考えがまとまらないときというのは、時間がやけに早く感じる。頭が忙しい状態っていうのは、つまりはそういうどこから手をつけたらわからないまま、ただ焦って、なにもできていない状態なのかもしれない。
アパートに向かって歩いているときも、コンビニに買うつもりもなく寄ってみたり、貼られているポスターを興味もないのに眺めたりした。
一人の部屋に帰るのが、いやだった。
結局駅からアパートまでのすべてのコンビニに入ってしまい、もうどこにも寄り道できないと諦めた。
「遅い」
声がした。アパートの道路向かいで、翔真がビニール袋をぶら下げて、缶コーヒーを飲んでいた。
「なんで」
「バイトお疲れ」
いま翔真と向き合うのは、困る。さっき手塚詩織と対峙したことで、気力がもう残っていない。
「なんだよ、変な顔して」
翔真が笑った。「部屋、入ろうぜ」
そう言ってさっさとぼくのアパートに向かっていった。
「ちょっと待って、部屋入るの?」
「昨日、散らかってるからダメっていったじゃん。今日は掃除したんだろ?」
そうだった、昨日のデート終わりに、部屋に行っていいかと訊かれて、掃除できてないから、今度ね、と断ったのだ。
いや、昨日の今日だよ!?
そもそも、時間的に電車はもう動いていない。泊めてあげたほうがいいのかな、でも、ということは、今晩二人で眠るってことか? さっきから問題ばかりが積み上げられていく。俺のライフ、ゼロだよ。
「うわ、男くさ」
部屋に入るなり、翔真が鼻をつまんだ。
「そりゃそうだよ」
僕は部屋の奥の窓をあけた。
「なんか、ティッシュとか床に転がってるんだけど」
と、翔真が丸めたティッシュの端をつまんで言った。・
「拾ったならゴミ箱に捨てといて」
もうこんな掃除の行き届いていない部屋を見られたんだから、どうとでもなれ、と思った。床に散らばっている本や選択していない汚れものを適当に隅におしやった。
「あ、とりあえず押し込んで掃除したってことにするタイプか」
「そうじゃないけど」
ぼくはばつが悪くて、顔を背けた。これじゃおかたづけできないお子ちゃまが叱られているようなもんだ。
「どうぞ」
クッションをベッドのそばに置いた。
「へえ、ほんとにシナリオライターだったんだな」
興味深げに翔真が棚に並んでいるシナリオ年鑑や脚本の背表紙を眺めた。
「いやプロじゃないし」
翔真が棚の本を手に取って、
「これ今度貸して」
とぼくに表紙を見せた。
「持っていっていいよ」
「いや、この部屋にくれば読めるなあ」
「そういうやついたわ。こち亀全巻持ってる友達の部屋に入り浸って読破してたやつが」
「ウケる」
「まあ、ぼくだけど」
「お前かよ」
翔真がにやにやしながら本を開いた。「和寿、面白いな。知れば知るほど面白い」
「どうも」
気乗りしない返事を口にしたけれど、ちょっと照れた。いや、友達の家で漫画を読破したエピソードなんだけど。
「なんかあった?」
翔真がビニール袋からお茶のペットボトルを取り出して、ぼくに渡した。
「あ、ごめん、うち、なんにもなくって」
「客のほうが用意しますよ」
翔真もペットボトルのお茶をあけた。
「あ、おみやげ」
そう言って袋から箱をだして、ぼくに投げた。
「なにこれ」
キャッチした箱を見た。「いらんよこんなの」
ぼくは翔真に投げ返した。
「なんで。使わない派なの?」
「そうじゃないけど使う予定ないから」
「そうかな。俺たち使うかもしれないじゃん」
冗談にしてもひどすぎないか、とぼくが眉をひそめると、翔馬は真面目な顔をしていた。
「さすがスカウトされるだけある。本気か演技かわかんなくなる」
ぼくは言った。
「なんで知ってんの?」
「風の噂で」
ふーん、と言いながら、翔真は箱をお手玉のようにして遊んでいた。
「まあ、どうなるかわかんないよ。事務所のひと、芝居観にくるらしいけど」
「じゃあ、役作りちゃんとしないとね、ゲイ役の」
「……どうした?」
なんて答えたらいいのかわからない。大事な時期に、ニセの彼氏なんて引き受けるだろうか。やはり、芝居の参考のためかもしれない。そもそも、ひぐまりおんにきたのも?
ノンケめ。
コンドームの箱なんて投げてよこして、ぼくの反応を窺っているのかもしれない。
デートのときに楽しそうにしているのを観察していたのかもしれないと思えてきた。そもそも翔真は彼氏ではないなのだ。それに、ノンケだから見込みがない、とか以前の問題なのだ。ゲイ同士であっても、釣り合わない。
「初めてもらったプレゼントってことで、神棚にまつっておきます」
コンドームの箱を掲げ、ぼくは礼をした。
「この部屋神棚あんの?」
「ないけど、祭壇でもつくろっかな。翔真の写真で」
「きも」
「うん」
ぼくは翔真の隣に座った腕が触れ合った。でも距離を置いて座り直そうなんて思わなかた。
こんなふうに頭がごちゃごちゃになっているのは、考えが甘いからだ。もしかしてなんて期待したからなのだ。ばかばかしい。
そっちが煽ってくるなら、こっちからも仕掛けてやろうかな。ノンケだったら、拒むだろう。
「なに?」
翔真が言った。
「別に。疲れた」
とぼくは翔真の肩に頭を載せた。
あ、もしかしていま、初めて二人っきりかも、と思った。誰も見ていない。
アパートに向かって歩いているときも、コンビニに買うつもりもなく寄ってみたり、貼られているポスターを興味もないのに眺めたりした。
一人の部屋に帰るのが、いやだった。
結局駅からアパートまでのすべてのコンビニに入ってしまい、もうどこにも寄り道できないと諦めた。
「遅い」
声がした。アパートの道路向かいで、翔真がビニール袋をぶら下げて、缶コーヒーを飲んでいた。
「なんで」
「バイトお疲れ」
いま翔真と向き合うのは、困る。さっき手塚詩織と対峙したことで、気力がもう残っていない。
「なんだよ、変な顔して」
翔真が笑った。「部屋、入ろうぜ」
そう言ってさっさとぼくのアパートに向かっていった。
「ちょっと待って、部屋入るの?」
「昨日、散らかってるからダメっていったじゃん。今日は掃除したんだろ?」
そうだった、昨日のデート終わりに、部屋に行っていいかと訊かれて、掃除できてないから、今度ね、と断ったのだ。
いや、昨日の今日だよ!?
そもそも、時間的に電車はもう動いていない。泊めてあげたほうがいいのかな、でも、ということは、今晩二人で眠るってことか? さっきから問題ばかりが積み上げられていく。俺のライフ、ゼロだよ。
「うわ、男くさ」
部屋に入るなり、翔真が鼻をつまんだ。
「そりゃそうだよ」
僕は部屋の奥の窓をあけた。
「なんか、ティッシュとか床に転がってるんだけど」
と、翔真が丸めたティッシュの端をつまんで言った。・
「拾ったならゴミ箱に捨てといて」
もうこんな掃除の行き届いていない部屋を見られたんだから、どうとでもなれ、と思った。床に散らばっている本や選択していない汚れものを適当に隅におしやった。
「あ、とりあえず押し込んで掃除したってことにするタイプか」
「そうじゃないけど」
ぼくはばつが悪くて、顔を背けた。これじゃおかたづけできないお子ちゃまが叱られているようなもんだ。
「どうぞ」
クッションをベッドのそばに置いた。
「へえ、ほんとにシナリオライターだったんだな」
興味深げに翔真が棚に並んでいるシナリオ年鑑や脚本の背表紙を眺めた。
「いやプロじゃないし」
翔真が棚の本を手に取って、
「これ今度貸して」
とぼくに表紙を見せた。
「持っていっていいよ」
「いや、この部屋にくれば読めるなあ」
「そういうやついたわ。こち亀全巻持ってる友達の部屋に入り浸って読破してたやつが」
「ウケる」
「まあ、ぼくだけど」
「お前かよ」
翔真がにやにやしながら本を開いた。「和寿、面白いな。知れば知るほど面白い」
「どうも」
気乗りしない返事を口にしたけれど、ちょっと照れた。いや、友達の家で漫画を読破したエピソードなんだけど。
「なんかあった?」
翔真がビニール袋からお茶のペットボトルを取り出して、ぼくに渡した。
「あ、ごめん、うち、なんにもなくって」
「客のほうが用意しますよ」
翔真もペットボトルのお茶をあけた。
「あ、おみやげ」
そう言って袋から箱をだして、ぼくに投げた。
「なにこれ」
キャッチした箱を見た。「いらんよこんなの」
ぼくは翔真に投げ返した。
「なんで。使わない派なの?」
「そうじゃないけど使う予定ないから」
「そうかな。俺たち使うかもしれないじゃん」
冗談にしてもひどすぎないか、とぼくが眉をひそめると、翔馬は真面目な顔をしていた。
「さすがスカウトされるだけある。本気か演技かわかんなくなる」
ぼくは言った。
「なんで知ってんの?」
「風の噂で」
ふーん、と言いながら、翔真は箱をお手玉のようにして遊んでいた。
「まあ、どうなるかわかんないよ。事務所のひと、芝居観にくるらしいけど」
「じゃあ、役作りちゃんとしないとね、ゲイ役の」
「……どうした?」
なんて答えたらいいのかわからない。大事な時期に、ニセの彼氏なんて引き受けるだろうか。やはり、芝居の参考のためかもしれない。そもそも、ひぐまりおんにきたのも?
ノンケめ。
コンドームの箱なんて投げてよこして、ぼくの反応を窺っているのかもしれない。
デートのときに楽しそうにしているのを観察していたのかもしれないと思えてきた。そもそも翔真は彼氏ではないなのだ。それに、ノンケだから見込みがない、とか以前の問題なのだ。ゲイ同士であっても、釣り合わない。
「初めてもらったプレゼントってことで、神棚にまつっておきます」
コンドームの箱を掲げ、ぼくは礼をした。
「この部屋神棚あんの?」
「ないけど、祭壇でもつくろっかな。翔真の写真で」
「きも」
「うん」
ぼくは翔真の隣に座った腕が触れ合った。でも距離を置いて座り直そうなんて思わなかた。
こんなふうに頭がごちゃごちゃになっているのは、考えが甘いからだ。もしかしてなんて期待したからなのだ。ばかばかしい。
そっちが煽ってくるなら、こっちからも仕掛けてやろうかな。ノンケだったら、拒むだろう。
「なに?」
翔真が言った。
「別に。疲れた」
とぼくは翔真の肩に頭を載せた。
あ、もしかしていま、初めて二人っきりかも、と思った。誰も見ていない。


