59
 とりあえず牽制。
 槍を逆手に持ち変えて投擲する。

 身を捩るだけで避けられてしまったけど、十分。
 用意した二重の氷槍を撃ち出して、同時に駆ける。
 
 これは案の定、一つの首が吐き出した炎に溶かされ蒸発してしまった。
 水蒸気はすぐさま冷やされ、白い靄を作る。

 あの大蛇がピット器官を持つかは知らないが、仮に持っていたとしても目眩しとしては十分機能する筈だ。

 手元に戻した槍を再度投擲し、向かう先を斜めに変える。
 靄の向こう側に出ると、四の頭が先刻まで私のいた方向を睨んでいた。
 槍が当たった様子は無いが、問題無い。

 間合いに入った。
 流石に気付かれ、大蛇が振り向こうとする。

 その前に呼び寄せ巨大化させた槍を振り下ろした。
 巨刃は二本の首を同時に切り落とす。

 吹き出した大量の血を避けるように、大蛇の背へ飛び乗る。
 しかし波打つ白燐の背に掴まる所は無い。

「ちっ」

 堪らず飛び上がった私に、幾度目かの火炎が吹きかけられた。
 魔法で障壁を生み出し、やり過ごす。

 咄嗟に慣れない事をしたからか、守りの盾はボロボロにひび割れていて、もう用を成す事は出来ないだろう。
 
 まあ、防げたのなら問題ない。
 宙より二条の雷光を、落とした首に向けて奔らせる。

「庇うのね」

 無事な二本が間に入り、雷を遮る。
 龍の膨大な魔力に守られた鱗を貫くには力不足、それはもう分かった事だ。

 それよりも落とした首を庇ったという事は……。

「まあ、そうだよね」

 頭の一つが落ちた首を拾い、傷口を合わせる。
 ただそれだけで傷口が繋がり、ぐったりしていた首に力が篭った。

 面倒な。
 もう一本を再生されるのは防ぎたい所だけど、残った頭に睨まれて迂闊に動けない。

 背後からは八の尾が狙っている。
 ちょっと位置取り失敗したかな。

 睨み合っている間に二本目の首も再生された。
 また四本からか。

「あー、本当に面倒だ」

 なんて口では言うけれど、自分の口角が上がっているのは分かってる。

 トータルでは私の方が強い。
 それは確かだけど、少し間違えれば殺されるのも間違いない。

「ふふふ」

 つい笑みを漏らす。
 合わせる必要の無い、全力をぶつけられる相手だ。

 流石は八岐大蛇。
 神話の怪物だ。

 さて、そろそろ睨み合いにも飽きた。
 動こうか。

「いくよ、化け物」

 何も座して機を伺っていた訳じゃない。
 私にしては珍しく時間をかけ、術式を組んでいた。

 槍を持つ手を天に掲げ、振り下ろす。

 瞬間、八方が白く閃き、終わる事の無い轟音を響かせた。
 数えるのも億劫なほどの稲光が天地を結び、白蛇を貫く。

「グルルァァアアア⁉︎」

 苦悶の声と共に肉の焼ける匂いとオゾンの匂いが鼻をつく。
 
 これだけ落とせば流石に無視できないダメージがあるんだね。
 氷槍の方は迎撃してきた辺り、雷のなんやかんやには耐性があるのかもしれない。

「ん、そう来る」

 ブレスの予兆だ。
 溜めはほぼゼロ。

 こちらも溜めなしのブレスで迎撃するけど、四つの頭が時間差で撃ち出してくる。
 同じく連続でブレスを放つ。

 しかし向こうは後の首ほど溜めの時間が長い。
 三つ目まではどうにか相殺できたが、四つ目で打ち負けて、回避させられる事になった。

 最初の撃ち合いに比べたら威力は格段に落ちるとは言え、三発もマトモに食らえば致命となりかねない。
 雷雨の維持を諦め、以降は回避に専念する。

「くっ」

 あちらはあちらで溜めを減らし、連射速度を上げてくる。
 縦横無尽に飛び回って回避に努めても、まだ機動力が足りない。
 何発かが掠めて肌を焼く。

 先程までの魂力に干渉して作った流れにただ乗るだけの飛行をやめ、空中に足場を作るようシフトした。
 急激な方向転換が可能となって小回りがきくのだが、より強固な支配力が必要な上に未だ慣れない方法だ。
 いっそうの集中力を要する。

 涼しい顔をしてはいても、内心は穏やかじゃない。

 どうする?
 ブレスは強力な分相応の魔力を消費するが、エネルギー効率は良いほうだ。
 隙も威力に見合っただけあるんだけど、この使い方じゃあね。
 
 このまま耐えていてもジリ貧。
 雷雨の維持を無理にでもするべきだった。

 あれだ、同格に近い相手との戦闘経験が圧倒的に不足してる。
 強すぎるってのも考えものだね、なんて巫山戯てたら本当に死にかねないか。

『どうにか近づけ』

 お?
 あー、なるほどね。

「初見さん、助かるよ」

 コメントはすぐ流れていっちゃった。
 偶々目に入って良かった。

 動き回りながら呼吸を整えて、ギアを上げる。
 より細かく、速く動きながら接近する。

 当たり前だが、近づく程に攻撃は苛烈になる。
 彼我の距離が五十メートルを切る頃には、嵐の中にいるんじゃ無いかって位になっていた。

 けど、それでも辿り着いた。
 急に魔力の嵐が止み、辺りが安全地帯となる。

「撃てないよね。自分に当たっちゃうから」

 死中に活。
 或いは虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 さぁ、虎の子をいただこう。

 躊躇う赤眼の大蛇へ向けて、遠慮なく吐息を吹きかける。
 二つの頭が消し飛び、尾の何本かも巻き込んだ。

 更に身体を一回転。
 片腕分の力を勢いで補えない分は、遠心力を使う。

 巨大化までは出来なかったが、それでも一撃で半ば程まで切り裂いた。
 パックリ裂け骨の見えるソコへ、三条の雷を撃ち込む。

 溜め無しで同時に放てる最高数の稲妻に穿たれた首はそのまま胴体から千切れ、追い討ちの光で消し炭になった。

「あと、一……っ⁉︎」

 これで終わりと槍を投げようとした私の視界に、大口を開ける大蛇の頭が映る。

 コイツ、頭の一つを犠牲に確実に仕留めに来たか!

 己の口角が限界まで上がるのが分かった。
 きっと獰猛に目を見開いているだろう。

 流石だ、流石としか言いようがない。

 直撃すれば私を殺し得る光を前に思う。

 距離は至近距離。
 避けられない。

 瞬きをする間にアレは私を包み、焼き尽くすだろう。
 全身を守る程度の魔力など歯牙にも欠けず、死を届ける。

「見事だよ」

 でも、それでも。

「勝つのは私だ」

 一度に扱える魔力の全てを使い物にならない左腕に集め、前に出す。
 魔力と魔力がぶつかり、激しく散る。

 密度は負けていないだろう。
 量も同じく。

 違いがあるのは、速度か。
 大蛇の吐息は私の魔力を食い破り、既に焼け爛れた腕を焼く。

 指が崩れ、掌から肘までが塵に消えて、そこで光の本流は止まった。

 大蛇の赤い瞳に私の金が映る。
 その瞳に見せつけるように、ニッと笑って見せた。

「ほら、私の勝ち」

 右手に構えていた愛槍を投げ、巨大化させる。
 敵は死に体。その白刃を避ける素振りすら見せる事が出来ず、首を穿たれる。

 落ちゆく紅蓮の瞳は、憎しみに染まっている。
 最低限の自我しか無いにも拘らず、いや、だからこそか、己を殺す者を呪うように睨みつけてくる。

 そんな強き者に敬意を以て告げる。

「ありがとう、楽しかったよ」

 そして、最後の雷を落とした。