「水曜日は肉だよな」
高宮からメッセージが来た。すっかりスーパーの特売品を把握している。いつもと変わらない言葉の雰囲気に、僕もメッセージ上ではなんでもない風を装って返信している。
「うん、今日は鶏もも肉の照り焼きにしようと思うよ」
「いいな! 丼にしても美味そう」
「そうしよう」
「じゃ、いつもんところで」
スマホだと喋れる。スマホだと緊張しない。だけど──。
「よっ朝斗」
「う、うん」
駅の改札口を出ると、いつものように高宮が片手を上げて僕に笑いかけてきた。
「行こうぜ」
「う、うん」
なんなんだ。高宮と顔を合わせると、とたんに喋れなくなる。
高宮はそんな僕を気に留めることもなく、スーパーへと歩き出す。慌てて高宮のペースに合わせて足を早めた。
スーパーに着くと、何も言わずに高宮は買い物かごを手に取った。僕が品物を選ぶ役、高宮がかごを持つ役に定着している。平日夕方のスーパーは、仕事帰りの人や学生で賑わっていた。会話が飛び交う店内。僕は少し緊張しながら、買うものを頭の中で整理する。
「肉は最後だよな。野菜は? なんか買う?」
「じゃあもやしとピーマン」
「ピーマン……俺ちょっと苦手」
「大丈夫、いいレシピがあるから」
「ふーん、じゃあ買おう」
そう言って、高宮はもやしとピーマンをかごに入れた。僕の腕前を疑わない高宮に、もしとんでもない料理が出てきたらどうするんだと心の中でツッコミを入れる。料理を失敗してしまっても、高宮なら食べてくれそうだけど。
高宮は鼻歌を歌いながら、特売のスナック菓子を物色している。その鼻歌は、リオアカウントのストーリー投稿につけている音楽だと気がついた。お気に入りなんだろうな。高宮のことを知っていくたびに、僕の中でなんだかよく分からない感情が芽生えてくる。
「朝斗、メシ食ったらこれデザートにしない?」
僕が立ち止まっている間に、高宮はアイスのコーナーからふたり分のカップアイスを持って来ていた。
「お金使いすぎじゃない?」
「コンビニ弁当買うより安いよ」
「じゃあ今日は僕も半分出すよ」
「いいって。俺バイトしてるし」
押し切られる形で、アイスを奢ってもらうことになった。精肉コーナーで鶏もも肉を買って、レジに並ぶ。
「やっぱ悪いよ」
「いいってば。俺が食いたいだけだし。それより朝斗、ピーマン、マジで美味く料理してくれるんだよな? そっちの方が心配なんだけど」
「無限に食べられるよ」
「よっしゃ。朝斗を信じるわ」
なんでもない買い物。だけど、こうやって並んで歩いて、どれを買うか相談して、ああでもないこうでもないと言い合うのが……最初の頃と違って、なんだかくすぐったく感じる。
スーパーの外に出てみれば、夕方になっても下がる気配のない夏の気温とともに、蒸し暑い空気がまとわりついてくる。
「ちょっと急ごうぜ、アイスやばい」
夏の暑さにも負けない高宮の笑顔にふいうちを食らって、僕の胸は急に鼓動を早めた。
「おい朝斗、聞いてる?」
「う、うん」
本当に一体どうしたっていうんだろう、僕。
鶏もも肉の照り焼きは、高宮のリクエストに応えて丼にした。もやしはいつものように簡単ナムルに、高宮が苦手だというピーマンは、可能な限り細切りにして塩昆布、ツナと和え、ごま油をたらしてこれもレンチンした。
「いただきまーす……照り焼きうんまっ! メシがすすむわ。たれがメシに染み込んでダブルで美味い」
「ピーマンは食べないの?」
「……じゃあいってみるわ」
高宮はおそるおそるピーマンを口に運んだ。しゃくしゃくと咀嚼する音が部屋に響く。
「どう?」
「……美味いっ! え、なに、どうして。ピーマンが無限に食えるこれ。すげぇよ朝斗」
高宮の驚いたような声に、つい口元が緩む。
「レシピの通りにしただけだよ」
「ピーマンが食べられるなんて、人生変わったわ」
「大げさすぎ」
「いやいや、革命レベルだって」
高宮は箸を止めることなく、ピーマンの和え物を次々と口に運んだ。丼ももやしもピーマンもあっという間に空になる。好評で良かった。きっと高宮はなんでも食べてくれるとは思うけれど、やっぱり美味しく食べてもらいたいから。
「はー、食った食った。ごちそうさん!」
「早いな……」
「だって美味いんだから仕方ないだろ」
高宮は満足そうに伸びをして、使った食器を重ね始めた。今では食器洗いまで手伝ってくれるようになっている。狭い台所で僕が食器を洗い、高宮が水で流す。
高宮の二の腕が僕の肩に触れるたびに心臓が挙動不審になるので、早く終わらせてしまいたいのだけれど。
「よし、終わったな。じゃあデザートといくか」
「そうだった」
「アイス、急いで帰ったけど半溶けだったな。もう固まったか」
「見てみる」
帰ってすぐに冷凍庫へ放り込んだカップアイスを取り出してみる。少しまだ柔らかい気もする。
「どう思う? 高宮」
「うーん悩むけど、今食っちまいたいな」
「分かった、スプーン出すね」
カップアイスとスプーンを高宮に渡す。ふたりでラグに腰を下ろし、それぞれのアイスを手にした。
「どうかな」
「いいんじゃね? ちょっと柔らかいくらいが美味いんだよ」
黙々とアイスを口に運んでいたそのとき、不意に高宮がこちらを見た。
「アイスついてんぞ」
そう言うと、高宮の指が僕の唇に触れた。冷たい感触が肌に残って、思わずビクリと身体が跳ねる。
「……自分でやるよ」
慌てて顔を背け、高宮の手を払いのけた。心臓がどくんどくん、とすごい速さで打っている。な、なんだよ急に。いくらゼロ距離陽キャだからって普通男の唇に触るか?
高宮は、まるでいたずらが成功したときのような顔で笑っていた。悪びれた様子も、気まずさもまったくない。弟や妹にするような、他愛ないスキンシップ。きっと、そんな感覚なんだろう。
けれど僕の心臓の鼓動は、それとは釣り合わない。脈拍が、僕の感情より先を走ってる気がした。
高宮からメッセージが来た。すっかりスーパーの特売品を把握している。いつもと変わらない言葉の雰囲気に、僕もメッセージ上ではなんでもない風を装って返信している。
「うん、今日は鶏もも肉の照り焼きにしようと思うよ」
「いいな! 丼にしても美味そう」
「そうしよう」
「じゃ、いつもんところで」
スマホだと喋れる。スマホだと緊張しない。だけど──。
「よっ朝斗」
「う、うん」
駅の改札口を出ると、いつものように高宮が片手を上げて僕に笑いかけてきた。
「行こうぜ」
「う、うん」
なんなんだ。高宮と顔を合わせると、とたんに喋れなくなる。
高宮はそんな僕を気に留めることもなく、スーパーへと歩き出す。慌てて高宮のペースに合わせて足を早めた。
スーパーに着くと、何も言わずに高宮は買い物かごを手に取った。僕が品物を選ぶ役、高宮がかごを持つ役に定着している。平日夕方のスーパーは、仕事帰りの人や学生で賑わっていた。会話が飛び交う店内。僕は少し緊張しながら、買うものを頭の中で整理する。
「肉は最後だよな。野菜は? なんか買う?」
「じゃあもやしとピーマン」
「ピーマン……俺ちょっと苦手」
「大丈夫、いいレシピがあるから」
「ふーん、じゃあ買おう」
そう言って、高宮はもやしとピーマンをかごに入れた。僕の腕前を疑わない高宮に、もしとんでもない料理が出てきたらどうするんだと心の中でツッコミを入れる。料理を失敗してしまっても、高宮なら食べてくれそうだけど。
高宮は鼻歌を歌いながら、特売のスナック菓子を物色している。その鼻歌は、リオアカウントのストーリー投稿につけている音楽だと気がついた。お気に入りなんだろうな。高宮のことを知っていくたびに、僕の中でなんだかよく分からない感情が芽生えてくる。
「朝斗、メシ食ったらこれデザートにしない?」
僕が立ち止まっている間に、高宮はアイスのコーナーからふたり分のカップアイスを持って来ていた。
「お金使いすぎじゃない?」
「コンビニ弁当買うより安いよ」
「じゃあ今日は僕も半分出すよ」
「いいって。俺バイトしてるし」
押し切られる形で、アイスを奢ってもらうことになった。精肉コーナーで鶏もも肉を買って、レジに並ぶ。
「やっぱ悪いよ」
「いいってば。俺が食いたいだけだし。それより朝斗、ピーマン、マジで美味く料理してくれるんだよな? そっちの方が心配なんだけど」
「無限に食べられるよ」
「よっしゃ。朝斗を信じるわ」
なんでもない買い物。だけど、こうやって並んで歩いて、どれを買うか相談して、ああでもないこうでもないと言い合うのが……最初の頃と違って、なんだかくすぐったく感じる。
スーパーの外に出てみれば、夕方になっても下がる気配のない夏の気温とともに、蒸し暑い空気がまとわりついてくる。
「ちょっと急ごうぜ、アイスやばい」
夏の暑さにも負けない高宮の笑顔にふいうちを食らって、僕の胸は急に鼓動を早めた。
「おい朝斗、聞いてる?」
「う、うん」
本当に一体どうしたっていうんだろう、僕。
鶏もも肉の照り焼きは、高宮のリクエストに応えて丼にした。もやしはいつものように簡単ナムルに、高宮が苦手だというピーマンは、可能な限り細切りにして塩昆布、ツナと和え、ごま油をたらしてこれもレンチンした。
「いただきまーす……照り焼きうんまっ! メシがすすむわ。たれがメシに染み込んでダブルで美味い」
「ピーマンは食べないの?」
「……じゃあいってみるわ」
高宮はおそるおそるピーマンを口に運んだ。しゃくしゃくと咀嚼する音が部屋に響く。
「どう?」
「……美味いっ! え、なに、どうして。ピーマンが無限に食えるこれ。すげぇよ朝斗」
高宮の驚いたような声に、つい口元が緩む。
「レシピの通りにしただけだよ」
「ピーマンが食べられるなんて、人生変わったわ」
「大げさすぎ」
「いやいや、革命レベルだって」
高宮は箸を止めることなく、ピーマンの和え物を次々と口に運んだ。丼ももやしもピーマンもあっという間に空になる。好評で良かった。きっと高宮はなんでも食べてくれるとは思うけれど、やっぱり美味しく食べてもらいたいから。
「はー、食った食った。ごちそうさん!」
「早いな……」
「だって美味いんだから仕方ないだろ」
高宮は満足そうに伸びをして、使った食器を重ね始めた。今では食器洗いまで手伝ってくれるようになっている。狭い台所で僕が食器を洗い、高宮が水で流す。
高宮の二の腕が僕の肩に触れるたびに心臓が挙動不審になるので、早く終わらせてしまいたいのだけれど。
「よし、終わったな。じゃあデザートといくか」
「そうだった」
「アイス、急いで帰ったけど半溶けだったな。もう固まったか」
「見てみる」
帰ってすぐに冷凍庫へ放り込んだカップアイスを取り出してみる。少しまだ柔らかい気もする。
「どう思う? 高宮」
「うーん悩むけど、今食っちまいたいな」
「分かった、スプーン出すね」
カップアイスとスプーンを高宮に渡す。ふたりでラグに腰を下ろし、それぞれのアイスを手にした。
「どうかな」
「いいんじゃね? ちょっと柔らかいくらいが美味いんだよ」
黙々とアイスを口に運んでいたそのとき、不意に高宮がこちらを見た。
「アイスついてんぞ」
そう言うと、高宮の指が僕の唇に触れた。冷たい感触が肌に残って、思わずビクリと身体が跳ねる。
「……自分でやるよ」
慌てて顔を背け、高宮の手を払いのけた。心臓がどくんどくん、とすごい速さで打っている。な、なんだよ急に。いくらゼロ距離陽キャだからって普通男の唇に触るか?
高宮は、まるでいたずらが成功したときのような顔で笑っていた。悪びれた様子も、気まずさもまったくない。弟や妹にするような、他愛ないスキンシップ。きっと、そんな感覚なんだろう。
けれど僕の心臓の鼓動は、それとは釣り合わない。脈拍が、僕の感情より先を走ってる気がした。



