「……ラ……セラ!」
「っつ!?」

アオの呼びかけに気づいて、目が覚めた。

「うなされていたけど、大丈夫かい?」

アオが心配そうな様子で俺をのぞき込んできた。

「あ、あぁ……大丈夫だ」

まさか、久しぶりにあの日の夢を見るとは思わなかった。ゆっくりと上体を起こすと、額から汗が垂れ落ちた。

「一先ずお風呂に入ってきなよ。その間にホットミルクでも作っておくから」

アオにそう促され、俺は風呂場に向かった。

「まさか、夢で見るなんてな」

酷い寝汗をお湯で洗い流し、ゆっくりと温泉に浸かった。

「…ふぅ」

脚を伸ばし一息つくが、どうもセイルに言われたことが頭から離れない。

『逃げるな!お前は、何のために身分を隠し、戦士になったんだよ!一族の復讐のためだろ!』

復讐――。
俺とセイルはあの日から、一族の復興とあの男への復讐を胸に秘めていた。
戦士になってもその思いが消えることはなかったが、アオと番になって、彼女を巻き込みたくないと避けてきた。
今は避けたいと思う感情と、話さないといけない感情がひしめき合い、混ざり合っている。
こんな感情のままオーシャンバトルに参加したら、戦いに支障が出てしまう。

だが、そんな感情をかき消すかのように、アオの言葉が頭をよぎった。

「お互いを信じて……か。そうだよな、あいつは俺を信じているんだ。俺もあいつを信じないとな」

俺はアオに自分の事を話すために風呂場を後にした。

「おや?早かったね、気持ちは落ち着いたかい?」
「まぁ、なんとか」

俺は椅子に座ると、アオは優しく聞いてきた。

「そっか、ホットミルク飲むかい?」
「あぁ……」

俺が答えると、アオはマグカップに温めた海牛(かいぎゅう)のミルクを注いだ。

「ほら、はちみつ入りだから飲みやすいよ」
「ありがとう」

彼女からホットミルクが入ったマグカップを受け取り、やけどしないようにゆっくりと飲んだ。
カップを机に置くと、彼女も椅子に座り、ホットミルクを飲み始めた。

「アオ」
「なに?」
「お前に話さないといけないことがある」
「……」

俺の言葉に、アオは平静な様子になり、そのまま彼女に俺のことを話した。
彼女は真剣に俺の話を聞いてくれたおかげで、なんとかすべてを伝えることができた。

「こんな感じだが……って、アオ!?」

彼女はなぜか涙ぐんだ表情を浮かべ、俺は思わず愕然としてしまった。

「セラァ…ヒック…君は大変な思いをしてきたんだね」
「あっ、えっと、とりあえず涙を拭け」

アオにタオルを渡すと、彼女は受け取って涙をふいた。
まさか、泣かれるとは思わなかった。
俺は彼女が泣き止むまで、黙って待つことにした。

「落ち着いたか?」
「……うん、大丈夫」

アオは少し落ち着きを取り戻したようで、ゆっくりと口を開いた。

「セラの過去に何があったのかは分かったよ。話すのが辛いだろうに、私に話してくれてありがとう」
「……もし、この話を聞いて何か起こったら、その時は逃げろ」

俺の言葉にアオは一瞬固まったが、彼女は深呼吸して話し始めた。

「私は逃げない」
「なっ!?死ぬかもしれないんだぞ!?」
「それでも、逃げない。君はおそらく、私に話すまでに色々悩み苦しんできたはずだ。そんな君が私を信じて話してくれた。だから、置いて逃げるなんてできない」
「アオ……」
「それに、番になった以上、君の苦しみもいつか私が晴らしてみせるよ」

あぁ……彼女はなんて優しいんだろう。普通の人なら、こんな話を聞いたら否定的になるはずなのに、彼女はすべてを受け入れる覚悟を見せている。
その姿は、あの夜の勇ましい彼女と同じで、嬉しさからなのか言葉が出てこなかった。

「あれ?セラ?おーい!大丈夫か?」
「大丈夫だ。ありがとう、アオ。おかげですっきりした」
「よかった!さっきより表情が良くなっているし、歯を磨いて寝ようか」

アオは背伸びをして椅子から立ち上がると、そのまま歯を磨きに行った。俺もカップを片付けて、後を追うように向かった。