部屋に戻りしばらく呆然としていたら、大学へ行く時間になってしまった。朝のハプニングを引きずりながら慌てて朝食を食べて部屋を出たら、今度はスマホの忘れ物。陰キャ大学生には無縁のはずの陽キャピアス男と会話し、握手までしてしまったのだから、僕のキャパがいっぱいになるのも無理はない。
こういう時は料理に限る。授業が終わるのをお腹を鳴らしながら耐え、終わると同時にスーパーへ向かった。
今日は火曜日。卵と加工食品が特売の日だ。栄養価が高くて使い勝手のいい卵は一週間であっという間に使い切ってしまうから、ひとり一パック限定なのがもどかしい。
あとはウインナーとブロッコリー、もやし。ひとり暮らしで野菜はどうしても不足しがちなので意識して買うようにはしている。ブロッコリーは茹でて冷凍しておくと使いたい分だけ使えるので便利だ、とSNSで学んだ。
部屋に戻り、買ってきたものと冷蔵庫にあるものを眺める。
「卵とブロッコリーとウインナーに、使い残しの玉ねぎか。何が作れるだろう」
ひとりごとを呟きながら、いつも見ているSNSを立ち上げた。お気に入り登録してあるいくつかのレシピ動画や画像がおすすめに出てくる。
お、リオさんが新しい写真をアップしている。レシピ検索からは逸れるけれど、その画像はスワイプする指を止めるのに効果抜群だった。
「リオです。今日はある私立大学の学食で昼メシ。ふわとろオムライスが名物です」
ふわとろオムライス。そのネーミングと写真の威力に僕はやられた。卵をいくつ使っているのか、写真からでも分かるふわふわのオムレツ。きっと割れば中からとろとろの卵が出てくるのだろう。
「美味しそう……」
思わずじゅるりとよだれが垂れる。だめだ、もうオムライスの口になってしまった。オムライスが食べたい。
とは言ってみたものの、過去何度かオムライスに挑戦して一度も成功したことがなかった。まずあの半月形に上手く成形が出来ないのだ。慌てているうちに中まで火が通り過ぎてしまい、ただの卵焼きのせご飯になってしまう。うーん、今日こそ成功させたい。
いつも見ているレシピ動画を漁ってみると、あった。初心者でもふわとろになるオムライス。コツは白身と黄身を完全に混ぜること。たしかに今までは混ぜが足りなかった気がする。何度か動画を見て、頭に叩き込んだ。
玉ねぎとウインナーを使ってケチャップライスを作ったら、よく混ぜた卵液でオムレツを作る。フライパンをゆすりながら卵をフライパンの片側に寄せていく。
火を止めた状態で予熱を使ってゆっくり形を作り、チキンライスの上にそっと載せた。やった、完成だ。今日は上手くいった。
上からケチャップをかけ、付け合せにブロッコリーを飾ってみる。オムレツがプルプルと揺れて、思わず笑いがこみ上げた。リオさんが上げた写真ほどには至らないけれど、それでも十分美味しそうに出来たと思う。
お腹が減って仕方がない。さあ食べようと部屋のテーブルに出来上がったオムライスを置いた時。
ピンポーン。ピンポンピンポンピンポン。
え、なに。攻撃的なチャイム音が部屋に響き渡り、びくっと身体がひきつった。引っ越しの時に親が手伝いに来てくれた時以外、この部屋に来客は一度もない。管理人さんに怒られるようなことをした覚えはないし、テレビの契約はちゃんとしている。新聞は取っていないし、何かの支払いが滞っていることもない。ピンポンの主はだれだ、しかも人がご飯を食べようとしている時に。
「朝斗ぉ―、おれおれ」
え、詐欺?
「隣の高宮。ねぇ開けてよ」
高宮。隣の陽キャピアス男。一日に二度もその名前を聞くとはさすがに思わなかった。オムライスに名残惜しく視線を残しながら、しぶしぶ玄関に向かう。
念のためドアスコープを確認する。うわ、びっくりした。ドアスコープの向こうに高宮の顔のどアップが映し出されていた。向こうもドアスコープを覗いていたらしい。人ん家の匂いを嗅いだり家を覗いたり、ずいぶん距離感がバグってるやつだな。いや、僕の方が問題なのかもしれないけれど。それほど仲良くない人に積極的に話しかけられると委縮するのは、パーソナルスペースの広い典型だ。
どっちにしても僕に何の用なんだ。隣のよしみで金貸せって言われても絶対貸さないぞ。玄関のドアを細く開けると、高宮はその細い隙間に顔をねじ込んできた。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、朝斗のせいで腹が減って死にそうだよ」
「僕のせい?」
こういう時は料理に限る。授業が終わるのをお腹を鳴らしながら耐え、終わると同時にスーパーへ向かった。
今日は火曜日。卵と加工食品が特売の日だ。栄養価が高くて使い勝手のいい卵は一週間であっという間に使い切ってしまうから、ひとり一パック限定なのがもどかしい。
あとはウインナーとブロッコリー、もやし。ひとり暮らしで野菜はどうしても不足しがちなので意識して買うようにはしている。ブロッコリーは茹でて冷凍しておくと使いたい分だけ使えるので便利だ、とSNSで学んだ。
部屋に戻り、買ってきたものと冷蔵庫にあるものを眺める。
「卵とブロッコリーとウインナーに、使い残しの玉ねぎか。何が作れるだろう」
ひとりごとを呟きながら、いつも見ているSNSを立ち上げた。お気に入り登録してあるいくつかのレシピ動画や画像がおすすめに出てくる。
お、リオさんが新しい写真をアップしている。レシピ検索からは逸れるけれど、その画像はスワイプする指を止めるのに効果抜群だった。
「リオです。今日はある私立大学の学食で昼メシ。ふわとろオムライスが名物です」
ふわとろオムライス。そのネーミングと写真の威力に僕はやられた。卵をいくつ使っているのか、写真からでも分かるふわふわのオムレツ。きっと割れば中からとろとろの卵が出てくるのだろう。
「美味しそう……」
思わずじゅるりとよだれが垂れる。だめだ、もうオムライスの口になってしまった。オムライスが食べたい。
とは言ってみたものの、過去何度かオムライスに挑戦して一度も成功したことがなかった。まずあの半月形に上手く成形が出来ないのだ。慌てているうちに中まで火が通り過ぎてしまい、ただの卵焼きのせご飯になってしまう。うーん、今日こそ成功させたい。
いつも見ているレシピ動画を漁ってみると、あった。初心者でもふわとろになるオムライス。コツは白身と黄身を完全に混ぜること。たしかに今までは混ぜが足りなかった気がする。何度か動画を見て、頭に叩き込んだ。
玉ねぎとウインナーを使ってケチャップライスを作ったら、よく混ぜた卵液でオムレツを作る。フライパンをゆすりながら卵をフライパンの片側に寄せていく。
火を止めた状態で予熱を使ってゆっくり形を作り、チキンライスの上にそっと載せた。やった、完成だ。今日は上手くいった。
上からケチャップをかけ、付け合せにブロッコリーを飾ってみる。オムレツがプルプルと揺れて、思わず笑いがこみ上げた。リオさんが上げた写真ほどには至らないけれど、それでも十分美味しそうに出来たと思う。
お腹が減って仕方がない。さあ食べようと部屋のテーブルに出来上がったオムライスを置いた時。
ピンポーン。ピンポンピンポンピンポン。
え、なに。攻撃的なチャイム音が部屋に響き渡り、びくっと身体がひきつった。引っ越しの時に親が手伝いに来てくれた時以外、この部屋に来客は一度もない。管理人さんに怒られるようなことをした覚えはないし、テレビの契約はちゃんとしている。新聞は取っていないし、何かの支払いが滞っていることもない。ピンポンの主はだれだ、しかも人がご飯を食べようとしている時に。
「朝斗ぉ―、おれおれ」
え、詐欺?
「隣の高宮。ねぇ開けてよ」
高宮。隣の陽キャピアス男。一日に二度もその名前を聞くとはさすがに思わなかった。オムライスに名残惜しく視線を残しながら、しぶしぶ玄関に向かう。
念のためドアスコープを確認する。うわ、びっくりした。ドアスコープの向こうに高宮の顔のどアップが映し出されていた。向こうもドアスコープを覗いていたらしい。人ん家の匂いを嗅いだり家を覗いたり、ずいぶん距離感がバグってるやつだな。いや、僕の方が問題なのかもしれないけれど。それほど仲良くない人に積極的に話しかけられると委縮するのは、パーソナルスペースの広い典型だ。
どっちにしても僕に何の用なんだ。隣のよしみで金貸せって言われても絶対貸さないぞ。玄関のドアを細く開けると、高宮はその細い隙間に顔をねじ込んできた。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、朝斗のせいで腹が減って死にそうだよ」
「僕のせい?」



