世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~

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 最悪だ。最悪と言って良い。
 あの辺りは単純に人口の密集地帯だし、天使の守る領域で最大の食糧生産量がある地域だ。だから迷宮間の転移という輸送手段がある中でも兵站の中枢となっていた。

 本拠地があることを抜きにしても、心臓となり得る場所。

 同時に、ドラゴンの領域から遠く離れていたが故に、戦力をほとんど割かれなかった場所でもある。

 そこを突かれてしまった。

 しかも挟み撃ちを受けるような形になるんだから、天使達にとっては絶望的な状況も良いところだ。

 作戦会議のときは私の考えることじゃないと聞き流していた話だけど、保有する戦力的に仕方なかったとは理解している。こうなる可能性も考えてはいただろうし。

 その上で選択して、やられた。それが、グラシアンから見た現実。

 だけど、――

「あー、良かった」
「何?」
「最悪だけど、想定内での最悪だ」

 一瞬剣呑な雰囲気を見せた熾天使様に、不敵な笑みを浮かべてみせる。

「保険はかけておいて損無いよって話」

 と同時に、私の半身からメッセージが飛んでくる。曰く、応戦する、と。

「……空から巨大な黒蛇が現れ、蛇の王達と戦い始めたそうだ。貴殿の首にいた者か」
「そういうこと。彼も私以上に力を封じられてはいるけど、少なくとも即ゲームオーバーなんてことにはならないよ」

 なんたって、夜墨は私だから。

 直近の配信やらこの大迷宮の攻略で稼いだ分やらを渡せてないから、せいぜいウィンテと令奈より少しマシって程度だろう。でも街に結界張って耐えるだけだからね。

 これで第三勢力の介入だとか、想定外の戦力だとかまで同時にあったら厳しかったけども。

「そういう訳だから、焦らず、でも急いで帰ろうか」

 そう告げれば、無駄に慌てることもなく、グラシアンは深呼吸ひとつで完全に落ち着いてみせる。こういう状況でも冷静でいられるのは流石だ。

「ああ。感謝する」

 それに、素直に礼を言うところは好感が持てるんだけどね。

「では行こう」
「あ、ちょっと待って。試したいことがある」
「時間はあまりないぞ」

 分かってるさ。

 目を向けるのは、少し先にある迷宮のコア。少し大きい気がするのは、体の大きなドラゴンが支配しているからだろうか。

 それに歩み寄って、手を乗せる。

【権限がありません】

 ほー、自分の以外の迷宮だとこう言われるんだ。
 まあそれはいいや。試したいのは別のこと。

 私もグラシアンに倣って深呼吸をし、意識を集中する。かなり無防備な状態になるけど、誰もいないしグラシアンもいるし、問題ない。

【権限がありません】

 再度繰り返される言葉は無視。ただこの迷宮に満ちる魂力へ意識を集中する。

 やることはいつもと変わらない。陣取り合戦だ。
 ただし、相手は他人の支配する大迷宮だけども。

【強制介入を認識。即刻停止されない場合緊急防衛システムが作動します】

 そんなものがあるとは知らなんだ。まあ、やめる理由にはならない。

「くぅ……」

 こめかみを汗が伝う。グラシアンが無駄に声をかけてこないのがありがたい。

 正直、思っていた以上の抵抗だ。さすが世界の理の根幹にあるだろうもの。制限を受けてることを差し引いてもなかなか大変だ。

 でも押し負けるつもりはない。

 コアが真っ白な光を放出しはじめた。グラシアンの身構える気配を空いた手で静止する。

 これは魔法発動の準備に入っただけ。緊急防衛システムとやらだ。
 正体は守護者クラスの魔物の大量召喚だね。それもリソースの収支を度外視しての大規模召喚だから、さすがに冷や汗が出た。

 切り抜けられるとしても、時間の無い今はマズい。まったく、すぐに潰せて良かった。

【権限がありません。即刻停、てい、て――】

 ふふ。バグってきたね。もうちょっとだ。

 さらに強く攻勢をしかけ、一気に支配権を奪い取りにいく。
 このまま思惑通りいけば良し。失敗したら、おそらく難易度が爆発的に上がった中を地道に戻らなければならない。

 思いつきで始めたことだけど、けっこうギャンブルだ。
 さて、どうかな?

【権限があり、あ、が、権限がががが……】

 よし、いける!

「転移するよ!」

 返事も待たずに実行。瞬く間に景色が切り替わって、ひんやりとした朝の空気が戦中の熱を冷ます。周囲に見えるのは、小さな森。果実や野菜の類いもそれなりに見えるし、旧時代に畑が広がっていた地域だろうか。

 夜墨の気配は、あの辺か。さっきの迷宮よりずっと近い。どうやら成功したらしいね。

「ここは……」
「ドラゴンの領域の最前線辺り。迷宮の機能に干渉して転移したの」
「そんなことが……」

 できちゃったんだなこれが。
 本当は支配権限を奪ってしまいたかったんだけど、さすがに無理だった。

 まあ、転移できただけでも十分。私もまだ魂の繋がりを介した夜墨の召喚と迷宮の機能以外じゃ実現できない魔法だし。

「半分は短縮できたかな。でも猶予がないことには変わりはない。行こうか」
「ああ。最も近い迷宮は向こうだ」

 グラシアンに続いて空へ上がる。ここまで来れば超長距離飛行は想定しなくて良い。全速力だ。
 足下を過ぎる景色は人間の動体視力ならとっくにただの線となっているだろう速度。ここがどのあたりかは分からないけど、行きからして二時間はかからないはず。

 増援が無くても最悪、全滅はない。その前に私たちが辿り着く。
 多少の被害は覚悟することになるけど、こればっかりは仕方ない。

「お?」

『私がヴェルサイユまで戻ることになりました。こちらはルックさん達だけで大丈夫そうだったので』
『私もや。こっちはギリギリやろけど』

 二人が戻るのね。なら人間や街への被害も無しで乗り切れるかも。天使の死者は確実に抑えられる。

『了解。プライベート配信よろしく』

 向こうの状況も確認したいし。

「連絡きてる?」
「ああ。令奈殿とダーウィンティー殿が向かってくれるそうだな」
「うん。見られる人数絞って配信してもらうから、確認よろしく」

 これで人間達には猶予が与えられた。けど、私が急ぐ理由は増えた。
 さっきから感じるこの気配。やっぱり、今の二人には荷が重い。夜墨だけよりはずっと良いにせよ、下手をすれば死ぬ。

 それは最悪。私にとっての最悪。
 忘れちゃいけない。私の目的は、グラシアンと一致しない。

 ともかく急ごう。間に合えば、全部問題ない。