紙コップに入った水を飲みながら、高宮はリラックスした体勢でスマホをいじっている。両手を使ってすばやく文字をフリック入力している様子を見ると、普段から慣れている作業なんだろうなと思う。
「だれかにメール?」
「いいや、投稿」
「投稿?」
ふと思いがよぎって自分のスマホを開いてみた。SNSを立ち上げてみると、見慣れたアカウント——リオさんの新しい投稿がトップに上がっていた。
「リオです。今日の超ふわとろオムライス、マジで最高だった! やばすぎる!」
ついさっき食べたばかりのオムライスの写真が、そこにはあった。しかも、まるで今撮ったかのような角度で。
「え?」
まさか、と思いながら高宮のスマホを覗き込む。画面には、まさに今投稿されたばかりのリオさんのアカウントが開かれていた。
「──高宮が、リオさん?」
「え、朝斗、俺のアカウント知ってんの?」
「知ってるも何も、いつも見て料理の参考にしてるアカウントだよ。フォローもしてる」
僕の中に衝撃が駆け巡った。高宮がリオさんだったのか。僕が毎日見ていたあの写真は、高宮が撮ってたなんて。
美味しいものの写真を撮るだけじゃなくて、僕みたいな陰キャにも届くようなSNSをやってるのが高宮なんだ。高宮の撮った写真がなかったら、僕は料理を始めようなんて思わなかったかもしれない。高宮は、もうすでに僕の生活を変えていたんだ。
「……どうしてSNSに上げようと思ったの?」
「んー、みんなと美味いもんで繋がりたくて? 昔から家族多くて賑やかだったから、ひとりで食うのが苦手だって前に言ったことあったっけ。いつも家のどっかに人がいて、家ん中はメシのいい匂いがしてたからさ。SNSでだれかに反応してもらうと、やっぱ楽しいんだよな。さみしさも紛れるしさ」
あ、これか? 朝斗のアカウント。俺もフォロバしていい? 気軽な調子で高宮は僕とSNS上でも繋がった。高宮にとってはなんでもないことなんだ。人と繋がるって。
「おっ、ここにいたのか涼」
「投稿見たぞー」
「ほんと、美味いもんに食いつくの早いよな、涼は」
「今度は何? 超ふわとろオムライス?」
僕と高宮のテーブルに、わいわいと人が集まってきた。高宮のサークルの友だちのようだ。おー、と高宮は片手を上げて楽しそうに笑う。いつの間にか円の中心に、高宮はいた。
「見たか、写真」
「見た見た。で、オムライスは?」
「食っちまったに決まってるだろ」
「なんだー」
「俺も買って来ようかな」
「俺も。涼の写真見たら食いたくなっちゃった」
「相変わらずブレてるけどな」
「うるせぇ!」
こづき合いながら友だちと仲良く喋っている高宮を見て、僕の喉の奥で何かつっかえるような思いが湧き上がってきた。また目の前に僕の知らない高宮が現れた。いや、陽キャの高宮そのままだということは分かる。これがいつもの高宮なんだろう。
けれど、人懐っこい笑顔で「美味い」と僕に笑いかける高宮には、リオさんの他にもいろんな一面があるんだということを目の当たりにして、軽く打ちのめされたような気分になった。
「高宮あの、僕そろそろ自分の大学戻らなきゃ……」
「ああ、そうだよな。門まで送るよ」
「いい、いいよ。来た道戻るだけだから」
「そうか? な、朝斗。また一緒にふわとろオムライス食おうぜ。いつでも来いよ」
高宮はいつものように僕に笑いかけた。高宮は純粋に、僕が人前で食事が出来たことを喜んでくれている。表情から分かる。それは嬉しいしありがたい。
だけど、高宮の時間に割り込んでまで食事に付き合ってもらうには、僕は釣り合わないんじゃないかと思った。高宮には、サークルの友だちや家族と過ごす時間を優先してもらいたい。
高宮には曖昧に返事をして、サークルの友だちにも小さく頭を下げると、早足で食器をお店へ返しに行った。ちらりと高宮のいるテーブルを見ると、楽しそうに友だちと喋っていた高宮が僕に気づいて、「じゃあな、朝斗」と大きく手を振ってくれた。
僕は縮こまって、小さく手を上げるのが限界だった。これ以上高宮の方を見ないようにして、早足でカフェテリアを出る。
外に出ると、大きく息をついた。今日一日、ジェットコースターのように感情が揺れ動いて、頭が追いつかない。
僕は、高宮に何を求めているというのだろう。わけが分からなくなった。半分絡まれたようなゴミ捨ての日から始まって、高宮と僕は奇妙な隣人関係を築いている。SNSでも繋がって、今は友人関係に発展したといってもいい。
それだけだろうか。僕の中にあるつかえは、それだけじゃないと言っている気がする。それがなんなのかコミュ力の低い僕には答えが探し出せなくてわけが分からない。僕にとって高宮は、どういう存在なんだろう。
「だれかにメール?」
「いいや、投稿」
「投稿?」
ふと思いがよぎって自分のスマホを開いてみた。SNSを立ち上げてみると、見慣れたアカウント——リオさんの新しい投稿がトップに上がっていた。
「リオです。今日の超ふわとろオムライス、マジで最高だった! やばすぎる!」
ついさっき食べたばかりのオムライスの写真が、そこにはあった。しかも、まるで今撮ったかのような角度で。
「え?」
まさか、と思いながら高宮のスマホを覗き込む。画面には、まさに今投稿されたばかりのリオさんのアカウントが開かれていた。
「──高宮が、リオさん?」
「え、朝斗、俺のアカウント知ってんの?」
「知ってるも何も、いつも見て料理の参考にしてるアカウントだよ。フォローもしてる」
僕の中に衝撃が駆け巡った。高宮がリオさんだったのか。僕が毎日見ていたあの写真は、高宮が撮ってたなんて。
美味しいものの写真を撮るだけじゃなくて、僕みたいな陰キャにも届くようなSNSをやってるのが高宮なんだ。高宮の撮った写真がなかったら、僕は料理を始めようなんて思わなかったかもしれない。高宮は、もうすでに僕の生活を変えていたんだ。
「……どうしてSNSに上げようと思ったの?」
「んー、みんなと美味いもんで繋がりたくて? 昔から家族多くて賑やかだったから、ひとりで食うのが苦手だって前に言ったことあったっけ。いつも家のどっかに人がいて、家ん中はメシのいい匂いがしてたからさ。SNSでだれかに反応してもらうと、やっぱ楽しいんだよな。さみしさも紛れるしさ」
あ、これか? 朝斗のアカウント。俺もフォロバしていい? 気軽な調子で高宮は僕とSNS上でも繋がった。高宮にとってはなんでもないことなんだ。人と繋がるって。
「おっ、ここにいたのか涼」
「投稿見たぞー」
「ほんと、美味いもんに食いつくの早いよな、涼は」
「今度は何? 超ふわとろオムライス?」
僕と高宮のテーブルに、わいわいと人が集まってきた。高宮のサークルの友だちのようだ。おー、と高宮は片手を上げて楽しそうに笑う。いつの間にか円の中心に、高宮はいた。
「見たか、写真」
「見た見た。で、オムライスは?」
「食っちまったに決まってるだろ」
「なんだー」
「俺も買って来ようかな」
「俺も。涼の写真見たら食いたくなっちゃった」
「相変わらずブレてるけどな」
「うるせぇ!」
こづき合いながら友だちと仲良く喋っている高宮を見て、僕の喉の奥で何かつっかえるような思いが湧き上がってきた。また目の前に僕の知らない高宮が現れた。いや、陽キャの高宮そのままだということは分かる。これがいつもの高宮なんだろう。
けれど、人懐っこい笑顔で「美味い」と僕に笑いかける高宮には、リオさんの他にもいろんな一面があるんだということを目の当たりにして、軽く打ちのめされたような気分になった。
「高宮あの、僕そろそろ自分の大学戻らなきゃ……」
「ああ、そうだよな。門まで送るよ」
「いい、いいよ。来た道戻るだけだから」
「そうか? な、朝斗。また一緒にふわとろオムライス食おうぜ。いつでも来いよ」
高宮はいつものように僕に笑いかけた。高宮は純粋に、僕が人前で食事が出来たことを喜んでくれている。表情から分かる。それは嬉しいしありがたい。
だけど、高宮の時間に割り込んでまで食事に付き合ってもらうには、僕は釣り合わないんじゃないかと思った。高宮には、サークルの友だちや家族と過ごす時間を優先してもらいたい。
高宮には曖昧に返事をして、サークルの友だちにも小さく頭を下げると、早足で食器をお店へ返しに行った。ちらりと高宮のいるテーブルを見ると、楽しそうに友だちと喋っていた高宮が僕に気づいて、「じゃあな、朝斗」と大きく手を振ってくれた。
僕は縮こまって、小さく手を上げるのが限界だった。これ以上高宮の方を見ないようにして、早足でカフェテリアを出る。
外に出ると、大きく息をついた。今日一日、ジェットコースターのように感情が揺れ動いて、頭が追いつかない。
僕は、高宮に何を求めているというのだろう。わけが分からなくなった。半分絡まれたようなゴミ捨ての日から始まって、高宮と僕は奇妙な隣人関係を築いている。SNSでも繋がって、今は友人関係に発展したといってもいい。
それだけだろうか。僕の中にあるつかえは、それだけじゃないと言っている気がする。それがなんなのかコミュ力の低い僕には答えが探し出せなくてわけが分からない。僕にとって高宮は、どういう存在なんだろう。



