ぼくと直哉は店を出た。
「ひさしぶりだな、二人してこんなふうに歩くの」
「そうだね」
なんだか付き合っていた頃は、いつもその堂々とした背中を追いかけていた、時折見失いかけた。でもいまは、その背中を追わず、隣で歩いている。通行人の邪魔かもだけど。
まもなく夜を迎える新宿は騒がしく、仲通りにあるコンビニそばの喫煙所では人が溜まっていた。すでにあちこちの店から音楽が聞こえてくる。
「なんか、会いたくなった。で、店に行ったら会えるかなって」
信号を待っているときに、直哉が言った。
「すごいな」
ぼくは感心した。
「なにが」
「なんか、そんなこと言われたらみんなころっと直哉のこと好きになるだろうな」
昔の自分だったら、怯えながらも嬉しかったろう。
「いや、ガチだし」
「ごちそうさまです。承認欲求満たされました」
「彼氏できて、なんかお前自信がついた?」
直哉が言った。
僕は困った。嘘の彼氏のことを考えて、自信なんて喪失している。
「ぜんぜん」
「なんかあったら俺に言えよ」
「さすが兄目線」
ちょっと皮肉めいた言い方をしてしまったな、と少し慌てた。
「そうだよ、兄貴〜って抱きついてこいよ」
直哉のほうは気にしないらしい。
「それ兄貴違いでしょ」
ぼくは笑った。
「なんだ、余裕じゃん」
直哉が意外そうな顔をした。
「余裕なんて、そんなもんないよ」
僕は首を振った。
「いや、俺と付き合っていた頃なんてもう、俺が言ったことにはいはい頷いていたじゃん」
「そうでしたっけ」
たしかに。右も左もわからず、直哉についていった。別れてしまったとき、保護者を失って天涯孤独になってしまったような気分だった。でも、いまはたしかに違った。おぼつかないながらも、一人で歩いている。
「うん、前は懐かない子犬みたいだったけど、いまは元気な子犬ってかんじ」
「子犬なのは変わんないのか」
「いいじゃん。和寿、これからめちゃモテるぞ」
「んなわけ」
ぼくが言い返そうとしたとき、直哉が立ち止まった。
「俺もちょっと出会い直してもいいかなって」
「え」
夜の新宿、にぎやかなあかりがぼやける。景色よりもぐんと直哉にピントが合ったのだ。魅力的な人と出会ったとき特有の一瞬だ。
「……やっぱ直哉はすごいね。見た目わりとおかたい感じなのに、ポテンシャル高いっていうか、ガチガチの肉食って感じで」
その存在のあり方に、昔から憧れていた。そばにいれば自分もそんなふうになれるのではないか、キラキラした世界を背景にして人生を謳歌できるのではないか、と。でも、輝き方は人それぞれ違うことも、もうわかっていた。
直哉は周囲を巻き込んで自分自身を輝かせる人で、翔真は、自分のまわりすべてをきらきらさせる人だった。
どちらがいいとか、魅力的とかではない。それぞれの持つエネルギーの質の違いだった。
「全然褒めてないだろ。でも、あの小僧とうまくいかなかったら、俺に連絡しろよ。慰めてやるから」
「小僧って、翔真のこと?」
「ああ。ああいう天真爛漫なやつは、そりゃモテるだろ。ノンケっぽくて、ゲイにファンタジーを与える。でも、ああいうやつは要注意なんだ」
心配性の元カレの意見として聞き流してくれてもいい、と直哉は言った。「あいつはすべてウエルカムみたいな態度で、懐が深くて門口が広い。でも、踏み込もうとしたとき、急に拒絶してくるタイプだ。お前は俺や光圀のことをどこかで距離を置くタイプだって思っているだろう。間違ってはいないが、それは相手を尊重しているからだ。優しさとリスペクトは違う。まあ、ただの言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど」
「なんでそういう話、付き合っていたときに言ってくれなかったの」
ぼくは目の前の直哉が、自分の思っていた直哉と少し違っていることにびっくりしていた。人を見る目がないのかもしれない、と思った。それくらい、直哉は自信満々というより「そう演じるために細心の配慮をしている人」に見えた。
「まあそんな顔すんなよ。とにかく、なんかあったら、すぐ言えよ。いいか、ゲイとして生きていくうえで貴重なのは『いまでも優しい昔の男』だぞ。セックスも別れてからするほうが燃える」
「最後の言葉でだいなし」
ぼくが呆れると、直哉は笑った。
ぼくたちは駅で別れた。
直哉がいなくなった新宿は、いつもの新宿に戻っていた。楽しげなのに、どこか寂しい。
「ひさしぶりだな、二人してこんなふうに歩くの」
「そうだね」
なんだか付き合っていた頃は、いつもその堂々とした背中を追いかけていた、時折見失いかけた。でもいまは、その背中を追わず、隣で歩いている。通行人の邪魔かもだけど。
まもなく夜を迎える新宿は騒がしく、仲通りにあるコンビニそばの喫煙所では人が溜まっていた。すでにあちこちの店から音楽が聞こえてくる。
「なんか、会いたくなった。で、店に行ったら会えるかなって」
信号を待っているときに、直哉が言った。
「すごいな」
ぼくは感心した。
「なにが」
「なんか、そんなこと言われたらみんなころっと直哉のこと好きになるだろうな」
昔の自分だったら、怯えながらも嬉しかったろう。
「いや、ガチだし」
「ごちそうさまです。承認欲求満たされました」
「彼氏できて、なんかお前自信がついた?」
直哉が言った。
僕は困った。嘘の彼氏のことを考えて、自信なんて喪失している。
「ぜんぜん」
「なんかあったら俺に言えよ」
「さすが兄目線」
ちょっと皮肉めいた言い方をしてしまったな、と少し慌てた。
「そうだよ、兄貴〜って抱きついてこいよ」
直哉のほうは気にしないらしい。
「それ兄貴違いでしょ」
ぼくは笑った。
「なんだ、余裕じゃん」
直哉が意外そうな顔をした。
「余裕なんて、そんなもんないよ」
僕は首を振った。
「いや、俺と付き合っていた頃なんてもう、俺が言ったことにはいはい頷いていたじゃん」
「そうでしたっけ」
たしかに。右も左もわからず、直哉についていった。別れてしまったとき、保護者を失って天涯孤独になってしまったような気分だった。でも、いまはたしかに違った。おぼつかないながらも、一人で歩いている。
「うん、前は懐かない子犬みたいだったけど、いまは元気な子犬ってかんじ」
「子犬なのは変わんないのか」
「いいじゃん。和寿、これからめちゃモテるぞ」
「んなわけ」
ぼくが言い返そうとしたとき、直哉が立ち止まった。
「俺もちょっと出会い直してもいいかなって」
「え」
夜の新宿、にぎやかなあかりがぼやける。景色よりもぐんと直哉にピントが合ったのだ。魅力的な人と出会ったとき特有の一瞬だ。
「……やっぱ直哉はすごいね。見た目わりとおかたい感じなのに、ポテンシャル高いっていうか、ガチガチの肉食って感じで」
その存在のあり方に、昔から憧れていた。そばにいれば自分もそんなふうになれるのではないか、キラキラした世界を背景にして人生を謳歌できるのではないか、と。でも、輝き方は人それぞれ違うことも、もうわかっていた。
直哉は周囲を巻き込んで自分自身を輝かせる人で、翔真は、自分のまわりすべてをきらきらさせる人だった。
どちらがいいとか、魅力的とかではない。それぞれの持つエネルギーの質の違いだった。
「全然褒めてないだろ。でも、あの小僧とうまくいかなかったら、俺に連絡しろよ。慰めてやるから」
「小僧って、翔真のこと?」
「ああ。ああいう天真爛漫なやつは、そりゃモテるだろ。ノンケっぽくて、ゲイにファンタジーを与える。でも、ああいうやつは要注意なんだ」
心配性の元カレの意見として聞き流してくれてもいい、と直哉は言った。「あいつはすべてウエルカムみたいな態度で、懐が深くて門口が広い。でも、踏み込もうとしたとき、急に拒絶してくるタイプだ。お前は俺や光圀のことをどこかで距離を置くタイプだって思っているだろう。間違ってはいないが、それは相手を尊重しているからだ。優しさとリスペクトは違う。まあ、ただの言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど」
「なんでそういう話、付き合っていたときに言ってくれなかったの」
ぼくは目の前の直哉が、自分の思っていた直哉と少し違っていることにびっくりしていた。人を見る目がないのかもしれない、と思った。それくらい、直哉は自信満々というより「そう演じるために細心の配慮をしている人」に見えた。
「まあそんな顔すんなよ。とにかく、なんかあったら、すぐ言えよ。いいか、ゲイとして生きていくうえで貴重なのは『いまでも優しい昔の男』だぞ。セックスも別れてからするほうが燃える」
「最後の言葉でだいなし」
ぼくが呆れると、直哉は笑った。
ぼくたちは駅で別れた。
直哉がいなくなった新宿は、いつもの新宿に戻っていた。楽しげなのに、どこか寂しい。


