「おーおー!セラ!すっきりした顔してんなぁ!」
「オルカ」

朝から元気に話しかけてくるオルカ。
そんな彼の隣に、女性がいることに気が付いた。

「ん?お前の隣にいるのは……」
「俺の番だ。名前は一ノ瀬遥(いちのせはるか)
「……よろしくお願いします」

一ノ瀬は静かに挨拶を返してきた。
しかし、オルカにしては珍しいタイプの女を選んだものだ。
こいつのことだから、もっと派手なタイプを選ぶと思っていたが、まさかの大人しめな女を選ぶとはな。

「そういえば、お前の番は?」
「アオか?アオなら、相変わらず図書室で調べ物をしている」
「図書室で調べ物するなんて、真面目な奴だな」
「真面目かどうかは……」

真面目かどうかは疑問だが、アオは魚のことになると徹底的に調べないと気が済まない。

「まぁ、オーシャンバトルになれば顔を合わせるだろうし、その時まで楽しみにしてるぜ。また、例の件について詳しく聞かせてくれよー」

そう言って、オルカと一ノ瀬はその場を後にした。

「さて、俺もそろそろ修行を始めるか」

修行場へ向かい扉を開けると、珍しくセイルがいた。

「セイル。お前が修行場にいるなんて珍しいな」
「ちょっと身体を動かしたくなったんだよ」

セイルは軽やかに身体を伸ばした瞬間、素早く槍を召喚し、俺に切っ先を突き付けた。

「せっかくだから、少し付き合えよ」

セイルの三白眼の真っ黒な瞳が俺を捉えた。

「俺もちょうど身体を動かしたかったところだ」

腕に術式を展開し、構えた。
俺とセイルの間に静かな空気が漂い、互いに深呼吸をしたその時。

「行くぜ、セラァ!」

セイルが素早く俺に仕掛けてきて、槍の切っ先が俺の首に触れる寸前で振り払った。
しかし、セイルはすぐに態勢を整え、連続で攻撃を仕掛けてきた。

「相変わらず速いな」
「お褒めの言葉、感謝するよ!」

セイルが槍を振り回した瞬間、姿が消え、殺気を感じて下を見たら、セイルが俺の顎を狙っていた。

「……っつ!?いつの間に」
「お前が修行している間、俺も鍛えてたんだ」

俺はギリギリで上手くかわしたが、セイルはその隙に俺の顔に蹴りを入れた。

「んぐぅ!」

防御術を破壊された!?今までの組み手で破壊することはできなかったはず。
セイルの蹴りで頭が揺れ、一瞬身体が動かなくなった。

「はは!一本もらったぜ!」

まずい、このままだとセイルに負けてしまう。
こんなところで敗北していたら、師匠に勝つなんて夢のまた夢だ!
動け、俺の身体、そして食らいつけ!
俺は自分の唇を強く噛み、無理やり身体を動かして態勢を変え、セイルの脚を掴んだ。

「それはどうかな!」
「なっ!?まさか!?」

セイルは俺の腕から逃れようと暴れたが、俺はしっかりと掴んでいた。

「くらえぇ!」

魔力を右腕に集中させ、一気にセイルの頬に叩き込んだ。
俺の拳の衝撃波によって、土煙が舞い上がった。

「はぁ…はぁ、俺の勝ちだな」
「なぁにが俺の勝ちだ!お前、さっきの一撃、本気で俺をやろうとしただろ!」

土煙の中から頬に治癒術をかけながら、セイルが一喝する。

「お前のことだ、これだけでは死なないだろ?」
「だからって、限度はあるだろうよ!……たくっ、お前といい、師匠さんといい」
「なんだ?師匠にも同じ技をくらったのか?」

セイルは手に持った槍を収め、呆れた様子で話してくれた。

「昔、お前があの人の弟子になったと聞いて、俺も弟子入りしようと頼んだんだが……」

百十七年前――。

「なんでだよ!どうして、セラは良くて俺は駄目なんだよ!」
「お前には素質がない」
「そんなこと、やってみないと分からないだろ!」

セイルのしつこい申し出に、リヴィアタンは頭を抱え、ため息をついた。

「はぁ、分かった。なら、魔力を出してみろ」
「ちゃんと見ててくれよ!」

セイルはリヴィアタンの目の前で、魔力を放出した。

「どうだ!」

自信満々でリヴィアタンに問いかけるが、リヴィアタンは険しい表情を浮かべた。

「……駄目だ。お前には才能がない」
「はぁ!?ちゃんと見たのかよ!」

リヴィアタンの言葉に納得できない様子のセイル。
認められないことが悔しいのか、セイルはリヴィアタンに挑発的な態度を示した。

「もしかして、俺の強さにビビ……」

セイルがリヴィアタンに言いかけたその瞬間だった。
光のような速さで、セイルの頬に拳が入った。

「がはっ!?」

セイルは何が起きたのか理解できず、そのまま地面に倒れ、気を失った。

現在に戻って――。

「それで、師匠のイッカクさんのところで目が覚めて、そのまま弟子になったわけさ」

セイルからこの話を聞かされたのは初めてだった。
あの師匠のことだから、修行の妨げにならないようにと黙っていたのだろう。
それにしても、子どもにあのパンチを入れるなんて、相変わらず恐ろしい。

そんなことを思っていたら、セイルがあることを聞いてきた。

「お前、アオにあのことは話したか?」
「……」
「その様子だと話していないみたいだな。そろそろ話したらどうだ?お前の番になった以上、避けられない運命なのは分かっているんだろ?」

セイルの言葉は俺の心の痛いところを突いてきた。

「分かっている!……でも」

咄嗟に反論しようとするが、言葉が詰まってしまった。
そんな俺に痺れをきらしたのか、セイルは近づき、俺の胸ぐらを掴んできた。

「逃げるな!お前は、何のために身分を隠し、戦士になったんだよ!一族の復讐のためだろ!忘れていないだろうな?俺とお前の父ちゃんが俺たちを逃がすために……」

剣幕な様子で俺に怒鳴るものの、胸ぐらを掴んでいる手が震えていた。

「忘れるものか!一度も……あの日を忘れるものか……だけど、アオを復讐に巻き込みたくない!」
「だったら尚更…あいつにちゃんと話せ。お前が生きていると知れば、どんな手を使ってでも殺しに来る」
「……分かった」

セイルは俺の胸ぐらから手を離し、ゆっくりとその場から立ち去ろうとした時だった。

「もし、あいつに話して何か起これば、その時は俺がフォローする」

そう言って、セイルは修行場を後にした。