「どういうことか説明してちょうだい」
腕を組み、眉を寄せてぼくらを睨みつけているママは、完全にキレている。
「じつは、会ったときから気になっていたんですよ」
しれっとぼくの隣にいる翔真はいいのけた。
「なにそれ! 意味わかんない!」
「意味わかんないもんだし、人を好きになる気持ちって。俺も男をそんなふうに思ったの初めてで」
なあ、とぼくに同意を求めてきたが、ぼくは返せる言葉が見つからず、おそるおそる曖昧に頷いた。
かっこいいことを言いながら、つきだしの柿ピーを食べている翔真の度胸をよそに、ぼくは自分の置かれている状況に混乱しっぱなしだった。
「俺らを祝福してくださいよ」
とママに向かって笑う翔真が怖すぎる。本気にしか見えない。
「あーっ!」
ママは頭をかきむしった。
「淫夢みたいな声出しますね」
翔真が茶化した。そんなの知ってんだ、こいつ意外とネットギークか。
「人のこと野獣先輩呼ばわりやめてよ! まあ、よかったわね、こんな彼氏だったら、関ヶ原の戦いも圧勝じゃない」
悔しそうにママがぼくに吐き捨てた。
「関ヶ原ってなんすか」
「元彼の結婚式。天下分け目の大いくさよ。ま、せいぜい寸前に裏切られないことね」
「俺小早川秀秋?」
翔真が笑った。「ありえねー。俺、絶対裏切らないから」
ぼくはそう言われて見つめられ、頭がくらくらした。ほんとに言われているんじゃないか、と錯覚を起こしそうだ。
とりあえず、この結城翔真が、ぼくの彼氏になったのだ(嘘の)。
「本気?」
ついさっき、並んで歩きながら、ぼくは翔真に訊ねた。
「本気でなきゃ芝居なんてできないだろ」
翔真が、なにをふざけたことを、といった顔をした。いや、その顔意味わかんないから! でも、かっこよ……。
そうか、イケメンって遠くで眺めていればいいものなのか。そばにいると、気持ちの置き所に困るのか。だから、イケメンはイケメンか鈍感力を全開にしたやつしかそばにいられないのかも。
「なに考えてる?」
翔真が言った。
「いや、なんか、芝居うまいなって」
「だから、そのつもりでいれば、リアルな芝居は自然にできるんだって」
つもり、ね。
であるなら訊きたい。ぼくのことを好き、というつもりになってみて、ぼくに好きになるところなんてあんの? と。その演技プラン教えてほしい。
ぼくはいまの自分が嫌いだ。
自分で自分のいいところを探したいけれどまったく見当たらない。就職活動するとき面接でなにをどうアピールしたらいいのやら、と頭を悩ませている。シナリオライターに何ってなれっこないし、物語を作れない自分は、せめて自分を客観的に眺めるくらいはしたい。自分で自分の鑑賞者になれたらいいのに。
「とにかく、いまからひぐまりおんで俺たちカップル宣言をするから」
「どうしたらそうなんの!」
なにも考えずに翔真についていったら、どうやら新宿に向かっているらしい。
「さっき詩織……俺たちのことをカミングアウトしたコな。あのときは唐突だったから、和寿キョドってたけど、これからはカップルぽくふるまわなくちゃなんないだろ。練習みたいなもんだよ」
「だからってなんでママに」
「敵を欺くにはまず味方からって言うだろ。あの人を騙せたら、俺の芝居が本物ってことだし」
今回の話でわざわざそんなことしなくてもいいんじゃないのか、と思ったが、翔真は名案だと思っているらしい。鼻を鳴らした。ちくしょう、そんななんてこともない動きもなんかさまになってる。
「でもどうして急に付き合っているふりをしてくれたの?」
僕は訊ねた。
昨日店で会ったとき、他人事みたいな顔をしていたのに。
「んー」
翔真は目線を上のほうにしながら、しばらく黙って歩いた。
ぼくのこと、ちょっと気になった? そんなわけないか。同情した、とか?
「俺はいま、誰とも付き合う気ないんだよ」
翔真は言った。「和寿はどう? 彼氏ほしいの?」
「いま、そこまで好きになれる相手いない」
「自分がゲイだっておおっぴらにまわりに伝えたりしないの?」
急に翔真が話を変えてきた。
「べつに。わざわざ知らせるつもり、いまはない」
そういう態度を弱いとか、クローズドだ、なんて思わない。ノンケだってわざわざ「女好きです」とか宣言しないじゃないか。なんで自分たちばかりが先回りしなくちゃならないのだ。もちろん、ちゃんと宣言することで、いつもなにか隠しているみたいな気持ちを解消させることができるかもしれないし、世の中を変えていく一歩なのかもしれない。でも、まだぼくはそういう境地にまで至ってなかった。
「そうか、なんか詩織に和寿のことをバラしたみたくなったな、って思って」
翔真が言った。気にしてくれていたのかもしれない。
「でも嘘なんでしょ」
「まあカップルってのは嘘だけど」
「全然いいよ。あの子だってゲイに彼氏寝取られたとか人に言わないでしょ、プライド許さないだろうし」
「付き合ってないけど」
翔真が不思議そうな顔をした。
「いや、そりゃぼくらは」
「じゃなくて、詩織と付き合ってないから。あっちがずっと俺にちょっかいだしてきてるだけで」
「……そうなんだ」
「詩織に俺のことを諦めてもらうためには、あれくらいのインパクトがあったほうがいいかなって」
「なにそれ。女の子を振るために?」
イケメンの傲慢さを感じて、ぼくはちょっと反感を抱いた。
「で、結婚式っていつ?」
翔真が言った。
「六月、ジューンブライドだってさ」
「うん、稽古期間はわりとあるな」
「稽古って」
ぼくは笑った。ゲイカップルの演技の稽古?
「あ、成功したら、報酬として、次の芝居のチケット買ってもらおうかな」
さっきとは違う、いたずらっぽい笑いだった。
「そりゃ買うよ、もちろん」
「言ったな、三十枚な」
「なんで!」
「ノルマ分一気に引き受けてもらおうかなって」
いくらになるんだろう、と僕ぼくが顔をしかめていると、
「そんな顔すんなよ。いまから俺たち、付き合ってる設定で二丁目歩くんだからさ。そうだ、名前どう呼ぶ? 和寿だとなんか硬いか。カズちゃん、とかにする?」
「いや、ちゃんづけで呼ばれたことないから、自分じゃないみたいだ」
「じゃあ、和寿のままでいいか。俺のことはーー」
ああ、俺も略されたりしたことないな、と翔真は初めて気づいたみたいに驚いていた。
なんとなくぼくらは、これまで人と距離を保って付き合ってきたのかもしれないね、なんて思った。
愛称でもちゃんづけでも呼ばれたことがないのが、ぼくらの共通点だった。
腕を組み、眉を寄せてぼくらを睨みつけているママは、完全にキレている。
「じつは、会ったときから気になっていたんですよ」
しれっとぼくの隣にいる翔真はいいのけた。
「なにそれ! 意味わかんない!」
「意味わかんないもんだし、人を好きになる気持ちって。俺も男をそんなふうに思ったの初めてで」
なあ、とぼくに同意を求めてきたが、ぼくは返せる言葉が見つからず、おそるおそる曖昧に頷いた。
かっこいいことを言いながら、つきだしの柿ピーを食べている翔真の度胸をよそに、ぼくは自分の置かれている状況に混乱しっぱなしだった。
「俺らを祝福してくださいよ」
とママに向かって笑う翔真が怖すぎる。本気にしか見えない。
「あーっ!」
ママは頭をかきむしった。
「淫夢みたいな声出しますね」
翔真が茶化した。そんなの知ってんだ、こいつ意外とネットギークか。
「人のこと野獣先輩呼ばわりやめてよ! まあ、よかったわね、こんな彼氏だったら、関ヶ原の戦いも圧勝じゃない」
悔しそうにママがぼくに吐き捨てた。
「関ヶ原ってなんすか」
「元彼の結婚式。天下分け目の大いくさよ。ま、せいぜい寸前に裏切られないことね」
「俺小早川秀秋?」
翔真が笑った。「ありえねー。俺、絶対裏切らないから」
ぼくはそう言われて見つめられ、頭がくらくらした。ほんとに言われているんじゃないか、と錯覚を起こしそうだ。
とりあえず、この結城翔真が、ぼくの彼氏になったのだ(嘘の)。
「本気?」
ついさっき、並んで歩きながら、ぼくは翔真に訊ねた。
「本気でなきゃ芝居なんてできないだろ」
翔真が、なにをふざけたことを、といった顔をした。いや、その顔意味わかんないから! でも、かっこよ……。
そうか、イケメンって遠くで眺めていればいいものなのか。そばにいると、気持ちの置き所に困るのか。だから、イケメンはイケメンか鈍感力を全開にしたやつしかそばにいられないのかも。
「なに考えてる?」
翔真が言った。
「いや、なんか、芝居うまいなって」
「だから、そのつもりでいれば、リアルな芝居は自然にできるんだって」
つもり、ね。
であるなら訊きたい。ぼくのことを好き、というつもりになってみて、ぼくに好きになるところなんてあんの? と。その演技プラン教えてほしい。
ぼくはいまの自分が嫌いだ。
自分で自分のいいところを探したいけれどまったく見当たらない。就職活動するとき面接でなにをどうアピールしたらいいのやら、と頭を悩ませている。シナリオライターに何ってなれっこないし、物語を作れない自分は、せめて自分を客観的に眺めるくらいはしたい。自分で自分の鑑賞者になれたらいいのに。
「とにかく、いまからひぐまりおんで俺たちカップル宣言をするから」
「どうしたらそうなんの!」
なにも考えずに翔真についていったら、どうやら新宿に向かっているらしい。
「さっき詩織……俺たちのことをカミングアウトしたコな。あのときは唐突だったから、和寿キョドってたけど、これからはカップルぽくふるまわなくちゃなんないだろ。練習みたいなもんだよ」
「だからってなんでママに」
「敵を欺くにはまず味方からって言うだろ。あの人を騙せたら、俺の芝居が本物ってことだし」
今回の話でわざわざそんなことしなくてもいいんじゃないのか、と思ったが、翔真は名案だと思っているらしい。鼻を鳴らした。ちくしょう、そんななんてこともない動きもなんかさまになってる。
「でもどうして急に付き合っているふりをしてくれたの?」
僕は訊ねた。
昨日店で会ったとき、他人事みたいな顔をしていたのに。
「んー」
翔真は目線を上のほうにしながら、しばらく黙って歩いた。
ぼくのこと、ちょっと気になった? そんなわけないか。同情した、とか?
「俺はいま、誰とも付き合う気ないんだよ」
翔真は言った。「和寿はどう? 彼氏ほしいの?」
「いま、そこまで好きになれる相手いない」
「自分がゲイだっておおっぴらにまわりに伝えたりしないの?」
急に翔真が話を変えてきた。
「べつに。わざわざ知らせるつもり、いまはない」
そういう態度を弱いとか、クローズドだ、なんて思わない。ノンケだってわざわざ「女好きです」とか宣言しないじゃないか。なんで自分たちばかりが先回りしなくちゃならないのだ。もちろん、ちゃんと宣言することで、いつもなにか隠しているみたいな気持ちを解消させることができるかもしれないし、世の中を変えていく一歩なのかもしれない。でも、まだぼくはそういう境地にまで至ってなかった。
「そうか、なんか詩織に和寿のことをバラしたみたくなったな、って思って」
翔真が言った。気にしてくれていたのかもしれない。
「でも嘘なんでしょ」
「まあカップルってのは嘘だけど」
「全然いいよ。あの子だってゲイに彼氏寝取られたとか人に言わないでしょ、プライド許さないだろうし」
「付き合ってないけど」
翔真が不思議そうな顔をした。
「いや、そりゃぼくらは」
「じゃなくて、詩織と付き合ってないから。あっちがずっと俺にちょっかいだしてきてるだけで」
「……そうなんだ」
「詩織に俺のことを諦めてもらうためには、あれくらいのインパクトがあったほうがいいかなって」
「なにそれ。女の子を振るために?」
イケメンの傲慢さを感じて、ぼくはちょっと反感を抱いた。
「で、結婚式っていつ?」
翔真が言った。
「六月、ジューンブライドだってさ」
「うん、稽古期間はわりとあるな」
「稽古って」
ぼくは笑った。ゲイカップルの演技の稽古?
「あ、成功したら、報酬として、次の芝居のチケット買ってもらおうかな」
さっきとは違う、いたずらっぽい笑いだった。
「そりゃ買うよ、もちろん」
「言ったな、三十枚な」
「なんで!」
「ノルマ分一気に引き受けてもらおうかなって」
いくらになるんだろう、と僕ぼくが顔をしかめていると、
「そんな顔すんなよ。いまから俺たち、付き合ってる設定で二丁目歩くんだからさ。そうだ、名前どう呼ぶ? 和寿だとなんか硬いか。カズちゃん、とかにする?」
「いや、ちゃんづけで呼ばれたことないから、自分じゃないみたいだ」
「じゃあ、和寿のままでいいか。俺のことはーー」
ああ、俺も略されたりしたことないな、と翔真は初めて気づいたみたいに驚いていた。
なんとなくぼくらは、これまで人と距離を保って付き合ってきたのかもしれないね、なんて思った。
愛称でもちゃんづけでも呼ばれたことがないのが、ぼくらの共通点だった。


