賢斗(ケント)、なんて馴れ馴れしい呼び方をしているが、俺と尾崎は中学も別だし、とりわけ親しいわけじゃない。向こうが「嫌なこと思い出させるから無理」って言って、名字の「樋高(ひだか)」を口にするのを勝手に拒んでるだけだ。
「じゃあ、それだけ渡したらいいだろ」
「近況報告とか生存確認とかしたいし」
 俺は静かに息を吐いて惰性的に食事用のテーブルに尾崎を着かせた。
 冷蔵庫を見ると、麦茶はボトルの底を塗る程度しか残ってない。迷った末、俺は一番小さいグラスをそれと氷で満たして尾崎の前に置いた。
 尾崎は向かいに座った俺を見た。
「今日は何時に起きた?」
「七時」
「誰かと話した?」
「いや」
「チャットやSNSは?」
「してない」
 尾崎はそこでやっと麦茶を飲んだ。納得か諦めか、その表情はわからない。
 空になったグラスが置かれる。滴る結露の雫が、俺の何かを落ち着かなくさせる。
 尾崎がまた質問をよこす。
「しようと……してみた?」
「いや」
「まだダメなんだ」
「そういうことになるな」
「ちゃんと寝れてる?」
「……わかんね」
 尾崎は間を置いて続けた。
「まだ、鳴るの?」