世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~


「えと、設定ってこれで良いんですかね?」

 ダーウィンティーさんの配信を開いてみると、ステータス画面と同じように空中に配信画面が投影された。
 映ってるのは、見覚えのあるどこかの大学の教室と白衣の真面目そうな女の子。

 それから虫の要素がちらほら見える異形が三匹。
 噂の魔蟲かな。

 ていうかダーウィンティーさん、女の子だったんだ。

『大丈夫です』
『いい感じ』
『これが魔蟲か。魔族ってやっぱ気持ち悪いのがデフォなのか?』

 この教室、けっこう綺麗だなー。
 陽の光っぽいのが画面の端に見えてるし、大きな窓のあるような所かな?

「えっと、それじゃあ改めまして、こんにちは皆さん。ダーウィンティーです」

『こんにちはー』
『こんにちは! ウィンテって呼んで良いですか?』
『こんにちは。なんで最初の二人がどっちも可愛いんだろう神か?』

 セミロングとボブの間くらいかな?
 両手を前で揃えて勢いよくお辞儀する姿が可愛らしい。

 百六十センチ位はありそうなのに、小動物的な可愛さというか。
 
 寝不足っぽい雰囲気がそこはかとなく漂ってるけど。
 ちゃんと寝てるのかな?

「あ、はい! ウィンテで大丈夫です!」
 
 けっこうエゲつない実験もしてたから、このタイプの可愛さはちょっと意外。

「それで、ですね、今回は半分はお試し配信でですね。あ、この子たちも紹介しておきます」

『不慣れ感が可愛い』
『護りたくなるな』
『ハロちゃんとはまた別方向で良い』

 私には出来ない方向性だなぁ。
 とりあえず、リスト登録だけしておこう。

「まず、この蜘蛛の子がアラネア。纏め役と私の助手をしてもらってます。一番器用なんです」

 巨大なジョロウグモの頭部から顔の無い女性の上半身が生えてるあたりは、とってもアラクネっぽい。
 けど、体中に無数の人の目と口があるのは、ちゃんと魔族だね。

「こっちの蠅の子がベルゼアです。お腹の口からは触手が出てくるんですよ!」

 ワームの口なだけ人の口よりはマシかなぁ?
 いや、うーん?

 羽が白い鳥の翼になってるのは冒涜的というか、ベルゼブブが元は熾天使って話に関連してるのかな?

「最後に、大きなムカデの子がオムカデア。一番の力持ちで火も吐けるんですよ!」

 うわ、なんか生理的に無理。
 本能の部分で嫌悪感が。

 全部の体節の間にある口にはのこぎり状の牙があって、龍の鱗でも削げそう。
 甲殻もなんかぬらぬらしてるし、脚は全部人の腕だし。

 これは、あれかな?
 妖怪のオオムカデが龍の天敵だからかな?

「そ、そんな事ないですよ! みんな可愛いじゃないですか!」

 あー、コメント欄見てなかったけど、やっぱり気持ち悪いって人の方が多いのね。
 正直、三体ともSAN値削られそうな見た目してると思う……。

「えと、どうして配信できるようになったかですか? それが、私にも分からなくて」

 んー、これかなっていうのはあるけど、どうだろ?
 気が付いたら出来るようになってたって話だけど。

 ちょっと聞いてみようかな。

 えっと、あれ、配信のコメントには思考入力できないんだ。
 スレッドも自分のところ以外できないのかな?

 まあいいや。
 ソフトウェアキーボード的なものは……出た出た。
 スマホ形式もあるみたいだけど、タイピングの方が早いからこれでいいや。

『こんにちは。称号って貰ってない?』

「あ! ハロさん! 良かったハロさん! 後でちょっとご相談が!」

 おっふ、また凄く前のめり。

 相談については、了解って返しとこう。

「ありがとうございます! あ、称号でしたね。えと、はい、ありますね」

 やっぱりあった。

『称号って何?』
『相変らずこの人はサラっと新情報を・・・』

 あれ、称号の話した事なかったっけ?

 そうだ、魔蟲の称号に触れただけで人間の方は何も言ってない。
 完全に別物って考えてる人もいるかー、なるほどねー。

「[魔蟲たちの主]だそうです」

 思ったより限定的。
 似たような称号、夜墨と契約した時には生えなかったけど、私が同じ龍だからかな?

 とりあえずコメントして詳細出してみて貰おう。

『その称号を触るか詳細を見るかしようとしてみて』

「はい。……魔蟲の支配能力の付与と配信機能解放。つまり、アラネア達と契約したことで配信できるようになった?」

 そういう事みたい。

 この称号、初めての人限定なのかな?
 マネする人出てきそうだけど。

 それで勝手に自滅されるのは良いけど、魔族が増えるのは鬱陶しいなぁ。
 いや、そうでもない?

 あ、配信解放スレが加速してる。
 私が何かしらの称号取得で機能解放したところまでは確信してるね。

「あ、配信機能の解放条件についての議論はハロさんの所にスレッドがあるので、そこを使うと良いですよ」

 そういえばこのスレッド、コメント数で管理者にsp入るみたいなんだよね。
 今のところ管理者が私しかいないから皆気づいてないみたいだけど。

 これ、もし誰でも管理者になれるんだったら同じ目的のスレッド乱立して凄い情報が錯綜しそう。
 面倒だから各スレッドの中心人物に管理権限投げようかと思ったけど、それはそれでヘイトがその人にいきそうだしなぁ。

 生存に関わる話だから、慎重に動かないと。

 あ、でも管理者にspが入る事だけは情報出しておかないと私にヘイト来るかな?
 ん-、出しとこっと。

『スレッドで思い出したんだけど、管理してるスレッドのコメント数に応じて日付が変わるタイミングでspが入るみたい』

「ええっ、そうなんですか!? でも、同じ目的のスレッドいくつも立てても邪魔ですよね。うーん、この話は、またにしましょう」

 ふーん?
 そういう感じ。

 あ、スレッドの管理権限についてのスレッドが立った。
 ダーウィンティさんの収入源が増えたね。

「それでですね、今日ちょっとやろうと思ってることがあるんですけど、その前にハロさん、先ほど言ってた相談なんですけど、今大丈夫ですか?」

 なんだろ?
 だいじょう、ぶっと。

「ありがとうございます! えっとですね、まず私の配信はハロさんが配信していない時間にしようかって思ってます。まだ二人しかいないのにリスナーさんを取り合っても仕方ないですから。あ、私が合わせるのでハロさんは気にせず配信してもらって大丈夫です!」

 まあ、リスナーを取り合う必要はないっていうのは同意。
 でも私ばかり合わせて貰うのもね。

『事前に言ってくれるなら全然私も合わせるよ』

「良いんですか? それじゃあ、お言葉に甘えます」

 ん-、これ、この子の想定通りって感じかな。
 まあそれ位は頭回る人の方が話早くて助かるけど。

 あんまり深く関わらないにしてもね。

「それとですね、ハロさんが迷宮での配信をメインにしておられるので、私は日常生活をメインにしようと思ってまして。その手の検証をしていく配信にしたら棲み分けられていいかなって」

 これ、相談の形をとってるけどリスナーに向けて言ってるんだ。
 小動物っぽいのは雰囲気だけかもね、この子。

 とりあえず返事っと。
 
『いんじゃない。ついでにそっち系のスレッドの管理権限あげるよ』

「ほえっ、あ、ホントに来た。あだっ!?」

 あ、やっぱり小動物は小動物かも。
 動揺して段差から落ちちゃってる。

 天然のドジっ子かぁ。
 いいね!

「えとその、ありがとうございます!」

 迷宮関連だけでも十分収入あるからね。

 あ、何も考えず管理権限渡せるのばらしちゃった。
 変なの来るだろうなぁ。

 まあ、気にしなくていいか。

「それじゃあ本題です! 私、ハロさんの所で色々議論してたお陰でけっこうspに余裕があるんです」

 この子、本当にいろんな議論に参加してたからなぁ。
 十数万spとか溜まってるんじゃない?

「生きていくのに十分な量を残しても、今のspでなれる種族がけっこうあるんですよ。それでですね、せっかくなので皆さんとなる種族を選んで、検証のようなことをしようかって思いまして」

 へぇ、思い切ったことする。
 手の内をある程度明かすことになっちゃうだろうに。

「今一覧を出しますね。あ、そこから投票できる機能があるみたいなので設定してみます」

 そんな機能が。
 私も今度使ってみようかな。

 それで、候補は……。

『妖鬼、吸血鬼、てんじゃ鬼、豪鬼……。なにこの鬼率』
『吸血鬼は微妙な所だけどな。あと天邪鬼であまのじゃくな』
『狐人か小人かなあ?』
『エルフとドワーフとウンディーネ。なんでサラマンダーかイフリートが無いんだ?』
『私と必要spが違う』
『個人の適性も関係してそうだな』
『知魔ってなんだ?』

 けっこう色々なれるんだね。
 
 知魔は魔族とは違うのかな?
 悪魔的な?

 どれも気になるところ。
 何がいいかなー?

「えっと、私はどれでもドンと来いなので、好きに投票しちゃってください。五分だけ待ちます」

 拘りがない、というよりはどれでも美味しい、かな? この子の場合。

 ん-、よし、もうダーウィンティーさんがこれだったら可愛いで決めちゃおう。
 従者との雰囲気的な相性も含めて。

「――五分です。一番多かったのは……」


 ダーウィンティーさんの視線が何も無い空中に向けられた。
 集計結果を見ているんだろうね。
 私たちにはまだ見えないやつ。

「吸血鬼ですね! それじゃあ行きまーす!」

 え、もう?
 なんて思ってる間に彼女を黒い幕、たぶん魔力の塊が包み込む。
 一見すると、漆黒の繭だ。

『早い早い』
『リアクション何にもなしは草』
『配信慣れマジでしてないんだな。だがそこが良い』

 旧時代、って最近呼ばれてる世界変容前から配信とかあまり見ない人だったのかもね。
 見てても難しい部分はあるけど。

 なんて言ってる間に種族変化が終わったみたいで、黒い繭に白い罅が入る。
 変化というか、変態みたいだね。

 お?
 
「む、何かが目覚めたな」
「おはよ、夜墨。ダーウィンティーさんが種族変化したよ。吸血鬼」
「ほう、となると吸血鬼の始祖か」

 そういうことだね。
 ずっと西の方に一瞬、強い気配が生まれた。

 このレベルになると目覚めはハッキリ感じ取れるかー、そっかー。

 画面に視線を戻すと、ちょうど繭が黒い欠片になって飛び散った所だった。
 中央には少し様子の変わったダーウィンティーさん。
 瞼は閉じられていて、白衣が繭と同じ黒に染まっている。
 
 綺麗だね。
 私の時もこうだったのかな。

『髪、少し長くなった?あと艶が出てる?』
『顔色悪くなったのに雰囲気健康そうになってるのなんだ』
『身長若干伸びた気がする』
『耳尖ってるね。ハロちゃんより鋭い?』

 私を含めたリスナーたちが見守る中で、彼女が目を開ける。
 瞼の奥に現れたのは鮮血のように真っ赤な宝石で、見ていると吸い込まれそう。

 黒のままだった髪とは違う、明らかな変化だ。

 どこか夢を見ているような様子が幻想的で、美麗。そして妖艶。
 かと思ったら、不意に視線が定まって可愛らしい雰囲気に変わる。

「凄い……。明らかに違うって分かる。力が、私の中に渦巻いてるのが分かる」

 夜墨と同じくらいの魔力量かな。
 元がDだったって考えると、凄まじい強化。
 もう進化の域だよ。

「ハロさんも、こうだったんですか?」

 おっとご指名か。

『そうだね』

 だからこそ、あらゆる繋がりを捨てることが出来たんだ。

「そう、なんですね……。あっ、ごめんなさい皆さん! 検証ですよね! まずはステータス画面を全部公開しますね」

 全部公開。
 よくやるなぁ。
 保身より解明の方が大事とか、そんなタイプ?

 じゃなかったらアラネア達は生まれてないだろうし、そうなんだろうなぁ。
 地味にマッドサイエンティスト。

『体力と魔力がSの知力と器用がAか、凄いな』
『能力値たかー』
『体力はハロさんより上か』
『他はどうなんだろうな』
『吸血鬼なら特殊能力も凄そうだよな』

 ん、種族が吸血鬼(女王)ってなってる。
 階級があるんだ。

「あ、称号も増えてますね。[始祖吸血鬼]に[女王]だそうです」

『ヴァンパイアクイーンか』
『吸血姫?』
『女王だから姫はなぁ』

 雰囲気的に女王より姫なのは分かるけどね。

「姫……。あ、ごめんなさい。えっと、[女王]は支配能力が強化されるみたいですね」

 じゃあ魔蟲たちに関してはもう心配いらないかもしれない。
 
 だったら良い事だけど、敵対する事になったら面倒だね。
 特にオムカデア。

『あ、吸血鬼だし一応日光には注意した方がいいんじゃね?』
『ウィンテちゃん、うっかり当たって灰になりそうな怖さがある』
『分かる』

「だ、大丈夫ですよ! 今はけっこう窓から離れてます、し……?」

 あ。

『ちょ、夕方! 西日!』
『日光当たってる!』

「あ、え、どうしよっ、当たっちゃった! 灰になる? 私灰になる!?」

 ガッツリ日に当たりながら右往左往してる。
 目の端に光ってるのは、涙だ。

 これ、もしかしてやばい?
 放送事故?

「え、え? ハロさん、助けてっ?」

 助けて、って言われても、彼女は遥か西の彼方。
 どうする? 夜墨にお願いすれば間に合う?

 完全にパニックになってる。
 一旦日の当たらない所に移動してもらった方が――

「落ち着け、ロード」

 そんなこと言われても、って、うん?
 もう日に当たってからそれなりに経ってるよね?

「夜墨、吸血鬼についてどれくらい知ってる?」
「多少の能力と高位の者ほど陽の光に耐性を持つことくらいだな」

 ふむ、つまり。

「女王って、日光わりと平気?」
「いくらか能力が落ちる程度だな。始祖ならそもそも影響を受けないのでは無いか?」

 なんだ、そっか。
 良かった。

 ん-、どうしよ。
 すぐ教えてあげても良いんだけど、アワアワしてるのが可愛いんだよね。

『とりあえず日光の当たらないとこ行った方がいいんじゃ……』
『ていうかどれくらい当たってたらやばいんだろ。もうそれなりに当たってるよな』

「ほえ?」

 あ、余計な事を。
 まあ仕方ない。心臓に悪いだろうし、あまり黙ってると可哀そうか。

『夜墨情報。吸血鬼は上の階級ほど日光に耐性あるって。女王は能力がいくらか落ちるくらい。始祖ならそもそも影響ないんじゃないかってさ』

「……はぁ~、良かったー」

 あらら、へたり込んじゃった。
 これはこれで可愛い。
 癒し枠だね。

『ハロさん、これワザと黙ってたんじゃ……』
『あり得る。ハロちゃんいい性格してるし』

 バレテーラ。
 いや、迷っただけで実行してないと言えばしてないし?

『何のことかなー?』
『あ、図星ですねこれは』
『勘のいいリスナーは嫌いだよ』

「ハロさん?」

 おっと。
 
 ふふ、コメント欄のこういう絡みは久しぶりだね。
 楽し。

『夜墨に聞いた吸血鬼の能力教えるから許して?』

「仕方ないですね、それで手を打ちましょう」

『ありがと。プライベートスレッド作ってくれる? どれを後悔するかは任せるよ』

 あ、公開の字が。
 まあいっか。

「作りました!」

 来た来た。
 お礼だけコメントして、スレッドに書き込んでいこう。

 スレッドの方は他人の管理してるとこでも思考入力できるんだ。
 道理でみんなスレッドでは誤字しない。

 よし、おっけ。

「ありがとうございますー。えっと、霧化に、動物への変化、血を使った眷属化と再生能力ですか」

 ん、流石に魅了の魔眼は隠したのね。
 それはそうか、信用への影響が大きすぎる。

「それじゃあ、一つ一つ試していきましょうか」
 
さてさて、どんな感じかな?


 二時間近くかかったけど、これで今出来る実験はだいたい終わったかな?

「眷属化は、今は出来ないので一旦ここまでの結果を纏めてみましょうか」

『ですねー』
『まずは、ドジっ子か』
『ドジっ子だな』
『おっちょこちょい』
『ドジっ子だねー』

 うん、それは間違いない。
 霧化したまま風に吹かれたり、いきなり強く跳んで天井に頭をぶつけたり。

 日光の時も思ったけど、本気でドジな子みたい。

「う、それは違います! 忘れてください! 全部!」

 クリップ機能があれば誰かが全部残したんだろうね。
 ショートも作られてたんじゃないかな。

 とりあえず心のアルバムに刻んでおこう。
 この画面、カメラには映らないからなぁ。

『満足した。真面目にいこう。まずは、なんだ?』
『うむ満足』
『霧化でいいんじゃね?』

 霧化は、文字通り身体を霧と化す能力。
 他のもそうだけど、ヴァンパイアの能力としては定番じゃないかな。

 特徴としては、変化後の質量は人型の時と同じで明らかに魔力を含む点が挙げられる。
 人間一人と同じ質量だから、密度を薄くすれば相当な体積になるね。

 魔力を感知できれば分かりやすいから、隠密能力は微妙。
 物理的な干渉を阻害するくらいかな。

 たぶんだけど、あの魔力に干渉するように攻撃すれば普通にダメージ通る。
 基本は格下向けの能力だと思う。

『あと風に注意な』
『風に注意』
『風危険』

「わ、分かってますから! 皆して念押ししなくて大丈夫です!」

 次に動物への変化能力だけど、これは変化できる対象が限られていた。
 狼に蝙蝠、それから猫。

 動物じゃないけど、蜘蛛と蝿とムカデにも変化できた。
 これは眷属の影響かな。

 まあ、彼女が変化できる対象を隠している可能性もあるけどね。

『自分で出した糸に絡まらないようにな』
『ちゃんとアラネアにやり方教えてもらうんだぞ』
『もし糸に絡まったらすぐに人を呼ぶ事。配信を初めてもいいぞ』

「あの、なんで皆さん私が自分の糸に絡まる前提なんですか?」

 最後に再生能力。

 代名詞の一つなだけあってかなり強力。
 これだけで体力をもう一段階上って考えても良いくらい。
 吸血鬼全体がそうなのか、女王かつ始祖の彼女だからなのかは分からないけど。

 かすり傷程度は瞬きの間に回復。
 切断した四肢もすぐにくっ付いた。

 本人曰く、首を斬られても大丈夫な気がするって。
 皆止めてたけど、そう感じたなら本当に大丈夫なんだろう。

 流石に脳を潰されたら死にそうとも言ってたけどね。

 首から下はいくら削られても、それ程かからずに再生してたよ。

『これで多少の致命的なドジも安心だな』
『うむ、安心』
『致命的だけど安心とは』

「そこまで私ドジじゃないと思うんですけど……」


『え』
『えっ』
『え』

「え?」
 
 残念ながらドジだと思うな……。

 他にも身体能力に優れていたり魔法能力も高かったりで、相当に強力な種族って事が分かった。
 私と違って能力値は参考にしかならないタイプだね。

 年月を経るほどに私と彼女の差は縮まり得る。
 何十年も同じように訓練していたら、本気で戦わないとといけないようになるんじゃないかな。

 そうなったら、嬉しいね。
 本気を出せる相手は大事。

 流石に殺し合う気はないけど、今のところは。

 彼女とも画面越しのうっすい関係を続けていきたい。
 (しがらみ)になっちゃうと面倒。

「えっと、今日はこんな所、ですかね? こんな所ですね!」

 ん、配信終わるみたい。
 もう殆ど日も沈んじゃったし、多くの人は明日に備えて寝てる頃か。

「一緒に色々と考えてくださった皆さん、ありがとうございました。また次の配信で会いましょう。お疲れ様でした、ダーウィンティーでしたー」

 お疲れ様っと。
 よし。

「それじゃ、晩御飯にしよっか。何食べたい?」
「そもそもどんな物があるかも知らぬ」

 まあ、それもそうか。
 迷宮の守護者には必要ない知識だし。

「じゃあ私の好きに選ぶね」
「ああ」

 ん-、何にしようかな。
 お、今日食べた迷宮食材が追加されてる。

 めちゃくちゃ高いけど。
 完成品よりかなり安いはずの素材段階ですら、数万spだ。

 必要になったら取りに行こう。

 ん-、ハンバーガーで良いか。
 ジャンクなのはジャンクなので別のおいしさがあるんだよね。

 学生時代はよくバイト帰りなんかに同僚と某チェーン店に行ってたなぁ。
 あの日、情報交換のために集まる予定だった面々はその時の同僚が殆どだった。

「……夜墨、明日はちょっと、出かけてくる」
「そうか。必要なら呼べ。ロードなら私を召喚できるだろう」
「ありがと」

 会いはしない。
 会いはしないけど、少しだけ。


 迷宮から外に出ると、いっそう冷たくなった風に冬の気配を感じる。
 急激に寒くなってきたから、もしかしたら、死者が一気に増えるかもしれない。

 まあ、こればっかりは仕方の無いことなんだけど。
 テキトーにspを配るだけなんてする気は無いしね。

 私が手を差し伸べるとしたら、どうにか自分で生きようと足掻く人だけかな。
 天は自ら助くる者を助く。

 私は神ではないけど、聖人でもないし。

 なんて考えながら、以前夜墨と散歩に向かった方とは逆へ歩く。
 こっちは元々閑静な住宅街だったから、そんなに雰囲気は変わっていない。

 世界の変容からまだたったの二週間しか経っていないのに、どこもかしこも様変わりしていた。
 だからかな。
 少し、嬉しい。

 全く別の何かに変わる事を選んだ私が思う事じゃないんだけど。

 十分ほど歩いたらそこそこの大通り。
 ここは、すっかり寂しくなった。

 このまま五分ほど歩いたら、以前の職場がある。
 前回で変更してなければ、今日もあいつ等は集まってるだろう。

「あっ……」

 遠くに、元同僚の後姿が見えた。

 もし彼に振り返られても、今の私はどこにでもいる人にしか見えないと思う。
 角も尻尾も人化の魔法で消しているし、髪も黒く見えている筈。
 服だって、何の変哲もない白のパーカーだ。

 けど何となく脇道に隠れてしまう。
 
 じっと彼を見ていると、当然その姿はどんどん小さくなる。
 もう人間の視力じゃ辛うじて人影と分かるくらいには離れた。

 それでも出ていく気にならなくて、職場に続く最後の角を曲がったところで漸く私も歩き出した。

「屋根の上、行こうかな」

 もうこちら側から来る人はいなかった筈だけど。

 屋上を歩きながらのんびり元職場を目指す。
 大通りだけあって建物同士の間隔が近いから、跨ぐだけで次の建物に移れた。

 空を見上げたら、青空が広がっている。
 今日はいくらか雲もあるけど、東京の冬は大抵青空だ。

 職場の入っていたビルに着いた。
 ちょうど何人かが到着した所みたいで、二十歳前後の男女数人が中に入っていく。

「皆、元気そうだね」

 少し前にダーウィンティーさんが配信を始めたし、長居はしないつもり。

 気配が集まってるのは、たぶん一番奥の大部屋。
 その部屋がある辺りに浮いて、壁に少し穴をあける。

「ジュース、皆飲みな。spに余裕ができたから、余ってた分持ってきた」
「田山くんありがとございます! うまっ!」

 この声は、木村兄妹の妹の方かな。
 相変わらずみたい。
 もうすぐ二十歳だっけ。

「なんか報告することある?」
「いやー、ないっすね」
「僕の方も。だいたい配信の方で情報共有できますもんね」

 ん、役立ててるみたいだね。
 
 指揮ってるのは田山さんか。
 それと(ところ)さんと木村兄ことキムケーの声。木村慶太だからキムケー。
 妹だけ名前で呼んでるけど。

「ハロちゃんもウィンテちゃんもマジ可愛い」
「わかる!」

 なんかこの姦しさも懐かしいな。
 木村妹と、平家姉妹の妹。
 二人が高校生の時から知ってるけど、良い意味で変わらない。

「この集まり、どうする?」
「元気なの分かりますし、続けていいんじゃないですか」
「けーたに賛成」

 続けることにしたみたい。
 まあ、私もそれがいいと思う。

 聞いてると、皆割とspに余裕が出来てきてるみたいだね。
 このまま食料品の必要spが増えたら怖いけど。

 キムケーと平家さん以外は迷宮に入るのも考えてるんだ。
 キムケーは前の私と同じで貧弱だもんなぁ。

 平家さんはお姉ちゃんだけ家が遠いから、先に合流したいみたい。

「ハロちゃんのお陰で余裕できたし、けーたでも何とか生きてけそう」
「キムケーは、筋トレ頑張れ……」
「いやホントに……」

 はは、言われてる。
 彼、百七十近く身長あるのに四十キロ台半ばくらいだからなぁ……。

「……村上君、どうしちゃったんだろ」
「死んじゃっててもおかしくないからヤバいよね……」

 私の事だ。
 空気が重くなったのが分かる。

「村上さん、なんだかんだしぶとく生きてそうっすけどね」
「体調崩して寝込んでるだけじゃねってのは俺もちょっと思ってはいた」

 出て行けば、安心してもらえるんだろう。
 たぶん、こいつらは私が女になったのも笑って済ませる。

 私が八雲ハロって事には、妹二人が何か言ってきそうだけど。

「村上君、変だし適応してそうな感じはする」

 はは、ほら。
 木村さん、新人さんとかに私を紹介するとき絶対こう言うんだよ。

 悪意は無くて、寧ろ好意的に言ってくれてるから気にしてなかったけど。

「そう、ですよね……」

 ……。

 思った以上に、心配してくれてる事を喜べばいいのか、心を痛めたらいいのか。

 どちらにせよ、この繋がりはもう、切ったもの。
 今更出ていく気はない。

 今の自由を捨てるつもりはない。

 でも、これだけ。
 これくらいは良いだろう。

 (しがらみ)にはならないはずだから。

 空けた穴を少しだけ広くして、走り書きしたメモを入れる。
 気が付いてくれるかな。

「ん? なんだこの紙」

 良かった、気づいたみたい。

 じゃあ、この穴はもういらないね。
 塞いじゃおう。

 と、その前に少しだけ、分けても不自然じゃないくらいのspも。

 皆の声が聞こえなくなって、代わりにダーウィンティーさんの配信音声が耳に入る。

「なるほど、分け与える血の量によって階級が変わるのですね。事後的に増やしたり減らしたりで階級を上下させることも可能、と……」

 さっき届けた紙に書いたのは三つ。

 私、俺が生きているってこと。
 けどもう会えないってこと。
 それから、ありがとうって、お礼。

 あいつ等がどう思うかは分からないけど、これで安心してくれたらいいな。

「あ、こんにちは! 人体実験? 良いんです。もうそんな縛りありません!」

 好き勝手に生きてる手前、あまり心配されるのも悪いからさ。
 
さて、帰ったらダーウィンティーさんの実験のまとめスレッドでも覗こう。
 けっこうマッドなサイエンスしてたみたいだし。

 眷属化はどんな感じの能力かな。


 はてさてはて、思った以上に凄いけど、これ、どうしようか?

「吸血鬼ってみんなこんな感じなの?」
「いや、様々な要素が組み合わさった結果だろう」

 ふむ。

 今、配信画面の中では実験結果のまとめをウィンテさんがしてる。

 それが中々にえげつない。

 彼女自身、個としての力にかなりの可能性がある。
 今は夜墨くらいだけど、力の使い方を覚えたらすぐに引き離してしまうだろう。

 それに加えて、だよ。
 群れとしても相当になるのが確実なんだ。

 一番弱い階級でも、平均能力値C。
 実験の中で生み出された最高階級、伯爵がベルゼアやオムカデアと同等の力を持っていた。

 夜墨の話と合わせると、配下としての最高位、公爵はアラネアと同等の力になるんじゃないかな。

 受け入れられる血の量は個人の資質とウィンテさんへの忠誠心に比例するみたいで、まだ伯爵までしか生まれなかったけど、それでも十分な戦力だよね。
 
 更に各吸血鬼たちも同じように自分の階級未満の眷属を生み出せる。
 つまりは鼠算方式に増えていくんだ。

 これは、下手をするとどこかの時代で吸血鬼狩りが起きるんじゃない?

 まあ、仮に吸血鬼狩りが起きたとしても別にいいんだけど。
 私、龍だし。

 ただ、もし私に吸血鬼たちが敵対したら面倒。
 私と夜墨なら何とかなるとは思うよ。

 夜墨でさえ伯爵の一つ上、侯爵以下はぶっちゃけ片手間で相手できるからね。
 公爵級複数で来られると、夜墨は危ない。

 つまり、ウィンテさんを含めた全戦力で来られたら、かなりの消耗を強いられることになる。
 油断してると殺されちゃうかもね。

 そんなわけで、暫くはほどほどの距離を保ちつつ仲良くします。
 私が許容できるぎりぎりまでで。

 呼び名が愛称になったのは、その関係。
 こんな状況で彼女からお願いされたら、無下にしづらい。

 許容できるだけで嫌なものは嫌なんだよ、こういう繋がり。
 
 幸い、ウィンテさんはマッドなだけで良い子かつ頭も回るから、薄い繋がりなら苦にならない。可愛いし。
 (しがらみ)にならないギリギリなら、むしろ有り。

 可愛いは正義だよ。

 私の自由を害するなら、知らないけどね。

「まあ、もっと強くなれば問題ないよね」
「そうだな」

 という訳で、私の生活はあまり変わりません!
 テキトーに配信して悠々自適な生活を保ちつつ、良い感じに訓練して強くなる!

 よしよし、問題解決って、うん?

「えっと、その、ごめんなさい。絶影さん。あまり暴言が多いのは困ります」

 これ、私の最初の配信でブロックしたのじゃない?
 絶♰影って明らかな厨二病。

 言動も中学生か高校生くらいっぽい感じ。
 要はお子様。

 学ばないなぁ。

『うるさいザコブス!アニキのお陰かお前なんかより強くなれるだ!俺は偉いだろ!』

 あらあらまあまあ、て感じだね。
 日本語変だし。

 ていうかこれ、配信からはブロック出来るけど他に行ったら見えるんだ。
 面倒。

「ねえ夜墨、スレッドの方でこの人いたことある?」
「いや、無いな」

 スレッドの方では排除出来るのかな。
 ならまあ。

 あ、コメント消えた。
 ブロックされたか。

「お騒がせしました。気を取り直して、続けていきましょう!」

 お、プライベートスレッドに連絡が。
 えっと、ブロックした人を共有できそうならしてほしい、か。

 出来るかな?
 あ、出来る。

 ほい、送信っと。

 身から出た錆で自業自得だけどさ、今こういった配信やスレッドから締め出されるってしんどいよね。
 強く生きて欲しい。
 私に関わらない範囲で。

 さてさて、明日は朝から迷宮攻略の続きかな。
 ウィンテさんに伝えておいてっと。

「あ、今ハロさんから明日の朝配信するって連絡が来ました!」

 今の流れで言うんだ。
 話ぶった切っちゃってる。

「私の配信は日が落ちてからにします! 吸血鬼って夜型のイメージですし、丁度いい? じゃなくて、ごめんなさい、続けます!」

 あ、協力者の人に肩叩かれた。
 名前なんだっけ、ワトソン? ワンストーン?

 そだ、ワンストーンだ。
 アインシュタインの英語呼び。

 この人も検証スレッドでそれなりに見かける。
 自分から人柱になるだけあってマッドよりのサイエンティストだよ。

 他の人は多かれ少なかれ下心が見えるけど、彼だけ完全純粋な探求心って感じなんだよね。
 まあ、全員研究バカなのはそうなんだけど。

「吸血鬼は研究者の種族になりそうだね」
「不死性の高い不老種族だ。丁度良かろう」

 もし各種族が始祖の影響を受けるとしたら、龍は自由気ままで傲慢な種族になるのかな。

「そういえば、人龍じゃない別の種類の龍になる人がいたら、その人も始祖になるのかな?」
「いや、龍の始祖はロードだけだ。竜種は別だろうがな」

 竜種って言った時の夜墨にちょっと対抗意識が見えた。
 食べ物にもちゃんと好みがありそうだし、意外と人格はっきりあるんだよね。

 龍の姿のままで良かった。
 これくらいなら兎も角、人の姿だと事と次第によっては人間ぽくて面倒ってなってたかもだから。

 ヒンヤリした鱗の体を撫でながら思う。
 反応は特にない。
 気持ちいいし、私に対して悪感情を抱くことは無い存在だからもう少し続けよう。

 あ、配信終わるんだ。
 それじゃあ、暗くなるまで本を読んでようかな。
 うっかり朝まで起きてるって事にはならないようにしないとね。

 十一階層以降にも美味しい敵がいたらいいけど。


 眼下には血と生ごみの臭い漂う渋谷。
 天気は良好、地上に風は無し。
 絶好の配信日和だね!

 迷宮潜るから天気は関係ないんだけど。

「それじゃ、行ってくる」
「ああ」

 夜墨の頭の上から倒れこむようにして、ダイブする。
 そうだ、適当な所で減速しないと。
 またクレーターが出来ちゃう。

 それにしても、なんかいつもより血の臭いが濃い気がする。
 気持ち悪い。

 人の気配も気持ち少ないし、誰か暴れたかな?

 まあいいや。
 配信開始したら、さっさと迷宮に入っちゃおう。

 そろそろ地上だね。
 その辺を流れる力の流れに乗って減速、からの着地。

 うん、百点。

 うん? なんか近づいてくる気配が。
 人間、かな。

 ダラダラしてて話しかけられたら面倒だし、早速配信開始っと。

「ハロハロ、八雲ハロだよ。皆おはよう」

『ハロハロー』
『おはようございます』
『おはー。今日は十一階から先か』

 ウィンテさんが告知してただけあって、昨日より集まるのが早いね。
 今日も稼がせてもらえそう。

「それじゃ、早速迷宮入るねー」

 いざ出発って、うん?
 さっきの気配、めっちゃ走ってきてない?

 意外と早いぞ?
 あ、あれか。

「待て!」

 うわー、なんかめっちゃ叫んでる。
 どうしようかな。

 敵意バリバリなんだよね。
 いっか、待たなくて。

『待たないハロさん。流石です』
『完全スルーの体勢草』
『待たないんですか?』
『やばそうなヤツ来たな』

「待てって言ってんだろブス!」

 お、この話し方。
 もしかしてもしかする?

 いやいや、同じようにボキャブラリーに乏しい罵倒なんていくらでもあるしね。
 でもやっぱりちょっと気になるので待ちましょう。

「君、絶影君?」
「はぁ、はぁ……よく、分かっ、たな」

 追い付いてきたから聞いてみたけど、めっちゃ息切らしてる。
 そしてやはり絶影君だった。

 高校生になってるか怪しいくらいだね。
 超幼く見える。

 けど服には返り血がたっぷりでギャップ凄いね。

『お、噂の絶影君。超ガキじゃん』
『なんでこんな血が付いてるんだ?』
『子どもがそんなニヤニヤ笑いするものじゃ無いと思います』

 いつかのヤーさん並みの下卑た笑み。
 なんだろうね?

 とりあえず息整えるの待ち。

「この俺がわざわざ証明しに来てやったんだ! 喜びやがれ!」
「はぁ? それはどうも?」

 何をだろ。
 よく分からないけど、絶影君って分かったからもういいや。

『流れるように迷宮内に向くカメラ』
『文字通り眼中になし!』

 いやだって、興味ないし。

 あ、証明ってあれか。
 昨日ウィンテさんの配信で自分の方が強くなれるとか云々言ってたやつ。

 たしかに、その辺の人よりは多少強そうだけどさ、十階層の守護者、ワーラットよりちょっと弱いくらいなんだよね。

「待てっつってんだろ!」

 ん?
 熱の気配。

 あたっ。

「ハハハ! どうだ俺の魔法は!」

 どうって、小さな子どもの投げた柔らかいボールに当たったような感じ?

 強いて言えば、感じる彼の魔力量にしては強かったかな。

「ああ、魔石使ったんだ。それ、自分で取ってきたの?」
「兄貴に教えて貰ったんだ! すげぇだろ!」

 うん?
 ああ、すぐブロックしたから私の配信見てないんだ。

『魔石使って魔法を使ったのか』
『魔石使った魔法、ちょっと前にハロさんが教えてたやつだよな』
『火の玉ぶつかって焦げ目一つ付かないハロちゃんの髪よ』
 
 そのアニキさんはウィンテさんの契約の時に見てたんだろうね。

 一応、頭の片隅に置いておこうかな。
 なーんか、引っ掛かるんだよね、絶影君のアニキさん。

「アニキって、実のお兄さん?」
「そうだ!」

 あら素直。

 よし、聞きたい事は聞けたから行こうかな。

「あっこら、待ちやがれ!」

 まだ何かあるんだろうか?
 と思って振り返ったら、霧散する小さな魔石の数々と、同じ数の火球が見えた。

 どうしよ、無視してもダメージ無いんだけど、調子に乗るかな?
 さすがに鬱陶しい。

 よし、かき消そう。

「はぁっ!?」

『デコピンの風圧でかき消した?』
『なんかよく分からんがすげぇ』
『ハロちゃん最強』

 飛行するときに使う技術の応用。
 そこらにある力に直接干渉して風圧みたいにしただけ。

 魔力だったり、何かよく分からない、けどもっと根源的な力だったりって意外とそのへんに漂ってるんだよね。
 薄らとだけど。

 ちなみに迷宮内はもっと濃い。

「チートだろ!」
「まあ、否定はしないかな」

 これで空も飛べるし。

 ズルではないけどズルくはある、みたいな。

「じゃ、ばいばい」

 さっきので尻もちを突いてる絶影君を放置して迷宮内へ。
 転移したら追って来られないでしょ。

「変なアクシデントごめんねー?」

『気にしてナッシング』
『大丈夫ですよ』
『悪い意味で期待通りだったな 絶影君』

 なんか追いかけてくる気配があるけど、気にせず隠し部屋へ。

 あ、通り過ぎて行った。
 まあ、魔石はまだ持ってるみたいだし、死にはしないか。

「なんか十階層の守護者前か守護者後か選べるみたいだね。準備運動も兼ねて守護者前に行こうと思うけど、それでいい?」

『おっけー』
『はい』
『ボスって同じなのかな?』
『今回はサクッと倒すのかな?」

 そうだった。
 皆は守護者一緒ってまだ知らないんだった。

 じゃあちょうどいいか。

「じゃあ行くねー」

 魔法陣に乗ると、眼前に選択肢が現れる。
 予定通り十階層(守護者前)と表記されているものを選ぶと、ほんの一瞬視界が暗転して、重厚な扉の前に移動した。

 これ、本当に便利。
 外でも使えたらいいんだけど、見える範囲への転移ですら私のほぼ全魔力が必要だったんだよね。

 軽い物ならまだなんとか実用範囲だけど、まあお蔵入りかな。

 ちなみにイメージは座標平面を折り曲げて点と点を重ねる感じにした。

「今回も一応しておこうかな?」

『ん? 今回もって、前回何かしたっけ』
『あれか?』
『あれするのかな?』

 そう、あれです。

「しゅーごしゃさーん! あっそびーましょー!」

 はい、扉オープン。
 ちゃんといますね、ワーラットさん。

『こんにちはー、遊びに来ましたーてか』
『相変らずユルい』
『守護者、今回もワーラットなんだな』

 だって、アイツ弱いし。

「感じる強さは前回きたときと同じかな。サクっとやっちゃうねー」

 武器は無しでいいかな。

 あ、咆哮上げようとしてる。
 あれ煩いんだよね。止めよっと。

「ほっ」
「ジュルァ!?」

 アッパーカット!
 お口は閉じてなさいっと。

 浮いたところに回し蹴り。
 軽く蹴ったから、山なりに飛んでいく。

 三メートル半の巨体が飛んでいくのは凄い光景ではあるよね。
 まあ、配信映え?
 違うか。

 そのまま距離が離れる前に尻尾を巻きつけてキャッチ。
 私の身長近い長さの尻尾だから、こんな風に振り回して地面に叩きつける事だってできます、はい。

 ん、まだ息はあるね?
 じゃあ止めは、魔法かな。

 雷ちゅどーん!

「よし、終わり」

『えげつな』
『圧倒的じゃないか、我が主は』
『絶影君の魔法が可愛く見える』
『炭化してるな、ワーラット』

 これでも夜墨に向けられた雷の数分の一とかって威力なんだよねー。
 今のくらいなら、体力Aの私でも殆どノーダメージじゃないかな?
 夜墨の鱗なら無傷だろうね。

 うん、龍ってやっぱり頑丈過ぎない?
 やっぱ私らチートだわ。

 今度絶影君にチートだろって言われたら断言しよっと。
 また会うか知らないけどさ。


「そろそろ倒していい? 飽きてきた」

 眼前で何度も振るわれる爪を避けながらリスナーの皆に聞いてみる。

 今いるのは二十階層。
 つまりは守護者の部屋。内装は十階層と変わりない。

 唯一違う守護者は、上半身だけ人間の黒い犬頭。
 ワーラットに合わせてワードッグと呼ぶことになったやつ。

『いんじゃね?』
『もう十分見られたからな』
『俺らにはまだ辛そうってことは分かった。格闘技経験者だけど、初撃で死にかねん』
『攻撃早すぎだろ……』

 よし、ヤる。
 この動きを見せるの、配信的に必要な作業だけど、瞬殺しないように神経使うし正直なところ面倒なんだよね。

 それだけストレスが溜まるわけでして。

「ストレス発散にサンドバッグとか思いっきり殴る人いるよね。どれくらい良いか試してみるよ」

 という訳で、いきます、テレフォンパンチ。
 腕を思いっきり引いて―の……。

「じゃーんけーん、ぽい!」

 あ、爆散した。
 うわ、ばっちぃ。

『ワードッグ如きの攻撃を早すぎるとか言ってすみませんでした』
『全然見えなかったが?』
『テレフォンがストリーマ』
『汚ねぇ花火だぜ』

 木っ端微塵だなぁ。
 素材、手に入る?

 あ、出た。
 残るんだ。

 肝心のストレスの方は、微妙?

「ん-、私には合わないかな、このストレス発散方法」

 これなら本読んでる方がいいや。

 あー、早くまともな戦いになる守護者出てこないかな?

 でも、前より動きに無駄が無くなってる感じはする。
 古武術の巻物とか現代武術の指南書とか読み漁ったお陰かな?

 どこかの掲示板で教えて貰ったやつ。
 古武術の方は一つ一千万spもしたけど……。

 まあいいや。
 時間は、夕方くらいか。

「良い時間だし、切りも良いし、配信はここまでかなー?」

『おつハロー』
『お疲れ様でした』
『検証提案だけど、守護者ってすぐリポップするのか? ここで一晩休めたりしない?」
『検証提案スレありますよ。っ【検証提案用】』
『おつおつー』

 ふむ、検証。
 たしかに、ここで安全に休めるならそれがいいよね。
 次の人が待ってたら邪魔だけど。

 いや、守護者スキップ出来るなら有り?

「ん-、じゃあ今日はこのままここに泊まるかな。配信自体は切っちゃうから、結果報告はスレッドと明日の配信で!」

 ダメでも守護者の部屋前後で数人なら休めるけど、使い道はあると思うし一応ね。

『残念、ハロちゃんの寝落ち配信は無しか』
『全裸待機してる』
『はーい』

 寝落ち配信を聞く余裕、あるのかな……?
 いや、ここに来ている人なら検証で貰ったspで余裕出来てる?

 けっこう色んな事が分かったから、それだけsp入ってるんだよね。

「今のところ寝落ち配信はする予定ないよ。それより、夜はダーウィンティーさんの配信があるらしいから、そっちに行ってらっしゃい」

 夜はゆっくり寝たいし、寝落ち配信なんてしません!
 惰眠を貪るのだ。

 よし、それじゃ終わろう。
 終了っと。

 リザルトは、累計視聴時間およそ一億千八万分、総視聴者数約三千八百万人、総コメント数が十六億強。
 獲得spは千百万くらいだね。

 コメントは検証が多い方が加速するみたい。
 スレッドもスレッドで加速してる。

 まあ私は気にしなくていいか。

 兎も角、古武術の巻物代はとりかえした。

 お、ダーウィンティーさんの配信が始まった。
 今日は配下の能力検証かー。

 ご飯食べながらのんびり見よう。

 っと、その前に。

「来い、夜墨」

 私が発した言葉に反応して、力が動く。
 ぼんやりと発光する白の魔力が形作ったのは、幾何学模様。

 これは、魔法陣だね。
 へぇ、カッコいい。

 地面に水平なその中央から何かが浮かび上がってきて、鎌首をもたげる。

 小さくなった夜墨だ。
 初めての召喚は上手くいったみたい。

「今日はここで食事か」
「そういう事。何がいい?」

 たぶん何でもいいって言うけど。

「何でも。ロードの好きなようにするが良い」

 ほら。
 ん-、それじゃあ何にしようかなぁ。

 あ、ハエトリ擬きのお米が少し安い。
 アイツがいる迷宮内だからかな?

 本当に少しだけだけど、せっかくだしこれ使おう。

 ご飯に合うものってなったら……。

「カレーかな」

 そうと決まれば、これとこれと、あとこれと……。

「今日はちゃんと作るから、のんびりしてて」
「ああ」

 実を言えば、直前に討伐した人が中にいる間は守護者は出てこないと知っている。
 これがまったく別の人だったら出てくるらしいけど。

 だからのんびり料理できるわけです。
 まあ、出て来るなら出てくるで瞬殺するだけだけど。

 私の食事の邪魔はさせないよ?

 よし、お米の準備完了。
 今回は浸水して炊いてみる。

「じゃあカレーだね。まずは適当な大きさに切ったタマネギをバターで炒めます」

 半透明になってきたらお肉を投入。
 今回は鶏もも肉です。

 ちょっと強めの火で表面を焼き上げる。
 軽く焦げ目がつくまでかな。

 その間に別で人参とほうれん草を茹でます。
 これくらいなら空中に水球を浮かべた中でやればいいや。

 ほうれん草を茹でてる方のお湯には塩を一つまみ。
 カレーだし、色見を良くする必要は無いかもしれないけど。

「ジャガイモも入れちゃおうか」
「変わるのか?」
「保存を考えたら、傷みやすくなるから別にして食べる時に入れる方がいいんだよ」

 今回は今日と明日の朝で食べきるつもりなので。

 ほうれん草はもういいね。
 お湯から出して、適当に切っておく。
 人参も、これくらいなら良いか。一口大かな。

 具材はゴロゴロが好きです、はい。

 鍋に纏めて入れて、水と赤ワイン、それからコンソメの他出汁を適当に。

「暫くこれで放置。ウィンテさんの検証はどんな感じ?」
「今は、配下の眷属が他の者を眷属にした場合の検証中だな」
「ほー。ていうか人柱、また増えたんだ……」

 あ、本当だ。知らない人たちが。
 皆よくやるなぁ。

 ふーん?
 伯爵でも子爵でも、生み出せるのは男爵までかぁ。

 ちなみに、吸血鬼の位は公侯伯子男と続いてその下に騎士爵と称号無し、いわゆる平民的な位がくるらしい。

 ん、カレーの方はそろそろいい感じかな?
 うん、いい感じ。

「じゃあカレールー入れるねー。夜墨、辛いの平気?」
「ああ」

 ほいほい。
 これで実は甘いものが好きな夜墨さんだけど、辛いのもいけるのね。

 使うルーは二種類。
 けっこうスパイシーなやつと、マイルドだけど濃厚な奴。

 どっちも中辛。

 お米もそろそろ火にかけよう。
 浸水してるので前回より短時間で出来る筈。

 あ、そうか、このお米か。

 じゃあカレー粉追加。
 さっき入れた二つのルーの中間位の味で。

 お米の味がめちゃくちゃ強いから、普段よりカレーの味も重めで。

「隠し味はどれにしようかなぁ」

 ん-、チョコと、ケチャップ、それからソース。
 あ、和がらしもいこう。

 辛子を入れたらガツンと来てすーっと消える辛みになるのでお気に入りなのです。

 忘れるところだった、はちみつ。
 コーヒーは今回は良いかな。

「これでお米が炊けるまで煮たら完成かな」
「ふむ、なかなか強い匂いだな」

 たしかに。
 前より強く感じるのは確かだね。

「だめそ?」
「いや、問題ない」

 良かった。

 あ、ワンストーンさんが侯爵になった。
 流石というかなんというか?
 
 ふむふむ、侯爵でようやく子爵を生み出せるようになると。

 公爵なら伯爵を生み出せるのかな?

 まあいいや。

 さてさて、早くご飯炊けないかなー。
 楽しみ。


 そんなこんなで翌日。
 今いるのは、地下三十階層。その守護者の部屋だ。

「それじゃ、今日はここまでかな」

 朝に配信を付けて検証結果を伝えてから、そのまま次の階層守護者の所まで来た感じ。
 ちなみに守護者は頭と足がカラスで首から下は人間のキメラだった。
 リスナー命名、ワークロウ。

 カラス頭の雑魚敵はもっと上の階層から出てたし、こいつが二十階層の守護者で良かったんじゃないかな……?
 ワードッグよりは強かったけど。

 まあいいや。

 なお犬頭の雑魚さんは二十一階層から出てきた模様。
 微妙に謎。

「隠し部屋から地上まではいつも通り、雑談タイムにしようか」

『そいや、お風呂とかご飯はどしたの?』
『はーい』
『ウィンテさんとコラボしないんですか?』

 コメントを確認しながら次の部屋の魔法陣に乗って、転移。 
 特に何の感覚もなく景色が変わるから、不思議な感じ。

「お風呂は魔法でお湯を用意してちゃちゃっとね。晩御飯はカレーにしたよ。あのハエトリ擬きの米で。コラボ予定は今のところ無し!」

『やっぱり魔法かぁ』
『風呂かー。そういえば最近水浴びしかした記憶ないな』
『絶対うまいやつ!』
『わかる。温かい湯船に漬かりたい』

 漬かってる人がいるね?
 まあ、流れちゃったし拾わなくていいか。

 とりあえず隠し部屋から出て、もう見慣れてしまった石の階段を上る。

「お風呂はねー。spでお湯用意しようと思ったらめちゃくちゃ必要だよ。頑張って魔法覚えなー? カレーは最高に美味しかった!」

『魔法か……』
『カレーの感想超シンプル』
『まあ、美味しくない訳ないですよね。お腹空いてきた。。。』

 そうそう、美味しくない訳がない。
 敢えて言うなら過去最高。
 カレーの感想、これ以上必要?

『吸血鬼組は魔法使ってたな。俺も種族変化考えようかな、、、』
『私魔法つかえたよ。魔力はEだけど』
『ほー、Eでもつかえるのか。ちょっと練習しよう』

 まあ、使えはするんだろうけど。
 でも風呂桶いっぱいのお湯を出すってなると、かなり詳細に、それこそ量子レベルでイメージしないと魔力足りないんじゃないかな。

 いや、Eなら小さい魔石でもあればギリギリ大丈夫か。

「そうそう、練習した方がいいよ。イメージが詳細になるほど必要魔力量は下がるし、使ってたら魔力自体増えるって。筋肉みたいな感じで」
 
『良い事聞いた』
『練習してくる』
『一つ評価を上げるだけでもかなり大変そうだけども。一段階の幅めっちゃ広い気がするの私だけ?』
『分かる、めちゃ広い、』

 それにしてもこの階段、長いなぁ。
 このペースだと、あと五分くらいかかる?

 そんなに掛からないか。
 って、うん? なんか入口の方に人の気配がいくつかあるね?

『魔力で思い出したけど、器用て結局なんなんだ?』
『手先の器用さとかじゃないの?』
『それだけ別になってる意味が分からん』
『まあ確かに』
『何でもよくね?』

 ん、器用か。
 そういえばその話した覚えないね。

 私も一昨日あたりに夜墨から聞いたばかりだけど。

「器用は、身体や魔力をどれくらい上手く使えるかの評価だって夜墨が言ってたよ。運動神経的な」

 私が本能って言ってた感覚も実はこれの影響らしい。

「器用が高い程、どう動かせばいいか直感的に分かるんだって。だから、もし魔力量に差があってもここで出力を上回ることが出来る、らしい」

 もちろん、理論的にしっかり学んで練習した方がいいんだけど。

 練度が足りなかったから夜墨を圧倒できなかったって話だし。

「魔法の練習でも上がるから、そういう意味でも練習推奨。どうするのがいいかは私も分からん! 誰か教えて!」

 槍に関しては本や巻物で学べるんだけどね。

 そろそろ出口、なんだけど、やっぱり人の気配。
 ていうか、これ、一つは絶影君じゃない?

「まだ何か用があるのか……。ん? ああ、ごめんごめん、声に出てた」

 ついポロっと言っちゃったみたい。
 説明は、見せた方が早いか。

 という訳で、ただいま地上。
 こんにちは絶影君、と愉快な仲間たち。

「やあ、今度はいったい何の用? 男ばかりでこんな幼気(いたいけ)な女の子を囲んじゃって」

 勘違いされても知らないゾ?
 なんて。

『あ、絶影君』
『ハロさんが、幼気な女の、子・・・?』
『何言ってるだこの龍』
『ダウト』
『頭打ちました?』

「コメント欄しゃらっぷ!」

 まったく、私の扱い雑すぎだってばよ。

 まあ、それはいいとして。

 うーん、ずっとニヤニヤしてるばかり。
 早く配信終えて帰りたいんだけど?

「おいこらブス、分かるよな、俺たちのこと」
「いや誰」

 分かるよな、なんて言うから実は知り合い? と思って全員の顔を見てみるけど、誰一人分からない。
 
 年齢もバラバラ。
 恰好もバラバラ。

 おじさんだったり少年だったり綺麗だったり小汚かったり。
 共通点は謎。

「な訳ねぇだろもっとよく見ろ!」

 そんなこと言われましても。

「はい、見た。知らない。じゃあね」

 よし帰ろう。
 こらコメント欄、そんなに草を生やさない。

「ふざけんな! 全員俺たちはお前のワガママで苛められたやつだ!」

 だから日本語。
 話言葉もこれって相当なんだけど。

 で、なんだっけ。苛められた?
 ワガママしてる自覚はあるけど、本当に心当たりが無さす……あ。

「わかった、ブロックした人たちか」
「やっとわかったかこのブス!」

 いや分かるか!
 ユーザーネームしか知らんって。

 ていうかブス以外の罵倒無いのかな?

「じゃ、分かったから帰る。そこ邪魔」
「は? 帰れる訳ないだろ? いくらチートブスでもこれだけ居たら勝てねぇだろ!」

 もうブスが私の名前みたいになってる。

 なんでもいいけど。
 ていうか、え、なに。

「もしかして、本気で私に勝てるって思われてる? 冗談じゃなくて?」

『えぇ……』
『お手柔らかに』
『あーあ、知らない』
『今日のお祭り会場はこちらですか』
『やっぱ即効でブロックされた人らって……』

 ちょっとコメント欄、私がこいつら纏めて汚ねぇ花火にしようとしてるって思ってるよね? ね?
 そっちの方が遺憾だぞ?

「リスナー諸君は後でたっぷりOHANASHIしようね。主に私に対する認識ついて」

『ひっ』
『ごめんなさいコイツがやりました!』
『私は悪くない!けどごめんなさい!』
『今日はこの辺で落ちますお疲れ様でしたまた次回の配信で!』

 こいつら……。

「それで、本当にやるの? 大丈夫?」
「大丈夫だよ、優しく可愛がってやるからな。へへ」

 え、きもちわる。
 これ、本当に中高生?
 こんなに可愛くない十代半ばは初めて見た。

「いくぜ! 覚悟しやがれ!」

 お、皆して何か飲んだ。

 て、早い!?
 思ったよりはだけど、ワークロウより早いよね?

「ちっ」

 動きがめちゃくちゃなせいで逆に避けづらい。
 一対一なら問題ないけど、こうやって囲まれると面倒。

 あー、配信中じゃなかったらサクッと首刎ねるのに。
 流石にこいつら殺すのはマズイよねー。
 そこまで酷い事された訳じゃないし。

「くそっ、なんで当たらねぇ!」

 ん-、どうしよう。
 とりあえず、【管理用】スレッドを開いて……。

『ねえ夜墨。こいつらが飲んだのって何か分かる?』
『恐らく能力値の分配を無理矢理変えるものだな』

 ふむふむ。
 ステータス画面で見られる能力値は素の能力に加えて、魂力、普段spとして認識している力の一部を加算したものと。

 で、あいつらが飲んだ薬は加算されている魂力の配分を変えるものね。
 例えば魔力に十、器用に十の魂力が振り分けられているとしたら、魔力十五、器用五って変えるのか。

『なるほどね。それで動きが昨日よりも更に雑なんだ』

 元々雑だったけどね。
 
『恐らくな。だがこれは魂に負担をかけるものだ。長くは続かない』

 そかそか。
 じゃあ待ってても良いと。

 まあ、待たないけど。

「ほっ」

 一回転して尻尾アタック!
 優しくしたから、皆吹き飛んでいっただけだけど。

「いくらパワーアップしても力を上手く使えないなら意味ないぞ、少年」

 と両手を腰に当ててやれやれ感を出しながら言ってみる。
 悔しそうにぐぬぬしてるね。

「じゃ、今度こそ私は行くよ。じゃあね」

『プッチンされなくて良かったな、少年』
『強く生きろよ、少年』
『達者でな、少年』

 ホントに何なんだろう、このコメント欄の連携。
 なんか少し恥ずかしくなってきた。

 まあいいや。
 また向ってこられる前に夜墨の所に行こう。

 はてさて、絶影君は諦めてくれるかなぁ。


 いやー、我が家快適すぎない?

 長時間座っても疲れない翡翠色のソファに寝転がって、朝日を明かりに本を読む。
 傍のローテーブルにはダージリンベースのアールグレイ。

 ホント最高です、はい。

 この光が魔法的に再現されたものか空間歪曲か何かで通されてる実際の光かは知らないけど。
 そもそもココ、下へ下へと進んだ迷宮の奥底だし。

 む、紅茶に手が届かない。
 尻尾……はまだ力加減が不安。
 よし。

「夜墨ー、紅茶とってー」
「溢すなよ」
「ん、ありがとー」

 どうやって取るのかなーって見てたら、魔法で浮かせてだった。
 夜墨自身は足元でトグロを巻いたまま。

 そか、魔法で取ればよかったんだ。
 次からそうしよ。

 はー、ホント素晴らしい生活。
 前回の配信から一週間近く経ってるけど、快適すぎるのが悪い。

 あと絶影くん。
 毎回絡まれるのは面倒。

 まだあの辺でウロチョロしてそうだし、のんびり嵐が過ぎ去るのを待つのです。
 決してspが十分あるからってサボってるわけではありません。

「む」
「んー? どうかした?」

 今日も律儀にスレッド管理をしてくれていた夜墨が訝しげな声を漏らした。
 何かあったのかな?

「渋谷で魔人の集団が暴れているらしい。助けを求めるコメントがあった」
「ほー?」

 魔人の集団ねぇ。
 となると、結構殺されちゃったのかな。

 龍になった事もあってか、今更見ず知らずの人間が何人死のうとそんなに気にならない。
 正直、あの女の子の時にあれほど苛立ったのが自分で不思議なくらい。

「じゃ、サクッと行きますか」
「ああ」

 けどまぁ、私のスレッドで助けを求めてるって言うなら行きますよ。
 無視する理由も無いし、ちょっと気になるし。

 本に栞を挟んで立ち上がり、軽く伸びをする。
 凝り固まるなんて中々無い体だけど、癖なんだよね、昔からの。

 迷宮の入口に転移して上空に向いながら、私も件のスレッドを確認する。
 夜墨の私が向かうって返事の後にはお礼と急いで欲しいというコメントがいくつか。

 けっこう切羽詰まってるみたい。

 あ、シマを荒らされて私が怒ってるんじゃないかってコメントが……。
 私、別に任侠一家とかじゃないよ?

「そういえばさ、私ら龍って逆鱗あるの?」

 怒るで思いだしたので横を飛ぶ夜墨に聞いてみる。

「あるぞ」
「へぇ、どこ?」

 元の大きさに戻った彼の頭に腰掛けると、景色が物凄い勢いで後ろへ流れ始めた。

「物理的なものではない。特定の物事だ。地雷と言った方が分かりやすいのではないか?」

 なるほどね。そういう感じ。
 私の地雷ってなんだろ?

 ん-、って、もう渋谷。
 相変らず早いなー。

「ん-っと、あれか」

 確かに、渋谷のハチ公前広場辺りで暴れまわってるやつらが見える。
 数は、不思議な事にこの前私を取り囲んできた絶影君一派と同じだ。

 なるほどね、それであの日、渋谷の血の匂いがいつもより濃かったのか。
 これは、人間視点だと失敗したことになるのかね。

 まあいいや。

「じゃ、行ってくる」
「ああ」

 どんどん近づいてくる地面。
 減速は、今回は良いか。

 着地、と同時に轟音が響いて、魔人たちに私の到着を知らせる。
 多少砂煙が舞っているけれど、互いを目視するには十分。
 彼らの視線が私に集まる。

「やあ、私が来たよ」
「は、ははっ、待ってたぜ」

 ん、この気配と口調は絶影君か。
 蛇の体に、人間の胴、頭はイノシシで、腕は触手? いや、ヒルかな。

 安定の気持ち悪さ。
 他の面々も似たようなキメラ。

「すげぇだろ! どうだ強くなった俺は! お前と同じ龍だブス!」
「いや蛇でしょ」

 おっと思わず。

「龍だ!」

 あー、はいはい。
 分かったから顔を真っ赤にして腕を振らない。

「アニキにも褒めてもらったんだ!」

 まーたアニキ。
 さてはブラコンだな絶影君。

「でさ、さっさと帰りたいから暴れるのやめてくれない? そしたら見逃してあげる」
「あ? 何言ってんだブス。もう俺たちの方が強ぇ」

 いや、何言ってるはこっちの、ってこの目は本気ですね。

 ここまで来ると一周回って尊敬しちゃう。

 でも、そっか。
 聞き入れないかー。

「じゃ、死んで」

 槍を取りだし、周囲の力に干渉するようにして振るう。
 根源的な感じのするこの力こそ魂力らしいけど、これは魔力と違って感知に少しコツがいる。

 何も知らない彼らじゃ、アッサリって、お?

「へぇ、勘の良いのもいるじゃない」

 半分はそのままスッパリ真っ二つになったけど、残りの半分は避けたり頑健さで耐えたりで無事。
 絶影君は、近くにいた勘のいい奴に助けられたね。

「な、う、ブスてめぇ何しやがった! チートか!?」
「そうだよ」

 次は断言するって決めてたからね。
 有言実行。

 研鑽の上にあるものではあるけど、絶影君たちみたいなのからすればズルはズルだろうからね。

 あ、真っ二つにしたやつら、何人かは生きてるね。
 しぶとい。

「死ぬならちゃんと死んでくれないと困るんだよ」

 追撃がめんどうで。

 と言いつつ、魔法でしっかり焼く。
 よし、消し炭。

「お逃げください。今あの龍と交戦すればあの方に怒られるだけでは済みません」
「あ、アニキ……。分かった」
「足止めは、あ奴らに任せればよいでしょう」

 お?
 種族変化で状況判断が出来るくらいには頭が回るようになった人かな?

 ていうかアニキさん出したら言う事聞く絶影君、ブラコン確定じゃない。

「まあ、逃がさないけど」

 槍を逆手に構え、投げる。

 亜音速で飛翔する槍だ。彼らくらいにはすぐに追いつく。

 と思ってたら、想定よりもかなり早く槍が轟音を立てた。
 
 ち、やたら丈夫なのに受け止められた。

「クハハハ! 貴様の槍など屁でもないわ!」

 亀とゴリラのキメラ?
 でも複眼。

 なかなかの気持ち悪さ。

「あっそ。じゃあ蹴る」

 なんか言ってる間に一足飛びに詰め、踵落とし。
 片足になってバランスが悪くなるのは、人間の話だよ。

 私には尻尾があるから、この体勢でもしっかり体重を乗せられる。

「ガハッ……!」
「頭も硬いとか……」

 思い切り地面に叩きつけたから、肺の空気が抜けたみたい。
 本当はそのまま頭蹴り砕くつもりだったんだけどな。

「死ねっ、女狐!」
「それ言いたいだけでしょ。私龍だし」

 止めを刺そうとしたら、後ろから蠍と蜂と蜘蛛と蜥蜴が合わさったような一応人型が襲い掛かってくる。
 なんか、蜥蜴要素あるの嫌なんだけど。

 サクッとやろう。

 勘のいい一人だったので、そんなの関係ないくらい早く尾で突き刺す。
 一応避けようとはしたみたいだけど、残念。

 狙い違わず顔面に穴を開けてやった。

 そのまま手元に呼び戻した槍で亀ゴリラの首を刎ねる。

 げ、まだ生きてる。
 じゃあ雷ちゅどーん。

 よし。

 あとは、様子見をしていた二人か。

 じりじり逃げようとしてるね。

 ん?
 絶影君と連れの勘がいいやつ、カメレオンと蜘蛛と犬が混ざった感じの魔人の気配が消えちゃった。
 逃げられたかな。

 逃げられたなぁ。

「あーあ、逃げられちゃったじゃん」

 まったく面倒な。
 とりあえず、アイツら斬るかな。

「化物め……」
「自分らの方がよほど化物な見た目してるよ?」

 ん、逃げるの諦めたみたい。
 戦闘態勢だ。

 じゃ、遠慮なく。

「ほっ、よっと。はい、終わり」

 毎日ちゃんと訓練してるんだから、前より上手く、早く動けるようになってますよ、そりゃあ。
 
 伸び幅はえげつないだろうね。
 なんせ、前に魔人と戦った時点で技術はほぼ初期値だったし。

 唐竹に割れて崩れていく魔人たちは放っておいて、夜墨の待つ上空へ向かう。

 あ、そうだ。

「もう大丈夫だよー。頑張って生きてねー」

 私の収入源になるために!

 さ、帰ろう。
 絶影君は知らないっと。