っていると、高宮がぽんと僕の頭を小さく叩いた。
「朝斗のおかげで、メシの時間が待ち遠しいんだ。無理やり押しかけて悪かったけど、マジ感謝してる」
「材料買ってもらったから作るだけであって……、別に感謝されることでもないし……」
「今日は一緒に食おうよ。ふたりで食った方が美味くないか?」
僕の生活に関わるはずのなかった陽キャを、どうやら餌付けしてしまったらしい。
そんなにあのオムライス美味しかったか? と思って、高宮が帰ったあともう一度自分用に作って食べてみたら、本当に美味しかった。自分で作ったからというのもあるけれど、高宮に褒めてもらったことも大きかったのだと、食べながら思った。
高宮の、あの人懐っこい笑顔で「美味い」と言われると、なんだか腹を立てる気にならないんだよな。鬱陶しい陽キャのはずが、高宮の一言で料理がもっと楽しくなっている自分がいる。現に、今日はご飯を一合余分に炊いてきたのだから。
高宮は、駅の改札口を出たところで待っていた。背が高くて目立つからすぐ分かる。
「あ、いたいた。おーい朝斗ぉ!」
両手をぶんぶん振って僕の名前を呼ぶ高宮に思わず焦る。僕と高宮が知り合いだなんて、違和感があるにちがいない。ほら、現に何人かの乗降客がけげんそうな顔をして、僕と高宮を見ながら通り過ぎていく。
高宮が「よっ」と言いながら近づいてくると、僕の顔はやけに熱くなった。陽キャと交流することなんてなかったから、きっと緊張しているんだ。
「……っす……」
と、口の中でもごもごと返事をして思わずうつむく。高宮はそんな僕にかまわず、ずんずんと近づいてきた。
「サークル休んで来たぜ。朝斗のメシの方が魅力的だもんな」
「何のサークルに入ってるの?」
「写真。でもいいんだ、俺どうせ下手くそだし、そもそもほとんど活動しないで友だちと喋ってるだけだから」
サークルに入って友だちと仲良く喋っている。いいな、いかにも陽キャだ。高宮はそういうのが似合っている。そんな高宮と今まさにスーパーに入ろうとしているけれど、これは一体どういう状況なのか、いまだに掴めていない。
「んで、今日は何作んの?」
買い物かごをひょいと持ち上げながら、高宮が聞いた。荷物をさっと持ってくれるところとかも、意外性があるんだよな。僕はそんなことをふと思って、違う違うとひとりで首を振った。
高宮はたぶんだれにでもこんな風に距離感が近いんだ。それでも高宮の場合、それが押しつけがましくなく自然にやっていることのように思える。だからこそ、僕はなんだか振り回されてしまうのだ。
「おーい朝斗、何ぶつぶつひとりごと言ってんだよ」
「な、なんでもない。えっと今日はハンバーグを作ろうかと……」
「マジ? 俺、ハンバーグが一番の好物なんだわ。よく知ってたな」
「偶然だよ」
「俺の食いたい肉、メニューに入れてくれたんだな。サンキュー!」
「それも偶然」
「何肉使うの?」
「合い挽き肉だよ。だけど売り場の構造的に、まずは玉ねぎから買う。ぐるっと回って、肉は最後」
「了解」
僕に従うように、買い物かごを持った高宮が歩く。猫背がちの陰キャと、ピアスを付けた陽キャがスーパーで買い物しているなんて、きっと珍しい光景だろうな。僕は少しだけこの状況が楽しく思えてきた。
玉ねぎと、家になかったパン粉と牛乳。あと卵。最後に精肉売り場で多めに合い挽き肉を買った。高宮はきっとたくさん食べるだろう。
僕の持参したエコバッグを持ってくれた高宮は、スーパーからマンションへ戻る道すがら、空を見ながら「俺ん家さぁ」と話し始めた。
「大家族なんだよ。八人家族。父ちゃん家も母ちゃん家も大所帯だから、親戚一同集まったらぎゅうぎゅう詰め。俺は長男でさ、大学生になったら早く家出ろって追い出されて、今のマンションに住んでんの。俺の部屋は、今妹ふたりが使ってる。男兄弟と一緒の部屋は嫌なんだってさ」
「たしかにそうだよね」
「家にはずっと母ちゃんがいたから、料理やったことがなくてさ。ひとり暮らし始めたら、ちょっとはやらなきゃとは思ってたんだけど、どうもひとりでメシ食うのがしんどいんだよね。大家族でわいわい食うのに慣れてたからさ」
ひとりでご飯を食べるのが苦手。それは僕と真逆の悩みだった。悩みなんてなさそうに見えたけれど、高宮にも気持ちが沈むことってあるんだ。意外だった。
「賑やかだと少しは気が紛れるから、外で食ったり、テレビ見ながら食ったりしてるんだけどさ。やっぱりメシはだれかと食うのが一番楽しいよな」
高宮の言葉に僕はうつむいた。高宮とは違う角度から、僕もひとりでしかご飯を食べられないことに悩んでいる。
だれかとご飯を食べる。それが楽しかった記憶が薄れてだいぶ経つけれど、一歩を踏み出す勇気は出てこないままだ。
僕が押し黙っていると、高宮がぽんと僕の頭を小さく叩いた。
「朝斗のおかげで、メシの時間が待ち遠しいんだ。無理やり押しかけて悪かったけど、マジ感謝してる」
「材料買ってもらったから作るだけであって……、別に感謝されることでもないし……」
「今日は一緒に食おうよ。ふたりで食った方が美味くないか?」



