ぼくらは劇場そばのファミレスに入った。
「さ、好きなもの頼んでいいからね」
 森川さんがタブレットをぼくに渡した。
「いや、じゃあコーヒーだけ」
「遠慮しなさんな」
 ぼくがどうしようとか考えあぐねていると、詩織さんがタブレットを奪い、さっさと自分の注文をした。
「あら、ジャンバラヤいいわね、わたしもそれにしよう」
 森川さんが追加し、だったら、とぼくも同じものを頼んだ。
「で、ストーカーちゃんは翔真くんのことが好きなの?」
 森川さんがノンデリカシーな質問をいきなりぶっこんできた。
「ちょっと、森川さん」
 さすがに若い女性にいきなり、とぼくが嗜めるのに被せて、
「ええ、わたし、翔真と結婚するんです」
 と詩織さんが言った。確信に満ちている。
「へえ、いいわねえ、決まっているんだ」
 森川さんは否定することも笑い飛ばすこともなく言った。
「小さい頃に、翔真のパパとママに、詩織ちゃんは翔真についてあげてね、って。小さいときから翔真、危なっかしくって遊びにいっては怪我したりして、わたしがいなくちゃだめだから」
 でた、わたしがいなくちゃこの人ダメになる幻想、とぼくは思った。その症状にかかったら、だいたいロクな末路にならない。ドラマや人生相談でよくあるパターンだ。なんてもちろん言えない。
「そうなんだ、でも翔真くんも大人になったし、もうそんな危ないことなんてしないでしょうに」
 森川さんが言った。
「翔真、人の目なんて気にしないから、思春期になった頃、やたらと女の子が翔真に告白したりしてた。でも、そういう顔がよくてスポーツができるなんて、見た目だけで好きになるような相手にもし翔真がひっかかったらいけないから、ずっとわたしがそばにいたんです」
 森川さんの誘導がうまいからだろうか、詩織さんもどんどん話していく。「中学のときかな。翔真、女の子のこと全然わかんないって、好きになるとかわかんないって話していて、そのとき言ったんです。なんにもわかんないから、結婚とかもしない気がするって。そういうところ、なんだかあいつ、抜けてて。そんなの家族が悲しむんじゃない、って言ったら、だったら相手いなかったら詩織と結婚するしかないなあ、って」
「それは」
 ぼくは思わず口を挟んだ。
「なに」
「いや、なんでもないです」
 そんなのただの口約束じゃないか、翔真だって本気で言ったわけでもない。詩織さんだってわかっているはず。なのに、その言葉に縋っている。なんて悲しいことだろう、と思った。
 そしてぼくは、そのときの翔真の顔や言い方を簡単に再現することができた。それだけここしばらくのあいだ、翔真を見てきたということだった。
 そして、翔真のことを最低だ、と思った。そんな思わせぶりなこと。なにかと世話を焼いてくれる幼馴染だから、恋愛がよくわからないから、もちろんそういう理由だってわかるけれど。でも、それからずっと翔真のそばにいる詩織さんの気持ちをなにも考えていない。
 しかも最近になって、詩織さんがそばにいるのを迷惑がってゲイのふりをして諦めさせようだなんて。
 そういう、なんの関係もない人からすればお笑い種みたいな話も、当事者からすれば、たまったもんじゃない。
 ぼくは少しだけ、翔真を嫌いになりそうだった。
 テーブルにジャンバラヤが届いた。
 ぼくらは「おいしい」「ちょっと辛くない」「いやもっと辛い方がいいな」なんて、さっきまでの詩織さんの話をなかったことにして話した。
 詩織さんも、森川さんに打ち明けたことでなんとなく森川さんに対しての警戒が解けたようだった。
 ぼくは、あんまり辛くないですね、と言った。二人が不思議そうな顔をした。
「桃井くん、辛いのに強いのねえ」
 森川さんが驚き、
「味覚おかしいんじゃないの」
 と詩織さんがちくりと言った。
 もしかして、ほんとうにバグっているのかもしれない。ぼくは辛いものは苦手だったから。自分の気持ちの整理が追いつかなくて、味を感じらえなかったのだろうか。
 三人とも皿をからにして、デザートでも食べようかという話になったときだ。ぼくのスマホが鳴った。
「あ」
「どうしたの?」
 森川さんがスマホを覗きこんだ。
「翔真から。いま終わったって」
「だったらこっちきてもらったら? 奢るし」
「わたし、帰ります」
 詩織さんがバッグを手にして言った。
「え、すぐくるんだから、まだいいじゃない」
「いいえ、わたしがいても、邪魔だし」
 詩織さんがぼくを見て言った。
「そんなこと」
「ごちそうさまでした」
 詩織さんは立ち上がり、森川さんにお辞儀をしてから、逃げるみたいに店を出ていった。
「そんなに急がなくたていいのに」
 森川さんがいった。
「詩織さんは、翔真の負担になることが大嫌いなんですよ」
 ぼくは言った。
「なるほど、だからあんなにイライラしてるのか」
「どういうことですか」
「だって、大好きだから追いかけているんでしょ。でも、それが翔真くんにとって迷惑だってわかっている。でも、やめられない。だれもうまく彼女を止めてくれないから、自分でもどうしようもないのよ」
「森川さん」
 ぼくはあっけにとられた。
「なあに?」
「鋭い、というか恋愛マスターですか」
「なに言ってんの。あんなの、恋してなければみんなわかるものでしょ」
 いいなあ、と森川さんがコーヒーカップを手に取った。
 恋をしていなかったら、わかる。
 ぼくは。
 そのときどたばたと入口からでかいリュックを背負った翔真があらわれた。
「お待たせしました」
 笑顔でテーブルにやってきた翔真を、どう迎えたらいいのかわからず、ぼくは戸惑った。
「おそいー」
 と森川さんがはしゃいだ声をあげ、翔真を席に座らせた。
「ん?」
 ぼくの顔を見て、翔真が笑いかけてくる。
 ずるい。