「セラ!おい!応えろ!」

エコーロケーションが繋がった。『エコロケーション』とは、オーシャンで仲間と遠距離でのやり取りができる能力だ。まさか陸の上でもできるとは思わなかったが……ちょうど良かった。

俺はその声にすぐに応えた。

「その声はセイルか?」
「反応した!無事だったんだな!数時間も繋がらなかった……お前今、どこにいるんだよ!」
「陸だ」
「陸!?…まぁ、丁度良かった」

俺の返事にセイルは驚いたが、すぐに本題に入った。

「さっき、深淵の奴らが宣戦布告をしてきた」
「宣戦布告?戦争になるのか?」
「いや、俺たち七戦士と向こうの戦士が海をかけて戦う……オーシャンバトルだ」
「オーシャンバトルだと?」

オーシャンバトル……それは次のポセイドンを決める戦いだ。
向こうが何を考えているのかは分からないが、奴らがオーシャンバトルで宣戦布告するほど、何が大きいことを考えているのは確かだ。
それに向こうには師匠がいる……今回の宣戦布告も、恐らくは師匠の策だと考えるべきだろう。

「ポセイドン様は何て?」
「オーシャンバトルが行われるとなれば、俺たちは奴らと戦うために陸の人間を番にしなければならない。ポセイドン様は俺たち七戦士に、陸の人間との番になるようにと命じられた」
「……番」

まさかの番。
オーシャンバトル時のみだけ許される番……それは陸の人間だ。
陸の人間と鰭人が番になった時、鰭人は新たな力を得る。
しかし力には代償が付き物、強大な力はオーシャンと陸の均衡が崩れかねない恐れがあるため、オーシャンバトル時以外で陸の人間を番にするのは禁忌とされている。
そんな番を探さなければならない……。

「セラ?大丈夫かい?」
「っ……」

アオの呼びかけに一瞬…俺は頭の中でアオを番にと考えたが、恩人に過酷な運命を辿らせるのは酷だ…しかし…。
俺の中の何かが、アオを番にした方がいいと言っている。

「アオ…オレは」

俺はアオに言いかけたその時だ、ただならぬ殺気と魔力を背後から感じた。

「っ!?伏せろアオ!」
「へっ…?」

咄嗟にアオを護るように前に出た瞬間、炎の矢が窓を突き破ってきため、俺は直ぐに防御壁を展開した。
辺りは炎に包まれる中、外から男の声が聞こえた。

「強い生命力と魔力の匂いがしたから来てみれば、懐かしい奴がいるじゃねーか!」
「お前は…」

炎の向こう側には見覚えのある姿があった。
赤い髪、頬にはサメ特有のエラ…しかも古代ザメ特有の5本エラ。
そして、サメにしてはしなる耳鰭(みみひれ)尾鰭(おびれ)
アイツは…。

「最悪だな、よりによってエンヴィー…」
「え、ちょ、セラ!?なに!?何が起きたの、あのラブカみたいな男はなに!?てか、家がぁ!」

アオは何が起きているのかは状況を把握できず、彼女の焦った声が聞こえた。
無理もないはずだ、目の前で陸の人間じゃ分からないような事が起きてるのだから。

「まぁ、今回はお前には要はねぇ……おい!そこの女!」

エンヴィーは鋭い目つきでアオに指を指した。

「は、はぁ?」
「お前だよ、お前!お前、陸の人間にしてはやけに高い生命力をもっているな。お前なら俺の力を最大限に引き出せるかもししれねぇ」

サメ族特有の能力『獲物追跡器(プレイトリッカー)
捕食する生物やターゲットの魔力と生命力を感知し、位置まで特定する能力。
範囲は能力者の力によって様々だが、まさか陸でもその能力が使えるとは…ましてや、アオの生命力がエンヴィーの言った通りなら、尚更アオを護らないといけない。

「はぁ? 力? 何言ってるか分からない!」
「はぁ… 説明するのが面倒くせぇなぁ」

エンヴィーはアオに向けて炎の矢の先を向けた。その矢の炎は奴の魔力に反応して、みるみる大きくなっていく。

「まぁ、多少手足が無くなっても、身体と頭さえあれば問題はねぇ」
「まずい! 伏せろ、アオ!」

ドゴォォン!と爆音と共に、 エンヴィーから凄まじい魔力の一撃が放たれ、俺は再びアオを護った。

「…相変わらず、魔力だけは凄まじいな… 大丈夫か、アオ?」
「っ…ん…だ、大丈夫…」

なんとかギリギリで護ることはできたが、今の俺の力だとアオを護りながら戦うのは難しい。どうにかアオだけでも、この場から逃がさないと! もし、エンヴィーが無理やりアオと番になれば、俺でも敵わなくなる。

「……エンヴィー」
「やはり、双璧って謳われてるだけはあって、(つがい)が居なくても、それなりには力は出せるか」

しかしこの状況をどう切り抜けれるか…エンヴィーから感じるこの魔力の強さ、間違いなく昔の時よりも強くなっているのは確かだ。
俺は頭の中で策を考えようとするが、陸と海の中の環境が違いすぎて策が思いつかない。
だが、このままだと二人してエンヴィーにやられてしまう。

「どうすれば……」

エンヴィーはそんな俺の様子をみて、厭らしく笑い始めた。

「くくくっ……それにしても、お前は本当に馬鹿だよなぁ…女さえ見捨てれば、楽に戦えるのによぉ」

あぁ……エンヴィーの言うとおりだ、今ここでアオを見捨てれば俺は奴と戦える。
だが、俺は性からなのか、どうやらアオを見捨てるこは出来ない……いや、見捨てたら後悔してしまう。
もう、あの時みたいに俺の前で死なせるものか。

「生憎、俺はお前と違って簡単に人を見捨てたりはしない。俺が生きている限り目の前の人を護ってみせる!」
「そうかよぉ!なら死ねぇ!」

エンヴィーは一斉に炎の矢をこちらに放ってきた。

「アオ!俺の後ろに……なっ!?」

俺はアオを確認する為に振り向いたが、そこにはアオの姿がなかった。

「ははは!まさか逃げ出すとか正気かあの女!馬鹿にもほどが……」

エンヴィーが笑いながら俺に愉悦な笑みを向けようとしたその時だった。

「いい加減にしろよぉこのやろぉぉぉぉ!」
「!?」

アオはエンヴィーの真横から勢いよく飛び出してきた。
そして、彼女はその勢いのまま、奴の頬にドロップキックを入れた。

「んぐぅ!?」

奴の情けない声が聞こえる中、俺の目に映る彼女の姿は勇ましく、その光景に思わず見惚れてしまった。

「お前!よくも人の家を燃やしたな!おかげで私の大事な資料が……」

アオの怒いはごもっともで、こんなことにさせてしまった俺にも非があるわけで、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
だが、少しだけおかしい……アオはどうやって奴の獲物追跡器(プレイトリッカー)を潜り抜けたのか…。
少しだけ疑問が浮かぶものの、そんなことエンヴィーは気にしておらず、アオに拳を向けた。

「ま、まずい!逃げろ!アオ!」
「この…よくも…番なんか関係ねぇ!お前から殺してやる!」
「っ!?」

エンヴィーは怒りのあまりに、アオの腹部に素早く拳を入れた。
肉と骨が低くめり込む音と共に、彼女は勢いよく外へ高く飛ばされてしまった。

「しまった!クソ!」
「ち、しま」

俺はアオを助ける為に、咄嗟に閃光術をエンヴィーの真正面に使い、隙をついて素早く彼女の後を追った。

「アオ!」

まずい、エンヴィーの一撃で気を失っている!このまま、地面にぶつかれば確実に死ぬ!
俺は、加速術を使い建物伝いでアオに追いつき、素早くアオを護るように抱え、無理やり建物を勢いよく蹴りその場から離れた。

「絶対に死なすものか!」

無茶な着地に備えて背中に防壁術を出せば、凄まじい音と同時に地面に叩きつけられた。

「っ…アオ…大丈夫か!」

腕の中にいるアオを確かめるものの、彼女は痛みからか苦しい表情をみせた。
俺は直ぐに治癒術を彼女に掛けた。
 
「くっ…つ…ガハッ」
「まずい…内臓が破裂している」

エンヴィーの一撃が軽かったのか運が良かったのかは分からないが、陸の人間がこの程度の傷で済んだのは幸いかもしれない。
しかし、それは俺たちの場合の話で、アオの様子からみて陸の人間にとっては致命的だ。

「…くそ!」

残った魔力をすべて治癒術に使うもののアオの傷が癒えず、彼女は徐々に血の気引き口からは予想以上に吐血をしている。
先程の戦闘のせいか、俺の魔力が足りない……。
治療すれば助かる命が目の前にあるのに、このままだとアオが死んでしまう。
俺は彼女を助ける為に腹を括った。

「…強引だが、助けるためだ」

俺は血で紅く染まったアオの唇に、自身の唇を重ねて離れ、詠唱をした。

「汝の肉体と魂を礎に陸と海への導き、祖は我がシーラカンスの元へ。 汝の魂を7つの海が導き、我が母なる海へと至り循環せよ。 汝の身は我が下に、我が運命は汝の双璧に。神の誓い従い、この意、この理に従うならば応えよ、誓いを此処に 我は天海の双璧と成る者として契約を結ぶ」

アオの身体が光輝き、身体全体に契約の呪文が刻まれていき、アオの右腕に契約の印が刻まれた。

「契約は成功した…これで治癒術が掛けやすくなる」

そう、彼女を助ける唯一の方法。
それは俺と番になり、俺の力を覚醒させ治癒術を掛ける。

俺は再びアオに治癒術を掛けた。
損傷した内臓に自身の魔力を流し込むようなイメージで術を掛けるが、コントロールしている筈の魔力がやけに放出されている。
その上に、断片的に見覚えのない記憶が頭の中に流れてきたのだ。

「…なんだ…この感覚…やけに魔力の放出が……契約したばかりだからか?それに、この記憶は……アオの記憶か?そんなことどうでもいい、とりあえず早く治すぞ」

俺はアオの傷を治すために、集中し少しずつアオの傷を治していった。
損傷した内臓は無事に完治し、彼女の表情は先ほどよりも和らいだ様子になった。

俺はアオの手を優しく握りしめると、それに応えるかのように彼女は目を覚ました。

「……ん…ここは?」
「近くの山だ」
「セラ…私一体…ここは?」

アオはゆっくりと身体を起こす。

「お前は、エンヴィーに一撃食らわされて死にかけた…。お前の命を助けるためだったが、無理やり契りをして俺の魔法で治した」
「契り…契り!?」

顔を赤らめながら、警戒するようにばっと身を守るような動作をするアオ。

「会ったばかりなのに契り!?ちょっと、セラ!」
「ん?お前なんか勘違いしてないか…?」
「だって、契りって!」

その様子からして、アオはどうやら勘違いをしている。

「あー……そうか、そっちだとそう捉えられるよな…別にお前と交尾した訳では無い。右腕を見てみろ」
「証……?」

アオが右腕をゆっくりと確認すると、そこには契りの証である俺のシーラカンス族の印が刻まれていた。

「アオ、俺はお前に謝らないといけない。戦いに巻き込んですまなかった。俺のせいでお前の大事の資料が」

俺の謝罪を聞いたアオはやれやれと言わんばかりな様子を見せ、俺に優しく応えてくれた。

「まぁ、資料や本が燃えたのはちょっと残念だったけど、まぁ……本や資料は私が生きてればなんとかなるから、あんまり気にしないで」
「……しかし、これからお前はオーシャンバトルに参加しないといけなくなる」

アオを助けるためだとはいえ彼女をオーシャンバトルに無理やり参加させたことが、俺の罪悪感を沸かさせる。
しかし、彼女は俺のその気持ちはつい知らず、再び好奇心旺盛な表情で俺に質問してきた。

「オーシャンバトル!?なにそれ!?ねぇ、聞かせてよ!」
「……」

さっきまで身の危険があったばかりなのに、彼女は気にしないらしい。

「はぁ……」

彼女のその様子に呆れてつい溜息が出てしまい、俺はアオを強く抱き寄せた。

「セラ?……んっ!?」

不思議そうな様子を見せる彼女の唇に自身の唇を重ね、ゆっくりと唇から離れた。

「ちょ、セラ!?な、なにを!」

急な出来事にアオは顔を赤面し、あたふたした様子を見せた。

「何をそんなに慌ててる?番になった以上、お前は俺の大事な妻だ」
「え?……妻?」

オーシャンバトルの番は力を覚醒には必要な役割があるが、それとは別の役割がある。
それは『番になった種の存続のために、その者と結ばれなければならない』

「嘘でしょ……」
「嘘ではない。それに安心しろ…お前を巻き込んだ以上、俺は死ぬまでお前を護る」

アオの手を優しく握るものの、彼女は勢いよく振りほどいた。

「安心出来るかぁ!てか、なんだよこれ!190cmのシーラカンス男助けたら、ラブカ男にいきなり奇襲されて死にかけるし!助けるためにファーストキスを奪われて契約されて、シーラカンス男の妻!?」
「嬉しくないのか?お前、生まれてきて異性関係なかったろ?」
「なんで彼氏歴も知ってだよ!」

知っているもなにも、契り時の時に彼女の記憶が流れてきたのを見たからな。

「契り時にお前の記憶が流れてきて……」
「あぁープライバシーが皆無!」

1人ツッコミしてるアオを俺は呆れながらもゆっくりと抱き上げ、腕の中に収まるアオは少し動揺が隠せれない表情になった。

「1人ツッコミしてる所で水を差す様なこと言うが、お前俺の事好きだろ?」
「っ!?はぁ!?」

アオの顔はさらに茹でタコの様に真っ赤になり、腕の中でアタフタする。

「これは聞いただけだったから確証はなかったが、契りには相性があるらしい。それは友情を超える好意。その相性がよくなければ成功せず番は死んでしまう」
「なに、その仕組み……」
「まぁ、成功したってことは……そうゆうことだな」

俺の言葉にアオは恥ずかしさからか、顔を背けてしまった。

「なんで私を……?」
「確かにお前を助ける為に契ったが……それ以上にお前がエンヴィーの顔にドロップキックを入れた、あの勇ましい姿に惹かれてしまった…あとチャーハンが美味いのもある」
「……っ…恥ずかしいからあんまり言わないでくれ」

彼女は耳まで赤くし応える。
あぁ、俺より小さくて可愛らしい俺の番…。

「大丈夫だ、番になった以上俺はお前を絶対に守り抜くから、これからもよろしくなアオ…」
「まぁ、助けてもらったし……何かの縁だろうね。これからもよろしく、セラ」

こうして、俺はアオと出会い番になった。
そしてこれから続くオーシャンバトルに俺とアオは挑むのであった。