アトランティス。
約一万二千年前、洪水によって一日と一夜で大西洋に沈んだとされる神秘の島。
そこには、軍事力、文化、技術が古代ギリシャを凌駕していたと言われ、その伝説を求めて海に出る者が後を絶たなかった。
しかし、誰もアトランティスを見つけることは出来ず。
長い時が経つにつれ、今ではオカルト界隈で語られる伝説の島となっている。

俺とアオは、アトランティスに向かうため、近くの浜辺にやってきた。

「今からアトランティスに向かうなんて、楽しみ!」

アオは、遠足を待ち望む子どものような表情を浮かべていた。

「楽しみにするのはいいが……アオ」
「何?」

「最後に確認したい。ここから先は、陸とは違い危険な世界だ。それでも行くか?」

俺は再度、アトランティスに行く意志をアオに尋ねた。
すると、彼女は迷うことなく即答した。

「もちろん!君も分かるでしょ?私がここまで来て、行かない選択肢なんてないことを」

「確かにそうだな。聞くまでもなかったな……」

俺は彼女の前に立ち、波打ち際に転移術式を書き始めた。

「何をしているの?」
「アトランティスに繋がる転移術式を描いているんだ」

この術式は、直接ポセイドン様がいるアトラス神殿へ繋がるようにした。

「アオ、転移したら先にポセイドン様へ謁見してもらう」
「謁見……私、礼儀作法なんて知らないよ?」
「大丈夫だ。俺の真似をすればいい」

俺はアオの手を優しく取り、術式の上で向かい合うように立った。
アオは少し緊張した様子を見せ、俺の手を少し強く握り返した。

「準備はいいか?手を離すなよ」
「うん」

互いの緊張がピークに達した瞬間、俺は術式を発動させた。
次の瞬間、膨大な光の渦に巻き込まれながら、俺たちはアトランティスに転移した。
海中の冷たさと波の流れを感じる暇もなく、目の前に巨大なアトラス神殿が現れた。

「ここがアトランティス……」

アオはその光景に圧倒されていた。

アトラス神殿。
アトランティスが築かれる前から存在すると言われる古代の神殿。
神々が作ったと言われ、そのおかげか神殿の形は独特な形をしている。
神殿と言うよりかは、大樹に近い。
そんな神殿の主神はポセイドン様であり、ここで種族の選別が行われている。
そして俺は、この神殿を守る役割を担っている。

「アオ、まずは神殿でポセイドン様に挨拶をしよう。ついてきてくれ」
「う、うん」

俺は驚いた表情を浮かべるアオを連れ、ポセイドン様に会いに向かった。
しかし、その時、耳に馴染みのある声が聞こえてきた。

「だーれだ」

その声と共に視界がぼやけた。

「ちょ、セラ!?」

隣から慌てるアオの声が聞こえたが、先に聞こえた間延びした声を考えると……。

「よせクレイ。俺たちは遊びに来たわけじゃない」

「相変わらず堅物ねぇ」

俺が白く半透明な鰭を離すと、目の前に白いスカートをなびかせながら、優雅に海中を漂うクレイが現れた。

「はじめまして、セラの番、深海アオさん。私は七人戦士の忍辱の戦士、クレイ・パルティアです」
「は、はじめまして……なんで私の名前を知っているの?」
「セイルから聞いたのよ、私と同じ生物学者がいるってね」

クレイはアオの質問に優しく答えた。

「お前がここにいるということは……」
「ポセイドン様に頼まれたの。『千年ぶりの陸の人間が来るから、アトランティスの中で一番神聖な場所を案内しろ』ってね」

あの方なら言いかねない。早く謁見を済ませて帰りたかったが……まぁ、せっかくだから、クレイに神殿を案内してもらおう。
俺たちはクレイに導かれ、神殿の内部を見回った。

七戦士の忍辱の戦士クレイ・パルテア、彼女はアトランティス随一の生物学者だ。
彼女は海の生物の歴史、四十億年分の知識を持っている。
その知識を生かし、ポセイドン様の選別の手伝いや、新たな生物の記録などをしている。

「ここは図書室。ここを超える図書室は他にはないわ」
「おお!すごい…この本の数は見たことない!」

クレイが紹介した図書室で、アオは目を輝かせながら喜んでいた。

「クレイさん、ちょっと見てきてもいい?」
「良いわよ」

アオは図書室へと入り、本を手にとってはパラパラと読み始めた。
その様子を見たクレイは、微笑みながら口を開いた。

「珍しいわね」
「何が言いたい?」
「あなたが、ああいう元気系の子を番にするなんて」

俺もアオと番なるなんて思ってもいなかった。

「俺もだ。今までなかったのに、アオと一緒にいると何故か俺の中の何かを熱くさせるんだ」
「熱くねぇ…それは興味深いね。君達シーラカンス族は他の種族と違って繁殖期が遅い。もしかしたら君、発情している?」
「発情……?」

俺が発情?まさかそんな……。
別に不能とかではないが、急に言われると返答に困る。

「それにしても、人間と鰭人の交尾か…」

クレイが興味ありげにアオを見るが、お前が見ている人こそ、鰭人と人間の間で生まれた者だ。
流石にアオの正体を話すことなんてできない。

「興味あるわねぇ……交尾する機会があったら見てみたいわ」

クレイは興味あり気な表情でこちらを見るが、絶対に嫌だ。
この女、生物学者としては優秀なのだが、優秀なあまり度がすぎる行動をとることがある。

「絶対に嫌だ」
「そう、なら仕方ないわね。さて、そろそろポセイドン様の所に行きましょう。アオさんそろそろ行きましょう」

残念そうな様子を見せながらも、アオを呼べばすぐにこちらへと向かってきた。

「どうだった?」
「いやぁ、なに書いているか分からなかった!」
「そうか……なら、ここの言語はお俺が教えよう」
「やった!」

アオが嬉しそうな様子を見せるが、その様子が可愛らしい。
そんな彼女を見つめていた瞬間だった、胸の鼓動が急に早くなった。

「……っ」
「ん?セラ?どうしたの?」
「あらら~」

俺の様子をみたアオは心配するが、その隣にいるクレイはニヤニヤとこちらをみている。
まさかだと思うが……。

「クレイ……お前!」
「ふふ、何のことかしら?そんなに顔を赤くしちゃって」

確信犯だ……クレイの奴、俺に気付かれないように毒を打ちやがった。
神殿だったから油断していたが……最悪だ。

「へ?え?何?どういうこと?」
「どうやらセラは少し疲れているみたい。だけど安心して、彼ああ見えてタフだから」
「タフなのは知っているけど……」
「さぁ、ポセイドン様の所に行きましょ!」

クレイの発言からして、俺に打たれたのは毒ではないが。
この、アオを見る度身体が熱くなる感じ……一体なんだ?何を打ったんだ?

身体の熱を上げさせないように、出来るだけアオをみないようにし、ポセイドン様がいる主神の間へと向かった。
主神の間は図書室からはそんなに離れていないため、すぐに辿り着いた。
扉の前で少し待っていると扉がゆっくりと開かれ、俺たちは主神の間へと入っていった。

主神の間の最奥にある玉座には、ポセイドン様が座っていた。
その容姿は少年のような見た目で、氷河のように白い髪、俺たちを見つめる月のような瞳。

「よくぞ、アトランティスに来てくれた。深海アオ……私はポセイドン。ここアトランティスの主神だ」
「あ、はい!はっ、はじめまして……」

アオは緊張するが、ポセイドン様はそんなアオに優しく話を続けた。

「まず、お前には謝らないといけない。我々の戦いに巻き込んでしまってすまなかった。本来ならば、君達陸の人間を巻き込みたくはなかったが、どうしてもお前たち人間の力が必要なんだ。もちろん、その分ここにいる間は出来るだけ援助をし、戦いが終わった暁にはお前の願いを一つ叶えてやろう」
「あ、頭を上げてください、ポセイドン様。謝られることなんて……それに、私は嬉しいんです。こうしてアトランティスに来れたことが……」
「そうか……それは良かった。オーシャンバトルの事はセラから聞いているな?」

ポセイドン様の問いにアオはゆっくりと頷いた。

「なら、話す必要はないな…。今日はここに来たばかりであろう?なら、ゆっくりとアトランティスを見回るといい。クレイ、私は選別室に行く。お前もついてこい」
「はい。ポセイドン様」

そう言うと、ポセイドン様とクレイは主神の間から去っていった。
緊張がほぐれたのか、二人が去っていったあと、身体中の熱が全身を駆け巡った。

「はぁ…はぁ」
「せ、セラ!?顔赤いよ!?大丈夫!?」
「アオ、すまないが……今すぐ俺の部屋に……」
「わ、わかった!」

俺の脚がふらつくのを見たのか、アオは小さいからだで俺を支えた。
意識が朦朧とする中、部屋の場所を教えながら向かっっていった。