「とにかくベッドに寝て。冷やすもの、ある? 薬は?」
「……なんも、ねぇ」
「分かった、取ってくる」
なんとか高宮の身体を立ち上がらせ、肩の下に自分の身体を入れた。力の抜けた高宮を運ぶのは大変だったけれど、全力で支えながらベッドへ運んだ。
「ちょっと待ってて」
ぎこちなく横たわる高宮に落ちていたタオルケットを掛けると、すぐさま自分の部屋へ戻った。とにかく辛そうなので解熱剤、それと冷凍庫に常備してある保冷剤と水の入ったペットボトルを掴み、高宮の部屋へ戻る。
「タオル借りるよ」
水に濡らしたタオルで保冷剤をくるみ、高宮のベッドへ駆け寄った。
「頭、起こせる? 薬飲もう」
そろそろと高宮の頭を持ち上げ、薬を口に入れて水を流し込むと、高宮はごくりと飲み込んで、はぁとしんどそうな息を吐いた。
「寝て」
僕に身を委ねるように言うことを聞く高宮のおでこに、保冷剤を押し当てた。落ちないように手を添えながら、目を閉じている高宮の顔を見る。鼻の頭に浮いた汗、薄く開いた唇、熱そうな頬。
いつも人懐っこく笑いかけてくれる高宮が弱っている。見ているこっちが辛くなるくらい。
「……朝斗……」
吐く息に混じって、小さく僕の名前を呼ばれてドキッとした。口にした自覚がないのか、高宮は目を閉じたままそれ以上の反応は見せない。
こんな時に僕の名前を呼ぶって。フリーズしそうになる自分をなんとか引き戻し、おでこに保冷剤を当て続ける。
高宮が僕の存在を心に留めておいてくれるんなら、なんでこんなになるまで言わなかったんだよ。どうしてもっと頼ってくれなかったんだよ──いや違う、僕がもっとちゃんと高宮のことを見れていればよかったんだ。
「……ごめん高宮」
いつも僕を励ましてくれて、何でもないみたいに笑って、だれとでも楽しく出来て──高宮の孤独な部分、ご飯をひとりで食べるのが嫌だって、僕は知っていたはずなのに。
「……っ」
高宮がわずかに身じろいで、ぴくりとまぶたが動く。慌ててずれた保冷剤を当て直すと、高宮の表情がいくらか和らいだように見えてほっとする。
いつも高宮からもらってばっかりで、自分から距離を縮めていくことをしなかった。隣人、友人、そんな風に決めつけて、これ以上自分の思いに踏み込まないようにしていたのは僕だ。ご飯を食べるだけの関係じゃ物足りなくなっていたくせに。
手のひら越しに、高宮の体温を少しでも引き受けられたら。そんな思いがよぎる。
「ここに、いるからね」
反応がないのをいいことに、小さく呟く。薬が効いてきたのか、もしかして僕の声が聞こえたのか、高宮の呼吸が少しずつ安定してきて静かな寝息に変わった。
大きく息をついて、天井を見上げた。自分の気持ちがなんなのか、この感情がなんという名前なのか。僕はもう知っている。知らなかった頃には、もう戻れない。
深い眠りについたのを見計らって、僕の部屋からいくつか入り用なものを持って来た。首の下や脇を冷やすと熱が下がりやすいらしい。保冷剤をあと三つ。買い置きしてあるドリンクゼリー、目が覚めたら口にできるといいんだけど。
何度か汗を拭いているうちに、なんとなく高宮の身体から熱さが引いてきたように見えた。そっとおでこに手を当ててみる。よかった、さっきよりも下がったみたいだ。
高宮の眠りを邪魔しないよう、指先だけでおでこにかかった前髪を小さく払いのけた。穏やかな表情で小さく口を開けて寝ている高宮の顔は、いつもよりも無防備で、ほんの少し幼く見える。
だれかに弱さを見せることが苦手なのかもしれない。ピアスを開けたのも、もしかしたらそんな高宮の現れなのかも。
僕の名前を呼んでくれたのは、高宮の心に入ってもいいって許されたんだと信じたい。高宮の目が覚めるまで、そばにいたい。
高宮の様子に安心したら緊張の糸が切れたらしい。ベッドの縁に肩をもたせかけて、うとうとと居眠りをしてしまっていた。
「……と、朝斗」
小さく肩をゆすられてハッと目が覚める。顔を上げると、高宮の顔がすぐ近くにあった。
「起こしてごめん、でもこんなところで寝たら朝斗まで風邪ひくぞ」
まだ声がしゃがれている。けれど上体を起こせたところを見ると、だいぶ力は戻ってきたみたいだ。
高宮は目を細めて僕を見ながら、安心したように言った。
「いてくれたんだな」
その言葉がじわっと胸に広がる。少しは高宮の力になれたのかもしれない、そう思うと、僕の中にある高宮への思いが、はっきりと輪郭を持って浮かび上がる。
「……なんも、ねぇ」
「分かった、取ってくる」
なんとか高宮の身体を立ち上がらせ、肩の下に自分の身体を入れた。力の抜けた高宮を運ぶのは大変だったけれど、全力で支えながらベッドへ運んだ。
「ちょっと待ってて」
ぎこちなく横たわる高宮に落ちていたタオルケットを掛けると、すぐさま自分の部屋へ戻った。とにかく辛そうなので解熱剤、それと冷凍庫に常備してある保冷剤と水の入ったペットボトルを掴み、高宮の部屋へ戻る。
「タオル借りるよ」
水に濡らしたタオルで保冷剤をくるみ、高宮のベッドへ駆け寄った。
「頭、起こせる? 薬飲もう」
そろそろと高宮の頭を持ち上げ、薬を口に入れて水を流し込むと、高宮はごくりと飲み込んで、はぁとしんどそうな息を吐いた。
「寝て」
僕に身を委ねるように言うことを聞く高宮のおでこに、保冷剤を押し当てた。落ちないように手を添えながら、目を閉じている高宮の顔を見る。鼻の頭に浮いた汗、薄く開いた唇、熱そうな頬。
いつも人懐っこく笑いかけてくれる高宮が弱っている。見ているこっちが辛くなるくらい。
「……朝斗……」
吐く息に混じって、小さく僕の名前を呼ばれてドキッとした。口にした自覚がないのか、高宮は目を閉じたままそれ以上の反応は見せない。
こんな時に僕の名前を呼ぶって。フリーズしそうになる自分をなんとか引き戻し、おでこに保冷剤を当て続ける。
高宮が僕の存在を心に留めておいてくれるんなら、なんでこんなになるまで言わなかったんだよ。どうしてもっと頼ってくれなかったんだよ──いや違う、僕がもっとちゃんと高宮のことを見れていればよかったんだ。
「……ごめん高宮」
いつも僕を励ましてくれて、何でもないみたいに笑って、だれとでも楽しく出来て──高宮の孤独な部分、ご飯をひとりで食べるのが嫌だって、僕は知っていたはずなのに。
「……っ」
高宮がわずかに身じろいで、ぴくりとまぶたが動く。慌ててずれた保冷剤を当て直すと、高宮の表情がいくらか和らいだように見えてほっとする。
いつも高宮からもらってばっかりで、自分から距離を縮めていくことをしなかった。隣人、友人、そんな風に決めつけて、これ以上自分の思いに踏み込まないようにしていたのは僕だ。ご飯を食べるだけの関係じゃ物足りなくなっていたくせに。
手のひら越しに、高宮の体温を少しでも引き受けられたら。そんな思いがよぎる。
「ここに、いるからね」
反応がないのをいいことに、小さく呟く。薬が効いてきたのか、もしかして僕の声が聞こえたのか、高宮の呼吸が少しずつ安定してきて静かな寝息に変わった。
大きく息をついて、天井を見上げた。自分の気持ちがなんなのか、この感情がなんという名前なのか。僕はもう知っている。知らなかった頃には、もう戻れない。
深い眠りについたのを見計らって、僕の部屋からいくつか入り用なものを持って来た。首の下や脇を冷やすと熱が下がりやすいらしい。保冷剤をあと三つ。買い置きしてあるドリンクゼリー、目が覚めたら口にできるといいんだけど。
何度か汗を拭いているうちに、なんとなく高宮の身体から熱さが引いてきたように見えた。そっとおでこに手を当ててみる。よかった、さっきよりも下がったみたいだ。
高宮の眠りを邪魔しないよう、指先だけでおでこにかかった前髪を小さく払いのけた。穏やかな表情で小さく口を開けて寝ている高宮の顔は、いつもよりも無防備で、ほんの少し幼く見える。
だれかに弱さを見せることが苦手なのかもしれない。ピアスを開けたのも、もしかしたらそんな高宮の現れなのかも。
僕の名前を呼んでくれたのは、高宮の心に入ってもいいって許されたんだと信じたい。高宮の目が覚めるまで、そばにいたい。
高宮の様子に安心したら緊張の糸が切れたらしい。ベッドの縁に肩をもたせかけて、うとうとと居眠りをしてしまっていた。
「……と、朝斗」
小さく肩をゆすられてハッと目が覚める。顔を上げると、高宮の顔がすぐ近くにあった。
「起こしてごめん、でもこんなところで寝たら朝斗まで風邪ひくぞ」
まだ声がしゃがれている。けれど上体を起こせたところを見ると、だいぶ力は戻ってきたみたいだ。
高宮は目を細めて僕を見ながら、安心したように言った。
「いてくれたんだな」
その言葉がじわっと胸に広がる。少しは高宮の力になれたのかもしれない、そう思うと、僕の中にある高宮への思いが、はっきりと輪郭を持って浮かび上がる。



