高宮が大学に行けるようになった週明け。僕はいくつかのレシピを頭に入れてバイトへ向かった。もっと美味しいものが作れるようになりたい。カフェのみんなに認めてもらって、早く厨房で一人前になりたい。
なにより、もっと料理が上手くなって、高宮に「朝斗がいなきゃダメだ」って言わせたい。陰キャのこじらせ舐めんなよ。好きって言い出せない分、妄想の中の高宮に何度も言わせては、ひとりで悶々としている。
作ったまかないは、キャベツたっぷりのメンチカツ。揚げ玉を使ったなんちゃって揚げ物の経験しかないから不安だったけれど、料理の腕前を上げるために避けては通れないと気合いを入れて作った。油はねが怖くてビビったけれど、ちゃんときつね色に揚がったときの達成感ったらなかった。
「佐倉君、これマジで美味しいよ!」
奥村さんがメンチカツを頬張り、力強く親指を立てた。
「ほんと、衣がさっくさく。キャベツもいい感じだし、重くないのがいい」
店長もうんうんと頷きながら味わってくれている。やった、認められた。ひとつのミッションをクリアした喜びで心が浮き立つ。
「これ、さっそく明日から新しいメニューに加えよう」
「え、本当ですか!?」
「うん、佐倉君メインで担当してよ。やっぱ見込んだだけのことはあるね」
「ありがとうございます!」
椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。僕の世界を広げてくれたことに感謝しかない。
「よし、うちのSNSにアップしよう。佐倉君の皿はまだ手を付けてないよね? それ持って。みんな並んで並んで」
店長がスマホを持って来て、スタッフを並ばせる。奥村さんが緊張している僕の肩に手を回して、「佐倉君、笑顔笑顔。主役なんだから」と笑いかけてくれた。
「よし撮るよー。はいチーズ」
撮った画像はすぐさまカフェアオゾラのSNSに掲載された。「新メニュー登場! メンチカツプレート、ぜひご賞味あれ!」 というコメントとともに。
メンチカツプレートの評判は上々だった。水曜日、SNSを見て来てくれたお客さんが何人か、厨房にいる僕に向かって「美味しかったです」「また注文します」なんて声を掛けてくれたのには思わずガッツポーズをしてしまった。
もちろんまだ全然一人前じゃない。店長に下ごしらえや盛り付け、仕上げの指導をしてもらいながらだ。けれど、僕が考えた料理をお客さんに食べてもらえるのは、自信になる。
ううん、もっと「美味い」って言われたい人がいる。まだひとり、食べてもらっていない人がいる。心の奥に、ひとつだけ埋まらないピースがある。
高宮。早く木曜日にならないかな。高宮に会いたい。僕の料理を食べてもらいたい。美味いって笑ってもらいたい。
「ねね、佐倉君。メンチカツの投稿、けっこう反響来てるよ。写真上げてくれる人もいる」
「え、ほんとですか?」
休憩中の奥村さんが、スマホを見せに来てくれた。どれどれ、と店長も覗き込む。#カフェアオゾラ、#メンチカツプレートと付けられた投稿写真が並んでいて、なんだかくすぐったい気持ちになる。
「これ、昨日のスタッフ写真にもいいねが付いてる。あ、コメント来てるよ。美味しかったですだって」
奥村さんが指さした写真の中では、奥村さんに肩を寄せられてぎこちない笑顔を浮かべている僕がいる。写真の中でみんなと笑っているのが不思議だった。少し前の僕なら、仲間と笑顔でSNSに載るなんて、はるか遠い世界の出来事のはずだったのに。
いくつかの投稿やコメントを見せてくれた奥村さんが、「お?」とスワイプする指を止めた。
「リオが反応してくれてる。もしかしたらうちの店にも来てくれるかもね」
「え?」
「佐倉君知ってる? 食べ歩きアカウントのリオ。美味そうに紹介してくれるから、けっこうフォロワーいるんだよ」
「……あ、はい。見たことあります」
見たことあるどころじゃない。その人、僕の好きな人なんです……なんて口が滑っても言えない。
店長がいいね、と笑顔で頷いた。
「こういう人に宣伝してもらえると、うちの店ももっと繁盛するよね。佐倉君、どんどん工夫していこう」
「はい」
店長の言葉に答えながらも、心の中では違うことが引っかかっていた。
リオアカウントから送られてきたコメント「このメンチカツ最初に食えた人羨ましい」。その一文が気になって仕方がない。なんだか高宮の本音が滲んでいる気がして、そわそわしてしまう。
(高宮、ずるいよ。そんなこと言われたらますます勘違いしちゃうよ)
リオさんのコメントだけど、それは高宮自身の声のように聞こえて、僕はまた小さく期待してしまうんだ。
閉店も迫った頃。ホールに数名いるお客さんのラストオーダーを取って回っている時、ドアの向こうに人の気配を感じた。
「いらっしゃいませ、すみません。もうラスト……あっ」
「よう」
少し居心地の悪いような顔で店の前に立っていたのは、高宮だった。
なにより、もっと料理が上手くなって、高宮に「朝斗がいなきゃダメだ」って言わせたい。陰キャのこじらせ舐めんなよ。好きって言い出せない分、妄想の中の高宮に何度も言わせては、ひとりで悶々としている。
作ったまかないは、キャベツたっぷりのメンチカツ。揚げ玉を使ったなんちゃって揚げ物の経験しかないから不安だったけれど、料理の腕前を上げるために避けては通れないと気合いを入れて作った。油はねが怖くてビビったけれど、ちゃんときつね色に揚がったときの達成感ったらなかった。
「佐倉君、これマジで美味しいよ!」
奥村さんがメンチカツを頬張り、力強く親指を立てた。
「ほんと、衣がさっくさく。キャベツもいい感じだし、重くないのがいい」
店長もうんうんと頷きながら味わってくれている。やった、認められた。ひとつのミッションをクリアした喜びで心が浮き立つ。
「これ、さっそく明日から新しいメニューに加えよう」
「え、本当ですか!?」
「うん、佐倉君メインで担当してよ。やっぱ見込んだだけのことはあるね」
「ありがとうございます!」
椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。僕の世界を広げてくれたことに感謝しかない。
「よし、うちのSNSにアップしよう。佐倉君の皿はまだ手を付けてないよね? それ持って。みんな並んで並んで」
店長がスマホを持って来て、スタッフを並ばせる。奥村さんが緊張している僕の肩に手を回して、「佐倉君、笑顔笑顔。主役なんだから」と笑いかけてくれた。
「よし撮るよー。はいチーズ」
撮った画像はすぐさまカフェアオゾラのSNSに掲載された。「新メニュー登場! メンチカツプレート、ぜひご賞味あれ!」 というコメントとともに。
メンチカツプレートの評判は上々だった。水曜日、SNSを見て来てくれたお客さんが何人か、厨房にいる僕に向かって「美味しかったです」「また注文します」なんて声を掛けてくれたのには思わずガッツポーズをしてしまった。
もちろんまだ全然一人前じゃない。店長に下ごしらえや盛り付け、仕上げの指導をしてもらいながらだ。けれど、僕が考えた料理をお客さんに食べてもらえるのは、自信になる。
ううん、もっと「美味い」って言われたい人がいる。まだひとり、食べてもらっていない人がいる。心の奥に、ひとつだけ埋まらないピースがある。
高宮。早く木曜日にならないかな。高宮に会いたい。僕の料理を食べてもらいたい。美味いって笑ってもらいたい。
「ねね、佐倉君。メンチカツの投稿、けっこう反響来てるよ。写真上げてくれる人もいる」
「え、ほんとですか?」
休憩中の奥村さんが、スマホを見せに来てくれた。どれどれ、と店長も覗き込む。#カフェアオゾラ、#メンチカツプレートと付けられた投稿写真が並んでいて、なんだかくすぐったい気持ちになる。
「これ、昨日のスタッフ写真にもいいねが付いてる。あ、コメント来てるよ。美味しかったですだって」
奥村さんが指さした写真の中では、奥村さんに肩を寄せられてぎこちない笑顔を浮かべている僕がいる。写真の中でみんなと笑っているのが不思議だった。少し前の僕なら、仲間と笑顔でSNSに載るなんて、はるか遠い世界の出来事のはずだったのに。
いくつかの投稿やコメントを見せてくれた奥村さんが、「お?」とスワイプする指を止めた。
「リオが反応してくれてる。もしかしたらうちの店にも来てくれるかもね」
「え?」
「佐倉君知ってる? 食べ歩きアカウントのリオ。美味そうに紹介してくれるから、けっこうフォロワーいるんだよ」
「……あ、はい。見たことあります」
見たことあるどころじゃない。その人、僕の好きな人なんです……なんて口が滑っても言えない。
店長がいいね、と笑顔で頷いた。
「こういう人に宣伝してもらえると、うちの店ももっと繁盛するよね。佐倉君、どんどん工夫していこう」
「はい」
店長の言葉に答えながらも、心の中では違うことが引っかかっていた。
リオアカウントから送られてきたコメント「このメンチカツ最初に食えた人羨ましい」。その一文が気になって仕方がない。なんだか高宮の本音が滲んでいる気がして、そわそわしてしまう。
(高宮、ずるいよ。そんなこと言われたらますます勘違いしちゃうよ)
リオさんのコメントだけど、それは高宮自身の声のように聞こえて、僕はまた小さく期待してしまうんだ。
閉店も迫った頃。ホールに数名いるお客さんのラストオーダーを取って回っている時、ドアの向こうに人の気配を感じた。
「いらっしゃいませ、すみません。もうラスト……あっ」
「よう」
少し居心地の悪いような顔で店の前に立っていたのは、高宮だった。



