尾崎が訊く。
「ストレスとか感じてた? 高三の夏だし、受験とか」
「大学に行く予定はなかった。でも就活もしてなくて、親も別に何も言ってなかった。だから……言い方はアレだけど、だいぶ楽に過ごせてたはずだ。なんて言うか……今日終わって明日になればそれでいい、みたいに」
 そうだ。兄は周りからしたら腹立たしいくらい自由に過ごしていたと思う。
「だからなおさら、わからない。それでも、何か思い詰めてたみたいな感じだったから」
 あの頃俺は、兄が今日も朝食の席に姿を見せることにほっとしていた。だけどその理由を考えようとしたことはなかった。
 今はもう、わからないという事実含めて、全部が、情けない。
 しばらくの静寂。それを尾崎が切った。
「……でもさ、うち一応進学校で通ってるじゃん。『実績』落とすように見えるものがあったら教頭がじっとしてないと思う」
 俺は腹の底に鈍い重さを感じた。

 帰り際に尾崎が尋ねた。
「文化祭、ケントは出ないよね」
 明日で十月が終わる。今は言うなら本番直前だ。
「出ない」
「わかった」
 俺はそう言った尾崎の後ろ姿を見送った。