日曜日、ぼくは昼間から『ひぐまりおん』でこき使われていた。
「あんた美的センスないわねえ」
 ぼくが店内を紙の花で飾っていると、遠くでママがため息をついた。
「そうですか」
「そんな適当につけるんじゃないのよ」
「並べたらなんか怖いでしょ、サイコパスっぽい」
「だから、自然に!」
 そんなあいまいな指示をだされたところで、どうしたらいいものか。
「ほら、ボトル入れないんだから、せめて働いてちょうだい」
「だから、入れるっていったのに、『学生がいきがるな』とか言って止めたのはママでしょ」
「馴染みの店の奉仕活動は学生の本分でしょ」
 ああ言えばこう言う。周年のパーティーのときにはボトルでも入れてみろ、って言ったのはままではないか。
 そう、翔真とはじめてここで会った日のときである。
「手、動かして」
 ちょっとばかりセンチメンタルな気持ちになったっていうのに、ママに台無しにされた。
「たぶん店、ぎゅうぎゅうになるから。あんたあんま飲まないでよ。手伝えなくなったら困るから」
「飲みませんて」
「飲んだらお持ち帰りされちゃうからねー、わたしが忠告したって、下半身でもの考えちゃって」
 ……かつて直哉と連れ立って店を出て、そのまま部屋にいったことを言っているのである。プライベートダダ漏れだ(自己申告したのだけど)。
「そりゃ店子ですからね、わきまえますよ。それにそもそも誰からも相手にされませんて」
「そんなことないわよ。あんた、最近顔のコンディションいいし、お客さんもかわいいって噂してるし。やばいかもよー」
 ふふふ、とママがなにやら企むような笑顔を浮かべた。
「え、そうですか?」
「まあ、中の下ってかんじ? やろうと思えばできる? ちょうどいいっていうか」
「……相変わらず厳しいな。でも誰がかわいいって言ってくれてるんですか」
 ちょっとだけ浮き足立ってぼくは訊ねた。
「けっこういたわよ」
 とママが名前を並べた。
「……それ、みんなおじいちゃんたちじゃないですか」
 年配の、先輩方である。
「あのね、お年寄りに好かれるってのはすごいことよ」
「若けりゃどんなんでもいいってみんな言ってますよ」
「わかってないなあ。あんた、いつまでたっても鈍臭い」
「わかってないのと鈍臭いのって関係なくないですか」
「そういうとこが!」
 ほら、準備まだなんにもできてないんだから、とママがぼくの飾った花の位置を変えていく。
 結局自分の思う通りにするのなら、はじめっからやりゃいいじゃん、と思ったが、ママなりに、気にかけてくれているのだ。
「ちょっと前に、あんたの前カレが見たわよ」
 ママがテーブルを片付けながら言った。
「え」
 一瞬、翔真かと思った。どきどきして、そして、「直哉?」
 と気づいた。
「そっ。あの人の旦那って、肌がぴちぴちでカワイイ売りしているクソガキじゃないわよね」
「なんですか、それ」
 光圀さんは……真逆である。
 そして、ぼくが見た相手かな、と思った。
 ぼくも先月、直哉が見知らぬ男の子と連れ立って歩いているのに遭遇した。
「よ」
 悪びれもせず、直哉はぼくに笑いかけた。肩を抱かれている男の子……、たぶん僕より年下だ、が猜疑心丸出しの顔でぼくを見ていた。
「誰?」
 男の子が訊ねた。邪魔すんな、とぼくにバリアを張っている。
「弟みたいなもんです」
 ぼくは言った。
「そう、弟」
 直哉はまったく動揺せずに、男の子に言った。
 男の子はまったく信用していないらしい。まあそうだろうな。なんだか、昔の自分を見ているみたいだ。
「じゃあ、またな」
 直哉は言って、ぼくたちは別れた。
 二人の後ろ姿を眺めていたら、男の子がかつての自分に見えた。
 おーい、その人に執着すると、すっごいめんどくさい感じになるよ。覚悟しとけー。
 言葉にしないけど、ぼくは背中に向けてメッセージを送った。
 でも、めんどくさいことになるとわかっていても、止められないよね、とぼくは笑顔で見送った。
「たぶん、浮気相手なんじゃないすかね」
 ぼくはママに言った。
「わたしさあ、あんま若い子の最近の髪型好きじゃないんだよねえ。あのおかっぱで、襟足長いやつ、あれどこがいいのかねえ」
「そんな髪型?」
 では、ぼくが見た彼ではない。
 直哉……結局どうにもならないのは、業としか言いようがないのかもしれない。
 でも、それも人生だ。
 直哉に泣かされるキッズたちに幸あれ。そして直哉にちょっと天罰がくだりますように。
「やっぱねえ、わたしは髪の毛が短いほうがいいわ、サイド刈り上げててさあ、じょりじょり触りたいっていうか、きりっとした……」
「それって」
 そのとき、店のドアが開いた。
「おひさしぶりです」
 入ってきたやつを見て、ぼくの心臓が、止まった。
 ママの好きな髪型をしているママが好きそうないい身体をしたイケメン。
 翔真だ。