世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~


『お、やっと攻略か』
『ずっと検証バッカしてたからな』
『前回行ったのって三階までだっけ』
『何回まで行くんですか?』

「そうだね、三階層で、次の階段までは確認してる。どこまで行くかは時間と相談かな」

 とか言いつつ、実は最初の守護者までって決めてるんだよね。
 うちと同じ構造なら、十階層目。

 ダーウィンティーさんの件でちょっと時間使っちゃったけど、まあ昼過ぎには終わるかな。
 だいたい七時間くらい?

「じゃあ迷宮に入りまーす。最初の階段はお喋りでもしながら行こうか」

『はーい』
『雑談タイム』
『うちみたいなド田舎じゃ世間話もなかなか出来ないからな、助かる』
『いくらか歩けば近所の人いるだろ。北海道の外れの方在住か?』
『いや、単に山ン中。隣の家に行くのに山超えないとだから、魔物のうろちょろしてる中行くのはな』

 あー、そっか。
 田舎の度合いによってはそうなるよね。
 私の地元くらいならそれなりに民家が連なってるけど。

「山の方は怖いよねー。平和だった頃、でいいか分からないけど、あの頃でも動物は怖かったし」

『お、ハロさん田舎出身だな!そうなんだよなー』
『夜道のシカとかやばいよな』
『わかる、あいつら、走ってる車見たら突進してくるんだもんな。車べこべこだよ』
『うわ、それどういう扱いになんの?』
『単身事故。自賠責は保険適用外』
『最悪じゃん』

 そうそう。
 私の知り合いで買ったばかりの高級車をそれでおシャカにした人いたなぁ。

「夜の山道走ってる時に森の中に小さな白い光がたくさん見えると思ったら、全部車のライトを跳ね返すシカの目なんだよね。アレは怖い」

 いつ飛び込んでくるかヒヤヒヤだよ。
 事故が起きた時にシカが可哀そうって声が上がるけど、むしろアイツらは当たり屋だから……。

「あと猿。高校の時部活に血まみれできた友達がいてさ、何かと思ったら猿と弁当の奪い合いをしたんだって。当然即保健室に連行。ちなみに弁当は持っていかれたらしいよ」

『うへ』
『田舎の山って熊以外も怖いんだな……』
『そうだぞ、ちっさいイノシシ相手でも人間なんて簡単に死ねるからな』
『だからって殺すのは良くないと思うんだ。銃まで使って、ずるい』
『何言ってんだこいつ』

 おっと、今の世界でまだこんなこと言ってる人いるんだ。
 獣も人間も、どっちにとっても不幸を増やす選択って分からないのかな。

 まあいいや、そういう話は別の所でしてもらおう。

「はいはい、エスカレートしないの。今の子は一旦別スレッドに隔離したから、お話続けたい人はそっちに行ってね」

 不毛な争いを助長する悪い女は私です。

『鬼がいる』
『あーあ、袋叩きにされんじゃね?』
『ハロさんって割といい性格してるよね』

 見えなーい。
 なんか言われてるけど私知らな―い。

 まあ、実例が色々あるからねー。
 今の子がもし子どもだとしたら、コミュニティからはじき出される前に知るチャンスがあっても良いと思っただけ。

『動物で思い出したけど、迷宮の魔物って食えるんかな?』

 たしかに、それは調べてなかったね。
 一応、解体した上で持ち歩けば魔力に分解されない事はこの前確かめたけど。

『そういや、外の魔物は食ったやつがいたな。美味いやつは美味いんだっけ』
『それ俺だな。鳥の魔物が美味かった。デカい鼠は微妙』
『よく鳥に勝てたな。ていうかよく鼠食ったな……』
『元々猟師をしてたからな』
『なるほど猟銃か』

 鳥、美味しいんだ。
 これは後で試さないとだね。
 美味しいは正義!

「まあ、丁度いいのがいたら試してみるよ。いるか分からないけど」

『たしかに ここの魔物 動物頭の人間だもんなぁ。。。」
『あれは食欲わかない』
『マズイ自信がある』

 良かった、食べてみてなんていう人はいない。
 あれはヤダ。
 絶対ヤダ。
 本気でヤダ。

 と、そうだ、食料の交換spが階層で変化するかって検証もしないとだった。

 迷宮の外じゃあ、現在地周辺で手に入りにくいもの程多くのspが必要だった。
 その理屈だと、深い階層ほど交換に必要なspが多い筈なんだよね。

「食べ物ついでに、迷宮入口時点での食料品の交換sp出しとくね。四階までは駆け抜けるつもりだから、見ておいて欲しいな」

『まだ外と同じくらいですね(渋谷駅ちかのカラオケ在住)』
『渋谷、五百ミリの水が五百spもすんの。やば』
『こっち十分の一とかなのに』
『うらやま。いやマジで』

 水は生命線だもんね。
 
 それにしても……。

「こうして見ると、ずいぶん必要なsp増えたね」

『ホントそれ。正直キツイ』
『ですね。生鮮食品は腐ってるのが増えてますし、コンビニとかも粗方消費されてます』

 やっぱり、もう街中には食べ物があまり残ってないんだ。

 これは、食料の入手手段を増やしていかないと本気で辛いね。
 インフラが死んでからもう一週間以上経つもんねぇ。

 多くの人が今日までで貯めたspなんて一瞬で溶けちゃいそう。

 あ、ノドグロの刺身、必要spが十倍近くになってる……。

「さて、一階層だ。まだspに変化なし」

 四階層までで変化が無ければ、他の人的には嬉しいだろうね。

「じゃ、行くよ。よーい、ドン!」

 洞窟みたいな内装だけど、視界は十分。
 
 軽くストレッチをした後、一気に加速する。
 
 魔力での強化は、心肺機能だけかな。
 ココだけはしておかないと、すぐへばっちゃうんだよね。
 龍になっても貧弱は貧弱らしい。龍基準でだけど。

 昔と違って鍛錬出来るだけの体力はあるから、だいぶマシにはなってきたけどさ。
 お陰で、今はこうして風のように走ることが出来る。

『早いなー』
『迷宮の中で……。索敵ナニソレオイシイノ?』
『良い子はマネしちゃいけません』
『これ、魔力使ってる?』
『戦闘中を思いだした感じつかってないんじゃね?』
『大迫力。これだけで見てられるな』

 へぇ、なんか好感触。
 全力機動、は普通の人間じゃ動体視力が追い付かないか。
 じゃあ、今度夜墨の背に乗って飛ぶだけの配信でもしようかな。

「ほい、二階層」

『だいたい五分位か』
『sp変化ナーシ』
『このスピードでってなると、普通に歩いたら十五分?』
『索敵しなきゃですから、三十分くらいで見た方がいいんじゃないですか?』
『たしかに。道が分からないとなると、一時間以上かかる見込みかね』

 まあそれくらいだねー。
 
 交換spに変化が無かったのは朗報。
 三階層でも変わらないなら大きいけれど。

 なんて考えてる間に三階層への階段だ。
 ここは上より近いね。

「三階層下りるよ」

『さっきよりかなり早いな。スピード一緒だったよね』
『たぶん。階層ごとでばらつき大きいのかもな』
『あ、sp動いた。といっても誤差の範囲ですかね。だいたい五前後ずつ』
『積もり積もれば辛いかもな』

 ふーん、そんなものなんだ。
 これが割合増加か固定値かでかなり変わるなぁ。

 ぶっちゃけ、迷宮内だけで悠々自適に暮らせるならそっちが良かったんだけど、期待しない方がいいかもね。
 配信自体は割と楽しいし、別にいいけど。

『ハロさん、しれっとすれ違いざまに魔物切ってるのなんなの』
『考えたら負け』
『ハロさんだから』
『考えるな感じろ』

 扱いが三回目の配信のそれじゃないんだけど。
 ちょっとみんな雑すぎない?

 いや、まあ楽しんでるみたいだし良いか。

「はい、四階着っと」

『今度は十分くらいかかったか?』
『それくらいかな。楽しいジェットコースターだった』
『やっぱ迷宮の中に拠点欲しいな』

 意外と本気で迷宮攻略しようとしてる人いそうだね。
 そうでなくても食い扶持を稼ぐのに迷宮を使いたい人。

 まあ、外はそんなに魔物が多いわけじゃないから、迷宮の方が安定するだろうね。
 spを稼ぐ手段が他にあまり見つかってないのもあるけど。

 その辺研究して配信してくれる人いないかな?
 スレッドの方でちょいちょい情報共有してる人はいるけど、そこまで活発じゃないんだよね。
 私の配信内容が理由かな?

 ん、あれは……。

「ねえ、あれ、美味しいと思う?」

 通路の奥の方を指さしながら、リスナーさんたちに聞いてみる。

『金の食虫植物?』
『なんで洞窟に植物みたいな魔物がいるんだよ』
『壁も天井も蔓で覆われてますね。これは、R指定される展開? Banされちゃう!』
『脳みそピンクか。だが分かる』
『垂れさがってるの、なんか稲っぽい』

 そう、コメント欄でも言っているように洞窟全体を覆うように蔓草が生い茂っている。
 そこから垂れさがっているのは黄金色の穂だ。

 私の視力だと、粒の一つまで見える。
 それがどう見ても米、なんだよねぇ。

『米なら食べられそう』
『れっつとらい』
『人柱任せた』
『ハロさんの犠牲は忘れません』

「ちょっと勝手に殺さないでくれない? まあ、明らかに罠なのは分かるけどさ』

 だって、穂の付け根がハエとり草みたいになってるんだもん。
 迂闊に手を伸ばしたらパクンだよ、きっと。

「でもそっか、食べられる前に穂だけ切ればいいんだよね」

『わんちゃん口みたいなとこもいける。ていうかいってみて欲しい』
『いくしかない』

「えぇ……」

 正直倒し方分からないから貰うもの貰って焼き払うつもりだったんだけど。

「わかった、一つとってみるよ」

 仕方ないなぁ。

 そういう訳で槍を取り出して、軽く素振り。
 この子にも名前付けようかなぁ。

 と、それは後だね。

 んー、よし!
 いきますか!

 今度は全身を魔力で強化して、一気に走る。

 まずは一番手前のひと房。
 槍を一閃して穂を切り離すと、上から捕食部分が下りてきた。

 低い階層なだけあって早くはない。
 自然落下より少し早いくらいかな。
 普通の人間でも十分に避けられそう。

『まずひと房だな』
『槍見えん』

 続けて二房目。
 けっこう奥まで続いてるから、足は極力止めないようにした方がいいかな。

 三、四、五……もうちょっと欲しい。

 八、九――

「これで最後っと」

『口の方!』

 ああそうだった。
 じゃあ今下りてきてるので。

「今度こそ全部だね。ちょうど蔓ゾーンも終わり……だけど追ってくるのね」

 じゃあ、予定通り行きますか。

 魔力を口の辺りに溜めて、一気の放出。
 威力は控えめ。

「よし、おっけー」

『8888』
『ないすー』
『gj』
『美味いといいな』

 さて、それじゃあ調理といこうかな。


 近くに丁度良い袋小路の小部屋があったので移動。
 入口は大岩を交換して塞いでおく。

 五spだって。

『魔法の岩じゃダメなん?』
『迷宮内だとすぐ魔力に分解されるからな』
『外でも一定時間経ったら消えちまうぞ。詳しくは【砂漠で水が簡単に手に入る!?~魔法で三分間クッキング!】参照な』
『はえ~、サンガツ』

 元からあるものを操って作ったものなら残るんだけどね。

 ていうかスレ名、皆好き勝手付けすぎじゃない?
 これ、後で何が何か分からなくなりそう。

「それじゃ調理していこうかな。この米っぽいのはとりあえず脱穀するとして、誰かハエトリ草の食べ方知ってたりしない?」

『知らない』
『ハエトリ草ってそもそも食べられるの?』
『ウツボカズラに米詰めて炊く料理なら知ってるんだが』
『え、ナニそれ』
『サボテンっぽいしそっちの感じで行けませんかね?』

 まあ、そうだよねー。
 んー、どうしよ?

 考えながら脱穀はしちゃおうかな。
 空中に保持しながら風でミキサーしたらいける?

 お、いけた。

「サボテンかー。じゃあそれ採用で」

『ウツボカズラ飯はー?』
『消化液とか大丈夫か?』
『ハエトリ草と一緒ならアミノペプチターゼとかその辺の酵素だった気がするので、最悪火を通せば大丈夫かと』
『酸性フォスファターゼもあった気がする。酸性になるやつ』

 (さん)かー。
 灰混ぜたらどうにかなんない?

 んー、灰汁抜きも兼ねてやってみようかな。

「とりあえず調理器具が要るね。一旦鍋と、飯盒?」

 どっちも三千spで意外と安いけど、他の人には痛い出費かな?

『三千……。迷宮に潜る時に持ってくなら持参だな』
『ねえウツボカズラ飯ー』
『だな、三千は痛い』

 ちょうど籾殻があるし、これ灰にしよう。
 燃やしつつーの、交換した水と一緒に鍋にぽい。

「色々試したいし、全部は使わないでおくね」

 そもそもけっこう大きいから鍋に入りきらないんだよね。

 魔法の火にかけて、沸騰待ち。
 茹でるように鍋はもう一セット用意しておこうかな。

 あ、米ぬかも出るのか。
 こっちも試してみよう。
 鍋追加―っと。

『これは普段から料理してる人だな』
『ハロたんの手料理!? ガタッ!』
『ウツボカズラ飯……』
『魔法の使い方が器用』
『比較用に灰汁ぬきしないのも作って欲しい』

「確かに、比較は必要だね。もう一個ぼちっとな」

 ていうかやたらウツボカズラ飯を勧めてくる人がいるんだけど、なんなんだろ、この熱量……。

 ん、お米っぽいのはいい感じかな。
 糠は鍋に入れて、ハエトリ擬き投入!
 水のみの方も入れちゃおう。

 で、お米は飯盒に入れて、お水もオッケー。

「始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋とるなってね」

『名にその歌』
『炊飯器使わずに炊く時の火加減を歌ったやつですね』
『今時の子は知らないのか』
『これからは沢山世話になるだろ。覚えておけ―?』

 さて、お湯が沸騰するまでそれなりに時間が要るし、ステーキも試してみようかな。

 牙と皮を剥いで、中の赤い部分は、有りと無し両方行こうかな。
 フライパンも、三千spね。

「お湯沸騰したね。こっちもハエトリ擬き投入!」

 十秒か二十秒くらいでいいかな?
 一応時間ごとに用意しようか。

「ステーキは良さそうかな?」

『お、いよいよ』
『美味いと良いんだけど』

「それじゃ、赤いとこ取り除いた方から。いただきまーす。……にっが! エグッ!」

 ダメだこりゃ。
 少なくともそのまま焼くのは無しだね。

「こっちも苦いのは分かってるけど、一応……すっぱ! しかもなんか口の中チクチクする」

『そのままはダメ、っと』
『灰汁抜きが要るな』
『苦いのってわんちゃん毒?』
『あり得ますね。龍のハロさんじゃなかったら危険かも』
『え、じゃあウツボカズラ飯もだめ……?』
『ダメじゃね?』

 あー、毒かー。
 確かにその可能性もあった。

 龍に効くような毒はこんな低階層じゃないと思うけど。

「とりあえず、タンパク質系の毒じゃないみたいだね」

 火を入れても変質してないから。

「こっちの灰で灰汁抜きしたやつもちょっと齧ってみようか」

 と、その前に米ぬかの方を上げておこうかな。
 よし、これで大丈夫。

 水洗いは、魔法で出した分でいいね。

「んー、十秒のはまだダメだね。割とえぐい。あ、でも苦味が殆どなくなってる。そうすると水溶性の毒の可能性があるか」

『ほー、なるほどな』
『本当に毒なら薬が作れる可能性もあるし、だれか検証よろ。ハロさんじゃたぶん参考にならん』

 それはそう。
 人間の人よろしくー?

「うん、三十秒したら大丈夫そうだね。これなら(ぬか)の方も大丈夫そうかな」

 実食実食。

「よし、大丈夫そう。ていうかこれ、割と美味しい? 甘みの強いアスパラみたいな」

『ほー、いいな。天ぷらとか合いそう』
『迷宮内で?』
『持ち帰ってに決まってんだろ』
『それもそうか』
『天ぷら……お酒が進むやつじゃん。飲みてぇ……』
『ふふふ、うちにはまだ日本酒が残ってるんだな! 今酔うのは怖くて飲めんが』

 感覚鈍くなるだけでも怖いよね、今は。
 アッサリ死んでもおかしくない。

 そういえばウツボカズラ飯の人、コメントしなくなったね?
 そんなにショックだった?

「灰汁抜きしたやつも焼こうかな。赤い部分の酸味も抜けてたし、牙みたいなのと皮だけ剥げば良さそう」

 んー、このままでも美味しいんだけど、あれ欲しいなぁ。

 よし、ちっさいの交換しよう。

『あ、マヨネーズ交換してる!』
『いいなー。アスパラの味にマヨとか絶対あうじゃん!!』
『うっ、抑えていた禁断症状が、、、』
『厨二マヨラーはかえってどうぞ』

 ふふふ。
 羨ましかろう!

「んー! 美味しい! マヨの酸味とハエトリ擬きの甘味が超合うね。もう少し塩気があってもいいかな?」

『美味しそうに食べるなぁ……』
『くそ、ヨダレが、、、』
『さっき朝飯食ったのに』

 これは帰りにいくらか追加入手確定かな?
 天ぷらにして日本酒と食べるんだ。

「あ、飯盒、水噴出さなくなったね。どれどれ……」

『炊き中の飯盒に直接耳当ててる……』
『龍だもんなぁ、熱にも強いんだろうな』

 その通りですよ。
 これぐらいはね。

 たぶん、ブレスしてる時の口の周りの方が熱い。

「ん、炊けてる音だね。逆さまにして蒸らしておこうか」

 その間にステーキをもう少し。

 糠の方が甘味しっかり感じて美味しいかな。

「野菜の甘い匂いがけっこうするから、索敵の意味では注意した方が良さそうだね」

『そもそもハロさんみたいに迷宮の中で料理できるんだろうか……』
『きびい気がする』
『少なくとも洞窟じゃ怖いよな』

 まあ、迷宮内でどれだけ食事しなきゃいけなくなるかもまだ分からないし。

 spの獲得手段も色々分かってきて、今じゃ普通の人でも千くらいは稼げるようになってきてるみたいだからね。
 食料品の交換に必要なspがどこまで上がるかにもよるけど、迷宮内の食事は糧食を交換してって方が主流になるかもね。

「そろそろご飯いけるかな? お、良さそう」

 おこげもバッチし。
 久しぶりに飯盒使って炊いたけど、上手く出来た。

『うわ、天才的』
『絶対美味しいやつ』
『いいなー』
『あ、島根の大社町周辺に住んでる人、うちの店まだ飯盒あるから、千spで譲るよ』
『なん、ダト、、、!?』
『むかいまー』
『待って配信でこんな地元出身の人いるの初めて見た嬉しい』

 なんか商売始めた人が……。
 まあいっか、こういう情報も必要だと思うし。

「はいはーい。スレッド立てたから商売の話はそっちでねー」

『地名ごとのフォルダと店専用スレッド作れるようになってんだが』
『有能か?』
『検索性神』

 だってめちゃくちゃ多いでしょ、お店。

 そんな事よりだよ。
 メインはこっち、ご飯!

 ちゃんとジャポニカの白米で匂いもよく知ったあれ。
 むしろ濃い?

「いただきます!」

 思わずもう一回手を合わせちゃった。
 でも仕方ないよね、こんな美味しそうなお米なんだもん。

「ほっ……」

『あ、固まった』
『こんな恍惚としてるハロさんが見られるとは……』
『なんでクリップ機能がないんだ!!』
『せめてスクショ! 画面録画!!』

 ハッ! 
 危ない、ちょっと飛んでた。
 いや、なにこれ、美味しすぎるでしょ。

 甘みも、香りも、今まで食べたどんなお米よりも良い。
 米どころ出身で市場に出たらかなりの高級米を日常的に貰って食べてたような私でも、これ以上は知らない。

 え、こんな低階層で?
 よくあるパターンだと、下の階層程美味しいのが手に入るよね?

 え、なんでうちの迷宮は食材になりそうなのいないの?
 いや、蜥蜴ならいける?

『ハロさーん?』
『ハロたんhshs』
『ハロさん帰ってきてー』
『また意識飛んでね?』

「あっ、ごめんごめん。ちょっと思考の海に沈んでたよ」

 配信者的には今の沈黙はよろしくないね。
 戦闘中でもないのに。

 反省反省。

「で、感想、要る?」

『いや、もう十分伝わった』
『プレゼント企画まだですか?』
『ちょっと迷宮行く準備してくる』
『ウツボカズラ飯は?』
『まだ諦めてなかったんかい。』

 さすが日本人、美味しい物には目がないみたい。
 そういえばヨーロッパの方の研究で、国ごとの最も幸福を感じる時を調査をしたら欧米の多くの国が性欲関連の行為の時だった中で日本は圧倒的に食欲関連の行為をしている時って結果が出たやつがあったっけ。

 食い意地が凄まじいというべきか、なんというか。
 私も人のこと言えないんだけどね。
 龍になった今は猶更。

 さてさて。

「ふぅ、美味しかった。名残惜しいけど、そろそろ迷宮攻略に戻ろうかな」

 目指せ十階層。
 階層守護者の間!

 さっさと終わらせてハエトリ擬きの天ぷらで一杯やる!


 そんなこんなで十階層。

 道中は特筆するようなことも無く順調に進んだ。
 あのハエトリソウ擬き以外は獣頭の魔物ばかりだったから試食会も無し。

 途中から増えたカラス頭が全身カラスだったら試してたかもしれないけど、首から下が人間じゃあね。

 正直もう一種類くらい食べられそうなのがいても良かったと思うんだけど、うまい話ばかりじゃないみたい。

「なーんか、凄くそれっぽい扉だね?」

『ボス部屋感凄いな』
『これ、金属? 外して回収できないかな』
『ここまでの感じからするとボスも余裕そうですね』

 なんか、凄い逞しく生きてる人がいる。

「この扉かー、どうだろ。ボス倒したら試してみよっか」

 金属資源はきっと有難い。

 ぶっちゃけ、感じる気配からしてもボスは余裕だし。
 一応ボスの動きとか見せた方がいいかな?

 聞いてみよっか。

「どうする? 倒すのは楽勝だと思うけど、動き見ておく?」

『んー、どっちでも』
『おなしゃす』
『サクッと倒すのもそう快感合っていいよなぁ。』
『ココいずれ挑戦したいから、見てみたいですね』

 見てみたい人もちょいちょい。
 今日はここで終わって帰るつもりだし、サクッとは次回でいいかな。

 迷宮の守護者はまた召喚されるって話だから。
 まだ皆には言えないけど。

「おっけー。じゃあ、ちょっと動き見ようか」

 じゃあ行きますか。

 厳つい黒鉄みたいな扉に手をかけて、押し開ける。
 けっこう重量あるけど、平均的な男性ならそんなに苦労しないくらいかな。

「さーて、どんなのがいるかな?」

 扉を開けてまず見えたのは、これまでと同じような薄暗い岩の空間。
 そして中央には、人間くらいの大きさの影。

 あれがこの階層の守護者かな。
 私がまだ部屋に入ってないからか、動き出す様子はない。

 そういえば今更だけど、迷宮内の光源ってどうなってるんだろ?
 それらしいものは見当たらないのに、視界には困らないんだよね。

 私が龍だからで他の皆は配信画面越しだからかもしれないけど。
 その辺は他の人からの情報待ちかな。

 まあいいや。
 とりあえず、中に入って挨拶しておこう。

 挨拶、大事。

「しゅーごしゃさん、あっそびーましょ!」

『友達んちか』
『遊びに来てますねこの人、じゃなくて龍』
『えぇ……』

 ちょっとふざけ過ぎた?
 でも、感じる気配、明らかに小物だもんなぁ。

 あ、立ち上がった。
 意外と大きい。
 私の倍くらいだから、三メートル半はないくらい?

『でっかい人型のネズミ?』
『人型っていうか二足歩行なだけじゃね?』
『ハゲ鼠感』
『目イってんじゃん』
『割ときもいな』

「目、確かにやばいね。ていうかあれ、目と手だけ人間じゃない?」

 首から下人間とはまた違った不気味さだね、あれ。
 動き見るの、短めにしようかな……。

 なんて考えていたら、背後でひとりでに扉がしまった。
 終わるまで出られないやつ?

 いや、出ようと思えば出られるみたい。
 意外とやさしい?

「ジュルァアアアアアッ!」

 ん、あちらさんはやる気十分だね。
 それじゃ、始めようか。

 まずは、足元まで踏み込んでみる。

 左腕を大きく引いて、パー!

『掴みに来るのか』
『掴まれたらやばそう。けっこう早いし』
『まだ避けられる範囲だな。予備動作も分かりやすいし、』
『ここまで来られるならそんなに怖くないんじゃないですかね』

 私みたいに自分の間合いから出ずに避けられるなら攻撃チャンスかな?

 このまま距離をキープすると?

 足が飛んでくるのね。
 その辺の素人よりは鋭い。

 けど、片足になる分さっきより攻撃しやすそう。
 軽く小突いてみよう。

「ほっ」

 左手でジャブっぽく打ってみる。

 あ、反応速度早いね。
 身を捻って衝撃を流されちゃった。

『反応は良いな』
『でも早くはないか』
『や、俺らはハロさんの速さに見慣れてるのもあるからな。実際に対峙したらもっと早く感じるんじゃないか?』
『たしカニ』

 実際、多少格闘技の経験がある人くらいの早さはあると思う。
 動物的な速さだけど、一般人ならなす術もなく狩られるだろうね。

「こんな感じでテキトーに戦ってくね。あ、分析スレッドありがと」

 なんか纏めてくれるみたいだし、ゲームの初見ボスに挑むくらいの動きを続けるだけでいいかな。

 そんなこんなで十分くらい戦ってみた。
 なんか、ある程度のパターンはあるみたい。

 最低限の自我はあるって話だったけど、対人戦よりはゲームのMOB相手って印象が強いね。

「だいたいこんな感じ?」

『あとは追い詰められた時の行動が見たいな』
『情報もうほぼ出そろった感』
『そろそろ倒していいんじゃね?』
『あ、確かに。ゲームじゃないけど、追い詰められたら動き変わるって現実でもあるよね』

 追い詰めるのかー。
 力加減難しいかも。
 こいつ、強めに殴ったらそれだけで死にそうなんだよなー。

 クリア後に初期村の辺りの敵を相手にしてる気分。

「頑張って調整してみるねー」

 槍は、一旦しまっておこう。

 狙うのは腕かな。
 一気に踏み込んで、最初に小突いたよりは強く殴る。

 これくらいかな?

「ジュルァッ!?」

 あ、一発で骨砕いちゃった。
 道中の鼠頭よりは硬いけど、誤差の範囲かな。他の人にとっても。

 もうちょっと軽く、軽くっと。

『おー、吹き飛んだ』
『巨体を蹴り飛ばす女の子っていいよね』
『わかる』

 いい感じじゃない?
 うん、いい感じに満身創痍。

 あ、目のキマリ具合が酷くなってる。
 超血走ってるよ、こわー。

 前かがみになった。
 突進かな。ここまででも何回かしてきたやつ。

 でもちょっと早い。
 片腕潰れてこれなら、四肢が無事ならもっと早いね。

 まあ横に避けよう。

「おっと!?」

 通り過ぎる瞬間に足を出してきた。
 反応がさっきまでより更に良くなってる。

 鼠大男と同じ方に飛ばされてしまった。

『ハロさん!?』
『え、まじ!?』

 コメント欄がざわついてるのが見えた。
 心配性だなぁ、みんな。

 夜墨(やぼく)の時みたいに高速で吹っ飛ばされたわけでもないし、全然ダメージ無いんだけどね。
 体重差があるから、吹き飛ばされるのは仕方ない。

 あ、着地点で大口開けて待ってる。
 噛みつく気かな。

 勝利を確信したような目をしてるね。

 まったく、高が最初の階層守護者の分際で。

「あんまり調子に乗らないの」

 身を捻り、食らいついてきた鼠の顔面へ回し蹴り。
 骨を砕く感触と共に、また三メートル超えの巨体が吹き飛んで壁にぶつかる。

 相当丈夫な壁みたいで、ちょっとしか凹まない。
 その分衝撃が逃げないって事だから、ぶつかった方は溜まったものじゃないだろうね。

 あ、その前に死んでるか。

『首、凄い方向に曲がってんな……』
『やばい音したもんな……』
『空中であれって、体幹凄い』

 ふぅ、討伐完了。

 少し待ってると、鼠男の姿がだんだん崩れていく。
 残ったのは、アレの牙と手のひら大の石ころ。魔石かな。

 このサイズだと、魔石(中)になるのかな?
 要らないなー。牙よりは使えるけど。

 まあ、迷宮の入り口にでも置いておいたら誰かが回収するかな。
 悪用? 知らない。
 言っても十階層の素材だし。

『お、五百sp入った』
『倒した分?』
『いや、それはそれで入ってた。合計六百くらい』

「まあまあ美味しいんじゃない? 楽に倒せるならだけど」

 あれで百spかー。夜墨倒したらどんだけ入るのかな……。
 試す訳ないけど。

 と、そうだ、ショートカット。
 次の部屋かな?

 あった、この魔法陣だ。
 小部屋の中央の床で光ってる。

 コメント欄がなんだこれって言ってるけど、説明は見せるだけでいいか。
 面倒だし。

【十階層への転移が可能になりました】

 久しぶりに聞いたなぁ、このアナウンス音声。
 コメント欄がさらに加速してるけど、知らない知らない。

 手加減って疲れるんだよ。あのレベルになると。

 そんな訳で地上に着。
 転移先は迷宮入口の階段の途中にある隠し部屋だったから、すぐ戻ってこられたよ。

 次からはここで一気に十階層まで飛べるみたい。

「さて、それじゃあ今日の配信はこの辺で終わりかな。さっき出た素材は迷宮の入り口あたりに放置しておくから、欲しかったら取りにおいで」

『お疲れー』
『お疲れ様です』
『切りいいしな』
『まだ昼過ぎか。今日は早いな』

 今日は始めるの早かったから。
 なんだかんだ六時間くらいはしてるんだよね。

「また明日、やるかは分かんないけど。私のやる気次第。またねー」

 よし、配信終了。
 からの帰宅!

「ただいまーっと」

 ふー、もうここに帰って落ち着くくらいには馴染んだなー。

 リザルトはっと……。
 累計視聴時間およそ八千二百八万分、総視聴者数約三千五百万人、総コメント数が二十億弱。
 獲得spは八百三十万くらい。

 前回より配信時間が短かったのと視聴者数が少なくなった分、減ってはいる。
 けどまあ、視聴者数は途中からかなり回復したんだよね。
 ダーウィンティーさんの件から判明したことが広まったのかな。

 ん-、まだ昼過ぎか。
 ご飯にはまだ早い時間だし、スレッドの確認でもしてよう。

 守護者、なんかワーラットって呼ぶことにしたらしいアイツの攻略情報に補足して、検証スレッドに目を通して……。

 情報は大事。

「――ふぅ、もう一時間以上経ったんだ」

 ふと時計を見ると、なかなか良い時間になってた。

 夜墨は丸くなって寝てる。
 けっこう可愛い。

 けどそろそろ起こして晩御飯を選ぼうかな。

『事件発生!』

 お?

『配信始まった! 二人目!』

 ほー。
 この人、色んなスレッドで言ってるね。

 えーっと、他人(ひと)の配信ってどうやって見るんだろ。
 これかな?
 これだ。

「……へぇ、ダーウィンティーさんかー」

 これは、晩御飯はもう少しお預けかな。


「えと、設定ってこれで良いんですかね?」

 ダーウィンティーさんの配信を開いてみると、ステータス画面と同じように空中に配信画面が投影された。
 映ってるのは、見覚えのあるどこかの大学の教室と白衣の真面目そうな女の子。

 それから虫の要素がちらほら見える異形が三匹。
 噂の魔蟲かな。

 ていうかダーウィンティーさん、女の子だったんだ。

『大丈夫です』
『いい感じ』
『これが魔蟲か。魔族ってやっぱ気持ち悪いのがデフォなのか?』

 この教室、けっこう綺麗だなー。
 陽の光っぽいのが画面の端に見えてるし、大きな窓のあるような所かな?

「えっと、それじゃあ改めまして、こんにちは皆さん。ダーウィンティーです」

『こんにちはー』
『こんにちは! ウィンテって呼んで良いですか?』
『こんにちは。なんで最初の二人がどっちも可愛いんだろう神か?』

 セミロングとボブの間くらいかな?
 両手を前で揃えて勢いよくお辞儀する姿が可愛らしい。

 百六十センチ位はありそうなのに、小動物的な可愛さというか。
 
 寝不足っぽい雰囲気がそこはかとなく漂ってるけど。
 ちゃんと寝てるのかな?

「あ、はい! ウィンテで大丈夫です!」
 
 けっこうエゲつない実験もしてたから、このタイプの可愛さはちょっと意外。

「それで、ですね、今回は半分はお試し配信でですね。あ、この子たちも紹介しておきます」

『不慣れ感が可愛い』
『護りたくなるな』
『ハロちゃんとはまた別方向で良い』

 私には出来ない方向性だなぁ。
 とりあえず、リスト登録だけしておこう。

「まず、この蜘蛛の子がアラネア。纏め役と私の助手をしてもらってます。一番器用なんです」

 巨大なジョロウグモの頭部から顔の無い女性の上半身が生えてるあたりは、とってもアラクネっぽい。
 けど、体中に無数の人の目と口があるのは、ちゃんと魔族だね。

「こっちの蠅の子がベルゼアです。お腹の口からは触手が出てくるんですよ!」

 ワームの口なだけ人の口よりはマシかなぁ?
 いや、うーん?

 羽が白い鳥の翼になってるのは冒涜的というか、ベルゼブブが元は熾天使って話に関連してるのかな?

「最後に、大きなムカデの子がオムカデア。一番の力持ちで火も吐けるんですよ!」

 うわ、なんか生理的に無理。
 本能の部分で嫌悪感が。

 全部の体節の間にある口にはのこぎり状の牙があって、龍の鱗でも削げそう。
 甲殻もなんかぬらぬらしてるし、脚は全部人の腕だし。

 これは、あれかな?
 妖怪のオオムカデが龍の天敵だからかな?

「そ、そんな事ないですよ! みんな可愛いじゃないですか!」

 あー、コメント欄見てなかったけど、やっぱり気持ち悪いって人の方が多いのね。
 正直、三体ともSAN値削られそうな見た目してると思う……。

「えと、どうして配信できるようになったかですか? それが、私にも分からなくて」

 んー、これかなっていうのはあるけど、どうだろ?
 気が付いたら出来るようになってたって話だけど。

 ちょっと聞いてみようかな。

 えっと、あれ、配信のコメントには思考入力できないんだ。
 スレッドも自分のところ以外できないのかな?

 まあいいや。
 ソフトウェアキーボード的なものは……出た出た。
 スマホ形式もあるみたいだけど、タイピングの方が早いからこれでいいや。

『こんにちは。称号って貰ってない?』

「あ! ハロさん! 良かったハロさん! 後でちょっとご相談が!」

 おっふ、また凄く前のめり。

 相談については、了解って返しとこう。

「ありがとうございます! あ、称号でしたね。えと、はい、ありますね」

 やっぱりあった。

『称号って何?』
『相変らずこの人はサラっと新情報を・・・』

 あれ、称号の話した事なかったっけ?

 そうだ、魔蟲の称号に触れただけで人間の方は何も言ってない。
 完全に別物って考えてる人もいるかー、なるほどねー。

「[魔蟲たちの主]だそうです」

 思ったより限定的。
 似たような称号、夜墨と契約した時には生えなかったけど、私が同じ龍だからかな?

 とりあえずコメントして詳細出してみて貰おう。

『その称号を触るか詳細を見るかしようとしてみて』

「はい。……魔蟲の支配能力の付与と配信機能解放。つまり、アラネア達と契約したことで配信できるようになった?」

 そういう事みたい。

 この称号、初めての人限定なのかな?
 マネする人出てきそうだけど。

 それで勝手に自滅されるのは良いけど、魔族が増えるのは鬱陶しいなぁ。
 いや、そうでもない?

 あ、配信解放スレが加速してる。
 私が何かしらの称号取得で機能解放したところまでは確信してるね。

「あ、配信機能の解放条件についての議論はハロさんの所にスレッドがあるので、そこを使うと良いですよ」

 そういえばこのスレッド、コメント数で管理者にsp入るみたいなんだよね。
 今のところ管理者が私しかいないから皆気づいてないみたいだけど。

 これ、もし誰でも管理者になれるんだったら同じ目的のスレッド乱立して凄い情報が錯綜しそう。
 面倒だから各スレッドの中心人物に管理権限投げようかと思ったけど、それはそれでヘイトがその人にいきそうだしなぁ。

 生存に関わる話だから、慎重に動かないと。

 あ、でも管理者にspが入る事だけは情報出しておかないと私にヘイト来るかな?
 ん-、出しとこっと。

『スレッドで思い出したんだけど、管理してるスレッドのコメント数に応じて日付が変わるタイミングでspが入るみたい』

「ええっ、そうなんですか!? でも、同じ目的のスレッドいくつも立てても邪魔ですよね。うーん、この話は、またにしましょう」

 ふーん?
 そういう感じ。

 あ、スレッドの管理権限についてのスレッドが立った。
 ダーウィンティさんの収入源が増えたね。

「それでですね、今日ちょっとやろうと思ってることがあるんですけど、その前にハロさん、先ほど言ってた相談なんですけど、今大丈夫ですか?」

 なんだろ?
 だいじょう、ぶっと。

「ありがとうございます! えっとですね、まず私の配信はハロさんが配信していない時間にしようかって思ってます。まだ二人しかいないのにリスナーさんを取り合っても仕方ないですから。あ、私が合わせるのでハロさんは気にせず配信してもらって大丈夫です!」

 まあ、リスナーを取り合う必要はないっていうのは同意。
 でも私ばかり合わせて貰うのもね。

『事前に言ってくれるなら全然私も合わせるよ』

「良いんですか? それじゃあ、お言葉に甘えます」

 ん-、これ、この子の想定通りって感じかな。
 まあそれ位は頭回る人の方が話早くて助かるけど。

 あんまり深く関わらないにしてもね。

「それとですね、ハロさんが迷宮での配信をメインにしておられるので、私は日常生活をメインにしようと思ってまして。その手の検証をしていく配信にしたら棲み分けられていいかなって」

 これ、相談の形をとってるけどリスナーに向けて言ってるんだ。
 小動物っぽいのは雰囲気だけかもね、この子。

 とりあえず返事っと。
 
『いんじゃない。ついでにそっち系のスレッドの管理権限あげるよ』

「ほえっ、あ、ホントに来た。あだっ!?」

 あ、やっぱり小動物は小動物かも。
 動揺して段差から落ちちゃってる。

 天然のドジっ子かぁ。
 いいね!

「えとその、ありがとうございます!」

 迷宮関連だけでも十分収入あるからね。

 あ、何も考えず管理権限渡せるのばらしちゃった。
 変なの来るだろうなぁ。

 まあ、気にしなくていいか。

「それじゃあ本題です! 私、ハロさんの所で色々議論してたお陰でけっこうspに余裕があるんです」

 この子、本当にいろんな議論に参加してたからなぁ。
 十数万spとか溜まってるんじゃない?

「生きていくのに十分な量を残しても、今のspでなれる種族がけっこうあるんですよ。それでですね、せっかくなので皆さんとなる種族を選んで、検証のようなことをしようかって思いまして」

 へぇ、思い切ったことする。
 手の内をある程度明かすことになっちゃうだろうに。

「今一覧を出しますね。あ、そこから投票できる機能があるみたいなので設定してみます」

 そんな機能が。
 私も今度使ってみようかな。

 それで、候補は……。

『妖鬼、吸血鬼、てんじゃ鬼、豪鬼……。なにこの鬼率』
『吸血鬼は微妙な所だけどな。あと天邪鬼であまのじゃくな』
『狐人か小人かなあ?』
『エルフとドワーフとウンディーネ。なんでサラマンダーかイフリートが無いんだ?』
『私と必要spが違う』
『個人の適性も関係してそうだな』
『知魔ってなんだ?』

 けっこう色々なれるんだね。
 
 知魔は魔族とは違うのかな?
 悪魔的な?

 どれも気になるところ。
 何がいいかなー?

「えっと、私はどれでもドンと来いなので、好きに投票しちゃってください。五分だけ待ちます」

 拘りがない、というよりはどれでも美味しい、かな? この子の場合。

 ん-、よし、もうダーウィンティーさんがこれだったら可愛いで決めちゃおう。
 従者との雰囲気的な相性も含めて。

「――五分です。一番多かったのは……」


 ダーウィンティーさんの視線が何も無い空中に向けられた。
 集計結果を見ているんだろうね。
 私たちにはまだ見えないやつ。

「吸血鬼ですね! それじゃあ行きまーす!」

 え、もう?
 なんて思ってる間に彼女を黒い幕、たぶん魔力の塊が包み込む。
 一見すると、漆黒の繭だ。

『早い早い』
『リアクション何にもなしは草』
『配信慣れマジでしてないんだな。だがそこが良い』

 旧時代、って最近呼ばれてる世界変容前から配信とかあまり見ない人だったのかもね。
 見てても難しい部分はあるけど。

 なんて言ってる間に種族変化が終わったみたいで、黒い繭に白い罅が入る。
 変化というか、変態みたいだね。

 お?
 
「む、何かが目覚めたな」
「おはよ、夜墨。ダーウィンティーさんが種族変化したよ。吸血鬼」
「ほう、となると吸血鬼の始祖か」

 そういうことだね。
 ずっと西の方に一瞬、強い気配が生まれた。

 このレベルになると目覚めはハッキリ感じ取れるかー、そっかー。

 画面に視線を戻すと、ちょうど繭が黒い欠片になって飛び散った所だった。
 中央には少し様子の変わったダーウィンティーさん。
 瞼は閉じられていて、白衣が繭と同じ黒に染まっている。
 
 綺麗だね。
 私の時もこうだったのかな。

『髪、少し長くなった?あと艶が出てる?』
『顔色悪くなったのに雰囲気健康そうになってるのなんだ』
『身長若干伸びた気がする』
『耳尖ってるね。ハロちゃんより鋭い?』

 私を含めたリスナーたちが見守る中で、彼女が目を開ける。
 瞼の奥に現れたのは鮮血のように真っ赤な宝石で、見ていると吸い込まれそう。

 黒のままだった髪とは違う、明らかな変化だ。

 どこか夢を見ているような様子が幻想的で、美麗。そして妖艶。
 かと思ったら、不意に視線が定まって可愛らしい雰囲気に変わる。

「凄い……。明らかに違うって分かる。力が、私の中に渦巻いてるのが分かる」

 夜墨と同じくらいの魔力量かな。
 元がDだったって考えると、凄まじい強化。
 もう進化の域だよ。

「ハロさんも、こうだったんですか?」

 おっとご指名か。

『そうだね』

 だからこそ、あらゆる繋がりを捨てることが出来たんだ。

「そう、なんですね……。あっ、ごめんなさい皆さん! 検証ですよね! まずはステータス画面を全部公開しますね」

 全部公開。
 よくやるなぁ。
 保身より解明の方が大事とか、そんなタイプ?

 じゃなかったらアラネア達は生まれてないだろうし、そうなんだろうなぁ。
 地味にマッドサイエンティスト。

『体力と魔力がSの知力と器用がAか、凄いな』
『能力値たかー』
『体力はハロさんより上か』
『他はどうなんだろうな』
『吸血鬼なら特殊能力も凄そうだよな』

 ん、種族が吸血鬼(女王)ってなってる。
 階級があるんだ。

「あ、称号も増えてますね。[始祖吸血鬼]に[女王]だそうです」

『ヴァンパイアクイーンか』
『吸血姫?』
『女王だから姫はなぁ』

 雰囲気的に女王より姫なのは分かるけどね。

「姫……。あ、ごめんなさい。えっと、[女王]は支配能力が強化されるみたいですね」

 じゃあ魔蟲たちに関してはもう心配いらないかもしれない。
 
 だったら良い事だけど、敵対する事になったら面倒だね。
 特にオムカデア。

『あ、吸血鬼だし一応日光には注意した方がいいんじゃね?』
『ウィンテちゃん、うっかり当たって灰になりそうな怖さがある』
『分かる』

「だ、大丈夫ですよ! 今はけっこう窓から離れてます、し……?」

 あ。

『ちょ、夕方! 西日!』
『日光当たってる!』

「あ、え、どうしよっ、当たっちゃった! 灰になる? 私灰になる!?」

 ガッツリ日に当たりながら右往左往してる。
 目の端に光ってるのは、涙だ。

 これ、もしかしてやばい?
 放送事故?

「え、え? ハロさん、助けてっ?」

 助けて、って言われても、彼女は遥か西の彼方。
 どうする? 夜墨にお願いすれば間に合う?

 完全にパニックになってる。
 一旦日の当たらない所に移動してもらった方が――

「落ち着け、ロード」

 そんなこと言われても、って、うん?
 もう日に当たってからそれなりに経ってるよね?

「夜墨、吸血鬼についてどれくらい知ってる?」
「多少の能力と高位の者ほど陽の光に耐性を持つことくらいだな」

 ふむ、つまり。

「女王って、日光わりと平気?」
「いくらか能力が落ちる程度だな。始祖ならそもそも影響を受けないのでは無いか?」

 なんだ、そっか。
 良かった。

 ん-、どうしよ。
 すぐ教えてあげても良いんだけど、アワアワしてるのが可愛いんだよね。

『とりあえず日光の当たらないとこ行った方がいいんじゃ……』
『ていうかどれくらい当たってたらやばいんだろ。もうそれなりに当たってるよな』

「ほえ?」

 あ、余計な事を。
 まあ仕方ない。心臓に悪いだろうし、あまり黙ってると可哀そうか。

『夜墨情報。吸血鬼は上の階級ほど日光に耐性あるって。女王は能力がいくらか落ちるくらい。始祖ならそもそも影響ないんじゃないかってさ』

「……はぁ~、良かったー」

 あらら、へたり込んじゃった。
 これはこれで可愛い。
 癒し枠だね。

『ハロさん、これワザと黙ってたんじゃ……』
『あり得る。ハロちゃんいい性格してるし』

 バレテーラ。
 いや、迷っただけで実行してないと言えばしてないし?

『何のことかなー?』
『あ、図星ですねこれは』
『勘のいいリスナーは嫌いだよ』

「ハロさん?」

 おっと。
 
 ふふ、コメント欄のこういう絡みは久しぶりだね。
 楽し。

『夜墨に聞いた吸血鬼の能力教えるから許して?』

「仕方ないですね、それで手を打ちましょう」

『ありがと。プライベートスレッド作ってくれる? どれを後悔するかは任せるよ』

 あ、公開の字が。
 まあいっか。

「作りました!」

 来た来た。
 お礼だけコメントして、スレッドに書き込んでいこう。

 スレッドの方は他人の管理してるとこでも思考入力できるんだ。
 道理でみんなスレッドでは誤字しない。

 よし、おっけ。

「ありがとうございますー。えっと、霧化に、動物への変化、血を使った眷属化と再生能力ですか」

 ん、流石に魅了の魔眼は隠したのね。
 それはそうか、信用への影響が大きすぎる。

「それじゃあ、一つ一つ試していきましょうか」
 
さてさて、どんな感じかな?


 二時間近くかかったけど、これで今出来る実験はだいたい終わったかな?

「眷属化は、今は出来ないので一旦ここまでの結果を纏めてみましょうか」

『ですねー』
『まずは、ドジっ子か』
『ドジっ子だな』
『おっちょこちょい』
『ドジっ子だねー』

 うん、それは間違いない。
 霧化したまま風に吹かれたり、いきなり強く跳んで天井に頭をぶつけたり。

 日光の時も思ったけど、本気でドジな子みたい。

「う、それは違います! 忘れてください! 全部!」

 クリップ機能があれば誰かが全部残したんだろうね。
 ショートも作られてたんじゃないかな。

 とりあえず心のアルバムに刻んでおこう。
 この画面、カメラには映らないからなぁ。

『満足した。真面目にいこう。まずは、なんだ?』
『うむ満足』
『霧化でいいんじゃね?』

 霧化は、文字通り身体を霧と化す能力。
 他のもそうだけど、ヴァンパイアの能力としては定番じゃないかな。

 特徴としては、変化後の質量は人型の時と同じで明らかに魔力を含む点が挙げられる。
 人間一人と同じ質量だから、密度を薄くすれば相当な体積になるね。

 魔力を感知できれば分かりやすいから、隠密能力は微妙。
 物理的な干渉を阻害するくらいかな。

 たぶんだけど、あの魔力に干渉するように攻撃すれば普通にダメージ通る。
 基本は格下向けの能力だと思う。

『あと風に注意な』
『風に注意』
『風危険』

「わ、分かってますから! 皆して念押ししなくて大丈夫です!」

 次に動物への変化能力だけど、これは変化できる対象が限られていた。
 狼に蝙蝠、それから猫。

 動物じゃないけど、蜘蛛と蝿とムカデにも変化できた。
 これは眷属の影響かな。

 まあ、彼女が変化できる対象を隠している可能性もあるけどね。

『自分で出した糸に絡まらないようにな』
『ちゃんとアラネアにやり方教えてもらうんだぞ』
『もし糸に絡まったらすぐに人を呼ぶ事。配信を初めてもいいぞ』

「あの、なんで皆さん私が自分の糸に絡まる前提なんですか?」

 最後に再生能力。

 代名詞の一つなだけあってかなり強力。
 これだけで体力をもう一段階上って考えても良いくらい。
 吸血鬼全体がそうなのか、女王かつ始祖の彼女だからなのかは分からないけど。

 かすり傷程度は瞬きの間に回復。
 切断した四肢もすぐにくっ付いた。

 本人曰く、首を斬られても大丈夫な気がするって。
 皆止めてたけど、そう感じたなら本当に大丈夫なんだろう。

 流石に脳を潰されたら死にそうとも言ってたけどね。

 首から下はいくら削られても、それ程かからずに再生してたよ。

『これで多少の致命的なドジも安心だな』
『うむ、安心』
『致命的だけど安心とは』

「そこまで私ドジじゃないと思うんですけど……」


『え』
『えっ』
『え』

「え?」
 
 残念ながらドジだと思うな……。

 他にも身体能力に優れていたり魔法能力も高かったりで、相当に強力な種族って事が分かった。
 私と違って能力値は参考にしかならないタイプだね。

 年月を経るほどに私と彼女の差は縮まり得る。
 何十年も同じように訓練していたら、本気で戦わないとといけないようになるんじゃないかな。

 そうなったら、嬉しいね。
 本気を出せる相手は大事。

 流石に殺し合う気はないけど、今のところは。

 彼女とも画面越しのうっすい関係を続けていきたい。
 (しがらみ)になっちゃうと面倒。

「えっと、今日はこんな所、ですかね? こんな所ですね!」

 ん、配信終わるみたい。
 もう殆ど日も沈んじゃったし、多くの人は明日に備えて寝てる頃か。

「一緒に色々と考えてくださった皆さん、ありがとうございました。また次の配信で会いましょう。お疲れ様でした、ダーウィンティーでしたー」

 お疲れ様っと。
 よし。

「それじゃ、晩御飯にしよっか。何食べたい?」
「そもそもどんな物があるかも知らぬ」

 まあ、それもそうか。
 迷宮の守護者には必要ない知識だし。

「じゃあ私の好きに選ぶね」
「ああ」

 ん-、何にしようかな。
 お、今日食べた迷宮食材が追加されてる。

 めちゃくちゃ高いけど。
 完成品よりかなり安いはずの素材段階ですら、数万spだ。

 必要になったら取りに行こう。

 ん-、ハンバーガーで良いか。
 ジャンクなのはジャンクなので別のおいしさがあるんだよね。

 学生時代はよくバイト帰りなんかに同僚と某チェーン店に行ってたなぁ。
 あの日、情報交換のために集まる予定だった面々はその時の同僚が殆どだった。

「……夜墨、明日はちょっと、出かけてくる」
「そうか。必要なら呼べ。ロードなら私を召喚できるだろう」
「ありがと」

 会いはしない。
 会いはしないけど、少しだけ。


 迷宮から外に出ると、いっそう冷たくなった風に冬の気配を感じる。
 急激に寒くなってきたから、もしかしたら、死者が一気に増えるかもしれない。

 まあ、こればっかりは仕方の無いことなんだけど。
 テキトーにspを配るだけなんてする気は無いしね。

 私が手を差し伸べるとしたら、どうにか自分で生きようと足掻く人だけかな。
 天は自ら助くる者を助く。

 私は神ではないけど、聖人でもないし。

 なんて考えながら、以前夜墨と散歩に向かった方とは逆へ歩く。
 こっちは元々閑静な住宅街だったから、そんなに雰囲気は変わっていない。

 世界の変容からまだたったの二週間しか経っていないのに、どこもかしこも様変わりしていた。
 だからかな。
 少し、嬉しい。

 全く別の何かに変わる事を選んだ私が思う事じゃないんだけど。

 十分ほど歩いたらそこそこの大通り。
 ここは、すっかり寂しくなった。

 このまま五分ほど歩いたら、以前の職場がある。
 前回で変更してなければ、今日もあいつ等は集まってるだろう。

「あっ……」

 遠くに、元同僚の後姿が見えた。

 もし彼に振り返られても、今の私はどこにでもいる人にしか見えないと思う。
 角も尻尾も人化の魔法で消しているし、髪も黒く見えている筈。
 服だって、何の変哲もない白のパーカーだ。

 けど何となく脇道に隠れてしまう。
 
 じっと彼を見ていると、当然その姿はどんどん小さくなる。
 もう人間の視力じゃ辛うじて人影と分かるくらいには離れた。

 それでも出ていく気にならなくて、職場に続く最後の角を曲がったところで漸く私も歩き出した。

「屋根の上、行こうかな」

 もうこちら側から来る人はいなかった筈だけど。

 屋上を歩きながらのんびり元職場を目指す。
 大通りだけあって建物同士の間隔が近いから、跨ぐだけで次の建物に移れた。

 空を見上げたら、青空が広がっている。
 今日はいくらか雲もあるけど、東京の冬は大抵青空だ。

 職場の入っていたビルに着いた。
 ちょうど何人かが到着した所みたいで、二十歳前後の男女数人が中に入っていく。

「皆、元気そうだね」

 少し前にダーウィンティーさんが配信を始めたし、長居はしないつもり。

 気配が集まってるのは、たぶん一番奥の大部屋。
 その部屋がある辺りに浮いて、壁に少し穴をあける。

「ジュース、皆飲みな。spに余裕ができたから、余ってた分持ってきた」
「田山くんありがとございます! うまっ!」

 この声は、木村兄妹の妹の方かな。
 相変わらずみたい。
 もうすぐ二十歳だっけ。

「なんか報告することある?」
「いやー、ないっすね」
「僕の方も。だいたい配信の方で情報共有できますもんね」

 ん、役立ててるみたいだね。
 
 指揮ってるのは田山さんか。
 それと(ところ)さんと木村兄ことキムケーの声。木村慶太だからキムケー。
 妹だけ名前で呼んでるけど。

「ハロちゃんもウィンテちゃんもマジ可愛い」
「わかる!」

 なんかこの姦しさも懐かしいな。
 木村妹と、平家姉妹の妹。
 二人が高校生の時から知ってるけど、良い意味で変わらない。

「この集まり、どうする?」
「元気なの分かりますし、続けていいんじゃないですか」
「けーたに賛成」

 続けることにしたみたい。
 まあ、私もそれがいいと思う。

 聞いてると、皆割とspに余裕が出来てきてるみたいだね。
 このまま食料品の必要spが増えたら怖いけど。

 キムケーと平家さん以外は迷宮に入るのも考えてるんだ。
 キムケーは前の私と同じで貧弱だもんなぁ。

 平家さんはお姉ちゃんだけ家が遠いから、先に合流したいみたい。

「ハロちゃんのお陰で余裕できたし、けーたでも何とか生きてけそう」
「キムケーは、筋トレ頑張れ……」
「いやホントに……」

 はは、言われてる。
 彼、百七十近く身長あるのに四十キロ台半ばくらいだからなぁ……。

「……村上君、どうしちゃったんだろ」
「死んじゃっててもおかしくないからヤバいよね……」

 私の事だ。
 空気が重くなったのが分かる。

「村上さん、なんだかんだしぶとく生きてそうっすけどね」
「体調崩して寝込んでるだけじゃねってのは俺もちょっと思ってはいた」

 出て行けば、安心してもらえるんだろう。
 たぶん、こいつらは私が女になったのも笑って済ませる。

 私が八雲ハロって事には、妹二人が何か言ってきそうだけど。

「村上君、変だし適応してそうな感じはする」

 はは、ほら。
 木村さん、新人さんとかに私を紹介するとき絶対こう言うんだよ。

 悪意は無くて、寧ろ好意的に言ってくれてるから気にしてなかったけど。

「そう、ですよね……」

 ……。

 思った以上に、心配してくれてる事を喜べばいいのか、心を痛めたらいいのか。

 どちらにせよ、この繋がりはもう、切ったもの。
 今更出ていく気はない。

 今の自由を捨てるつもりはない。

 でも、これだけ。
 これくらいは良いだろう。

 (しがらみ)にはならないはずだから。

 空けた穴を少しだけ広くして、走り書きしたメモを入れる。
 気が付いてくれるかな。

「ん? なんだこの紙」

 良かった、気づいたみたい。

 じゃあ、この穴はもういらないね。
 塞いじゃおう。

 と、その前に少しだけ、分けても不自然じゃないくらいのspも。

 皆の声が聞こえなくなって、代わりにダーウィンティーさんの配信音声が耳に入る。

「なるほど、分け与える血の量によって階級が変わるのですね。事後的に増やしたり減らしたりで階級を上下させることも可能、と……」

 さっき届けた紙に書いたのは三つ。

 私、俺が生きているってこと。
 けどもう会えないってこと。
 それから、ありがとうって、お礼。

 あいつ等がどう思うかは分からないけど、これで安心してくれたらいいな。

「あ、こんにちは! 人体実験? 良いんです。もうそんな縛りありません!」

 好き勝手に生きてる手前、あまり心配されるのも悪いからさ。
 
さて、帰ったらダーウィンティーさんの実験のまとめスレッドでも覗こう。
 けっこうマッドなサイエンスしてたみたいだし。

 眷属化はどんな感じの能力かな。


 はてさてはて、思った以上に凄いけど、これ、どうしようか?

「吸血鬼ってみんなこんな感じなの?」
「いや、様々な要素が組み合わさった結果だろう」

 ふむ。

 今、配信画面の中では実験結果のまとめをウィンテさんがしてる。

 それが中々にえげつない。

 彼女自身、個としての力にかなりの可能性がある。
 今は夜墨くらいだけど、力の使い方を覚えたらすぐに引き離してしまうだろう。

 それに加えて、だよ。
 群れとしても相当になるのが確実なんだ。

 一番弱い階級でも、平均能力値C。
 実験の中で生み出された最高階級、伯爵がベルゼアやオムカデアと同等の力を持っていた。

 夜墨の話と合わせると、配下としての最高位、公爵はアラネアと同等の力になるんじゃないかな。

 受け入れられる血の量は個人の資質とウィンテさんへの忠誠心に比例するみたいで、まだ伯爵までしか生まれなかったけど、それでも十分な戦力だよね。
 
 更に各吸血鬼たちも同じように自分の階級未満の眷属を生み出せる。
 つまりは鼠算方式に増えていくんだ。

 これは、下手をするとどこかの時代で吸血鬼狩りが起きるんじゃない?

 まあ、仮に吸血鬼狩りが起きたとしても別にいいんだけど。
 私、龍だし。

 ただ、もし私に吸血鬼たちが敵対したら面倒。
 私と夜墨なら何とかなるとは思うよ。

 夜墨でさえ伯爵の一つ上、侯爵以下はぶっちゃけ片手間で相手できるからね。
 公爵級複数で来られると、夜墨は危ない。

 つまり、ウィンテさんを含めた全戦力で来られたら、かなりの消耗を強いられることになる。
 油断してると殺されちゃうかもね。

 そんなわけで、暫くはほどほどの距離を保ちつつ仲良くします。
 私が許容できるぎりぎりまでで。

 呼び名が愛称になったのは、その関係。
 こんな状況で彼女からお願いされたら、無下にしづらい。

 許容できるだけで嫌なものは嫌なんだよ、こういう繋がり。
 
 幸い、ウィンテさんはマッドなだけで良い子かつ頭も回るから、薄い繋がりなら苦にならない。可愛いし。
 (しがらみ)にならないギリギリなら、むしろ有り。

 可愛いは正義だよ。

 私の自由を害するなら、知らないけどね。

「まあ、もっと強くなれば問題ないよね」
「そうだな」

 という訳で、私の生活はあまり変わりません!
 テキトーに配信して悠々自適な生活を保ちつつ、良い感じに訓練して強くなる!

 よしよし、問題解決って、うん?

「えっと、その、ごめんなさい。絶影さん。あまり暴言が多いのは困ります」

 これ、私の最初の配信でブロックしたのじゃない?
 絶♰影って明らかな厨二病。

 言動も中学生か高校生くらいっぽい感じ。
 要はお子様。

 学ばないなぁ。

『うるさいザコブス!アニキのお陰かお前なんかより強くなれるだ!俺は偉いだろ!』

 あらあらまあまあ、て感じだね。
 日本語変だし。

 ていうかこれ、配信からはブロック出来るけど他に行ったら見えるんだ。
 面倒。

「ねえ夜墨、スレッドの方でこの人いたことある?」
「いや、無いな」

 スレッドの方では排除出来るのかな。
 ならまあ。

 あ、コメント消えた。
 ブロックされたか。

「お騒がせしました。気を取り直して、続けていきましょう!」

 お、プライベートスレッドに連絡が。
 えっと、ブロックした人を共有できそうならしてほしい、か。

 出来るかな?
 あ、出来る。

 ほい、送信っと。

 身から出た錆で自業自得だけどさ、今こういった配信やスレッドから締め出されるってしんどいよね。
 強く生きて欲しい。
 私に関わらない範囲で。

 さてさて、明日は朝から迷宮攻略の続きかな。
 ウィンテさんに伝えておいてっと。

「あ、今ハロさんから明日の朝配信するって連絡が来ました!」

 今の流れで言うんだ。
 話ぶった切っちゃってる。

「私の配信は日が落ちてからにします! 吸血鬼って夜型のイメージですし、丁度いい? じゃなくて、ごめんなさい、続けます!」

 あ、協力者の人に肩叩かれた。
 名前なんだっけ、ワトソン? ワンストーン?

 そだ、ワンストーンだ。
 アインシュタインの英語呼び。

 この人も検証スレッドでそれなりに見かける。
 自分から人柱になるだけあってマッドよりのサイエンティストだよ。

 他の人は多かれ少なかれ下心が見えるけど、彼だけ完全純粋な探求心って感じなんだよね。
 まあ、全員研究バカなのはそうなんだけど。

「吸血鬼は研究者の種族になりそうだね」
「不死性の高い不老種族だ。丁度良かろう」

 もし各種族が始祖の影響を受けるとしたら、龍は自由気ままで傲慢な種族になるのかな。

「そういえば、人龍じゃない別の種類の龍になる人がいたら、その人も始祖になるのかな?」
「いや、龍の始祖はロードだけだ。竜種は別だろうがな」

 竜種って言った時の夜墨にちょっと対抗意識が見えた。
 食べ物にもちゃんと好みがありそうだし、意外と人格はっきりあるんだよね。

 龍の姿のままで良かった。
 これくらいなら兎も角、人の姿だと事と次第によっては人間ぽくて面倒ってなってたかもだから。

 ヒンヤリした鱗の体を撫でながら思う。
 反応は特にない。
 気持ちいいし、私に対して悪感情を抱くことは無い存在だからもう少し続けよう。

 あ、配信終わるんだ。
 それじゃあ、暗くなるまで本を読んでようかな。
 うっかり朝まで起きてるって事にはならないようにしないとね。

 十一階層以降にも美味しい敵がいたらいいけど。


 眼下には血と生ごみの臭い漂う渋谷。
 天気は良好、地上に風は無し。
 絶好の配信日和だね!

 迷宮潜るから天気は関係ないんだけど。

「それじゃ、行ってくる」
「ああ」

 夜墨の頭の上から倒れこむようにして、ダイブする。
 そうだ、適当な所で減速しないと。
 またクレーターが出来ちゃう。

 それにしても、なんかいつもより血の臭いが濃い気がする。
 気持ち悪い。

 人の気配も気持ち少ないし、誰か暴れたかな?

 まあいいや。
 配信開始したら、さっさと迷宮に入っちゃおう。

 そろそろ地上だね。
 その辺を流れる力の流れに乗って減速、からの着地。

 うん、百点。

 うん? なんか近づいてくる気配が。
 人間、かな。

 ダラダラしてて話しかけられたら面倒だし、早速配信開始っと。

「ハロハロ、八雲ハロだよ。皆おはよう」

『ハロハロー』
『おはようございます』
『おはー。今日は十一階から先か』

 ウィンテさんが告知してただけあって、昨日より集まるのが早いね。
 今日も稼がせてもらえそう。

「それじゃ、早速迷宮入るねー」

 いざ出発って、うん?
 さっきの気配、めっちゃ走ってきてない?

 意外と早いぞ?
 あ、あれか。

「待て!」

 うわー、なんかめっちゃ叫んでる。
 どうしようかな。

 敵意バリバリなんだよね。
 いっか、待たなくて。

『待たないハロさん。流石です』
『完全スルーの体勢草』
『待たないんですか?』
『やばそうなヤツ来たな』

「待てって言ってんだろブス!」

 お、この話し方。
 もしかしてもしかする?

 いやいや、同じようにボキャブラリーに乏しい罵倒なんていくらでもあるしね。
 でもやっぱりちょっと気になるので待ちましょう。

「君、絶影君?」
「はぁ、はぁ……よく、分かっ、たな」

 追い付いてきたから聞いてみたけど、めっちゃ息切らしてる。
 そしてやはり絶影君だった。

 高校生になってるか怪しいくらいだね。
 超幼く見える。

 けど服には返り血がたっぷりでギャップ凄いね。

『お、噂の絶影君。超ガキじゃん』
『なんでこんな血が付いてるんだ?』
『子どもがそんなニヤニヤ笑いするものじゃ無いと思います』

 いつかのヤーさん並みの下卑た笑み。
 なんだろうね?

 とりあえず息整えるの待ち。

「この俺がわざわざ証明しに来てやったんだ! 喜びやがれ!」
「はぁ? それはどうも?」

 何をだろ。
 よく分からないけど、絶影君って分かったからもういいや。

『流れるように迷宮内に向くカメラ』
『文字通り眼中になし!』

 いやだって、興味ないし。

 あ、証明ってあれか。
 昨日ウィンテさんの配信で自分の方が強くなれるとか云々言ってたやつ。

 たしかに、その辺の人よりは多少強そうだけどさ、十階層の守護者、ワーラットよりちょっと弱いくらいなんだよね。

「待てっつってんだろ!」

 ん?
 熱の気配。

 あたっ。

「ハハハ! どうだ俺の魔法は!」

 どうって、小さな子どもの投げた柔らかいボールに当たったような感じ?

 強いて言えば、感じる彼の魔力量にしては強かったかな。

「ああ、魔石使ったんだ。それ、自分で取ってきたの?」
「兄貴に教えて貰ったんだ! すげぇだろ!」

 うん?
 ああ、すぐブロックしたから私の配信見てないんだ。

『魔石使って魔法を使ったのか』
『魔石使った魔法、ちょっと前にハロさんが教えてたやつだよな』
『火の玉ぶつかって焦げ目一つ付かないハロちゃんの髪よ』
 
 そのアニキさんはウィンテさんの契約の時に見てたんだろうね。

 一応、頭の片隅に置いておこうかな。
 なーんか、引っ掛かるんだよね、絶影君のアニキさん。

「アニキって、実のお兄さん?」
「そうだ!」

 あら素直。

 よし、聞きたい事は聞けたから行こうかな。

「あっこら、待ちやがれ!」

 まだ何かあるんだろうか?
 と思って振り返ったら、霧散する小さな魔石の数々と、同じ数の火球が見えた。

 どうしよ、無視してもダメージ無いんだけど、調子に乗るかな?
 さすがに鬱陶しい。

 よし、かき消そう。

「はぁっ!?」

『デコピンの風圧でかき消した?』
『なんかよく分からんがすげぇ』
『ハロちゃん最強』

 飛行するときに使う技術の応用。
 そこらにある力に直接干渉して風圧みたいにしただけ。

 魔力だったり、何かよく分からない、けどもっと根源的な力だったりって意外とそのへんに漂ってるんだよね。
 薄らとだけど。

 ちなみに迷宮内はもっと濃い。

「チートだろ!」
「まあ、否定はしないかな」

 これで空も飛べるし。

 ズルではないけどズルくはある、みたいな。

「じゃ、ばいばい」

 さっきので尻もちを突いてる絶影君を放置して迷宮内へ。
 転移したら追って来られないでしょ。

「変なアクシデントごめんねー?」

『気にしてナッシング』
『大丈夫ですよ』
『悪い意味で期待通りだったな 絶影君』

 なんか追いかけてくる気配があるけど、気にせず隠し部屋へ。

 あ、通り過ぎて行った。
 まあ、魔石はまだ持ってるみたいだし、死にはしないか。

「なんか十階層の守護者前か守護者後か選べるみたいだね。準備運動も兼ねて守護者前に行こうと思うけど、それでいい?」

『おっけー』
『はい』
『ボスって同じなのかな?』
『今回はサクッと倒すのかな?」

 そうだった。
 皆は守護者一緒ってまだ知らないんだった。

 じゃあちょうどいいか。

「じゃあ行くねー」

 魔法陣に乗ると、眼前に選択肢が現れる。
 予定通り十階層(守護者前)と表記されているものを選ぶと、ほんの一瞬視界が暗転して、重厚な扉の前に移動した。

 これ、本当に便利。
 外でも使えたらいいんだけど、見える範囲への転移ですら私のほぼ全魔力が必要だったんだよね。

 軽い物ならまだなんとか実用範囲だけど、まあお蔵入りかな。

 ちなみにイメージは座標平面を折り曲げて点と点を重ねる感じにした。

「今回も一応しておこうかな?」

『ん? 今回もって、前回何かしたっけ』
『あれか?』
『あれするのかな?』

 そう、あれです。

「しゅーごしゃさーん! あっそびーましょー!」

 はい、扉オープン。
 ちゃんといますね、ワーラットさん。

『こんにちはー、遊びに来ましたーてか』
『相変らずユルい』
『守護者、今回もワーラットなんだな』

 だって、アイツ弱いし。

「感じる強さは前回きたときと同じかな。サクっとやっちゃうねー」

 武器は無しでいいかな。

 あ、咆哮上げようとしてる。
 あれ煩いんだよね。止めよっと。

「ほっ」
「ジュルァ!?」

 アッパーカット!
 お口は閉じてなさいっと。

 浮いたところに回し蹴り。
 軽く蹴ったから、山なりに飛んでいく。

 三メートル半の巨体が飛んでいくのは凄い光景ではあるよね。
 まあ、配信映え?
 違うか。

 そのまま距離が離れる前に尻尾を巻きつけてキャッチ。
 私の身長近い長さの尻尾だから、こんな風に振り回して地面に叩きつける事だってできます、はい。

 ん、まだ息はあるね?
 じゃあ止めは、魔法かな。

 雷ちゅどーん!

「よし、終わり」

『えげつな』
『圧倒的じゃないか、我が主は』
『絶影君の魔法が可愛く見える』
『炭化してるな、ワーラット』

 これでも夜墨に向けられた雷の数分の一とかって威力なんだよねー。
 今のくらいなら、体力Aの私でも殆どノーダメージじゃないかな?
 夜墨の鱗なら無傷だろうね。

 うん、龍ってやっぱり頑丈過ぎない?
 やっぱ私らチートだわ。

 今度絶影君にチートだろって言われたら断言しよっと。
 また会うか知らないけどさ。