舞台上に立つ翔真を観ていると、魅力とはこういうものなのか、と思い知らされた。
人としての格が違う。
でてきて、言葉を口にしただけで、引き込まれ、そしてそのまま物語のなかに没入させられる。
緩急があり、ときに感情移入して自分のことのように思い、ときにひゅっと客観的に俯瞰してみたりと、作品を全身で浴びせられた。
ときおり隣にいた森川さんの鼻をすする音が聞こえて、我に帰る。
そうだった、いま自分は硬いパイプ椅子に座って隣の人に当たらないよう肩を身体を縮めていたのだ、と思う。しかし目の前の舞台にいる翔真を見たら、すぐにまたひきこまれてしまう。とてつもない引力を持っている。
ストーリーはサークルの大学生が書いたもので、なんてことのない話だった。
ありきたりだった。
ゲイの青年が自分自身を隠しながら、生きている。
ほんとうの自分を明かすことができないまま悩み、取り繕いながら生きていて、あるとき特別な存在となる人と出会う。
相手役はたいしたことのないやつだった。
なのに、ひとつひとつのアクションを翔真が丁寧に感じて返していくことで、相手役すらも次第に特別な存在に思わせてくる。
裏切り、傷ついてしまったとしても、翔真の尊厳は失われない。
あまりにもよくある話だというのに、演じた人間によって、こんなにも豊かなものになるのか、とぼくは思った。
この、そこらへんに転がっていそうな、だれからも見向きもされないような人生のありきたりな孤独と挫折を、まるで自分のもののように感じる。
そうだ、翔真は、ぼくだ。
そう思ったとき、最後、自分自身を責めることをやめ、ありのまま生きようとして、物語は終わった。
チラシからわかるつまらない劇団のくだらない話。
なのに、泣いていた。
照明が消え、そして再びつくと、出演者が並んで礼をした。
たいしていない客の拍手は、とても大きかった。
没入していて、その拍手の音が、やけに耳についた。
夢からさめたことを残念がりながら、ぼくも称賛しようと強く叩いた。
舞台が終わっても観客は誰も会場から出て行こうとしなかった。当たり前だがこの規模の芝居ならば、客のほとんどが出演者やスタッフの関係者なのだ。
「さて、と」
背後を見ると光圀さんが腕を伸ばしていた。「じゃ、翔真くんによろしくね」
「たぶんすぐ出てくると思いますよ」
ぼくは言った。
「んー、別にぼくら、そこまで仲がいいわけでもないし。まあこれからどうなるかわからないけどさ」
意味深なことを光圀さんが言って立ち上がった。
「どうなるかって」
「あ、べつにいまきみが想像してる意味じゃないけどさ」
「べつになんも」
「彼、事務所入ってるんだっけ」
「いや、たぶんまだ入ってないです」
「そう」
顎に手を当て、光圀さんが少し考えるような仕草をした。「じゃあ、またね」
光圀さんは出て行った。
「なんだかいちいち思わせぶりな人ねえ」
背中を見送りながら、森川さんが言った。「かっこいいけど」
「まあ、なんていうか自分に自信があるといいますか」
「たしかに。だったらもうしょうがないか」
以前直哉が言っていたことを思い出した。光圀さんもまた、直哉と同じタイプなのかもしれない。だとしたら、ふたりが結婚するのも頷ける。お互いきちんと距離を取って、居心地がいいに違いない。
「あ、ほらきたよ」
森川さんがぼくの肩をつついた。
舞台袖から翔真が顔を覗かせて、客席を窺っている。ぼくは気づいてもらおうと手を振った。
翔真が気づいて、ぼくに振り返し、でてきた。
「今日はありがとう」
晴れ晴れとした顔をしていた。
「面白かった」
ぼくは素直に言った。
「よかった」
翔真は笑い、そしてぼくの隣にいた森川さんに挨拶をした。「今日はわざわざありがとうございます」
「いえいえ、楽しかったです」
こんなに近いところでお芝居みるの初めてでー、とか、何年やっているの? とか、ほんとかっこいいわねえあなた、なんて森川さんがしゃべるのを、嫌がるわけでもなくにこやかに翔真は聞いていた。
「翔真」
詩織さんがそばにやってきた。
「あら、ストーカー」
びっくりしたらしく、森川さんが言った。
「ストーカーじゃないわよ」
年上だってあくまで「敵」と見做したら態度と言葉遣いを変えようともしない詩織さんを見て、ある意味この人は素直だ、と思った。
「ああ、きてくれたんだ」
翔真が言うと、
「当たり前でしょ。むしろこなかったら心配するでしょ。死にかけてもくるわよ」
などと詩織さんが言った。
「いや死にそうだったら来んなよ、逆に迷惑だから」
翔真は笑い、「ありがとな」と言った。
「べつに、わたしには感謝なんていらないでしょ」
詩織さんは拗ねた顔をしてそっぽを向いた。
「初日打ち上げがあるんだけど、一杯だけ飲んだらすぐ駆けつけるからさ、ちょっとどっかで待っててよ」
ぼくに翔真が言った。
「いやでも明日もあるし」
そう言われて嬉しかったが、なんというか、そばにいる詩織さんの圧を感じた。
「大丈夫だって、感想もゆっくり聞きたいし、明日のためにもさ」
じゃあ、ありがとうな、と言って翔真は舞台袖に入っていった。
「いいじゃない、行きなさいよ。舞台が終わってから誰かとお話しするのって、気持ちが安心するじゃない」
そのやりとりを聞いていた森川さんが言った。
「でも」
「わたしは帰らなくちゃならないけど、少しくらいなら一緒に時間をつぶしてあげるから。どこかでご飯でも食べましょうよ」
「森川さん」
そういうものか、と大人の気遣いにぼくは感心した。
「いや、せっかくだから外食したいだけなんだけどね」
と照れくさそうに笑った。「さ、ストーカーちゃんも行きましょう」
森川さんは詩織さんに声をかけた。
「え?」
ぼくはびっくりした。
「だからストーカーじゃ」
「名前聞いていないから特徴で言うしかないでしょ。さ、さっさと出ないとスタッフさんに迷惑だから」
森川さんがぼくらを急かした。
なんで詩織さんとご飯? もちろん断るよね、とぼくは詩織さんを見た。険しい顔をしているが、とくに依存はないらしい。
なんでまた、このメンバーで!?
人としての格が違う。
でてきて、言葉を口にしただけで、引き込まれ、そしてそのまま物語のなかに没入させられる。
緩急があり、ときに感情移入して自分のことのように思い、ときにひゅっと客観的に俯瞰してみたりと、作品を全身で浴びせられた。
ときおり隣にいた森川さんの鼻をすする音が聞こえて、我に帰る。
そうだった、いま自分は硬いパイプ椅子に座って隣の人に当たらないよう肩を身体を縮めていたのだ、と思う。しかし目の前の舞台にいる翔真を見たら、すぐにまたひきこまれてしまう。とてつもない引力を持っている。
ストーリーはサークルの大学生が書いたもので、なんてことのない話だった。
ありきたりだった。
ゲイの青年が自分自身を隠しながら、生きている。
ほんとうの自分を明かすことができないまま悩み、取り繕いながら生きていて、あるとき特別な存在となる人と出会う。
相手役はたいしたことのないやつだった。
なのに、ひとつひとつのアクションを翔真が丁寧に感じて返していくことで、相手役すらも次第に特別な存在に思わせてくる。
裏切り、傷ついてしまったとしても、翔真の尊厳は失われない。
あまりにもよくある話だというのに、演じた人間によって、こんなにも豊かなものになるのか、とぼくは思った。
この、そこらへんに転がっていそうな、だれからも見向きもされないような人生のありきたりな孤独と挫折を、まるで自分のもののように感じる。
そうだ、翔真は、ぼくだ。
そう思ったとき、最後、自分自身を責めることをやめ、ありのまま生きようとして、物語は終わった。
チラシからわかるつまらない劇団のくだらない話。
なのに、泣いていた。
照明が消え、そして再びつくと、出演者が並んで礼をした。
たいしていない客の拍手は、とても大きかった。
没入していて、その拍手の音が、やけに耳についた。
夢からさめたことを残念がりながら、ぼくも称賛しようと強く叩いた。
舞台が終わっても観客は誰も会場から出て行こうとしなかった。当たり前だがこの規模の芝居ならば、客のほとんどが出演者やスタッフの関係者なのだ。
「さて、と」
背後を見ると光圀さんが腕を伸ばしていた。「じゃ、翔真くんによろしくね」
「たぶんすぐ出てくると思いますよ」
ぼくは言った。
「んー、別にぼくら、そこまで仲がいいわけでもないし。まあこれからどうなるかわからないけどさ」
意味深なことを光圀さんが言って立ち上がった。
「どうなるかって」
「あ、べつにいまきみが想像してる意味じゃないけどさ」
「べつになんも」
「彼、事務所入ってるんだっけ」
「いや、たぶんまだ入ってないです」
「そう」
顎に手を当て、光圀さんが少し考えるような仕草をした。「じゃあ、またね」
光圀さんは出て行った。
「なんだかいちいち思わせぶりな人ねえ」
背中を見送りながら、森川さんが言った。「かっこいいけど」
「まあ、なんていうか自分に自信があるといいますか」
「たしかに。だったらもうしょうがないか」
以前直哉が言っていたことを思い出した。光圀さんもまた、直哉と同じタイプなのかもしれない。だとしたら、ふたりが結婚するのも頷ける。お互いきちんと距離を取って、居心地がいいに違いない。
「あ、ほらきたよ」
森川さんがぼくの肩をつついた。
舞台袖から翔真が顔を覗かせて、客席を窺っている。ぼくは気づいてもらおうと手を振った。
翔真が気づいて、ぼくに振り返し、でてきた。
「今日はありがとう」
晴れ晴れとした顔をしていた。
「面白かった」
ぼくは素直に言った。
「よかった」
翔真は笑い、そしてぼくの隣にいた森川さんに挨拶をした。「今日はわざわざありがとうございます」
「いえいえ、楽しかったです」
こんなに近いところでお芝居みるの初めてでー、とか、何年やっているの? とか、ほんとかっこいいわねえあなた、なんて森川さんがしゃべるのを、嫌がるわけでもなくにこやかに翔真は聞いていた。
「翔真」
詩織さんがそばにやってきた。
「あら、ストーカー」
びっくりしたらしく、森川さんが言った。
「ストーカーじゃないわよ」
年上だってあくまで「敵」と見做したら態度と言葉遣いを変えようともしない詩織さんを見て、ある意味この人は素直だ、と思った。
「ああ、きてくれたんだ」
翔真が言うと、
「当たり前でしょ。むしろこなかったら心配するでしょ。死にかけてもくるわよ」
などと詩織さんが言った。
「いや死にそうだったら来んなよ、逆に迷惑だから」
翔真は笑い、「ありがとな」と言った。
「べつに、わたしには感謝なんていらないでしょ」
詩織さんは拗ねた顔をしてそっぽを向いた。
「初日打ち上げがあるんだけど、一杯だけ飲んだらすぐ駆けつけるからさ、ちょっとどっかで待っててよ」
ぼくに翔真が言った。
「いやでも明日もあるし」
そう言われて嬉しかったが、なんというか、そばにいる詩織さんの圧を感じた。
「大丈夫だって、感想もゆっくり聞きたいし、明日のためにもさ」
じゃあ、ありがとうな、と言って翔真は舞台袖に入っていった。
「いいじゃない、行きなさいよ。舞台が終わってから誰かとお話しするのって、気持ちが安心するじゃない」
そのやりとりを聞いていた森川さんが言った。
「でも」
「わたしは帰らなくちゃならないけど、少しくらいなら一緒に時間をつぶしてあげるから。どこかでご飯でも食べましょうよ」
「森川さん」
そういうものか、と大人の気遣いにぼくは感心した。
「いや、せっかくだから外食したいだけなんだけどね」
と照れくさそうに笑った。「さ、ストーカーちゃんも行きましょう」
森川さんは詩織さんに声をかけた。
「え?」
ぼくはびっくりした。
「だからストーカーじゃ」
「名前聞いていないから特徴で言うしかないでしょ。さ、さっさと出ないとスタッフさんに迷惑だから」
森川さんがぼくらを急かした。
なんで詩織さんとご飯? もちろん断るよね、とぼくは詩織さんを見た。険しい顔をしているが、とくに依存はないらしい。
なんでまた、このメンバーで!?


