夕暮れの光がカーテン越しに柔らかく差し込んで、部屋に影を落としていた。高宮と一緒に買い物をして帰ってきた、ある木曜日の夕方。少しだけ夏の暑さはやわらいで、高宮がアイスアイスと騒ぐ頻度も低くなってきた。
木曜日は野菜の日。高宮が気に入ってくれたピーマンの和え物は、すっかりふたりの定番メニューになっている。
「ねぇ、高宮」
高宮の一番好きなハンバーグにピーマンの和え物を添えて、晩ご飯のおかずは完成だ。炊飯器から立つ湯気に「んまそ」と満足そうな笑みを浮かべている高宮に、僕は小さな提案をしてみることにした。
「どした?」
「あのさ。僕もSNSに自分の料理アップしてみようかなって思ってて」
カフェアオゾラの公式アカウントで店のメニューが紹介されるたび、お客さんやフォロワーが増えていくのを見て、料理で自分の世界を広げていくことに少しずつ自信が持てるようになってきた。
自分の大学のカフェテリアも前みたいに怖くなくなったし、高宮がリオアカウントに上げている食べ歩きにも、積極的について行くようになった。
家と大学、スーパーの往復だけだった僕の生活に、高宮が新しい風を吹き込んでくれたように、僕のレシピが、もしかしたらだれかの新しい風になるかもしれない、なんて。
「──は?」
高宮の声が、すっとんきょうに跳ねた。
ご飯をよそおうとしていた高宮が、すごい勢いで僕に詰め寄った。茶碗を持つ手がぷるぷる震えている。
「ダメそれ! いや、マジで!」
「え、なんでそんなに本気で?」
「だって……朝斗のメシ、他のやつらに見せたくないもん」
あまりにも真剣な顔で言い切られて、ぽかんとしてしまった。
「僕が作る料理なんて、そんな特別なものじゃ」
「俺にとっては特別なんだよ」
高宮は前のめりになって、ぐっと顔を近づけてくる。その顔は真っ赤で、子どもみたいに必死で、愛おしくなってつい笑ってしまった。高宮、キュンが過ぎるよ。
「……焼きもち?」
「ちげーし……」
そっぽを向いてふてくされている高宮を見ると、甘酸っぱい気持ちになる。
「高宮」
「なんだよ」
僕は、陰キャの持てる能力を全部つぎこみ、拗ねたように尖らせている高宮の唇に、自分の唇をそっと触れさせた。
「じゃあ高宮専用にしとく」
そう言うと高宮は、照れたように笑って「ん」と小さく頷いた。
晩ご飯を食べ終わってふたりで洗い物をしたあとの時間、前よりも長居をするようになった高宮。僕ももう少し居てほしいなんて思っている。離れたくない気持ちが、これからもっと加速していく予感はしている。
高宮はラグに寝転びながら、雑誌をぱらぱらとめくっている。僕はその隣で、SNSをざっとチェックする。最近は料理のほかに弁当のレシピにも目が行くようになった。
「明日のメニューか?」
声をかけられて、僕はうんと頷く。
「何が食べたい?」
「なんでもいいよ。朝斗のメシなら、なんでも美味い」
高宮はまっすぐ僕を見て笑った。なんのためらいもなく言ってくれる高宮に、胸がいっぱいになる。
僕はにやけてしまう顔を堪えながら、冷蔵庫を開ける。明日はバイトで遅くなるから、高宮がお腹空かないように弁当を作っておいてあげよう。はじめての弁当、うまく作れるといいな。高宮を好きな気持ちが、僕の作る料理で伝わりますように。
明日も、明後日も、ずっと。高宮の「美味い」が聞きたくて、僕は台所に立ち続ける。なにが食べたいだろう、なにを喜んでもらえるだろう。そんなことをいつも考える。
僕の作る料理が、だれよりも大事な人の身体を作っている。そのことがすごく誇らしくて、すごく幸せなんだ。
了
木曜日は野菜の日。高宮が気に入ってくれたピーマンの和え物は、すっかりふたりの定番メニューになっている。
「ねぇ、高宮」
高宮の一番好きなハンバーグにピーマンの和え物を添えて、晩ご飯のおかずは完成だ。炊飯器から立つ湯気に「んまそ」と満足そうな笑みを浮かべている高宮に、僕は小さな提案をしてみることにした。
「どした?」
「あのさ。僕もSNSに自分の料理アップしてみようかなって思ってて」
カフェアオゾラの公式アカウントで店のメニューが紹介されるたび、お客さんやフォロワーが増えていくのを見て、料理で自分の世界を広げていくことに少しずつ自信が持てるようになってきた。
自分の大学のカフェテリアも前みたいに怖くなくなったし、高宮がリオアカウントに上げている食べ歩きにも、積極的について行くようになった。
家と大学、スーパーの往復だけだった僕の生活に、高宮が新しい風を吹き込んでくれたように、僕のレシピが、もしかしたらだれかの新しい風になるかもしれない、なんて。
「──は?」
高宮の声が、すっとんきょうに跳ねた。
ご飯をよそおうとしていた高宮が、すごい勢いで僕に詰め寄った。茶碗を持つ手がぷるぷる震えている。
「ダメそれ! いや、マジで!」
「え、なんでそんなに本気で?」
「だって……朝斗のメシ、他のやつらに見せたくないもん」
あまりにも真剣な顔で言い切られて、ぽかんとしてしまった。
「僕が作る料理なんて、そんな特別なものじゃ」
「俺にとっては特別なんだよ」
高宮は前のめりになって、ぐっと顔を近づけてくる。その顔は真っ赤で、子どもみたいに必死で、愛おしくなってつい笑ってしまった。高宮、キュンが過ぎるよ。
「……焼きもち?」
「ちげーし……」
そっぽを向いてふてくされている高宮を見ると、甘酸っぱい気持ちになる。
「高宮」
「なんだよ」
僕は、陰キャの持てる能力を全部つぎこみ、拗ねたように尖らせている高宮の唇に、自分の唇をそっと触れさせた。
「じゃあ高宮専用にしとく」
そう言うと高宮は、照れたように笑って「ん」と小さく頷いた。
晩ご飯を食べ終わってふたりで洗い物をしたあとの時間、前よりも長居をするようになった高宮。僕ももう少し居てほしいなんて思っている。離れたくない気持ちが、これからもっと加速していく予感はしている。
高宮はラグに寝転びながら、雑誌をぱらぱらとめくっている。僕はその隣で、SNSをざっとチェックする。最近は料理のほかに弁当のレシピにも目が行くようになった。
「明日のメニューか?」
声をかけられて、僕はうんと頷く。
「何が食べたい?」
「なんでもいいよ。朝斗のメシなら、なんでも美味い」
高宮はまっすぐ僕を見て笑った。なんのためらいもなく言ってくれる高宮に、胸がいっぱいになる。
僕はにやけてしまう顔を堪えながら、冷蔵庫を開ける。明日はバイトで遅くなるから、高宮がお腹空かないように弁当を作っておいてあげよう。はじめての弁当、うまく作れるといいな。高宮を好きな気持ちが、僕の作る料理で伝わりますように。
明日も、明後日も、ずっと。高宮の「美味い」が聞きたくて、僕は台所に立ち続ける。なにが食べたいだろう、なにを喜んでもらえるだろう。そんなことをいつも考える。
僕の作る料理が、だれよりも大事な人の身体を作っている。そのことがすごく誇らしくて、すごく幸せなんだ。
了



