世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~

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 空には白い雲が点々とあり、眼下を流れるのは青い海原。
 季節は春、旧時代なら若人たちが新しい生活を始める、芽吹きの季節だ。

「ん、見えて来たね」
「ああ。そろそろ速度を落とす」

 彼方に見えた島々は、今回の目的地。
 五十年ぶりの沖縄だね。

「ん-っ……! 着いたぁ!」

 島の中央付近、今では誰も住まなくなったあたりに降り立って、伸びをする。
 姿も気配も完全に隠したまま上陸したから、誰も気づいていないだろう。

 今回の目的は、ただの旅行。
 この五十年ですっかり変わった日本を見て回る事。

 各地に適当な期間滞在しつつ、北上していくつもり。

 人化の魔法を使って、角と尾を消し、黒髪黒目のお姉さんにジョブチェンジする。
 夜墨は小型化した上で姿を消して付いてくる。
 少しの間なら人間になってもらっても良かったけど、長くなるのはね。

「とりあえず海の方?」
「そうだな。陸に住む者たちも含めて、皆そちらにいるようだ」

 陸上の人口は大きく減ったから、海岸線だけでも十分収まるみたい。
 海に生きるようになった者たちが多いし、その方が都合が良いんだろう。

 この旅行の為に用意したシンプルな白のワンピースを風に揺らしながら、殆ど森になってしまった元那覇市を歩く。
 それなりに高いマンションらしきものも幾らかは残ってるけど、南洋生の植物に覆われて廃墟になってしまっていた。

「ずいぶん変わったね、この辺も」
「ああ、以前に来た時はもう少し旧時代の街並みが残っていたが」

 人間だった頃にも三回くらいは来たことがあるけど、当時より孤島感が増してる。
 気温に関しては魔法で調整しているから分からないけど、森の中だからか、何となく涼しそうに見える。
 実際はじめじめしてるんだろうけど。

 なんて言ってる間に人の気配が増えてきた。
 パッと見た感じ、町並みとしては変わっていない。
 白く風通しの良さそうな建物がいくつも並んでいた。
 
 ああ、でも、少し畑が多いかな。

 そのまま歩き続けると、直ぐに海が見える。
 エメラルドグリーンの輝く海には桟橋が連なり、幾つもの(いかだ)が浮かべられていた。

 面積で言えば、陸地部分より広いだろう。
 木造の建物もけっこうな数が建てられている。
 見た感じ、水生の種族の人々が主に使っているみたいだね。

「台風とか大丈夫なのかね?」

 もう数か月もしない内に沖縄は台風シーズンだったと思うけど。

「ん、アンタ見ない顔だと思ったら、旅の人か。こんな時代にすげぇな」

 何気なくつぶやいた言葉に反応したのは、丁度すれ違った人間のお爺さんだった。
 浅黒い肌の彼だが、訛りはそれ程感じない。

「パッと見人間だが、魔法が得意な種族だったりするのかい?」
「え、ええ、まあ」

 少しばかり余所行きの顔を出して曖昧に返す。
 というか、面と向かって話す事なんて五十年近くなかったせいで少し緊張するんだよ。

「おっと、悪いな。他所の人と話すなんて旧時代振りでよ。年甲斐もなくはしゃいじまった」
「いえ、大丈夫です。その、あまり方言は無いんですね」
「ああ、元々東京の方出身だからな。あっちがどうなってるか気になる所だが……、いや、台風だったな」

 話によると、あの人魚の小娘が歌の力で台風の被害を防いでいるらしい。
 魔力の扱いは下手だったが、歌に乗せて加護を与えるくらいなら問題なく出来るようになったのだろう。

 そういえば、あれだけ垂れ流していた魔力の気配がかなり薄れている。
 私からすれば及第点には程遠いけど、それなりに努力はしたんだろう。

「まあ、折角来たんだ。楽しんでってくれ。うちは魔族もまだ出てないし、魔物も竜宮の兵士たちが掃討してるから安全だぜ」
「ええ、ありがとう」

 ふぅ。緊張した。

 しかし魔族ね。
 そういえば他の地域ではぼちぼち魔族になってしまった人が現れてたんだったっけ。
 なんかスレッドで見た覚えがある。

 魔族が出たところで私の敵ではないんだけど。
 そもそものスペックが違うし、訓練も怠っていない。

 残念ながら伊邪那美命(いざなみのみこと)に挑める域には至れてないんだけど。
 もう少しで体力Sにはなれそうなんだけどなぁ。
 体力も魔力ぐらいぐんぐん伸びてくれたらいいのに……。

「さて、これからどうしようか」

 特に予定は決めてないんだよね。
 行き当たりばったりでとりあえず来た感じ。

 観光地があるわけでもないし。

「ん-」

 足は止めずに考えるけど、まあ、情報もなにも無いからなぁ。
 そういえば、竜宮って言ってたな、あのお爺さん。

「よし、竜宮に行こう。いいよね」
「ああ、異論はない」

 あの小娘と話すのは疲れるから面倒だけど、コッソリ忍び込む分には問題ないでしょ。

「……と、その前にお昼だね」
「そのようだな」

 ぐぅっとなったお腹に手を当てる。
 さて、美味しいものは何かあるかなー?

 お昼ご飯にありつけたのは、結局一時間以上も後の事だった。
 お食事処はそれなりにあったんだけどね。

「ふぅ、満足満足」

 人の姿をとった夜墨と並んで、店を出る。
 
「ああ。店選びだけで数十分かけたのだ」
「ふふふ、ごめんごめん」

 だって、折角だし美味しいものを食べたいじゃん?
 龍としての嗅覚やら直感やらを総動員したよ。

 同じ道を行ったり来たりしてたせいで、お昼休憩帰りっぽい兵士さんに不審者を見る目を向けられちゃったけど。

 手間暇をかけただけあって、いただいたゴーヤチャンプルーはとても美味しかったです。
 満席状態で一度に六人前は大変そうだったので次からは何軒か梯子します!

「じゃあ行こうか」
「ああ。正面からか?」
「うん。兵士の人と一緒に入るよ」

 面倒だからね。
 完全に隠形して、堂々と入ります。

 という訳で竜宮とやらに向かっていそうな兵士さんを探す。
 遠くに見える赤い建物がそうだろうから、そっちに歩きながら。

 件の赤い建物は、近くで見ると思った以上に立派だった。
 モデルは首里城かな?
 海と陸を跨ぐように建てられたそれには、珊瑚や真珠を使ったと思しき装飾がそこかしこにある。

「うへぇ……。ないなぁ」
 
 豪華絢爛という言葉が相応しいのだろうが、私の目には些か度が過ぎているように見える。
 なんていうか、逆に下品。
 成金趣味も良い所だ。

 首里城をモデルにした上で、あの小娘の趣味で飾り立ててある感じ。

 ちょっと気が滅入りながらも侵入する。
 中も同様、かと思えば、趣味の良い調度で揃えられたエリアも多くあった。
 特に成金なのは、水生種族用の水路周辺だ。

 あれかな、小娘の行動範囲とそれ以外。
 ざっと各所を回ってみた感じ、小娘の仕事は歌と神輿くらいなようだった。

 それに、古参と思しき人とそうで無い人とでは女王に向ける目が違う。
 古参の人のこれには覚えがあるぞ?

 ん-、なんだろう。

「……あ、あれだ。孫を見る目」

 なるほどね。
 全く、人が好いというかなんというか。

 のんびりした人たちって言えばいいのかな?

 まあ、宰相らしき人が上手く回してるから大丈夫でしょう。
 子どもの方にはしっかり教育してるみたいだし。

「……え、子ども? 小娘に?」
「夫はあの宰相のようだぞ」

 ほえー、ハロさんびっくり。
 やけに献身的だなとは思ってたけど、そういう感じかー。

 小娘を利用してるわけでもなく、旦那として支えてると。
 ふーん、いいじゃん。

 そういうのは嫌いじゃないよ。
 あの小娘は、五十年経っても相変らず思慮に欠けてるから、どうこうするつもりはない。
 だけど、旦那の事は気にかけても良いかな。

 困った時にすこーしばかり手助けする程度だけど。

 あの小娘も、魔力だけなら高位の龍すら上回る。
 大抵の事はどうにかなろう。

「うん、こんなものかな」

 長くいればもっと色々見れるのだろうけど、ただの興味本位だし。
 学校制度が寺子屋レベルだったから、今後どれだけ発展するかは知らないけど、のんびりしてて良い町だったよ。

 さぁ、次に行こう。
 次は、九州だね。
72
 九州に着いたのは日もずいぶん低くなって、そろそろ夕ご飯の準備をした方が良いかなってくらいの時間だ。
 ここでも人間に紛れてこっそり観光しようかなって思ってたんだけど……。

「なんで分かるの?」
「推しへの愛ゆえに」

 意味が分からない。
 少し後ろを飛びながら、たぶん、キリっとした表情をする竜人の始祖に、ため息が漏れる。

 とりあえずと姿を隠したまま桜島の火口あたりに降りて人化しようとしたら、飛んできたんだ。
 特別敏感な種族という訳でもないのに、不思議で仕方がない。

 この赤鱗の竜人、もうすぐ八十歳って本当だろうか?
 寿命が長くなった分精神の成熟も遅くなってるとか?

 まあ、現地の案内人が手に入ったと思えば。

「それで、今日はどこを案内してくれるの?」
「今日はもう日も暮れるので、温泉とお夕飯だけ提供させていただきます」

 ほう、温泉。
 この辺りの温泉といったら霧島温泉とかかな?

「桜島の秘湯ですな。人間には危険ですが、龍である貴女様方には問題ないでしょう」
「ふーん。それは良いね」

 うん、ちょっと期待を伝えただけでこうも分かりやすく嬉し気にするのね。
 蜥蜴のおじさんから黄色いオーラを向けられても嬉しくは無いんだけど、まあ、害は無いし放置で良いか。
 小龍の姿をとった夜墨も、悪い意味での反応はしてないし。
 呆れてはいるけど。

「一度宿にご案内するつもりでしたが、先に温泉に立ち寄られますか?」

 ん-、そうだなぁ。
 夕食を食べるには少し早い。そっちの方が良いかな?
 まだ桜島の上にいるし。

「そうだね。それでお願い」
「かしこまりました。ではこちらです」

 方向を変えた竜人について、南下する。
 後ろから見ていても黄色いオーラは駄々洩れで、犬ならあの尻尾をぶんぶん降ってるんだろうなあなんて思ってしまった。

 竜人に案内されたのは、山影にあるほら穴に湧いた硫黄泉だった。
 入口は岩棚になっているから、下からも見えない。
 上からは、角度によっては見えるかな。

 まあ、私が覗き見なんてするやつの気配に気づかないなんてあり得ないから、大丈夫でしょう。

「では、私は食事の準備をしてまいりますので。苦手なものやアレルギーはございますか?」
「アレルギーは大丈夫。光物は皮が少し苦手だけど、食べられはするよ」
「かしこまりました。では、一時間後に迎えに参ります。それ以外で何かあれば、念じてください」

 なんか幾つか気になる言い方があったけど、まあいいか。
 念じたら気づくっていうのも聞かなかった事にする。

 気づくんだろうなぁ……。

 遠ざかっていく赤い影を眺めながら、また溜息を吐く。

「諦めるのが良かろう。あれは、我々の理解の外にある生き物だ」
「夜墨でもそう思う?」
「ああ」

 そっか……。

「よし、じゃあ気を取り直して、温泉入ろっか」

 という訳でちゃちゃっと服を脱いで入浴タイムです。
 服は、岩棚の辺りで洗濯しておこう。
 中に持って入ったらボロボロになっちゃいそうだし。

「ん、やっぱり。色んなガスが溜まってるね。こりゃ人間はダメだ」

 硫黄泉だし、硫化水素も混ざってるだろうね。
 そうでなくたって酸素濃度が一定値を下回るだけで人間は息が出来なくなるんだ。
 多かったら多かったで毒だし、人間って本当に脆い。

 その中でもかなり脆かったのが私だけど。

 手を浸けてみた感じ、五十度くらい?
 意外と低い。
 人間には熱いけど、私にはちょうど良いね。

 石鹸、はいいや。
 魔法で汚れを落とすだけで済まそう。

 さっぱりしたところで適当な量のお湯を浮かせ、かけ湯する。
 これだけで気持ちいいね。

 いざ、入浴っと。

「ふぅぁ……」

 気持ち良い。
 非常に、気持ち良い。

 血行が良くなって、肌が上気する。
 龍でもなるんだ。
 私は人の要素が強いからかな?

「ふへぇぇ……」

 ダメだ、思考が鈍る。
 温泉、良い。

 夜墨、頭にタオルを乗せるなんて、どこで知ったのさぁ……。
 まあなんでもいいかー。
 気持ちいいし。

「あ、夜墨―、お酒飲むー?」
「貰おう」

 一度やってみたかったんだよねぇ。
 お湯に桶浮かべて飲むの。

「ほい、辛口」
「すまぬな」

 夜墨が飲みやすいように大きめの盃を出して、注いでやる。
 私も同じので良いか。赤いやつ。

「ふぅ……。お米の感じが強くて良いね」
「この辺りのか?」
「いや、福井」

 本当はこの辺のにしようかって思ったんだけどさ、目についちゃったから。
 サケサウルスってやつ。

 竜は恐竜感あるし、まあ間違ってない気がする。
 そういう事にしておこう。

 だって温泉、気持ち良いし。

 用意したのは四合だけだったけど、温泉でのんびり飲んでたからか、一時間じゃ飲み切れなかった。
 けどそろそろ竜人の彼が迎えに来るはずなので上がる事にする。

 洗濯は乾燥まで終わってるので、同じ服を着れば良いかな。
 余った日本酒は、ラッパで飲み切ろう。

「お迎えに上がりました」
「ん、ありがとう」

 丁度来たね。
 空きビンは魔法で溶かして、そのまま蒸発させる。

 そういえばこの人、名前なんだっけ?
 流石に聞いてみよう。
 色々してもらってるし。

「私の名前など、恐れ多い。赤蜥蜴でもなんでも、好きに呼んでいただければ」

 一周回ってめんどくさいんだけどこの信者。

「せめてステータスネーム」
「それでしたら。赤竜(せきりゆう)と名乗っております」

 そのまんまだね?

「じゃあ赤竜さん、よろしく」
「さん付けも必要ありませぬ。推しから名前を呼ばれるだけで望外の喜び」

 なんでこのテンションでこんな少し拗らせたオタクみたいな言動なんだろうか?

「もう何でも良いから案内よろしく。お腹空いた」
「かしこまりました。こちらです」

 温泉から上がったばかりなのに、もう少し気疲れしてるのはこれ如何に。

 まあいいや。

 気が付けば、辺りはすっかり薄暗くなっている。
 太陽の姿は既に見えず、西の地平線の辺りだけ少しばかり明るい。

 それでも龍の私の目には地上の様子がよく見える。
 この地の人々は元々あった旧時代の建物をそのまま使っているみたいで、見慣れた街並みが広がっていた。
 出歩いている人は少ないけど、一応見える。

 明りはランタンを主に使っているみたい。
 竜人や妖精にはそれで十分なんだろうね。

「夜目が利かない種族はどうしてるの?」
「魔石を使った光量の多いランタンが使われています。吸血鬼の方々が二十年ほど前に発見した技術の応用ですな」

 魔石の量には限りがあるので、夜目の利かない種族に優先して回している、と赤竜は続ける。
 
 あー、なんかそんな感じのあったね。
 物のやり取りはまだ大変だけど、情報だけなら配信やスレッドのおかげで旧時代に近い速度で交換出来る。

 九州の中央部辺りに住んでる小人族たちが作ったんだって。
 北部の鬼たちとも交流はあるだろうから、あっちも明り事情は同じかな?

 中国地方に精霊が多いせいで、文化が断絶してそうなのが怖い所。
 まあ、それならそれで違う文化を作ってるか。
73

「あちらです」

 ふむ。
 真新しい木の建物。

 あの辺りは、たしか五十年前の戦いで主戦場になってた所だね。
 海沿いの高級旅館って佇まいだ。

 中からは美味しそうな匂い。
 いいね。

「奥の席へどうぞ」

 中庭に降り立った後に案内されたのは、二十人くらいの宴会にも使えそうな座敷だった。
 丸窓からは先ほど降り立った中庭が見える。松と岩、それに楓の木で作った日本庭園だ。

 その一段高くなった上座に座り、一息を吐く。
 料理は、私が席に着いたのと同時に運ばれてきた。

 並んでいるのは白身を中心にした活造りに、薄くスライスされた生の牛肉、それから山菜の天ぷらに加えて、松茸のお吸い物と茶碗蒸しに香の物。あと炊き込みご飯。
 中々豪勢だね。

「いきなり来たのに色々用意してもらって。ありがとう」
「いえ、皆もおかずが増えたと喜んでおります」

 気を使って、という訳じゃないみたい。
 丸窓から良い笑顔で頷く顔が幾つか覗いていたから、龍の権能を使うまでもなく分かったよ。

「お肉は、そちらの熱した岩で焼いて山葵とお醤油でどうぞ。では、ごゆるりとお楽しみください」
「ん? 一緒に食べないの?」

 てっきりそのつもりでこんな広い部屋を用意したのかと思ったんだけど。
 
「よろしいので?」
「うん。折角だし、色々聞かせて欲しい」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 だから黄色いオーラ。
 尻尾、本当に振り出しちゃったよ。

 種族変化した年齢で言ってもおじさんの筈なんだけど、なんか可愛く見えてくるから不思議。

 赤竜も始祖として五十年、竜人たちを纏めているだけあってそれなりに優秀だ。
 ちゃんと私の意図を汲んで、幹部の何人かも同席させてくれた。
 どうにも拗らせファンの印象が強いけど、伊達に力ある始祖として始まりの聖戦を生き延びていないんだよ。

「今来られるのは、これで全員ですな」

 赤竜を含め集まった四人は、みんな竜人。
 妖精は妖精でコミュニティを作っているらしい。散らばってるそうだけど、多いのは屋久島だって。

「自己紹介だけサクッとお願い。折角の豪勢な料理が並んでるんだ。美味しいうちに食べ始めたい」
 
 竜人の一人がなんか堅っ苦しい挨拶を始めそうだったので、先に制す。
 赤竜もそうだけど、竜人の気質なのかな。
 彼の生来の気質と竜人のイメージ、どちらが由来になってるのかまでは分からないけど。

 彼らはそれぞれ、交易関係の長、農業の長、軍部の長らしい。
 男ばかりで、鱗の色は暗色が多い。
 顔の区別は、正直つかないので色と気配で覚えてる。

 名前はもう忘れた。

「じゃあ食べようか」

 こういう時野菜から食べる癖がついているので、まずは天ぷらから。
 これは、かぼちゃかな。お塩でいただく。

「ん、甘いね、これ。迷宮産?」
「いえ、旧時代から保管していた種を育てたモノです。巨人の農業配信者が魔力を使った栽培の実験をしておりましてな。参考にしてみたら思った以上に良いものが出来たのですよ」

 ほー。
 教えてくれた農業の長によると、どの種族の魔力かも影響するらしい。
 まあ、細かい事は吸血鬼連中が研究するでしょ。

「魔力とはいったい何なのでしょうな」
「中々面白いよね」

 ちゃんと探り入れてくるね。
 実のところ、何となくこれかなって予測はある。
 けど、まだ明言できるものじゃないから誤魔化しておいた。

 もしまだ誰も観測してなければ、spが入ってくるから分かりやすいんだけどね。
 ただこれ、どうやって観測したらいいんだろう?
 龍の権能でごり押しが早いかな?

 ウィンテさんやゼハマ辺りも近い所にいるだろうから、確かめるなら早い方がいい。
 sp追加って答え合わせのズルが出来なくなっちゃうし。

 まあ、旅の中で時間が出来たらやってみよう。

 それより今は料理だ。

 宴も(たけなわ)
 皆いい感じに酔っぱらってきて、口も軽くなってる。

 私はこれくらいで酔ったりはしないけど、四人は中々きてるね。

「しかし、見事に私の好物ばかりだね。これ、分かっててやってる?」
「当然です。推しの好みを把握していないファンがいましょうか」

 赤竜もお酒の影響か、ややテンションが高い。
 
「いや、でも茶碗蒸しの銀杏とか言った覚えないんだけど」
「そこは予測いたしました」
「あ、そう」

 銀杏だけじゃない上に全部的中してるのが怖すぎる。
 精霊たちと言い、信仰って何なんだろうね……。

「気に入っていただけているようで、料理人冥利に尽きますぞ!」
「え、これ貴方が作ったの?」
「はい!」

 あらま、赤竜、まさかの料理男子。
 しかもプロ級の腕前。

 ちょっと株が上がった。
 やばい信者枠は変わらないけど。

「家の中ではそれくらいしか、取り柄がございませぬ故……」
竜司(りゆうじ)よ、あれはお前の責任ではない。気にするな」
 
 おん?
 ていうか赤竜の本名竜司なんだ。
 たぶん食べ終わる頃には忘れてるけど。

「私が聞いて良い話?」
「……ええ。ただ身内の恥を晒すだけのこと故」

 身内の恥ねぇ。

「十年ほど前になります。こやつの息子が、魔に落ちてしまったのです」
「魔族、ね。それで、その子は?」

 項垂れる赤竜の代わりに軍部の長が答えてくれる。
 曰く、暴れるだけ暴れてどこぞに姿を眩ませてしまったらしい。

「風の噂では、鬼や化け狸で魔に落ちた者も、気が付けば姿を眩ませてしまったと言います」

 補足したのは交易の長。
 狸の方は鬼から聞いた話らしく確定情報ではないとも付け加えてくれた。

 暴れるだけ暴れて、直ぐに姿を眩ませる、か。
 そいつらは始祖になっているだろうし、二人目以降でも魔族は能力値が高い傾向にある。
 その辺の兵じゃ取り押さえるのは難しいだろう。
 元の種族の始祖相手になれば怪しいけど、すぐに姿を眩ませているのは何かある気がするね。

 どうせゼハマ絡みだろうけど。
 勢力を伸ばして覇権を握りたいって口じゃないとは思う。
 けど、実験の為にならあり得る。

「まあ、旅する序でに気にしておくよ」
「助かります」

 私に危害を加えてこない限りは気にするだけだけど。
 それでも、彼らからすれば安心感が違う。

「迷宮の方はどう?」
「はい、教えていただいた場所の他に新しく二か所発見しました。ここ数年で発生したと思しき迷宮もあり、頭を悩ませているところです」

 あー、新しく発生かぁ。
 まだ地脈の流れが安定しきった訳じゃないみたいだからなぁ。

 それとは別に迷宮擬きもあるみたいだし。

 ん-、(おさ)連中にだけ、迷宮の支配に関する情報を公開するか。
 流石に少し、人間たちに厳しすぎる。

 まあ、旅をしながら考えよう。

「少し考えておくよ」
「感謝いたします」

 軍部の長が深々と礼をするのに、頷いて返しておく。

「それで、この後は、北に向かわれるのですか?」

 ふと思い出したような反応を見せた赤竜が、そう問うてきた。
 なんだろう?

「そのつもりだよ」
「ふむ。どうも、鬼たちの内部抗争が起きそうだと聞いておりましてな」

 何それ。
 
 鬼秀の組とは別の組出身の人らがまた独立しようとしてる?
 ヤーさん達の勢力争い?

 ふーん。
 まあ、私には関係ないか。

「ていうか鬼秀(おにひで)って誰」
「鬼の始祖です」

 ああ、アイツ。
 鬼村(おにむら)直秀(なおひで)だっけ、名前。

 それで鬼秀か。
 なんか配信コメントで見た覚えがあるな?
 今度からそう呼ぼう。短いし。

 しかし、突然消える魔族に、各地での抗争ねぇ。
 ただの観光旅行のつもりが、きな臭くなったね。

74
 色々と聞かせて貰った夕餉の席の翌日は、竜人たちの住む町と屋久島を案内してもらって過ごした。
 あの旅館擬きは裏にあったビルと併せて役場として機能しているんだって。

 竜人の町は昨日空から見た印象とあまり変わらない。
 有翼人種になった分、二階以降にも建物の出入り口が有ったり上方向からの目隠しを考えていたりと差異はあったけど、それくらいかな。

 屋久島の方は現地を統べる妖精の長に繋いでもらった。
 住居らしい住居は殆ど無くて、木の洞や洞窟で寝泊まりしている様子だったよ。
 屋久島って場所柄もあって、神秘性が強いコミュニティだったね。

 この日はまた、赤竜の所に泊めて貰って、出発したのが翌朝。
 途中途中の村に立ち寄りながら一日かけて北上し、今は福岡のあった辺りまで来ている。

「なんか、物々しいね。けど、生き生きしてる」
「そのようだ。どうする、上から見るだけにするか?」

 ん-、めんどくさい事になりそうな気配はあるし、それでもいいんだよね。

 街並みとしては、竜人たちの町と大差ない。
 二階以降に入口のある建物がほぼ無いのと、あとはせいぜい、日本家屋が目立つようになっているくらいだ。

 なんだか壊された跡が多いのは、抗争の影響かな?

「少しだけ降りようか」

 せっかく来たんだし。
 巻き込まれても、最悪全部吹っ飛ばしてトンズラすれば良い。

 街の外れ辺りに降りて、伸びをする。
 今日の恰好は黒のパンツに、濡れ羽色寄りのキャミとベージュのガウン。ガウンはちょっと透ける感じの生地で、全部旧時代のものだ。

 人化して黒髪黒目になっても、切れ長の目とか比較的表情筋に乏しいのとかはそのまま。
 美人って印象は変わらない。
 可愛い系よりは綺麗目の方が合うかなって。

 幸いスタイルが日本人離れしているので、カバーするための服を選ばないで済む。
 まあ、ワイドパンツとかも履くけどさ。

 胸がいくらかあるので、膨らむ色ばかり選べないのはあるかな。

 と、そんな事は良い。
 それよりも今は観光です。

「とりあえず、お昼食べる?」
「まだ少し早いが、そうだな。それが良かろう」

 こうして街の中を歩いていると、上から見るよりは壊されていないように見える。
 人々も悲観した様子はなく、むしろ目をぎらつかせているようにすら見えた。

 鬼以外にも人間や獣人なんかもそれなりに見る。
 竜人の町よりも割合に偏りが無いからか、見慣れた現代日本の街中がファンタジーしてる感じが強いね。

 適当にぶらぶらしてるだけでも案外楽しい。
 ちょいちょい屋台も見かける。

 あれだ、祭りの雰囲気。
 聞いてみた感じ、これが日常らしいけど。

「おじさん、明太たこ焼き一つ」
「あいよ!」

 折角なので近くの屋台で買ってみた。
 何かの葉を船にした器に見慣れたたこ焼きが乗せられていく。

「ほい。お姉さん、旅の人だろ。二つオマケしといたぜ!」
「ありがと」

 ラッキー。
 コメントで知った話だけど沖縄とは違って、旅の人もそれなりに来るらしい。
 目的は家族を探してだったり、自分と同じ種族の集落を目指してだったり、様々だ。

「ん、美味しい。やっぱこの辺は明太子だね」
「だろ? そいつは迷宮産だからちっとばかし値段が張るが、旧時代の最高級品にも劣らないぜ……って親父が言ってた」

 親父がね。
 まあ、このおじさん、人間だからそうだよね。
 旧時代にはまだ生まれてすらない。

 種族変更に必要なspは世代を経るごとに急増するらしいし、各種族の人口としては今の数字で安定するんじゃないかな。

 ボロが出ても良いように耳だけ尖らせたままにしておこっと。

「そういえば、最近きな臭いって話だけど、実際どうなの?」
「あー、それなぁ。たく、鬼秀(おにひで)さんとその周りは良い人らなんだが、下っ端連中がなぁ」

 ふむ?
 なんか赤竜たちに聞いた話と微妙に違う?

「テメェらがなんかしたわけじゃねぇのにデカい顔してやがったから、不満に思って出てった奴らがいるんだよ。そいつらの町のトップは元々鬼秀さんたちと敵対してた組の組長だとかで、因縁つけてドンパチやってる」

 あー、なるほど。
 背景情報に抜けがあっただけで概ね聞いた通りか。

 いや、どうでもいいな。
 鬼秀がちゃんと下っ端の教育してないから、隙を作る。

 元々虎視眈々と反逆の機会を狙ってはいたんだろうね。
 あー、でも待てよ?

「鬼秀……さんのとこの幹部も何人かついて行った感じ?」
「おう、よく分かったな。例の組長も元々は幹部の一人だ」

 幹部の中では下っ端だったがな、とおじさんは続ける。

 なるほどね。
 敢えて野放しにして、罰するところを民衆に見せずに不満を持たせたとか、そんなところか。
 
 あの時代は使えるものは使わなきゃならなかったから、身中の虫も放置してたんだろうけど、放置しすぎたね。
 寿命が延びて時間感覚バグってんじゃない?

 まあ、本当の所は知らないけど。

「おじさんありがと。たこ焼き、もう三つ追加でお願い」
「まいど!」

 良い笑顔のおじさんから船を受け取って、別れを告げる。

 鬼秀も大変だね。
 私には関係ないから、頑張ってとしか言えないけど。

 そろそろ配信もしたいし、構ってる時間は無いのですよ。

 なんて、思ってたんだけどなぁ。

「よう、久しぶりじゃねぇか」
「……そうね」

 五本角の鬼は、いつかも案内された座敷の上座で胡坐をかいている。
 自分の視線がジトっとなっている自覚はあるが、白目と黒目の反転した彼の目は愉快気な色を宿すばかりだ。

 長居する気は無いので、私は立ったまま。

 なんでコイツにもバレてるのか。
 いや、鬼秀に見破られたなら分かる。
 
 けど、私を見つけて屋敷まで引っ張ってきたのは部下の方だ。
 覚えのある気配なので、スタンピードの事を告げて回った時の場に居たんだろう。
 三本角の神通力持ちの鬼だ。

「赤竜から来るって聞いてたからな、探させてたんだよ」

 あの赤蜥蜴か……。

「仲良いの?」
「おう。ハロリス仲間だ」
「……そう」

 私のリスナー同士で仲良くなってる……。
 裏家業の人間とか嫌いそうな雰囲気なのに、あの蜥蜴。

「で、何の用?」
「用って程の事はないな。とりあえず飯でも食ってけ」

 部下に探し回らせて、呼びつけておいて用がないと来たか。

「帰る」

 いつかの冗談の本気度合が増してる気がするんだよ、この鬼。
 次求婚したら本気でしばく。

「酒も料理もたっぷり用意してある。全部近くの百階層クラスの迷宮から出た品だ」

 半周程予定より多く回り、彼の正面に用意されていた座布団に正座する。

「続けて」

 無理に引き止められて暴れちゃったら、屋敷を綺麗に補修した人が泣いちゃうかもしれないし、仕方なくです。
 無理に引き止められる状況にしないのが一番ですからね。
 ええ、それだけです。

 ……鬼秀が愉快気な笑みを浮かべているのが癪だが、気にしない。

 鬼秀に目配せされた一本角の女性が出ていった。
 夜墨は、部屋の隅でくつろいでいる。

 コイツラに私を害する気が無いからだろう。

 女性の気配はまだ遠ざかっていくから、もう少し時間がかかりそうだ。
 この間に鬼秀が何か話しかけて来るかと思ったが、楽し気な雰囲気を見せるばかりで無言のまま。

「……本当に何も用は無いの?」
「ああ。抗争の事を気にしているようだが、俺たちの問題だ」
「あ、そう」

 用が無いなら無いで別にいいんだけど。

「ああ、いや。一つあるな」

 あるのか。

「後で俺と手合わせをしてほしい。もちろん迷宮の方でな」

 ふーん、手合わせね。

「いいよ」
「ふ、感謝する」

 鬼秀とはいずれ戦いたいと思ってたし、丁度良い機会だろう。

75
 福岡周辺の山の幸海の幸を楽しんだ後は、そのまま西の方にある迷宮へ移動した。
 その際に人化を解くよう言われたのは、この立ち会いがただの趣味で無いからだろう。

 道すがら聞いたところによると、件の敵対勢力の町もこの方向らしい。
 
 時刻は昼下がり。
 着替えは、鬼秀の家で済ませてある。

「ギャラリーが多いね」
「うちの若いのが殆どだ。気になるか?」

 向かい合っているのは、迷宮の入り口を守る板張りの武道場。
 おあつらえ向きな事で。

「別に」
「そうか」

 説明の内容に反して、鬼秀へ好意的な目を向ける割合は七割ほど。
 若いの、新参者、か。

 なるほど、そういうやり方。
 これは、件の元幹部には態と反乱を起こさせたかな?

 ていうか、私には関係ないと言っておいて、利用する気満々だね。

 まあ、これくらいは良いだろう。
 そも、彼に相応の力が無ければ意味のない事。

 そしてそれだけの力があるのなら、私も楽しめる。

「じゃあ始めようか」
「ああ」

 いつもの着物の襟を整え、槍を構える。
 私の勘が言ってるからね。本気を出すに値するって。

 周りへの被害は、抑える準備があるでしょ。

「いくよ」

 告げると共に地面をひと蹴り。
 肉薄して、槍を振り下ろす。

「マジで速ぇな!」

 なんて言いながらも鬼秀はしっかり目で追っていて、柄の部分を片腕で受け止める。
 彼の倍以上の魔力で強化してるんだけど、さすが鬼の始祖って所かな。

 槍を戻す反動で体を横に回転させ、ガードの上から回し蹴り。
 
「うぉっ!?」

 想定外に重かったのだろう。
 驚愕の声と共に鬼秀の足が浮き、十メートルばかり吹き飛んだ。

 空中だからと油断したんだろうけど、残念ながら龍の私には関係ない。
 空を踏むなんて、息を吸うにも等しい行為だ。

 追い討ちに、いつもの雷。
 これくらいで死ぬような相手じゃない。

 そう思って撃ったんだけど、鬼秀はニッと笑って正面から受ける。

 ダメージは、無し。
 それ以前に弾かれた感覚があった。
 あの熊もどきに撃った時と同じ感覚だ。

「鬼の神通力、ね」

 続けて氷、炎と打つけてみるが、結果は同じく。
 
「俺に魔法の類は効かねぇぞ」
「そうみたいね」

 魔法無効?
 いや、感覚的には魔力による現象そのものを消されたような……。

 破魔の力とか、そんな所かな。
 
「貴方との肉弾戦を強制とか、嫌がらせも良い所ね」

 意識外から撃ってみたりなんなりしても意味は無し。
 厄介な。

「褒め言葉と受け取っとくよ」

 今度は向こうから仕掛けてきた。
 見覚えのある構えをとって突っ込んで来る。

 あれだ、空手。
 目潰しは首を捻って避け、正拳突きは手の平で受け止める。

「痛いじゃない」
「痛いで済むのがおかしいんだけどなっ!」

 蹴りをガードするのに手を離させられてしまった。
 追撃が来そうだったので、尻尾で側頭部を狙って防ぐ。

 コイツ、普通に上手い。
 間合いを潰されて好きなように動けない。

「やるね」
「そりゃどうも」

 口角が僅かに上がる。
 金色の瞳が爛々と輝きだし、魔力が溢れる。

 今のやり取りで一つ分かった。
 鬼秀の破魔の力はやはり魔力による現象に作用するものだ。
 けど、それでは身体強化を阻害されない説明がつかない。

 いや、厳密にはされている感覚がある。
 想定するより何割か威力が低い。

 じゃあこの魔法と身体強化の違いは何か。
 それは、身体からの距離と魔力密度。

 つまりは魔力に対する支配力でゴリ押せる。

「魔法は効かないって言っ――」

 直前で勘付いたらしく、鬼秀は回避行動をとった。
 雷を避けられるのも凄いけど、ちゃんと気づくあたり流石だ。

「あら、魔法は効かないんじゃなかったの?」
「その筈なんだがな?」

 向けたのは、普段の倍の密度で術式を構築した雷の魔法。
 彼に近づく程に分解はされていたけど、十分な威力を保ったまま着弾しそうだった。

 離れた状態でこれなら、近くでは?

「色々試させてもらうわ」

 動きは、最初の焼き直し。
 私が一足飛びに接近して、槍を振り下ろす。

 動きが止まるのを嫌ったのか、今度は避けられちゃったけど、尾の射程圏内だ。

 脚に尾を巻きつけて捕まえ、掌底。
 
「ぐっ……!」

 腹筋を硬くされて思った程のダメージにはならない。
 けど、狙い通りの体勢だ。

「歯、食いしばりなさい」

 当てた掌から雷の魔法を発動。
 同時にもう一歩踏み込む。

「ガハッ!」

 肉が焼け、鬼の目から水分が蒸発する。
 込めた魔力は普段の五割り増し程度だから大丈夫かと思ったけど、想定以上の威力だ。

 これは、やり過ぎた……?

 顳顬(こめかみ)をヒンヤリとした汗が伝う。
 急いで回復させないとマズイかな?

 なんて、恐る恐る容体を見ていた私の顔面を、影が覆った。
 熱を感じると共に、自分がたたらを踏んだのが分かる。

「つぅっ……。こっちの力は初めてマトモに使ったな」

 回復した視界で(のたま)うのは、全身から煙を上げながらも傷一つ無い肉体を見せ付ける鬼の始祖。
 そして、鼻から口へ流れる熱の感覚。

 左手を添えると、掌が真っ赤に染まる。

 血だ。

「初対面で求婚した女の顔面を殴るとか、あり得ないと思わない?」
「そういうアンタは、つくづく言葉と表情が一致しねぇな」

 口角は限界まで吊り上がり、見開いた目は満月のようだろう。
 知ってるよ。自分がどんな表情をしているかなんて。

「普段からそれくらい表情豊かなら、もっと魅力的なんだがな」
「戯けたことを」

 眼前にいるのは、私に五十年ぶりに血を流させた鬼だ。

 殆ど不意打ちとは言え、それさえ並大抵の力で出来る事ではない。

「そんな事よりさ」

 間違いなく、最上位の強者。
 本気を出せる相手。
 こんなの、楽しまなければ損だ。

「もっと遊ぼうか!」

 コイツの目的なんて、もうどうでも良い。
 満足いくまで、遊ぼう!

 常なら必殺となる一撃を互いに打ち合う。
 牽制で衝撃波が生まれ、躱された魔法に外野が死を覚悟する。

 彼の超回復は私の与えた致命のダメージを無に帰し、鬼の剛力が龍の鱗を抉る。
 
「ふふふ、良いね!」

 飛び散る赤が、着物の黒に映えて美しい。
 
「これはどう?」
「クソっ、こんな所でブレスなんざ撃つんじゃねぇ!」

 悪態を吐きながら破魔の力を拳に集中し、一秒だけ溜めた私の息を相殺する。
 力の使い方が上手く成っていってる。
 それで消滅した腕だって、次の瞬間には元通りだ。

「良いね!」

 私の気分が高揚すると共に、戦いはどんどん激しくなる。
 もうどれだけ戦っているかも分からない。

 ああ、この時間が永遠に続けば良いのに。

 そう願っても、終わりはやってくる。

 決定的なのは、やはり魔力の差だ。
 如何に優れた神通力を持とうと、それを行使する魔力が無ければ意味がない。

 気がつけば彼の魔力は底を突き、雷の殴打で焼かれた腕が回復しない。

 私も鬼秀も、互いの血に(まみ)れ、息が荒い。
 まるで、情事の後のような気分だ。

「楽しかったわ」
「そうか、そりゃ良かった」

 ニッと笑う鬼秀の懐で腕を引き、ひと突き。
 私の拳が彼の水月を穿つと共に、楽しい楽しい遊戯の時間は、幕を下ろした。

「ふぅ……」

 残心を解き、荒ぶっていた魔力を鎮める。
 それから、仰向きに倒れた鬼秀を回復してあげる。

 合間に周囲へ視線を走らせると、彼を見る目に宿る色は明らかに変わっていた。

 元々彼へ敬愛を向けていた七割は更にその色を強め、二割も同じ色に染まっている。
 そして残りの一割は、恐怖の色で鬼秀を見ていた。

「目的は達せられたみたいよ」
「一つを除いてな」

 一つ?
 ああ、そういう。

「残念だけど、まだまだ負けてあげられない」

 起き上がろうとする彼に手を貸してやる。
 
「これから先、俺が勝ったら……いや、止めておこう。今本気で殴られちゃ死にかねん」
「賢明ね」

 懲りない男だ。

 まあ、もしもの時は大人しく聞いてやるくらいはしようか。
 受け入れる気は無いけどね。

 さて、次は四国か、中国かだね。
 どっちかでちょうど良い迷宮を見つけたら、配信をしようかな。

76
 青い空にカラッと乾いた空気。雲も多少は見えるけど、殆ど快晴だ。
 足元、桟橋のすぐ下では瀬戸内の海水がちゃぷちゃぷと音を立てている。

 背景予定の景色を確認しようと後ろを振り返ると、海の中に建つ真っ赤な大鳥居が見える。

 私は今、広島県の厳島(いつくしま)神社に来ていた。

「この辺が良いかな?」

 立ち位置を微調整して、大鳥居がしっかり映るようにする。配信を見た人が一目でどこか分かるようにしたいからね。
 若い世代でも、他の人がしてる旅配信なんかで知ってる人が少なくないはずだよ。

 真っ白な長髪が風で荒ぶる。
 このままじゃ喋りづらいから、魔法で私の周りだけ風を消してから配信を開始する。

 五十年前に比べたら同時視聴者数はずいぶん少なくなったけど、それでも上位の一握りレベルくらいには残っているかな。
 娯楽の少なさや配信者人口の少なさなんかもあって、旧時代の最上位層よりは幾らか多い。

「ハロハロ、八雲ハロだよ」

『ハロハロー』
『こんにちはー』
『おはようございます!』
『ハロハロー。お、厳島神社』
『うわ、懐かし。ココ地元なんだよ』
『あ、ハロハロー』

 あら、この人が挨拶を後回しにしちゃうなんて珍しい。文面以上に感動してるのかな。

「そうそう、厳島神社。今日はここに出来た迷宮攻略をするよ」

 まあこんなものかな。さっさとメインコンテンツの迷宮攻略に移ろう。

 カメラを後ろからの視点に戻して、迷宮を映す。ここ何十年かはちゃんと正面からの絵で始めてるから、いちいち切り替えるのも慣れてしまった。

『パッと見は変わってないな?』
『普通に厳島神社だ』
『ここ、初期からある迷宮だな』
『綺麗!』
『初期からって迷宮って増えるのか』

「みたいだね。厳島神社迷宮は精霊たちが管理してて、最終階層は百階層を超えるみたいだよ。海中の階層があるから、陸上の種族にはお勧めしない」

 一応攻略目的で見てる人もいるから、こういう情報は出していく。
 中国地方の迷宮って事で、私の信者たちが逐一報告してくれるので少しだけ事前情報が多いね。
 ここにはいずれ来るつもりだったから、あまりちゃんと読んでなかったんだけど。

 海に架けられた桟橋をコトコトと鳴らしながら、本殿の中へ。
 中も以前の厳島神社とほぼ変わらないように見える。

 唯一明確に違うのは、部屋の中央にある下り階段だ。

「それじゃ、早速行こうか」

 しっかりとした古木の階段を、特に気負うでもなく下りていく。
 けっこう長いだろうから、少し雑談でもしようかな。

「一週間ぶりくらいの配信だけど、皆は配信の無い間何してた? 私はちょっと旅行してたんだけどさ」

『学校いてました』
『いつも通り訓練しながら色んな配信に行ってたかな』
『ひたすら研究』
『迷宮に籠ってて丁度帰ってきたところだな』
『旅行いいなー』
『寝てた』

 けっこうバラバラだね。
 研究言ってる人は、たしかウィンテさんとこの子爵だったかな。

 迷宮や訓練は、今時のスタンダート。仕事してたって言ってるような感じ。

「学校かー。懐かしいね。今は地域によってあったりなかったりだけど、昔は日本中の子どもたちが同じような内容を学びに学校に行ってたんだよ」

『え、やば』
『懐かしいなー』
『行ってた行ってた。』
『学校ない地域あるのか』
『そういえば爺さんがそんなこと言ってた気がする』
『羨ましい』

 学校がない地域は親が教えてたり無償の塾、それこそ寺子屋みたいなのがあったりする程度らしい。
 長命種がけっこういる関係か、まだまだ最低限の計算と読み書きを出来るのが前提で仕事が回ってるから、それだけは皆できるって話だ。

『無い方がいいなー』
『学校怠い』
『正直学校に良い思い出無い』
『今思えば学校楽しかったなー。そっか、今は無いとこあんのか』
『そういえば、旅ってどこ行ってたんです?』
 
「学校に関しては、私は可もなく不可もなくだったかな。旅は、沖縄の方から北上してる。昨日まで四国にいたね」

 狸たちを全力でもふり倒してきました。至福だったよ、うん。
 隠神刑部(いぬがみぎようぶ)はちょっと困ったように笑ってたけど、知らない知らない。

 妖怪がほとんどの四国ではあるけど、意外とちゃんとした家に住んでるのが多かった。町の殆どは森に飲まれていて、そこに小さな家を建ててるって感じ。

 それも含めて、ここまでの旅で見てきた話をしていく。
 今の故郷の様子が知れて喜んでる人も多かったから、今後も少し混ぜていこうかな。

 なんて話してる内に、一階層だ。

「ふむ、干潟か」

 ずっと奥まで広がる湿った砂の地面に、ところどころ水たまりが残っている。
 一歩踏み出すと何センチか足が沈んで、水がしみ出してきた。

『歩きずらそう』
『これは戦いづらいな』
『貝いないかな?』
『潮干狩り死体』
『魔物の姿が見えんの怖いんだけど』

「そうだね、これ、地面の下に隠れてるパターンだよ」

 気配が辿れない人間には危険だね。私には誤差程度の障害だけど、一応対策は考えながら進もう。
 この配信、攻略の情報源にもなってるから。

 なお、五十年たった今でも誤字脱字はスルーしてる。
 別に分かるし、いちいち訂正する必要もないでしょ。

「とりあえず進もうか。足跡がつくから、来た道が分かりやすくて助かるよ」

『ハロさん方向音痴だもんね』
『最近来た人は知らないかもしれないけど、森階層のこの人、油断するとすぐ来た道を行こうとするから』
『以外』
『弱点あったんだ』

 そうだよ方向音痴だよ。
 何も考えてなくても分かる方がおかしいと思うんだ。

 なんて言ったら袋叩きにされかねないのでお口チャック。
 沈黙は金です。

 さてさて、今いるのは、迷宮の空間の端っこか。
 じゃあ正面に行こう。

77
 魔物の気配は、かなり先までないね。
 今のうちに少し実験しちゃおっか。

 いい加減、魔力とは何ぞやに決着をつけたい。

 まず、魂力との関係。
 魔力と魂力が何かしら関係があるのは、身体を満たす魂力と魔力による身体強化の過程だとか、ポーションの仕組みだとか、色んな情報を合わせて考えると確実だ。

 じゃあイコールなのかって考えると、それは違うだろう。
 魂力を知覚できるのは私たち龍を含めたごく一部の種族で、多くは感じ取れない。けど魔力は訓練次第で誰でも分かる。

 魂力も訓練次第でいけるのかもしれないけどね。

 ていうのは私の認識で、実際はどうか。

「ちょっと質問。これ、見える人どれくらいいる? 種族も合わせて教えてくれたら嬉しいな」

 人差し指を立てた先に、魂力で()()の文字を作る。

『見えますね。火精霊です』
『見えるー。妖狐』
『人間だけど分からん』
『え、人差し指立ててるだけじゃないの?』
『ぼんやり見えます。鎌鼬です』
『分からん。鬼だ』
『竜人自分、さっぱりわかりません!』
『猫獣人、なんかぼんやり見える気がする』

 ふむ。
 何十人かが答えてくれたけど、少なくともこの場では、種族で見える見えないがはっきり分かれてるね。

「じゃあ、魔力感知できない人はいる?」

 ん、何人かいる。
 けど獣人や巨人といった魔力の扱いの適性が低い種族の、特に若い人だね。
 概ね私の認識通りと見て良い。

 やっぱり魔力と魂力は別物か。
 別物だけど、限りなく近しいもの。

 変化したもの、かな。
 身体強化や再生をする時の動きから考えると、順番は魂力から魔力。
 逆は、出来るか分からない。
 何となくできそうな気はする。

 過程としては、魂力に何かしらの要素が加わって魔力になるって感じかな。

 共通点と相違点を挙げてみよう。

 まず共通点。
 これは、エネルギーとして機能しながら物質的な性質も持っている点かな。
 光が波と粒子両方の性質を持つのに似ている。

 私が偶に魂力をぶつけているのは、粒子の性質が強く働いてるね。飛行もそう。
 魔力でも一応同じことが出来る。

 エネルギー的な面は、魂力の場合能力値への影響が大きいか。それに魂に内包されている状態。
 魔力は、まあ挙げたらキリがないくらいには色々。ブレスが一番純粋にエネルギーとして使ってるかな。

 感覚的な部分で言えば、魂力の方が物質的な面が強いような気はする。
 あくまで感覚的な根拠だから、頭の片隅に置いておくくらいかな。

 じゃあ相違点は?

 一つ思いついたのは、魔法的な現象を引き起こせるのは魔力だけってこと。
 魂力から直接魔法を発現することは出来ない。
 必ず一度、魔力への形態変化を通す。

 思えば、鬼秀の破魔の力を受けた魔力は、魔力としては霧散していた。
 あれは魂力になっていたんだろうか?

 ちゃんと意識してなかったのが悔やまれるね。

「それにしても、あれは楽しかったな。ふふふ……」

『なんか急に笑い出したぞこの人。こわ』
『不気味すぎる』
『急に笑い出すとか、珍しい。そして不気味』
『怖いて』
『頭おかしく、、、は元々あるな』
『どしたん、話きコカ?』

 こいつら……。
 一瞬だけタイムアウトしようか?
 いやしないけど。

 しかし、魔法、か。
 ちょっとプロセスを観察してみようか。

 その為に迷宮に入ったんだし。

 ん、ちょうど良いのが。

「敵がいる。前方五メートル」

 配信を見ている人に教えておく。
 流石に気配まで画面越しに感じ取ることは出来ないからね。

 予兆は――

「足裏に地面が揺れる微細な感触。微妙に地響きが聞こえる。地面の下の気配を探るよりは分かりやすいかな」

 事前に気配を察知できなくても、ぎりぎり襲撃は分かるくらいだと思う。

「来るよ」

 軽く後ろに跳ぶ。
 水を吸った砂に足をとられるけど、想定の範囲内。

 一瞬前まで私の居た場所の地面が盛り上がり、気配の主が姿を現した。
 地味―な色合いの、口の大きな魚だ。

 大きさは人間の大人一人をギリギリ丸のみに出来るくらい。少し丸っこいフォルムで、間抜けな印象を受ける。

「たる型の爆弾があったら口に放り込みたくなる感じだね」

『あー、いたな』
『なつかし。今の人分からんだろ』
『旧時代の終わりごろでも知らん人少なくないモンスターだぞ』
『ハロさん、その世代の人かぁ……』
『何の話か全く分からん』
『定期的に始まる配信老人会。老人っていうか化石レベルの話かもしれんが』

 新しい世代には悪いけど、化石の話はこれから何十年何百年続くよ。
 私以外にも長命種は少なくないからね。

 まあそれはそれとして、実験の続きだ。

 砂地から身体の上半分を出す魚に向けて炎の魔法を準備する。
 ただし、少しばかり過程に干渉して。

 普段なら私の発した魔力と、私の周囲にある少量の大気中の魔力が術式を構築して魔法を発現させる。
 この私から発せられた魔力は、魂力に何かしらの要素が混じって魔力になるという仮定の通りなら、体内で魂力に何かが混ざって魔力として体外に放出されたことになる。

 これを体外の魂力で行ったらどうなるか。
 普通は難しいが、魂力に直接干渉できる龍の私なら簡単だ。

 私の肉体を象る魂力を、前に突き出した左手の平から放出する。
 混ざる何かは私自身に由来すると考えられるから、体内の魂力と繋げたままだ。

 この状態で魂力に働きかけ、魔法を使おうとする。
 ――ん、魔力になった。

 魂力が魔力になって、炎を生み出し、魚を包み込む。
 一階層の魔物だし、すぐに消し炭になるだろうから、意識は外して良いだろう。

 ステータス画面を開いてspを確認する。

 増えてない。
 つまり、もうこれを観測済みの者がいるって事か。

 まあそれならそれで良い。
 魂力に何かが加わって魔力になる。これを確かめられただけでも大きい。

 ……美味しそうな匂いだね。
 ちょっと火を消して食べようか。

「んぐ……」

 うわ、じゃりってなった。
 砂かぁ。

「これは砂抜きしないとダメだ」

『砂抜きか。・・・どうやって?』
『これの砂抜きって無理じゃね?』
『砂抜きは無理』
『いっそ養殖。。。』

 身は美味しいのになぁ。

 じゃなくて。
 く、食欲に負けて話が脱線したよ。

 さあ考察!
 何が加わって魂力が魔力になったかだよ!

 今した事を言語化すると、魂力に魔法を使おうという意思を乗せた、ってなるのかな。

 つまり、魂力を魔力に変えているのは、意思?

 ……いや、それだけじゃ足りない気がする。
 間違っては無いんだろうけど、全てを説明できない。

 意思だけによって魔力となるのなら、そこらに存在する魔力は何だ? 誰の意思を受けた?
 地脈から魂力を汲み上げ魔力として運用している迷宮には、誰の意思が介在している?

 もっと広い範囲。
 例えば、情報……?

 仮に情報も意思と同じように具現化されるなら、観測する方法はある。

 さっきの炎で乾いた砂を手に取り、それを情報として魂力に混ぜる。
 ……魔力になったね。

 この魔力を、足元の湿った砂にぶつけると?

「乾いた……」

 情報の元に使った砂に比べてごく小さな範囲だ。
 湿った砂という媒体的なモノがあってもこれ。

 ふむ、図らずも魔法についてまで知れそうだ。

 けど、その考察を始める前に、だ。

「別に砂遊びをしてたわけじゃないよ?」

 コメント欄の疑惑をちゃんと否定しておかないと。

『またまたー』
『砂遊びしてたらもっと可愛いのでしてた事にしてください』
『砂遊びだったでしょ今の』
『トンネル掘る?』
『ハロさん可愛い』

 うん、まあ、砂遊びに見えたのは、間違ってないと思う。
 何も知らずに見たら、私も砂遊びしてるって思うもん。

 なんかリスナーたちがニヨニヨしてそうで少しイラっとするね?
 私はその方向で売り出してません!

 はぁ……。
 考察は、歩きながらしよう。
 
 なんか空気中の魂力濃度が高くなってる気がするから、そろそろ次の階層だよ。
78
 干潟にぽっかり開いた穴へ入ると、階段の代わりに坂道があった。相変らず地面は湿っていて歩きづらい。
 その先も一階層と同じ干潟が続いていて、感じられる範囲では、敵の種類も同じようだった。

 強いて言えば、太陽の位置が明らかに低くなっている。
 この迷宮は昼夜の移り変わりが無くて階層ごとに固定なのかもしれない。

「出てくる敵も変わらないみたいだし、飛んでいい? ていうか飛ぶね」

『うい』
『いんじゃね』
『聞いたていをとってるだけな件。まあいんじゃね?』
『決定事項』

 だって、この地面歩きづらいし。

 そうだ、さっきので一応観測できたわけだし、spはどうなってるかな?
 えーっと、一万と少し増えてるか。

 階層移動分で増えた分を引くと、ちょうど一万。
 つまり、魂力に意思を含めた情報が混ざる事で魔力に変化するのが確定と。

 これは、なかなか面白い事が出来そうだ。

 さっきの実験で想定より少量の砂しか乾かせなかったところを見ると、普段の魔法にはもう一ステップあると考えられる。
 普段あって、今ないものって言ったら、術式か。

 少量でも乾かせたことを思うと、この術式の役割は補助。
 術式によって魔法が発動しているのとは少し違う。

 魔法が魔力に込められた情報の具現なら、術式自体を一つの魔法と考えられないかな?
 謂わば、魔法を発動しようとする魔法。
 魔法を発動しようとする意志を具現化した現象だ。

 魂力に魔法を発動するという意思を込めてみる。
 ただし、どんな魔法かは無しで。

「ビンゴ」

 術式だけが構築されて、そのまま霧散した。
 ついでによくよく観察してみると、霧散した魔力は魂力に戻っている。

 なるほどね。
 これ、新時代になって出来た法則の大半が説明できそう。
 始祖とその他の関係とか、spと物の交換とか。

『さっきからハロさん、魔力で遊んでる?』
『え、そうなの?』
『魔力を見れる妖怪私、ハロさんが術式だけ作って魔法を発動させなかったり発動地点をずらして遊んでるのをばっちり見てました!』
『なんかまたよく分からん子としてる』
『まーた新情報をぽんって出す(期待を込めて)』

 あー、そか。
 魔力を視認できる種族も見てるよね。
 一応雑談は続けてたんだけどなー。

 どうしようかな?
 なんか情報開示期待されてるけど。

 まあいっか。
 文明の発展に寄与しよう。

「なんかね、魔力には込められた意思や情報を現象として排出しようとする性質があるみたいなんだよ」

 これもspの増加で答え合わせ済み。

「情報を排出した魔力は、私たち龍が扱ったり、地脈を流れてたりする魂力になるっぽい。それを実験で確かめてただけだよ」

『・・・軽ーく言ってるけど、割とやばい新事実じゃね?』
『世界の根幹に関わりそう』
『もしかしてさっきの砂遊びも砂遊びじゃなかった。。。?』
『ハロさんそれです凄いですやっぱりハロさんです! ハロハロ!』
『うお、ウィンテさん。ちょうど来たのか』
『相変らずの勢い草』
『新事実とウィンテさんの勢いに思考が追い付かん』

 うん、私もびっくりしたよ。
 五十年経っても相変わらずなんだよねぇ。
 私とウィンテさんの百合スレッド、未だに動いてるし。

 これ、画像が投稿出来たら妄想ネタの漫画が溢れてたんだろうなぁ……。
 文字オンリーでよかった。

「そんな事より今は迷宮攻略! サクサク行くよ」

 そんな訳でサクサク行って、四十階層で配信終了。
 だいたい八時間配信して、リザルトは、累計視聴時間がおよそ六百五十万分、総視聴者数約三百二十万人、総コメント数が三千万強。
 獲得spは六千五百万ってところだね。

 初期に比べたら桁がいくつか減ってるけど十分すぎる。

 さて、だんだん水深が深くなっていってる。
 次辺りから潜らないとかなー。

 まあ、細かい事は明日この先を確認してからでいいや。
79
 翌朝、目覚めたのは、たぶん日の出くらいの時間。
 まだまだ私と同じような生活リズムの人は多いから、すぐに配信を始めても人は集まるだろう。

 どうせ長時間するから、そんなに変わらないけど。
 新規さんを頑張って集めるって数字でもないし。

 という訳で、のんびり身だしなみを整えて、朝ごはんを食べる。
 肌や髪の手入れも軽く。
 汗腺がほとんど機能してない事もあって、人間よりかなり楽なのが有難い。

 男だった人間の頃ですらもう少し丁寧にケアしてたよ。

「よし、行こうかな」

 四十一階層に続く木の橋を下りながら、配信開始ボタンを押す。カメラは正面から。
 予想通りというべきか、同時視聴者数はすぐに四桁を刻んだ。

「ハロハロ。八雲ハロだよ。昨日はよく眠れたかな?」

『ハロハロー。ぐっすり』
『ハロハロです!』
『おはよー。夜行性なのでこの後寝ます』
『おはようございます』
『初見です。寝るまで暇なので見に来ました』

 大体はいつものメンバー。
 最初に挨拶くれた人なんて、初配信の時からいるね。

 そしてウィンテさんもしっかりいる。

「初見さんいらっしゃい。ウィンテさん、貴女、ちゃんと寝たの?」

『吸血鬼は一週間くらい寝なくても問題ないです!』

「あ、そう」

 つまり寝てないと。
 まあ、私もそれくらい平気だけども。

 つい素の反応を出してしまったよ。

 元々寝るのも好きな私と違って、マッドな研究者の彼女は寝なくていい身体を存分に使ってるみたいだね。
 五十年もあれば習慣も変わってるか。

 私も、読書の時だけは存分に活かしてるのは秘密。


「まあいいや。今日は四十一階層以降の攻略だよ」

 なんて言ってる間に階層移動も終わる。
 見えるのは、横に広がって船着き場のようになった橋の終わりと、これまでよりも深そうな夕日色の水面だ。

 カメラの位置を背後に回し、リスナー諸君にも見せてやる。

『また深くなってそう』
『割と大きいのも水中に隠れられそうな感じだな』
『これ、次の階層に行く道って水中にあるのかな?』

 橋の縁まで行って、槍をおろしてみる。
 私の背よりも長い全長の、半分くらいが水に浸かった。

「私の腰位かな」

『着物のままここ入るの自殺行為じゃね?』
『つまり、水着回……?』
『ハロさんの水着!』
『ガタッ…あ、ウィンテさんどうぞ。スッ』
『勢いに負けて座り直してるの草』

 本当に何でウィンテさんが一番前のめりなのか。
 一応ある投げ銭機能をオフにしてなかったら、この子破産してたんじゃない?

 人に見られる配信活動をしながら私にこれだけ入れ込んでるの、大丈夫かなぁなんて思うけども、そこは心配ないみたい。
 残念美人って、人気みたいなんだよね。

 もう一つある理由は、ちょっと遺憾な事にそういう百合コンテンツとして見られてる事。
 まあ、害は無いし良いんだけども。

「水着なんて用意してないよ」

 そんなウィンテさん他には悪いけど、水着は面倒なので着ない。
 そういう路線のキャラじゃないしね。

 という訳で、ほい。

『水上歩行・・・』
『まあ、そうだよね。ハロさん飛べるもんね』
『魔法もあるし、上手く術式作って消費を抑えたら俺らでもなんとかなる範囲ではあるな』
『船用意して、戦闘中だけって使い方でもいいしな』
『そん、な……。ハロさんの水着……』
『なんでウィンテさんが一番残念そうなんでしょうね?』

 本当に何でかしらね?

 崩れ落ちてる姿が容易に想像できる残念女王様の事は置いておいて、この水上歩行、実はちょっと実験も兼ねてる。
 魂力に干渉する力を利用して、魔法として成立させずに現象を起こす実験だ。

 一定以下のエネルギーで十分な現象なら、術式分の魔力を節約できるこっちの方が効率良いんじゃないかって思って。

 やってることは、魂力に分子間力やらの結合に必要な情報を与えて、足元の水に排出させてるだけ。
 結果、足元の水は互いにしっかり結びついて、固体のような動きをする。

 効率としては、魔法でするより良いで間違いなさそう。
 設置してる部分だけで良いからか、思った以上に高効率だよ。

 まあ、水の上を歩くってだけなら、私の場合魂力を直接踏んだ方が良いんだけど。

「やっぱり水中の気配は分かりづらいね。この辺なら魔力察知をメインにした方が良さそう。誤魔化せるのが出てきたら知らない」

 実験しながらだけど、配信中なので攻略情報もちゃんと出していくよ。

「周りに集まってきてる」

 どうやらこの階層の敵は、群れで襲う習性があるらしい。
 魔物の気配が私の周囲を取り囲む。

 うん、実験体だ。

『水中、意外と見えんな』
『夕日の反射が辛いですね』
『囲んで襲ってくるタイプかー。いよいよ初心者には無理だ、ここ』
『中途半端な深さだから俺たち水生種族でもやりづらいぞ』

 足を止めると殆ど同時に、正面の敵が飛び出してきた。
 一瞬遅れて左右でも水しぶきが上がる。
 背後の魔物は、潜ったまま接近してくるね。

 なんかちゃんと連携してるなぁ。
 周りを旋回してる奴らもいるし、意外と強敵?

「これは、メバルかな? 赤と黒いる。唐揚げが好きなんだよね」

『相変らずの余裕』
『まあ、こんな所の敵じゃあな』
『安心感凄い』
『赤眼バルってカサゴだっけ?』

「そうカサゴ」

 何体かは確保したいなぁ。
 実験しつつ手早く片付ける。あまりのんびりしてると、迷宮に分解されちゃうから。

 という訳でサクサクっと。
 最後の方は三枚におろして倒したので、そのまま持っていきます。

 流石にこんな所で揚げるのは面倒だから、塩焼きかな。
 守護者手前くらいで唐揚げ用を確保しよう。

 色々試した感じ、魂力だけの強化でもそれなりに効果がある。
 魂力自体が能力値にも影響してるエネルギーなので、強化の意思を込めなくても問題ないって感じ。
 強化の幅は少ない代わりに、消費も少ない。効率では普段の魔力による強化よりこっちが上かな。

 普段通りの魔力による強化も、魂力に込める情報を具体的に意識したら出力が上がった。
 同じ魔力量でより大きな効果を得られたわけだ。

 これは、ウィンテさん辺りには教えておこう。令奈さんにはウィンテさんから伝わる筈。
 本気で遊べる相手は多いほど良い。

 あとは、鬼秀。
 彼とはそう遠くない内に、()()で遊べそうだから。

 三大迷宮の一つを任せてるし、エルフの女王にも。
 それくらいかな。

「ふふふ」

『また一人で突然笑い出した。飯の妄想か?』
『夜墨センセーに効けば教えてくれるんじゃね?』
『いえ、表情がハッキリ動いてるのでこれは食事の事ではありませんね。たぶん、本気で何かができるって考えているのだと思います』
『そんな所であろうな。知略にせよ武力にせよ、ロードは本気を出せる機会を殊更好む』
『ウィンテさん、夜墨センセーのお墨付き。もう一人センセーが生まれたか』
『いや、ウィンテさんの場合研究してそうだからハカセだな』

 うん、コメント欄で私の考察が始まってる。
 迷宮攻略の考察しよ?

 実験をしながらではあったけど、まだまだ浅い階層。ペースは普段と変わりなく、この日の内に八十階層までを攻略した。

 七十階層台からは夜で、水位が私の身長くらいまで来てたから、明日以降の配信は深夜の水中探索かな。

 魂力に関しては、原子レベル以下の世界になると術式を介さない方が効率よいって分かった。
 電気信号だからか、感情に働きかけるようなものも術式を使わない方が効果的だったように思う。
 最低限の自我しかない道中の守護者相手だったから、まだ断言はできないけど。

 何にせよ、明日で攻略できそう。
 各地の長たちに迷宮の支配について伝えないとだから、寝る前に連絡しておかないとね。

 当然、私が長と認めた人、或いはその系譜限定だけど。
 勝手に出てって勝手に王を名乗ってる面々は知らない。この旅で新しく認めた人には別個で伝える。

 さて、この八十階層は完全に水没してて足場も無いし、外で寝よう。
 水中探索、少し楽しみ。
 
 あ、メバルは非常に美味でした。次はお供にお米が欲しいです、まる。